たかまつなな「なにも言えない社会になってしまう前に」

たかまつなな「なにも言えない社会になってしまう前に」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/02/20
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最近、バラエティ番組、「お笑い」の世界がたびたび物議をかもしている。

「バラエティ番組での“いじり”はイジメとなにが違うのか」「女性芸人への“ブスいじり”はセクハラじゃないのか」「芸人は政治的発言をしてはいけないのか」――。

セクハラ、パワハラに対する世間の目が厳しくなるなか、議論が活発になっている。一方で、その状況を「笑いが分かっていない」「空気を読め」と嘆く人達もいる。

今年に入ってからも、ダウンタウン・松本人志がフジテレビ「ワイドナショー」(1月13日放送)内で、NGT48のアイドルへの暴行事件の話題になった際、HKT48の指原莉乃に「お得意の体を使って」と発言。「セクハラだ」と批判の声が多数上がった。

指原が後日Twitterで「松本さんが干されますように」とイジるように返し、フジテレビサイドも「問題があった」と謝罪した。

そんな状況について、積極的な発言を続けるのが芸人のたかまつななだ。お笑いを通じて政治に関心をもってもらうことを目指す会社・笑下村塾を立ち上げ、日本で数少ない「社会風刺ネタ」を行う彼女。松本の発言についても自らのブログに、「松本人志さんのセクハラ発言を真剣に考える」と題したエントリーをアップした。

「芸能界はセクハラの温床だった」としたうえで、

「松本さんが干されますように」とtwitterで指原莉乃さんが発言した件。「よく噛み付いた」「オチをつけた」意見が別れる。どちらからも嫌われないよう確信犯的に指原さんがやってるから凄い。けどなんか違和感。両者の捉え方の溝は深い。交わらない気がする。女芸人の私は、どちらの感覚も分かるから悲しい。こうやって社会は分断されていくのかな。。

差別をなくそうとしすぎると、自虐ネタも許されず、沈黙の社会が訪れる。女芸人には、ブスと言われて「おいしい派」と「怒る派」がある。ブスと言われて、報われる人もいる。自分のコンプレックスや短所を笑いに変えた瞬間の喜びは大きい。でも、嫌な人を執拗にいじるのは違う。(私はおいしい派)

「笑い」という名のもと、何でもやって言い訳ではない。大御所が言ったから許されることは絶対にない。そんな時に下のものが抗える技術、それは「ルール」(法律や就業規則)と、「笑い」なのだと思う。自分の意見を笑いで伝える技術も大切。私はセクハラが多い芸能界を笑いで交わしてきた。

とつづったその内容に、さらに多くの声が寄せられたのだが、その反応そのものが、いまの芸能界やテレビの世界、いや、日本を覆う問題を考えさせるものだった。

たかまつは「なんでもかんでもダメと言っては、議論が止まってしまう。一方で、私たちは自らを守るためにも、明文化されたルールを作る必要がある」という。くわしく話を訊いた――。

自分にしか言えないことがあるんじゃないか

――松本さんの発言はどう知ったんですか?

たかまつ:Twitterのタイムラインでたくさん話題が回ってきたので、それで知りました。放送をリアルタイムで見ていたわけではないです。そして指原さんのツイートを見て、「ああ、これはすごい対応だな」と思ったんです。それはたぶん、多くの人が感じたのと一緒で。

でも、指原さんの対応にすごく共感する部分もありながら、一方で違和感も覚えたんですよね。というのも肯定派・否定派の「両者」がまんまとそのツイートに引っかかっている感じがしたから。つまり、松本さんに対してあれはセクハラだと訴え怒っている人は“よくやった”と言うし、お笑いが好きで松本さんを庇いたい人は“オチを付けた”と言う。これでは両者のあいだの溝は埋まらず、社会が分断されてしまうな、と。

だから、なにかこの問題について発言すべきだろうなと思いました。女性であり芸人であり、また事務所に所属していない身である自分にしか言えないことがあるんじゃないかと。

私が言いたかったのは、芸能界を変えていかないとダメだけど、むやみに発言の自由を封じる流れになってほしくない、ということ。だから、どちらかというと松本さんを擁護したかったんです。

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〔PHOTO〕岡田康且

――たかまつさんの発言は、「松本人志に異を唱える」という文脈でネットニュースになりましたね。

たかまつ:ネットニュースで取り上げられたら、「松本批判」みたいな真逆の論調になっちゃって、「ん?」となりました。「不謹慎も差別も全部ダメだ!」と議論を狭めていくと、なにも言えない社会になると思うんです。

「笑い」でかわし、「ルール」で身を守る

――言い方は難しいですが、松本さんの発言は、お笑いの「ルール」で回収できなかったのでしょうか。ブログでたかまつさんは「ルール」の話もされていました。

たかまつ:私が言いたかったは、その「お笑い的なルール」じゃないんですよね。それは「カルチャー」に近い。

私がブログで書いたルールは、憲法や就業規則、労働契約のような「明文化されたもの」です。一時的に回避する手段としての笑いは有用ですが、自分たちを守るためにはルールを作っていかないといけないと思うんです。

それは、政治の世界の「憲法」と同じです。憲法は、権力者を縛るためにある。それがないと、政治家の人はいくら「いい人」だとしても、憲法がないと暴走することもできる。反対に、私達の生活は法律というもので縛られている。だからこそルールに対して無頓着であってはいけないし、ルールを知っていれば、自分自身を守ることもできる。

だから、セクハラやパワハラにあった時に必要なのは、一時的にかわす方法としての「笑い」と、最終的に身を守る「ルール」の2つ。「ルールが足りない」と女性陣が感じるなら、どういう制度があればいいのかをみんなで考えなければいけない。

最近では男性の側も、セクハラの疑いをかけられたくないから、会社の飲み会に行きたくない人が多いと聞きます。なんだか、すごく悲しい社会ですよね。

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〔PHOTO〕iStock

――お互いに不幸になっていると。

たかまつ:たぶん、本当にセクハラをしている人は、その行為が問題だと気づいていない。対して、普通の感覚をもっている人は、セクハラを疑われるから飲みに行きたくない。みんながみんな不幸ですよね(苦笑)。

ブスって言われていい人は、まわりからブスいじりを否定されると、やりづらい。「誰が得するんだよ、この状況」って思っちゃいますよね。

――ただ、ルールを明文化すると、ギスギスするのではないかという懸念があります。もっとマナーレベル、現場の努力で防げるんじゃないか、という意見も出てくると思います。

たかまつ:それではルールが守られないと思います。たぶん、働き方で考えるとわかりやすいかと。たとえば、いま、教員の働き方が問題になっています。過重な労働で、しかも部活の顧問をしていても、時間外労働の手当がないんです。そこでタイムカードを導入する話が出ても、「教員としての働き方はそういうものじゃない」という現場の声もある。働き方という意味で、すごく遅れています。

民間企業でも、数年前にそういう動きがあったと思います。「タイムカードを導入しても嘘をついて押せと命じられれば意味がない」と、ルールによって生身の信頼関係がなくなったり、現場のフレキシブルさがなくなるような話になりました。

でも、明文化されていたら管理者の責任を問うことができる。現在の「働き方改革関連法」だと、月に45時間以内と残業時間の制限がと決まっています。仮に60時間働いたとしたら、会社を訴えたら勝てるわけです。

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〔PHOTO〕岡田康且

――ただ、実際にそういうことがあっても、なかなか訴えるところまでいくのは難しいですよね。

たかまつ:訴えなかったとしても、「アレ、そういえば法律で45時間しか残業ダメって聞いたんですけど、大丈夫ですかね?」と言ったら経営側はめちゃくちゃビビると思うんですよ。私がもし従業員の人からそう言われたら、「やばいやばい、ちゃんと管理しなきゃ」となる。そういう効力は、やはりあると思うんです。

自分の常識や感覚が違うんじゃないかと迷ったとき、そういった外部の指標があるとすごく楽だと思います。そういう意味で、ルールを明文化することは自分を守るためにすごく大事。もっと学校の授業で自分の生活に則したルールを学べる場があればいいと思うんです。なかでも労働の教育は本当にやったほうがいい。最低賃金の話とか、ブラックバイトで働いたらどうすればいいか、とか。

事務所を変えただけで「問題のある人」に

――話を戻すようですが、芸能界も同じ問題を抱えていますよね。

たかまつ:そうですね。まず組合が機能していない。「タレント組合」がないですからね。

――たかまつさんの目から見て、今までお話されていたような状況は変えていけそうですか?

たかまつ:正直、肌感覚としては難しいと、身を投じていて思います。何でも海外と比べようとは思いませんが、アメリカだと今の日本の状況はありえないですよね。マネジメント会社を自分で選ぶのも当たり前だし、マネージャーも弁護士も自分で決める。マネージャーを変えたからってそのタレントがわがままだとは誰も思わない。むしろ自己プロデュースがしっかりしていると思われる。

でも日本だと、タレントが芸能事務所を変えれば「問題のある人なのか」となる。それってすごくおかしいことです。

その感覚の遅れは、芸能界だけではありません。世界の感覚を受け入れられない面がすごく多いと思います。移民や難民、外国人労働者の受け入れについても、法律や現場の対応は間に合っているでしょうか。

日本は「外圧」に弱いと思うんですけど、芸能界など、外圧が機能しない分野は特に遅れていますよね。

2つの世界観のあいだで悩む30〜40代

――芸能界もそうですし、その「外圧」であるべきマスコミもでしょうね。世界の潮流やハラスメントについて発信しながらも、その足元ではセクハラ・パワハラが横行し、長時間労働も蔓延している。

たかまつ:たぶん、新聞社も芸能界もテレビ局も、遅れているということに気づかずに、自分たちをマッチョな集団だと思いこんで、そこから抜けられないんですよ。大学時代の先輩や同級生に人気ユーチューバーや、Twitterで人気者になった人が何人かいるんですが、私なんて、その人たちよりぜんぜん稼いでいないんです。でも、彼らを羨む一方、芸能界で「長くいる人たちに認められなきゃ」という感覚も私のなかにあります。

私はいま25歳ですが、20代でクリエイティブな可能性を持っている人は今後ますます、別の世界で自由に活躍していくでしょうね。50代の人は古い世界でそのまま逃げ切れるのでしょうが、30代と40代は2つの世界観のあいだで悩んでいる人は多いと思います。

お笑いの世界を見てもわかりやすいです。YouTubeやTwitterで若い子の人気も得ているのは20代の芸人たち。30代は、たとえばピースの綾部(祐二)さんがニューヨークへ行ったり、又吉(直樹)さんが小説を書いたり、西野(亮廣)さんが「テレビ出ない宣言」をし、中田(敦彦)さんも(自身のファッションブランドの)お店をはじめ、村本(大輔)さんもスタンダップコメディをやりはじめました。テレビの場だけだと、これから先なにかと限界を感じている人たちだと思うんですよね。

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〔PHOTO〕岡田康且

――「30代問題」は根深いですよね(苦笑)。たぶん他のどの業界でお同じようなことが起きている。

たかまつ:たとえばマスコミ業界も、20代はどんどんウェブに流れていますよね。ジャーナリズムを志す若者が新聞社ではなくウェブメディアに行く、というのも増えている。

30代の人たちは問題意識がはっきりしていても、裁量も増えて、そのまま続けていくほうが楽だったりする。そのまま40代になると、管理職。で、管理職でようやく楽になると思ったら、「働き方改革」で自分の仕事が増えていたりする……。芸能界に限らず、日本全体がそうなっているわけですよね。

――古い世界の慣習から解き放たれようとしている人が増えていくなかで、今後、セクハラ・パワハラ、労働時間のような問題は解決していくと思いますか?

たかまつ:そこはやっぱり、それを防ぐためのルールができるかどうかだと思います。松本さんの発言のきっかけになったアイドルの暴行事件も、その背景にはアイドルグループが縛られるルールや規定の問題がある。アイドルたちを守るルールって、労働契約にしろ、すごくウヤムヤですよね。ルールをきっちり作って、しかもルールを当事者たちが知るようにならないといけない。

一般的な会社にしても、例えば二次会がハラスメントの温床になっているなら「二次会禁止」にするとか、もっと明文化されていかないとダメなんじゃないかと思います。

芸人にしたって、不思議な慣習や掟が多いんです。先輩の単独ライブの手伝いを無料で引き受けるとか。そこで「契約を結んだ方がいいんじゃないですか」なんて話をすると、もちろん煙たがられます。「先輩のライブの手伝いをしたら、お前にとっても勉強になるから」と言われて正当化しようとするんですが、とりわけ勉強になることもなかったりするし(笑)。でも、お笑い界という狭いコミュニティにとらわれていると、そこで浮くこともできない。

「容姿いじり=イジメ」は短絡的すぎる

――たかまつさんはブログの中でブスいじりについても言及されていましたが、バラエティにおける容姿いじり自体が、時代の感覚と合わなくなってきているという考えもあります。

たかまつ:たしかに、文化人と呼ばれる人と飲みに行っても、「お笑い、バラエティ番組は本当にけしからん」「海外では容姿や性差を笑いにすることはない」という話になります。でも実際、日本のお笑いの世界では、ブスを笑いに昇華できて嬉しいという人もいる。私もそうですが、ブスと言われておいしいと思う人もいる。

どうしても自虐芸をやりたいなら、いっそ、自分から言えばいいという人もいます。でも、「ブスだろ」「ブスじゃない!」と、他人から言われることで生まれる笑いがある。他人に容姿についていじられて、それを言い返しているからイジメだとするのは、あまりに短絡的な考えかな、と。

――今クールのドラマ「ちょうどいいブスのすすめ」(現タイトル「人生が楽しくなる幸せの法則」/日本テレビ系)が炎上してタイトルが変更になった一件がありましたが、それについてはどう捉えますか?

たかまつ:あれは制作側がダサいですよ。今の時代なら、議論喚起するくらいのつもりでやらないと。やるならやれ、と。炎上すると分かってなくて炎上するのは、そもそも浅はかだなと思いますが。

私も炎上しがちに思われますけど、基本的には狙って炎上させています。炎上の大きさがどれぐらいのものになるのか、は読めないところがありますけど、どんな意見がくるかはわかっていて、だいたい予想通りになります。だから、「ちょうどいいブス」で、世の中のブスというものへのイジリとか、考えるきっかけにするメッセージ性があればよかったのに、それがなくて中途半端な気持ちであのタイトルで放送したなら、ダサいなって思います。

自分の名前、会社の名前を背負うというのは、それくらい覚悟をするということだと思うんですね。それは厳しいことだと思うけど、そのほうが絶対にいい。

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〔PHOTO〕岡田康且

――テレビは炎上を恐れるあまり、議論喚起する力を失っている?

たかまつ:いまのテレビは「失敗しちゃいけない」という気持ちが強すぎると思います。それが首を締めている。すべてを製作側の問題にもできないし、タレントの責任にもできないとは思いつつ、「問題発言」を抑え込んでばかりでもいけないと思います。

政治問題にしても、たとえばアイドルが領土問題について発言しても、放送される時にはまるまるカットされたりする。でも、その指摘が鋭くて、議論が広がりそうなことがあるわけです。そんな時、発言を一律にカットするのではなく、どう展開すれば面白いか、制作側も考えるべきだと思うんですよね。

――そもそも情報番組にお笑いが必要なのか、という議論もありますよね。

たかまつ:お笑いという異質なものがあるからこそ、すごく興味深い論点の提示ができるかもしれない、と思います。いろんな可能性があっていいと思うんです。だから、芸能人の政治的な発言だって、もっとあっていい。

ストレートな言葉しか伝わらないことに危機感

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〔PHOTO〕iStock

――「炎上を恐れるな」「自分や会社の名前を背負う覚悟をもて」といった言葉に、芸能界のなかで孤軍奮闘されているたかまつさんの強さを感じました。

たかまつ:さきほど炎上は予測できると言いましたが、じつは最近不安なんです。それこそ松本さんについて書いたことも、私としてはどちらかというと擁護のつもりだったのに、真意が伝わっていない人がけっこういて。「アホ、ゴミ」と罵ってくるだけの人には、さすがに「もっとよく読んで」と言いたくなりました。

言葉の裏にあるものを読み取ってもらえないというか、ストレートじゃないと伝わらない。それって、世の中、お笑いとか、芸能とか、表現するという行為すべてを考えても、つまらないことだと思うんですね。

私自身としては、それでも自分の信じることを言っていくし、お笑いをやっていくしかないと思っています。ジャーナリストとして、社会風刺や権力への眼差しを持ち続けて、「お笑いで世直し」を目指していきたいです。

たかまつは、日常生活やビジネスシーンにおいて「お笑い」の力でコミュニケーション力を高める「笑活」も行っている。

<笑活コーディネーター認定講座>
3月24日 東京(きゅりあん 品川区立総合区民会館 第3講習室)
5月19日 東京(目黒区中小企業センター 第1集会室)

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