ツェッペリン、アルバム『III』制作秘話:"アコースティック転向"騒動の内幕

ツェッペリン、アルバム『III』制作秘話:"アコースティック転向"騒動の内幕

  • RollingStone
  • 更新日:2016/10/19
No image

ツェッペリン、アルバム『III』制作秘話:"アコースティック転向"騒動の内幕

バイキングの雄叫び、カリフォルニア・フォーク、イングランドの伝説をフィーチャーしたアルバムは1970年10月5日の発売当初は非難の的となり、商業的にも低迷した。

「アルバムをリリースしてから俺たちの意図を汲み取ってもらえるまでは、だいたい1年ぐらいかかるものさ」と1975年、ジミー・ペイジはローリングストーン誌に語っている。しかし我々リスナーが『レッド・ツェッペリンIII(原題:Led Zeppelin III)』におけるスタイルの変化を完全に受け入れるまで、少なくとも10年は必要だった。壮大なブルース・ロックというイメージだったツェッペリンのサウンドだが、IIIでは激しさを抑え、心に響く繊細で神秘的なフォーク・ロックが全面に出ている。その一方で、アルバム・ジャケットからはバンドのトレードマークである炎上するヒンデンブルク号が消え、蝶や笑い顔から覗く歯などのイメージをサイケにコラージュしたよりポップなものになっていた。

「その時は誰も俺たちを理解できなかった」とペイジはため息をついた。「"レッド・ツェッペリン、アコースティックへ転向!"なんて見出しが大々的に出てさ。"お前らの耳と頭は大丈夫か?"って思ったよ。ファースト・アルバムには3曲のアコースティック曲があって、セカンド・アルバムにも2曲入っていたんだぜ」。

ペイジの言うとおりである。『ゴナ・リーヴ・ユー(原題:Babe Im Gonna Leave You)』や『ランブル・オン(原題:Ramble On)』など、初期のアルバムにもIIIへの流れを予感させるメロウな曲は収録されていたが、『レッド・ツェッペリンIII』では、ペイジとロバート・プラントはバンドのよりソフトな部分を全面に押し出した。それは決して唐突な思いつきではなく、アルバム全体の落ち着いた雰囲気を作り出している。70年代の初め、バンドはほとんど休みなしにツアーを続けた。グルーピーに囲まれ堕落した時期を過ごした後、メンバーは休息が必要だった。

「腰を落ち着けて、ぐちゃぐちゃにならないように曲のストックを整理する必要があった。ツェッペリンは急激に大きくなろうとしていた。でも俺たちとしてはなるべく平坦な道を歩きたかったんだ」と、プラントは後に振り返っている。

ペイジはその頃、カリフォルニア周辺で盛り上がるシンガー・ソングライター・ブームにのめり込み、中でもジョニ・ミッチェルに注目していた。当初ペイジとプラントは、カリフォルニア州マリン郡へ行くことでシンガー・ソングライター・シーンに近づけると考えていた。しかしプラントは、子ども時代に訪れたウェールズにある居心地のよいブロン・イ・アーと呼ばれるコテージのことを思い出した。1970年の初め、2人はそれぞれの家族や恋人を連れてウェールズへ行った。ペイジとプラントはこの休暇で頭をリフレッシュするつもりだった。しかし2人で周囲を散策したり夜の焚き火を囲んで話し込むうちに作曲意欲が湧き上がり、後に『III』の核となる曲を作り始めた。

人里離れた歴史を感じさせる田舎ののどかな場所で過ごした時間が、彼らの中のスイッチを入れたに違いない。『III』はカリフォルニア・フォークだけの影響を受けたアルバムではない。イギリスの伝統音楽や古代から続く歴史の影響も色濃く受けている。過ぎ去りし日の哀愁漂う『ザッツ・ザ・ウェイ(原題:Thats the Way)』や、数世紀前の伝統民謡をベースにしたブギの『ギャロウズ・ポウル(原題:Gallows Pole)』などにそれがよく表れている。

休暇を終えてイングランドへ戻り、彼らは郊外のカントリーハウス、ヘッドリィ・グランジでレコーディング準備に入った(ヘッドリィ・グランジは『レッド・ツェッペリンIV(原題:Led Zeppelin IV)』のレコーディングにも使われた)。その頃までにはアルバム1枚分の素材が用意できていた。そのうちの何曲かはブロン・イ・アーでの休暇前に作られた。例えば、ヴォーカルの甲高く長いシャウトが印象的な、荒々しいヴァイキングの物語『移民の歌(原題:Immigrant Song)』もそうした曲のひとつで、アルバムの冒頭を飾る曲というだけでなく、多くのバンドのライヴのオープニングにも使われている。本アルバムの中ではこの『移民の歌』のほか、ジャムセッションをそのまま録音した静かでスローなブルース『貴方を愛しつづけて(原題:Since Ive Been Loving You)』、ステディなハードロック・ナンバー『アウト・オン・ザ・タイルズ(原題:Out on the Tiles)』、熱狂的なギターが跳ねる『祭典の日(原題:Celebration Day)』は、いわゆる"電気"を使った印象的な楽曲である。

アルバムのB面はオール・アコースティックで、リリース当初はツェッペリン・ファンを戸惑わせた。揺らめく幻想的な『タンジェリン(原題:Tangerine)』は、ペイジとプラントがローレル・キャニオンの音楽シーンにどれだけ注目していたかがわかる。この曲は後に、(訳註:15歳でローリングストーン誌の記者となった)キャメロン・クロウ監督のロック映画『あの頃ペニー・レインと(原題:Almost Famous)』のサントラに採用された。なぜか曲名がスペルミスのまま放置された『スノウドニアの小屋(原題:Bron-Y-Aur Stomp)』は、激しいホーダウンのような曲である。アルバムは、フォーク・シンガー、ロイ・ハーパーに敬意を表した『ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー(原題:Hats Off to (Roy) Harper)』の印象的なスライドギターで締めくくられる。胸いっぱいの愛を"もっと"(A Whole Lotta More Love)期待していたロック・ファンには、『レッド・ツェッペリンIII』は期待はずれな作品だっただろう。ディラン・ファンがディランのロックへの転向に違和感を感じたのと真逆の現象が起きていたのである。

『スノウドニアの小屋』がプラントの犬のことを歌っているからという訳ではないだろうが、評論家たちはアルバム全体に感じられるセンチメンタリズムに非難を集中し、それに呼応するように売上も減少していった。妖精バンシーが長々と叫び声を上げ、続いてキャンプファイヤーを囲んで歌われる静かな讃歌。何年もの間、『III』はバンドの最低の駄作か、少なくとも方向性の見えない作品として評価されていた。バンドは媚びるためにこのアルバムで感情を素直に表現したのではなく、バンドが生き残るために必要な手段だったということを、ファンも評論家たちも当時は理解していなかった。

「ツェッペリンが長続きするためのキーポイントは"変化"さ」とペイジはローリングストーン誌に明かした。『タンジェリン』や『ザッツ・ザ・ウェイ』などの曲は、ツェッペリンが変化する能力のあることや、ただのコミカルなリフ・モンスター集団ではないということを初めて示した。

アルバム『III』をツェッペリンの"成熟した"作品であるとみなすのは難しい。結局のところ、このアルバムはヴァイキングの一人称の物語で始まる作品なのだが、とにかく、彼らが愛し影響を受けたブルースやフォークソングの深さや感情表現力を持つ曲をツェッペリンも書ける、ということを証明した作品でもある。「サード・アルバムは最高のアルバムだ」と後にプラントは語っている。「もしツェッペリンをヘヴィメタル・バンドだという奴がいたら、サード・アルバムがその言葉を打ち砕いてくれるさ」。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

音楽カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
ミツメ「WWMM」にオウガ、cero、井手健介と母船、ビーサンら
「スパガ」、新曲のミュージックビデオで初のボディコンを解禁!!
小室哲哉×美ボディ集団CYBERJAPAN DANCERS、一夜限り “秘密”のパーティーに降臨 ド派手ステージが連続
爆音轟く『Space Hulk: Deathwing』最新プレイ映像!―迫りくる不気味な敵を迎え撃つ
【インタビュー】YOSHIKI「なんだか緊張してきた(笑)」
  • このエントリーをはてなブックマークに追加