なぜ安倍政権の「公文書隠し」は起きたのか、ゼロから解説する

なぜ安倍政権の「公文書隠し」は起きたのか、ゼロから解説する

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/14
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抜け穴と解釈で「廃棄してOK」に

衆議院選挙では、各政党が公約で公文書管理制度の見直しを掲げるという、これまでにない政治的注目が集まった。政府は、公文書管理法のガイドラインの見直しの検討に着手し、11月8日の公文書管理委員会でガイドライン改正案がおおむね了承された。

このきっかけになっているのが、南スーダンPKO日報問題、森友学園問題、加計学園問題だ。

南スーダンPKO日報問題は日報を廃棄したとして情報公開請求に対して不存在決定をしたことが、森友学園問題は国有地売却金額を不開示としたことが、加計学園問題は文科省内で記録されていた文書の存在が発端になっている。

政府は行政文書の廃棄は問題ない、加計学園問題の文科省文書を「怪文書」や「個人文書」と主張してきた。なぜ、このような説明がまかり通るのか。

政府の問題を隠すために行政文書を廃棄・隠ぺいしているかのようであり、記録がなければ言い訳をしているようにしか見えないのだが、政府はそれでも違法でなければ問題ないという姿勢で一貫している。

このような実態は、公文書管理法とそれを実施するために策定されている行政文書管理ガイドラインなどからある程度説明ができる。

公文書管理制度の抜け穴や裁量的な解釈運用を「駆使」して、政府が違法ではないと主張するそれなりの理屈を作り出しているからだ。

そもそも「行政文書」の範囲が曖昧

公文書管理法は2011年4月1日に施行された。情報公開法から10年遅れての施行だった。

公文書管理法は、行政機関の保有する「行政文書」、独立行政法人等の保有する「法人文書」、国立公文書館等に移管された「特定歴史公文書等」の管理などを定めており、この3つの文書を総称して「公文書等」と定義している。行政文書の定義は、情報公開法で定義されたものをそのまま用いている。

行政文書が定義され、統一的基準で管理されるようになったのは情報公開法の制定以降で、それ以前は「公文書」を定義した法制度はなかった。

各省庁が規則等でそれぞれ「文書」を独自に定義していたので、管理される文書の範囲もまちまちだった。情報公開法以降、行政文書を管理する規則が制定されたが、さまざまな問題があり統一的管理を徹底するために公文書管理法が制定された。

行政組織の歴史と比べると、ごく最近のことなのだ。

行政文書管理の基本的枠組みは、公文書管理法では以下のようになっている。

1. 意思決定過程や事務事業の実績を合理的に跡付け、検証可能な文書の作成義務(4条)
2. 行政文書は保存期間を設定し、原則として密接に関連するもので行政文書ファイルを構成し適切に保存(5、6条)
3. 1年以上の保存期間の行政文書ファイル等は、行政文書ファイル管理簿に登録し公表(7条)
4. 保存期間が満了した場合は、原則として内閣総理大臣の同意を得て廃棄するか、国立公文書館等への歴史文書として移管(8条)

この基本的枠組みのもとで、実際の運用場面でどのような問題があるのか次に見ていきたい。

外からは確認しようがない

公文書管理法も情報公開法も、行政文書によって政府が説明責任を果たすことを目的としている。つまり、何を行政文書としているかは政府が説明責任を果たすために必要と理解している範囲ということになる。

行政文書の定義には、①行政機関の職員が職務上作成・取得した文書であること、②組織的に用いるものであること、③行政機関として保有していることの3つの要件がある。

職員が職務の中で作成・取得した文書がすべて行政文書になるわけではなく、②の要件で個人文書と行政文書を分ける考え方だ。

具体的には、個人が作成したメモや備忘録、検討段階の文書や参考資料で、本人限りで用いているものは「個人文書」になるが、複数の職員の間で共有され利用された段階で、業務上必要な文書として組織共用されたので行政文書になる。

作成・取得段階で個人文書であったか否かは関係なく、文書の利用のされ方で判断し、行政文書に該当する場合は法に従って管理することが求められる。

この定義の最大の難点は、行政機関内で文書がどのように利用され、管理されているかが外部から確認できないことだ。

行政機関が文書の利用実態に照らして、適切かつ誠実に行政文書と判断し、管理できるという政府性善説を前提にしているが、現実には政府にとって存在すると不都合な文書が「個人文書」扱いにされたり、隠ぺいされたりする可能性が常にある。

この問題が端的に表れたのが、南スーダンPKO日報問題と加計学園問題だ。

監視する術はほとんどない

南スーダンPKO日報問題は紆余曲折があったが、7月28日に公表された特別防衛監察の結果、情報公開請求を受けて、行政文書として存在していた日報を「個人文書」とみなし、行政文書に該当しないとして不存在決定していたことが明らかになった。

「個人文書」と最初に言い出したのは、南スーダンに部隊を派遣している陸上自衛隊中央即応集団の副司令官とされ、監察結果によると「部隊情報の保全や開示請求の増加に対する懸念により日報が該当文書から外れることが望ましい」と述べたという。

加計学園問題の文科省文書は、当初、官房長官は「怪文書」とし、文科省も一貫して存在を「確認できない」としてきた。

しかし、前文科事務次官や現役職員の証言、10人以上に同報された電子メールの存在が報道された結果、文科省は内部調査を行い文書の存在を認める報告をまとめているが、すべてを行政文書と認めたわけではない。

一部の文書は、個人のパソコンに保存されていた個人文書だとしている。その中には、複数の職員で共用したと証言のある文書も含まれているが、わざわざ文科省は報告の冒頭で、今回はあくまでも例外的に個人文書を探して公開したと述べている。

本来ならば、行政文書が個人管理されていたことを問題にすべきだが、そこは不問にしている。

文書が実際にどのように利用され、保管されているかは外部からわからないので、適当にもっともらしい説明をされると、それに対抗するには内部情報を得るしかない。しかし、そのようなことはめったに起こらない。

南スーダンPKO日報や加計学園問題という、政局に絡む政治問題という特殊性から今回はたまたまいろいろなことが明らかになったと理解すべきで、通常は文書不存在を覆すことができない。

政府が信頼できないと、行政文書の範囲も信頼できないわけである。

「合法的に廃棄可能」な文書

行政文書は、前述のとおり密接に関連する文書をまとめてファイルに整理して管理され、ファイル単位で中に含まれる最も長い保存期間の行政文書に合わせて設定される。

ただし、ファイルの作成には条件が付けられており、保存期間を同じくすることが適当なものに限るとしている。

例えば、森友学園問題では、国有地を破格の価格で売却した交渉記録は、保存期間が1年未満で契約締結後に廃棄したが問題ないと財務省は説明している。

国有地売却の契約書は長期保存される文書なので、交渉記録が一緒のファイルにまとめられていれば廃棄できないが、保存期間を同じくすることが適当でないと判断すれば、別ファイルにできる。

交渉記録を一つのファイルにまとめて保存期間を1年未満とすれば、短期で合法的に廃棄が可能にある。

そうすると、1年未満の保存期間とは一体何かが問題になる。

行政文書の保存期間の基準は公文書管理法施行令で大枠が定められ、業務区分や行政文書の類型など具体化した統一的な基準を行政文書管理ガイドラインで定め、それを基に各行政機関が規則を定めているが、ここには1年未満という保存期間は出てこない。

何が保存期間1年未満の行政文書かという基準は、今の制度ではないのだ。公文書管理法制定以前にも1年未満という保存期間区分はあったが、「週間、月間予定表」「随時発生し、短期に廃棄するもの」「1年以上の保存を要しないもの」と例示されていたのみだ。

そこで、公文書管理法施行令が歴史文書に該当するものは1年以上の保存期間にしなければならないと定めているので、施行令やガイドライン、規則などで保存期間が明示されない類型の文書で、歴史文書に該当しなければ1年未満でよいと反対解釈されている。財務省はこれをもとに交渉記録を1年未満としていたし、南スーダンPKO日報も同様だ。

なぜこのようなことになるのかといえば、1年未満という保存期間区分は、1年以上のものとは明らかに別扱いにされているからだ。

行政文書ファイルは行政文書ファイル管理簿への登録が義務付けられ、ファイルの存在が公表されるが、1年未満はその必要がない。

また、行政文書の廃棄には総理大臣の同意が必要で、実際には内閣府が管理簿をもとに個別審査を行い、廃棄・移管の記録も残るが、1年未満は廃棄審査をしていない。

1年未満の行政文書は廃棄審査を要しないとの決定を2011年4月1日付で総理大臣が行っており、各課室の判断で随時廃棄できるようになっている。

何でも入り得る状態にあり、管理簿に登録不要、廃棄審査も不要となれば、1年未満という保存期間区分は行政機関にとっては大変使い勝手が良い。

私が理事長を務める情報公開クリアリングハウスで調べたところでは、過去に大蔵省の山一證券簿外債務・経営問題をめぐる打合せ記録等、航空幕僚監部による空中給油・輸送機整備の調査成果、自衛隊のイラク人道復興支援活動中の現地広報資料などが1年未満保存で廃棄済みとして、情報公開請求に対して不存在になっていた。

また、南スーダンPKO日報の不存在を、個人文書だからではなく、対外的には1年未満保存文書で廃棄済みと防衛省は説明し続けた理由も、1年未満は管理簿に登録されず、文書の存在も廃棄したことも管理システムに残らないので、いかようにも説明できてしまうことの表れだ。

1年未満は実態不明のブラックボックス化しており、さすがに政府がガイドラインに1年未満の基準を定めるための検討を行い、11月8日に案が示された。

だが、基準は設けても管理簿の登録を廃棄審査は不要という仕組みは変わらないので、どこまで実態が変わるのかには懐疑的だ。

本当に重要なことは「記録されない」

公文書管理法によって、行政機関の行政文書の管理は前進しており、まったく機能していないというわけではない。

特に、各行政機関は行政文書を勝手に廃棄できなくなり、歴史文書の移管義務が生じ、文書の作成義務が規定されたことで、何を文書として作成すべきかという議論が行われるようになった。

しかし、次のような課題が残る。

文書の取扱いは行政機関内で行われ外部からチェックが難しいこと、そして政府の活動を記録したものが行政文書であるので、政府が信頼に足りる仕事をしていないと、記録を残し管理・公開することにも消極的になり、説明責任を果たすに足りる行政文書の管理実態にならないことだ。

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〔PHOTO〕gettyimages

加えて、政治のあり方も実は問題だ。総理大臣や官邸、大臣ほか政務は国会議員が占めるが、国会は公文書管理法も情報公開法も適用されず、議事録以外に立法調査に関する情報を管理・公開する規則もない。

また、例えば安全保障法制の法案提出前の各政党への説明や事前審査の記録を国家安全保障局は作成せず、特定秘密保護法案の時は内閣情報調査室が記録を作成していたが非公開となっている。

国会議員自身が、行政機関並みの説明責任が問われる法制度の適用を受けず、行政機関が記録をつくらず、非公開にすることで守られている。

このような状況のままでは政治家の公文書管理に対するリーダーシップはまったく説得力がなく、むしろ自らの都合で情報隠ぺいを促進しかねない。

公文書管理は行政機関の問題であるとともに、その上に立つ政治家の問題でもある。南スーダンPKO日報問題、森友学園問題、加計学園問題はそうした一面が露呈したものということもできる。

公文書管理は法制度を超える、政府や政治のあり方にかかわる問題でもあるのだ。

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