チンコのような温かさで私を強くきつく抱きしめて――爪切男のタクシー×ハンター

チンコのような温かさで私を強くきつく抱きしめて――爪切男のタクシー×ハンター

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2016/11/30
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終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。

【第十三話】「早くお家に帰ってオナニーをしよう」

「飾りじゃないのよ涙は」とまでは言わないが、人よりは泣くことが少ない人生を送ってきたように思う。

初めて人前で泣いたのはいつだったか。おそらく小学校高学年の時になる。私が通う田舎の小学校に、フランス人の可愛い女の子が転校してきた。貿易業を営む両親の都合で半年間だけ日本に滞在するのだという。人形のように美しい容姿と人見知りをしない明るい性格も合わさり、彼女は一躍うちのクラスの人気者となった。私は特に親しく話す機会はなかったのだが、音楽の授業で、幼少から学んでいるピアノの腕前をみんなの前で披露した時の、彼女の横顔の美しさを大人になった今も鮮明に覚えている。

半年後、母国に帰る彼女の送別会が開かれた。生徒一人一人が彼女への別れの手紙を読み上げ、両手で持ちきれないほどの大きな花束を渡した。少しだけ上達した日本語で「ズットトモダチデス、アリガトウ」と彼女は泣きながら言った。お別れ会のラストは、彼女から私達にお返しのプレゼントがあるということで、クラス全員が横一列に並ばされた。彼女は照れ臭そうに一人一人のほっぺたに軽くキスをしていった。いかにも外国人が考えそうなことだなと心の中で悪態をつきながらも、自分の順番が来るのをいまかいまかと待ちわびていた。いよいよおとずれたキスの瞬間、彼女は私のほっぺたにはキスをせず、キスをしたかのような演技をした。その瞬間、私の中にある女性への歪んだ感情が決壊してしまった。

「母親にも捨てられ、外国人の女にさえキスを拒まれるのか」

私は大声を上げてワンワンと泣き出してしまった。母親がいないことでいじめられても、家に取り立てに来た借金取りにいじめられても、親戚の寺の坊主に悪魔の子供と罵られてお祓いをされても決して泣かなかった私が、初めて人前で悲しみをこらえ切れずに泣いた。それにもかかわらず、泣いた場面が感動的な別れの場面だったため、私は、彼女との別れをこらえ切れずに泣いている男になってしまった。普段から感情をあまり出さない私の涙を見て、クラスで一番のブスが、楽器のテルミンのような不思議な音を立てながらもらい泣きをした。担任の先生も私の本当の悲しみには全く気付かずに、感動の涙を流していた。フランス人の彼女はその様子を不思議そうな顔で眺めていた。

今までの人生で一番泣いたことはなんだったろうか。おそらくお風呂の中で初めてオナニーをした時だろう。学校の性教育の授業で「精子は体外に出た瞬間にすぐ死んでしまう」ということを習ってから、日々のオナニーに勤しみながらも「自分はこの気持ち良さと引き換えにたくさんの精子を殺しているのだ」という贖罪の念を常に頭の中に持っていたが、実際の所はそこまで気にはしていなかった。

お風呂の中でオナニーをしたのは好奇心からだった。発射した直後は、やってはいけないことをしてしまった高揚感でひどく興奮した。だが、自分の目の前に広がる奇妙な物体を発見して絶句した。湯船の中に出された精子は綿毛のような物体に変わり果ててしまうのだ。リアルな精子の死体を目の当たりにした。一回の射精で発射される精子の量は数億匹だとか聞いたことがある。今、自分の目の前にはおびただしい数の精子の水死体が浮かんでいるのだ。そう想像した瞬間に風呂場で大号泣していた。泣きながら風呂の湯を抜き、自分の部屋に戻り、布団にくるまって泣きに泣いた。朝まで涙が止まることはなかった。そんなに泣いたにもかかわらず、次の日も我慢しきれずにオナニーをしてしまう自分の情けなさにまた泣いた。

涙を流すことは少ないが、恐怖を感じるものは人より多い。虫、高所、先端、ソラマメ、数えきれないぐらいの恐怖症を持ち合わせているが、その中でも一番ひどいのは閉所恐怖症である。

個室トイレは、何かあった時に抜け出せる空間が少しでも空いていないと落ち着かない。エレベーターに乗り込む時は、仮に急停止した場合、この人達なら私に優しくしてくれそうだという面子が揃わないと乗り込むことができない。もちろん電車などの乗り物も苦手なのだが、電車なくして都市生活はままならない。そのために独自の対応策をいくつか編み出した。

まず一つは、自分よりも身体が大きい人が乗っている車両に乗り込むことだ。パニックに陥った場合、自分よりも身体が大きい人がいれば、その雄大な大きさを見ているだけで心が安心する。デカいことは本当にイイことだ。最近は、日頃の不摂生から私自身が巨大化してしまい、自分よりデカい人をなかなか見つけられずに困っている。

もう一つは外国人と同じ車両に乗り込むことだ。奨学金の返済猶予期間が延長された喜びで小躍りするようなダメな私でも、雀の涙ほどの愛国心は持ち合わせている。車内でパニックに陥っている情けない様を外国人に見せるわけにはいかない。私が馬鹿にされるのはかまわんが、日本を馬鹿にされるのだけは我慢ができない。国を愛する心が恐怖に打ち勝つのだ。ただ、相手が大柄の黒人だった場合、そんな愛国心などどうでもいいので、私のことを強く抱きしめて安心させて欲しいという欲求が上回ってしまう。世界に国境がないと言うのなら、まずは私を強く抱きしめてはくれないだろうか。

あらかじめ席が決まっている新幹線などの特急車では、上記の対応策を使うことができないため、獣神サンダー・ライガーやタイガーマスクなどのプロレスマスクを着用して座席に座っている。他人から見れば私は立派なプロレスラーである。最強の象徴であるプロレスラーが一般人に情けない姿を見せるわけにはいかない。愛するプロレスの権威を守るため、私は新幹線の恐怖に耐え続ける。もちろん、ワゴンサービスで駅弁を買う時は駅弁を二個注文する。プロレスラーたる者、常に大食いでなければいけないのだ。口元が開いていないライガーのマスクでは駅弁を食べるのにひどく苦労したが。

人生はこうも生き難い。

思い返してみれば、私が閉所恐怖症になった原因は親父から受けた体罰が原因であった。大学時代にアマチュアレスリングで名を馳せた親父は、大会で獲得した優勝トロフィーを応接間に何個も飾ってあった。親父にとっては大切な宝物だったのだろうが、当時中学生で反抗期真っ只中だった私にしてみれば、過去の栄光にすがっている哀れな男のコレクションとしか思えなかった。ある日の親子喧嘩の折、親父への報復行為として、私はそのトロフィー達を粉々に破壊してしまった。その時の親父の怒りはいつになく凄まじく、明らかなる殺意が宿った右ストレートを食らって、私は意識を失った

目を覚ますと暗闇の中にいた。

何か柔らかくて暖かい物の上に寝ている。周りは漆黒の暗闇だ。手足をブラブラと動かして、自分が生きていることを確認する。呼吸を整えてから一気に立ち上がったが、固くて冷たい物体が額に当たって立ち上がることができない。仕方なく、女がフェラをする時の中腰の姿勢で暗闇に目が慣れるのをじっと待つ。頭上から差し込む青白い光に気づき、光が差し込む先に小さな隙間を見つけた。その隙間から外の景色を窺ってみると、自分が地域の集会場にいることがわかった。この集会場には周辺地域に住む人々が共同利用できる施設がたくさんあり、その中の焼却炉に私は閉じ込められているようだった。

近所の大工さんが、近隣住民のためにと自作した焼却炉は、地面に縦横二メートル、深さ一メートルほどの大きさに掘られた穴の中に、コンクリートを流し込んで固めて作ったしっかりとしたものだった。鉄製の大きな蓋には小ぶりで可愛い煙突が通気口として取り付けられていた。近隣住民が家庭のゴミを持ち寄り、ある程度の量になったら燃やすというシステムになっており、田舎の集落ではたいへん重宝されていた施設だった。

自分がどこにいるかがわかっただけで若干心の平静を取り戻すことができた。もう少しすれば、家族の誰かが助けに来てくれるだろう。そう高を括った私は、それまでの時間を焼却炉の中で寝転んで待つことにした。自分の背中が徐々に熱くなってくる。焼却炉内に残っていた灰がまだ熱を持っているようだ。ちょっと前に燃やしたゴミの灰だろうか。終わりかけのホッカイロぐらいの微妙な温かさがやけに心地良い。家の布団で寝るより気持ち良かった。私は母に捨てられた身なのでよく知らないが、もしかしたら母親に抱きしめられる温かさというのは、これぐらいの温かさなのかもしれない。家に帰るのが面倒臭くなってきた。どうせ私が家にいても家族に迷惑をかけるだけだ。それならば、この温かい焼却炉の中で一生を過ごした方がいいかもしれない。温かい灰の上に寝転びながら、そんなことを考えていた。

暇なのでオナニーをすることにした。

下腹部に伸ばした私の手に振れる温かくて確かな感触、それはチンコ。暗闇の中でもチンコはチンコ。なんて安心できる形と温かさであろうか。やはり最後に信じられるのは自分のチンコしかない。ひとしきり自分のチンコに感動した私はオナニーの準備に取り掛かることにした。

さて、誰をオカズにしようかなと思考を巡らせてみたが、どういうわけか往年のアイドルである堀ちえみの顔しか浮かんでこない。私は堀ちえみの直撃世代ではないし、取り立てて堀ちえみが好きだったわけでもないのに、その時の私の頭の中を堀ちえみの笑顔が独占していた。このまま誰も助けに来ずに、この中で死んでしまうようなことがあれば、これが人生最後のオナニーになるかもしれないのに、それが堀ちえみであっていいのか。いや、もしかすると男というものは、極限状態に追い込まれた時に、自分の本当に好きな女に気付くものなのかもしれない。私にとってはそれが堀ちえみだったのだろう。

自分を強引に納得させて、私は大いにシコッた。舞うように、激しく強く、男らしく。勢い余ってチンコをすっぽ抜けた右手が、頭上にある焼却炉の蓋に当たる。痛い。だがその鈍痛さえも気持ち良い。いつもと違った異常な環境でのオナニーに興奮した私はすぐに達してしまった。身体をエビ反りに持ち上げて、目の前に広がる漆黒の暗闇の中に精を解き放つ。黒い黒板に白いチョークで放物線を引くように、夜空を流れる白い流星のように、身体を左右に動かし左の闇、右の闇、右の闇から綺麗なカーブを描きながら左の闇に精を打ち放った。

私は音楽というものは、聴いていて気持ちが揺さぶれるかどうか、踊れるかどうかが大事だと思っている。歌詞なんてものはどうでもいいのだ。そんな私が唯一歌詞に感動した曲がある。スガシカオの「夜明けまえ」という曲だ。著作権の関係で、ここでの歌詞の引用は控えさせて頂くが、「夜明けまえ」の歌詞は、焼却炉の中でオナニーをした時の私の心情をかくも見事に如実に表している。もし興味がある方は歌詞を検索して頂きたい。

幸せな時はいつも一瞬だ。

オナニーを終えたことで、一気に冷静になった思考回路が、胸の奥に必死で押し込めていた恐怖を呼び覚ました。

狭い、暗い、怖い、息ができない、死んでしまうかもしれない。

「うぁぁぁぁ!」と雄叫びを上げた後に「助けてください!」「もうしません!」「許してください!」と声の限りに助けを呼んだ。焼却炉の近くでタバコを吸っていた親父は、尋常ではない私の叫び声を聞きつけて、あわてて焼却炉の蓋を開けてくれた。恐怖に震える私の身体を、親父は強くきつく抱きしめてくれた。温かった。灰とチンコとは違った別の温かさだった。人のぬくもりと親父の大きさを知った。大人になった私が、誰かに強く抱きしめられたいという欲求を持っているのは、この時の親父の温もりを探し続けているからかもしれない。

大渋滞に巻き込まれてしまい、全く動かなくなったタクシーの中で私はこんなことを考えていた。タクシーの中も私にとっては立派な閉所である。徐々に閉所恐怖症が発症しつつあることを悟った私は、あの日の焼却炉の中と同じように自分のチンコを触ってみた。落ち着く。あの時から全く大きさが変わっていないチンコ。これからも何も変わらないチンコ。「引き続きよろしく頼みますよ」と小声でチンコに呼びかける。

「運転手さん、暇なのでオナニーしていいですか?」
「え? お客さん? え?」
「暇なのでオナニーしていいですかね」
「………」
「………していいですか?」
「………」
「………しちゃいますよ」
「………どうしてですか?」

運転手はこちらを振り返って言った。あの時のフランス人の女の子と同じような不思議そうな顔でこちらを見ている。

「そうですね……やめときます」
「本当によかったです」

程なくしてタクシーは動き出す。動き出したタクシーから見えるネオン街の眩しい光を見つめながら「家に帰ったらフランス人の女で抜くか、久しぶりに堀ちえみで抜くか」を考えていた。なぜだかとても幸せな気持ちで胸がいっぱいになって、軽く泣きそうになる。

「早くお家に帰ってオナニーをしよう」

タクシーはまたすぐに停車してしまった。

「やっぱりオナニーしていいですか?」
「………」

そろそろ夜が明ける。

文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。https://twitter.com/tsumekiriman

イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。https://twitter.com/pote_mitsu

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