作家・清武英利氏「組織の中人々の苦しみ、喜び、矜持を書き続けたい」

作家・清武英利氏「組織の中人々の苦しみ、喜び、矜持を書き続けたい」

  • THE PAGE
  • 更新日:2018/02/20

清武英利氏は、組織と葛藤し、時には抗って生きる「後列の人々」を描いているノンフィクション作家だ。読売新聞で社会部デスクや部長を務め、読売巨人軍の球団代表を解任されるという“華々しい”経歴の持ち主でもある。2013年に山一證券の倒産、清算を舞台にした『しんがり 山一證券 最後の12人』を著し、昨年は機密費流用事件を捜査した刑事を描いた『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』を出版、いずれもドラマ化されている。清武氏に『石つぶて』に込めた思いや取材活動の様子などについて聞いた。

「後ろの列」にいる人を描く

No image

「組織の中で生きる人々の苦しみ、喜び、矜持を書き続けたい」と話す清武英利氏

──『石つぶて』は機密費流用事件を舞台にしたノンフィクションですが、人を描いている作品という印象を強く受けました。

清武英利氏 もともと(新聞社の)社会部の人間なので、「社会部の人間なので」という言い方はおかしいのかもしれないけれど、描く人も後ろの方にいる人、あまり目立たないけれど気骨のある人、そういう人を探して物語を書くことが今の僕の仕事です。それと組織との、まぁ、組織の中でどう生きるのかという。組織とは無縁に生きてはいけないわけで人間は。だから、後ろの方にいて、抵抗人というか、抵抗するような人、「このままでいいのか」という思いでいる人を探すことが僕の今の仕事。それを一つずつやっているのです。

──あとがきに「私は、巨大な組織の『餌付け』を拒んで生きる人々を、社会の片隅から見つけ出すことを仕事にしている」とも書いていらっしゃる。清武さんご自身、巨人軍の球団代表だった2011年、読売の“ドン”と言われる渡邉恒雄さんを告発したいわゆる「清武の乱」を起こされた。その時の印象が未だに強いのですが、その体験が現在の作家活動の根底にあるのですか?

清武氏 まぁ、どっかで重ねているところはあると思うんですよ。そう言われるから。自分では意識しなかったけれども。『しんがり』を書いた後によく言われました。それは否定できない気もします。結局、社会とか企業とか、あるいはトップが、人々がおかしいなと思う時に、個人はなかなか声を出しにくいですよね。保身や将来を考えるから。でも、声を上げざるを得ない人もいっぱいいるわけですよね。内部告発をしたり、内部告発にまで至らなくても、おかしいじゃないですかと。僕は、そのおかしいじゃないですかというのを大事にしたいわけですよ。一生の悔いになるから。おかしいと思う時に、おかしいと声を上げる社会であってもらいたいし、そうだねって考える社会であってもらいたい。だから、おっしゃる質問で言うと、若干、重ねているところはあると思うんだけれど意図的にそれをやろうという気持ちはないのです。

変容する捜査部門の中でどう生きたのか

No image

会話の復元には3年くらいかけるという

──最初に「社会部の人間なので」とおっしゃった。清武さんの描くノンフィクションの原点というか出発点は、社会部の記者時代にあるのかなとも思いました。

清武氏 ノンフィクションは読売新聞の社会部でデスクをしていた頃からやってきたんです。『会長はなぜ自殺したか』とか。自分ですべてを書くのではなく、僕も含めてみんなで取材したものを僕が構成して書きなおし、それを一冊の本にして共著にしたりしました。警視庁を担当して、それから国税を担当しました。バブル時代でしたから、脱税とかね、「所得隠し史上最高」とか一面トップで書きましたもの。最初はスクープ記事ばかり追いかけていましたが、だんだん飽き足りなくなって、そこから、国税庁が解明した證券金融事件や所得隠しをする人間を追いかけている国税調査官たちの矜持とか、国税組織を描きたいと思うようになったのが、ノンフィクションを書くスタートだったかもしれません。

──『石つぶて』では、組織と葛藤しつつ自らの捜査を貫こうとする刑事たちの姿が描かれています。『石つぶて』を書こうと思われたのは、どんなことがきっかけだったのですか?

清武氏 細々と連絡を取り合っていた元警視庁刑事たちと再会したことですね。芯のある人たちで、極めてユニークなんですよ。たたかれても自分は進んでいくというような。組織がね、どんなことを言ってもやるんだという人たちなんで。捜査二課長に内緒で政治家の関係者を調べようとしたこともある。なんでそこまでやるのとずっと疑問だった。今、警視庁の捜査二課は大きく変容していて、事件を手がける刑事たちもまた変容している中で、この人がどう生きたのか、というところが描きようだと思ったんですね。この人たちはたまたま大きな事件をやった人たちだったので題材として非常にふさわしいと思って、そこからもう一度、付き合いはじめたのです。

会話の復元に3年くらいかける

──中才宗義さんは「石つぶて」の主人公とも言える刑事ですね。しかし、厳格な組織の内部について聞き出すのは極めて難しいと思ってしまうのですが、描写が精緻で、取り調べの様子なども詳しく書きこんでいるので読み始めた時はフィクションかと思いました。

清武氏 僕は会話の復元って言ってるんですが、復元を図る作業をかなりやります。中才さんは口を簡単には開かないので、周囲の刑事たちから聞いていく。それに3年くらいかける。何度も同じことを聞いて。人間社会は会話によって成り立っているじゃないですか。なんでシーンが再現できないのかというと、会話を忘れたり、会話の復元を怠っていたりするからなんです。1回でちゃんと話せる人って少ないので何回も会うんですよ。本当はね、もっとトントントンって書きたいわけですよ。だけどそうならないのはなぜかというと、シーンを再現することに時間がかかるからなんです。

──細かいシーンが描かれていることに加えて、警察内部のテーマを現役刑事以外はすべて実名で作品化されていることにも驚きました。

清武氏 登場人物を匿名にすれば楽ですよ。でも、やっばりね、匿名社会へと流されつつあるので、僕はその流れに掉さして、実名主義を可能な限り貫きたい。実名によってその人の存在とその人がこの時代に生きたということを書き残したいわけです。もう一つはね、僕は長い間、ノンフィクションをぽつぽつ書いたり、共著でもやったりしてきたんだけど、ノンフィクションだけでなく、本が読まれない時代になっていますよね。短いものしか読まれないですよ。それはなぜかというと、わからないことをわからないこととして片づけるからなんです。だから『しんがり』の時もそうでしたけれど、その時に何があったのか、資料をもう一度集めに行くんです。資料を集めた上で、何度も同じことを聞くんです。

──相手との信頼関係がなければ出来ない取材だと思います。

清武氏 「お前は俺を取り調べているのかよ」って言われる時もありますよ。3年間かけて会話を復元して、最後の半年間は実名で書くことのやりとりがある。「バカヤロー」「何言ってんだって」。でも、今まで実名で相対してきたじゃないですか、その前提でやってきたでしょって。実名で書きますよと言いながら3年間話しを聞いて、だから書きますよと言うと「本当かい」って。

変化する社会に組織や報道は対応できているか?

No image

『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』(講談社)

──清武さんがおっしゃられる「後列の人」、世間的には無名な人だと思うのですが、そういう人たちと真正面からぶつかって作品を描かれているのですね。

清武氏 警察官として職務を果たすということだけではなくて、どうしてもサンズイ(汚職)をあげなければいけないんだと、そういった執念が失われていると思うんですよ。この本を書くきっかけになった、もう一つの理由は、警視庁の捜査二課が汚職をあげられなくなったことですよ。汚職の情報がないのかというと、そんなことはないです。汚職の情報はあるんですよ。それはね、僕らにもわかっているから。それを揉んで地検とやりあう時に、あるいは部内で管理官、捜査二課長にあげて、捜査二課の内部で話し合う時に潰れる事案が極めて多い。本当のワルが眠っている。それでいいのかをみんなで考えてもらいたい。

──『石つぶて』の中にも事件が潰れそうになるシーンが出てきます。

清武氏 僕は二つの面、一つは社会が大きく変わって、それに組織が対応し切れているのかということ、もう一つは社会をウオッチしている、ここでいうと警視庁記者クラブだけれど、警視庁クラブの記者達がそれに対応しているのかと、その二つを問いかけたかったんですね。昔だったら年間5件とか6件とか10件とか汚職事件があった。それを追っかけるために刑事と捜査二課の担当記者がいる。汚職事件が年間ゼロ、あるいは1、2件しかないんだったら何やってんの、おかしいと思わないの? 汚職を摘発できない刑事が数十人もいて何やってんのって疑問に感じないのか。書かない記者はやっぱり、おかしいよね。

──そういった意味では、新聞記者も気骨のある人がいなくなっているのかもしれません。

清武氏 警視庁捜査二課という問いかけだけではなくて、警視庁の刑事というもの、警視庁の記者あるいは新聞記者そのものがこれから先、まぁ、ネットがこれだけ強くなっている時代にどう生きるのか、ということもあるわけではないですか。じゃあ、キレイな社会になったのかといったら、そう思っている人は少ないですよ。もやもやとした、澱んだ瘴気のようなものを感じている人が多いと思うんですよ。熱病をもたらす悪い空気に満ちているような社会の底流、そういうところも僕はあると思うんです。そこをもっと変えてもらいたいですよね。だんだん二元化して、キレイな社会と底流の社会、だんだん格差が広がっていて、それを上手く掴めていない新聞記者。記者が時代を掴めない時代になっているのかもしれませんね。

ノンフィクションの枠を壊したい

No image

『空あかり 山一證券“しんがり”百人の言葉』(講談社)

──時代を見据えつつ、今後も「後列の人」をテーマにした作品を描かれていくのでしょうか?

清武氏 やはり、大きな組織の中で生きる人々の苦しみとか、喜びとか、矜持とか、そういったものを描き続けることになるのでしょうね。それは他の人があまりやらないテーマなので。それをノンフィクションでやるということが自分のテーマになっていることは間違いない。僕はノンフィクションの枠を壊さないとダメだと思うのです。ノンフィクションはこんな風に固いものだよね、という概念を壊さないと、いつまでたっても読まれない。ノンフィクションはどうしても会話が少なかったりする。なぜかというと会話を復元することは難しいからです。時間の制約とか、編集者の熱意もあるから。僕はそこを忠実にやることがプロの書き手としての矜持なので。会話の復元、シーンを空気とともに再現するということ。それから読みやすいものを作る、その三つが一番の重点ですかね。

──『石つぶて』はまさに一つ一つのシーンが見えるようで、一気に読破しました。昨年11月に出版された『空あかり』は、『しんがり』で取材した山一證券を含めて清算社員ら100人のその後の人生を追った作品ということですが、1人1人について短編風に描かれていて、従来とはまた異なる趣向になっています。

清武氏 ノンフィクションで描いていることは今みんなの目の前の現実です。実際に耐えがたい苦労をして20年を生きた人がいて、これからも理不尽や病気や介護と対峙して生きなければならない。それが読者にも、ある支えになるかもしれないと思うんですね。それは同時代を生きる僕自身の支えにもなってるわけです。そういう人がいるというのは、やっぱり捨てたもんじゃないなと。それは自分がずっと取材をしてみて感じていることです。そういう人を取材することは自分の喜びにもなっているわけです。紙の文化はずっと残ると思うんですが、ネットがどんどん広がっていく時代になって、これから先はネットで本を読む時代になるかもしれない。ノンフィクションは同じところにいては取り残されると思いますよ。事実を書き残す行為、書き残すということについて、いろんな模索をしていかないと、とも思います。テーマは山のようにあります。生きている間に全部できるかなぁというくらいに。

【清武英利】きよたけ・ひでとし。1950年、宮崎県生まれ。立命館大学経済学部卒業。75年に読売新聞社に入社し、社会部記者として警視庁、国税庁などを担当。中部本社(現中部支社)社会部長、東京本社編集委員、運動部長を経て、2004年8月より読売巨人軍球団代表兼編成本部長。11年11月、専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を解任される。現在はノンフィクション作家として活躍、著書に『しんがり 山一證券 最後の12人』(2013年)、『切り捨てSONY リストラ部屋は何を奪ったか』(2015年)、『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』(2017年)、『空あかり 山一證券“しんがり”百人の言葉』(2017年)など。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

芸能カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
花田優一 妹を溺愛 一緒に風呂も「チューも」
大泉洋 相棒・木村洋二アナの2年ぶり復帰に号泣「よかった。長かったからね、今回」
「時代は終わった」「ほんと性格悪い」人気者の座から転落した、“嫌われ”芸能人3組
辺見えみり&松田賢二、離婚を発表
山崎賢人「トドメの接吻」胸キュン展開から...「落差ありすぎ」と悲鳴
  • このエントリーをはてなブックマークに追加