「私が書かなければ」 父と瀬戸内寂聴さんは不倫をしていた

「私が書かなければ」 父と瀬戸内寂聴さんは不倫をしていた

  • 文春オンライン
  • 更新日:2019/05/20
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『あちらにいる鬼』(井上荒野 著)

今年、作家生活30周年を迎えた井上荒野さん。最新作『あちらにいる鬼』は戦後文学の旗手と呼ばれた父・井上光晴と母、そして光晴氏と長年、恋愛関係にあった瀬戸内寂聴をモデルに、彼らの三角関係を描いた長編小説だ。

「2014年に母が他界して、それから1年ほど経った頃に『ご両親と寂聴さんの関係性をテーマに小説を書いてみませんか?』と担当編集者から提案されました。でも寂聴さんはまだご存命ですし、スキャンダラスな話題性で注目されるのは嫌なので、いちどはお断りしました。

その後、寂聴さんの調子がよくないと伺って。いま行かなければもう会えなくなるかもしれないと思い、京都にある寂庵を訪ねました。寂庵でお話しして、夕ご飯をご馳走になり、祇園のお茶屋さんまで連れて行っていただき、長い時間を一緒に過ごしました。その間、寂聴さんはずっとうちの父の話ばかりしていたんです。それを聞いて、寂聴さんは本当に父が好きで、父との恋愛をなかったことにしたくないのだろうと感じて、ぐっときてしまった。その時に『私が書かなければいけない。寂聴さんが元気なうちに書き上げて読んでほしい』と思って、そこから執筆の準備を始めました」

1966年、流行作家の長内(おさない)みはるは徳島への講演旅行で、同じく作家の白木篤郎と出逢った。当時、みはるは夫と子供を捨て、愛人と暮らしていたが、まもなく白木と恋に落ちる。白木にも家庭があったが、いつも妻以外の恋人がいた。妻・笙子はそれを黙認し、表向きは穏やかな日々を過ごしていた。やがて白木はみはるが書いた原稿を添削するようになり、ふたりは〈書くこと〉を通じて、性愛を超えた深い繋がりを育んでゆく。

「父と寂聴さんの恋愛はまったく気づかなかった」

「父と寂聴さんは、私が5歳から12歳の頃に付き合っていました。私ののんきな少女時代の背景に父と寂聴さんの恋愛があったわけですが、まったく気づかなかった。両親が深刻な喧嘩をする姿は見たことがなかったし、母が父の女性関係についてなじったり、愚痴を言ったり、泣いたりすることもありませんでした。当時、母は一体どういう心境で暮らしていたのか、その謎を解きたい。それが大きなモチベーションでした。私にとって小説を書くという行為はいつも、自分の中の謎を解く試みです。今回もそうやって母について考えてみようと思い、笙子とみはるの視点から、完全なフィクションとして3人の関係性を書くことにしました。つまり、笙子という女性を造形することで、母の内面を読み解くということです。とはいえ本作を書くことで母の真実を解き明かしたとは思いません。現時点で、私が造形した母はこういう女だったということです」

妻と愛人でありながら、笙子とみはるの間には不思議な連帯感が生まれる。後にみはるが出家し、白木と男女の関係を絶ったあとも3人の交流は続いた。

「笙子の選択に対して『子供のために家庭を守った』という印象を持つ方もいるようですが、決してそうではないと思います。笙子は篤郎と別れずに最期まで一緒にいることを選んだ。一方、みはるは出家という手段によって篤郎から強引に離れようと決心しました。自分の意思で、自分のためにそのような生き方を選び取ったという点で、ふたりはとても似ています。篤郎に何かを期待していたのでも、誰かのために我慢していたわけでもなく、主体はあくまで彼女たちだったと思うんです」

いのうえあれの/1961年、東京都生まれ。89年に「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞を受賞し、デビュー。2008年、『切羽へ』で直木賞、11年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、16年『赤へ』で柴田錬三郎賞を受賞。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年5月23日号)

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