世界初「8Kロボット手術」 最先端技術で医療はどう変わるのか?

世界初「8Kロボット手術」 最先端技術で医療はどう変わるのか?

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2016/10/19
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今、放送技術で注目される8K、ゲーム業界で導入が進むVR(バーチャル・リアリティ)。こうした技術が、医療業界に変革をもたらそうとしている。何が変わるのかー。

リオデジャネイロ・オリンピックで、世界初の実験が行われていたことはあまり知られていない。

NHKはオリンピックを「8K」映像で試験放送した。受信できるのは、全国のNHK放送局に配備された専用テレビのみ。NHKは2020年に東京五輪の実用放送を目指しており、リオの試験放送は「映像革命」が幕を切ったと言える。

何が画期的かというと、テレビの常識を超えたリアルな映像体験を生み出せるからだ。8K映像は、従来のハイビジョン放送の16倍にあたる3,300万画素の超高精細画像で、その密度は人間の網膜に迫ると言われる。しかし、8K映像が私たちの生活を根底から変える革命を起こそうとしているのは、テレビ放送とは違う場所にあった。

試験放送が行われていた8月上旬、NTT東日本関東病院。その日、杉本真樹医師らのグループが、志賀淑之医師の執刀のもと、世界で初めて、8K内視鏡での「ロボット手術」の撮影に成功したのだ。

「従来の内視鏡とは比べ物にならない超臨場感だ。外科手術はもちろん、医療そのものを大きく前進させるだろう」。杉本医師は8K映像への期待をこう語る。なぜカメラの映像技術が、医療に革命を起こすのか?

その背景にあるのは現在、急速に進んでいるロボット手術の普及だ。患者の身体に5mmから1cmほどの小さな「穴」を数カ所開け、「ロボットアーム」を差し込んで行う手術。執刀医はネットワークを通して映し出される患者の体内の映像を見ながら遠隔操作で手術する。メスで腹部を大きく切り裂く従来の開腹手術とは異なり、患者の負担(医学用語で「侵襲」という)が少ないことから「低侵襲手術」とも呼ばれている。

ロボット手術で執刀医の”目”の役割を果たすのが内視鏡。執刀医が見る8Kの内視鏡映像は、「掴めそうな」ほどリアルだ。「色彩が豊かで、まるで臓器が目の前にあるかのように見える。毛細血管の中を流れる赤血球が見えそうなほどに細部が鮮明に映し出され、立体的な奥行きを自然に把握できる」と杉本医師は話す。

VRで見た肋骨内

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患者はVRで自分の体内の問題を見て、健康意識が変わる。

8Kの鮮明な内視鏡映像は手術の大きな戦力になる。たとえば、手術中の出血だ。外科手術中、執刀医は常に臓器・組織を傷つけて出血させないよう、注意を払っている。出血すると臓器が真っ赤に染まって判別しにくくなり、医師の正しい判断を阻害してしまうためだ。

ロボット手術では、触覚を執刀医に伝える技術がまだ確立されておらず、映像から得る情報が頼り。執刀医は、内視鏡の視覚情報と、過去の手術の経験とを結びつけながら手術を進める。内視鏡映像が鮮明になるほど、手術中の感覚はよりリアルに近づく。

「8Kの内視鏡映像は、従来の内視鏡とは一線を画した臓器の変形や色彩の一瞬の変化が捉えられる。ロボット手術のアームにはない触覚が伝わるようだ」

VRで患者の体内を直感的に把握

取材当日、NTT東日本関東病院の手術室では、前立腺がんの手術が行われていた。

杉本医師は手術室に入ると、MacBook Proを広げる。患者のCTデータから3Dの「VR解剖図」を作るためだ。これが手術の”カーナビ”役になる。骨格のみ、臓器や筋肉のみ、血管のみ……というように、身体情報を医師のニーズに合わせて自由自在に可視化する。さらにVRヘッドマウントディスプレイ「Oculus Rift(オキュラス・リフト)」を使って覗けば、まるで自分が小人になってVR解剖図の中に入り、視線の動きを追従した360度視点で自由に見渡すことも可能だ。

執刀するのは志賀医師。低侵襲手術のスペシャリストだ。志賀医師は、手術ロボット「ダヴィンチ」に向かい、手術を進めていく。杉本医師は手術中、志賀医師に求められると、用意した患者本人のVR身体地図が表示できるオキュラス・リフトを手渡す。志賀医師は一通り眺めると、ふたたび「ダヴィンチ」に向かう。このVR解剖図は、まるで高性能なカーナビを搭載した自動車で行くドライブのように、安全で計画的、高効率な手術を実現するのだ。

一般的なロボット手術では、医師は内視鏡映像を手がかりに患部を処置する。組織の境界を僅かでも誤って傷つければ致命傷となる、全身に血液を運ぶ動脈や神経が網の目のようにある中で、その作業が進む。手術は自然と慎重に、かつ時間がかかるものになる。

しかしVR解剖図があれば、医師は「ここは2cm切っても大丈夫」と直感的・効率的に判断して作業ができるようになる。この2cmは、どんな教科書にも書かれていなかった、患者個別のVR解剖図だけが示せる手術の最短距離だ。

杉本医師は、最先端の「VR(ヴァーチャル・リアリティ)」技術を用いた「VR医療」のパイオニアとしても研究業績を積み上げてきた。8K映像はもちろん、さまざまなIT技術を手術室に持ち込み、この新しい”現実”で、医療の現実を変革しようとしている。

矛盾に満ちた”聖域”意識

「手術室は患者と医師が、命と命で対峙する、”聖域”だ」と語る志賀医師は、実績ある外科医。一方の杉本医師は、外科医として活躍しながら、VR技術を医療現場に持ち込んだ。このふたりが肩を並べて手術を進める風景は、一昔前なら考えられなかった。

患者の命を預かる手術室は、”聖域”だ。外科医である杉本医師にとっても、その点に異論はない。だが、ある日、杉本医師は疑問を抱く。手術室の排他的な聖域意識が新たなテクノロジーに拒否反応を示し、革新を阻んでいるのではないかー。

”聖域”にいる外科医は目の前の患者を治すことで精一杯で、医療全体に影響を及ぼす新技術の開発まで気を回せる状況にない。それだけにテクノロジーに対する医師たちの反応は鈍い。「これでは多くの患者を治すことのできるテクノロジーがあったとしても、医師はいつまでもそれを活用できない。私はその矛盾に満ちた聖域意識を解放し、”効率化”をはかるべきと考えました」

杉本医師が3D-CT画像の有用性に医療業界でいち早く着目し始めたのは2000年代初頭。3D-CT画像が出回り始めた、いわば黎明期だった。

杉本医師は当時、地域医療の現場にいた。最新機器の導入が進まず、医師や医療従事者が疲弊しているという、医療格差を実感していた。手術現場のニーズと一致した3D-CT画像を作るべく、杉本医師は放射線医に相談を進めた。

しかし話は簡単には進まない。医師には、それぞれの専門領域があり、領域が明確に区別されている。CTのような患者の画像診断情報を扱うのは放射線科の放射線科医。患者の手術を行うのは外科の臨床医といった具合だ。また、前例がないことには消極的になりがち。

そこで、杉本医師は人間関係を構築すべく、放射線科に足繁く通った。飲み会にもマメに参加し、忘年会では一緒に踊った。少しずつ放射線科医と実務作業を行う放射線技師たちと関係を築き、手術で本当に役立つ3D-CT画像を診療科や業種を超えて集めては学会で発表した。

「ただ流行りのテクノロジーを医療に持ち込んだわけではない」と杉本医師は強調する。「外科医として、技術がどれだけ多くの人の役に立つかを考えている。『VRを使うこと』がすごいのではなく、『VRが実際に手術の役に立ち、人々を救っていること』のすごさを知らせたい。その前例を作りたいと考えています」

手術の”予行演習”で失敗を回避

VR技術は手術室の外で、医師の訓練にも活用できる。VR解剖図を使えば、ロボット手術の予行演習を行うことができるのだ。これは手術の精度を上げるだけでなく、医師のストレス緩和にもつながる。

医師は「人の命を救う特別な存在」だ。彼らに失敗することは許されない。もし間違えば「救世主」から一転して「人殺し」扱いされることもある。

「どんなに難しい手術でも『できて当たり前』だと思われるのが医師という職業です。手術は”予行演習”はなく、すべてがぶっつけ本番。失敗すれば患者の命にかかわり、訴訟沙汰になって自らの医師生命を失うこともある。その過度なストレスから産婦人科、外科、小児科は医師数も極度に減少し、自殺率も高い職場になっている」

そうした問題意識から、杉本医師らが開発したのが、臓器模型の「BIOTEXTURE(生体質感造形)」だ。これは、単なる模型ではない。ほぼ人間と同じ特性・物性で患者臓器の”レプリカ”を造形する技術。水分量や繊維量などを緻密に計算した設計で、切れば実際の臓器と同じように”血”が出る。その精度は高く、医療機器開発の際の、性能評価の現場でも活用されている。

この臓器模型を用いて医師が予行演習し、リアルな感覚を体験しながら「失敗ができる」ということが、医療現場では革命的なことだと杉本医師は話す。

「人は失敗への危機感を得て成長する。この模型で手術の困難さや、突然の大量出血のような失敗を経験できれば、医師はリアルな危機感を感じる。その体験が、医師の成長に大きく役立つのです」

VRは映像だけにとどまらない”現実”だ。実際の患者の臓器を3D-CT画像をもとに3Dプリンタでプリントした模型も、模型である点を除けば「実質的には現実と同じもの」。映像によるVRを「可視化のVR」としたとき、杉本医師はこの技術を「可触化のVR」と定義している。

VRが変えた、命との向き合い方

医療分野は専門性が高いだけに、患者にとっては話が難解に思えてしまう。そのため患者は「先生にお任せします」と、理解することを諦めがちだ。「VRや臓器模型を使って患者の病状を可視化することで、患者にとって『わかる』医療を実現し、この状況を変えたいと思っています」

VRを活用すれば、記録されたロボット手術の内視鏡映像を立体視することができ、患者も自分の手術をリアルに追体験できる。その映像が8Kであればより体験は豊かになり、患者の実感が湧き、理解も深まる。これは患者の意識を変える力を持っている。

目の前で自分の臓器模型や、VRの手術映像をつかって説明されると、患者は治療を「自分事」として受け止めやすくなり、「病気に立ち向かおう」という姿勢が生まれるという。驚くべきことに、そうした患者の方が回復も早い。手術後にリハビリに励んだり、手術前にダイエットしたりと、自分の体の状況を理解した患者の行動が大きく変わるからだという。

退院時には自宅に臓器模型を持ち帰り、病気の体験と命の重さを家族に伝える患者もいる。VRの仮想現実が、現実世界での命との向き合い方をも変えようとしているのだ。杉本医師が言う。

「VRの何よりの魅力は”行けないところ”に行けること、”見えないもの”が見えること、”感じられないもの”が感じられること。VRが医療にもたらす新体験によって、私たちは身近な身体と命への理解を深め、向き合うことができる。そして医師や患者の直面する現実をより良い方向へ導くことができるのです」

杉本真樹◎神戸大学大学院医学研究科・神戸大学医学部附属病院特務准教授。医療コンサルタントの「Mediaccel 」を起業し、代表取締役を務める。VRクリエイティブアワード2016で、「Hyper medicine for augmented human 人間の能力を拡張する超越医療」にて優秀賞を受賞した。医療ICT推進や医療機器開発などを精力的に行っている。

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