戦後最悪の日韓対立で「ある在日韓国人」が心を痛めた「本当のワケ」

戦後最悪の日韓対立で「ある在日韓国人」が心を痛めた「本当のワケ」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/09/12
No image

日韓の争いはどこまで続くのか…

仕事のパートナーであるニューカマーの韓国人と、ため息を漏らす。

今回の日韓間の争いはどこまで行くのだろうかと。

毎日のように入ってくる日韓の貿易・外交問題のニュースを聞いては、心を痛めている。

No image

photo by GettyImages

私は、在日韓国人の三世である。

私は、日本に暮らし、ふつうの日本人と全く同じ生活をしているが、ルーツである韓国と、そこに住む人たちの考えについても、理解しているつもりだし、より多くの関心を寄せている。

以下、そのような私や、私と同じ立場の人の実感を元に、戦後最悪ともいえる今般の日韓対立についての思いを伝えたい。

私と韓国と戦争について

まず、私と韓国の関わり、そして、戦争との関わりについて述べておきたい。

私の外祖母(母方の祖母)は韓国人で、韓国が日本の植民地だった戦前に日本国籍朝鮮出身者として、日本で生まれた。当時のことだから、ご多分に漏れず多くのきょうだいがいた。外祖母は9人のきょうだいの中の一番上の女の子だったが、一人、兄がいた。

No image

〔photo〕gettyimages

その兄(私の大伯父)は植民地出身ということで、なかなか徴兵されなかったが、戦況がジリ貧になった1945年(終戦の年)に駆り出され、そのまま南方で亡くなった。

日本人が南方の戦地で亡くなることは珍しいことではない。しかし、その大伯父の遺族が受けた扱いは、日本人の兵隊とその家族が受けるはずの扱いとは異なっていたという。大伯父は、植民地出身者であったため、残された家族は、遺族年金もなにも手にすることができなかったのだ。

「戦死した」という通知が一枚来ただけである。彼の家族に遺族年金が支給されなかったのは、太平洋戦争中に従軍した人とその遺族に対する補償を定めた「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の対象者に、旧植民地出身者が含まれていなかったからである。補償の対象は「日本国籍を有する者」に限定されていたのだ。

当時の家族にとっては、長兄を亡くすことは、心情面での苦しみはもちろんのこと、経済面の苦しみにも大変なものがあった。それは、家族の生活の支え手がいなくなるということを意味したからだ。

在日コリアンのこころ

長兄が死ぬと、私の祖母がその後に続く7人のきょうだいの面倒をみることになった。幸い、祖母の家は朝鮮出身者のなかでは金銭的に恵まれていた方で、遺族年金が入らなくても、なんとか暮らすことはできた。

No image

photo by iStock

しかし、周囲の多くの朝鮮人家族には、経済的に困窮状態にある者も多くおり、戦争が終結しても、貧困の問題は解決されなかった。

そもそも貧困は次世代に受け継がれることが多いが、戦争により代をまたいで貧困を継承している家族は、より深刻な状況に置かれている。戦争により経済基盤が丸ごとなくなってしまったため、本人たちの努力だけでは、どうしても貧困のループから抜け出せなくなっているのだ。

貧困の連鎖の原因はもちろん、あの戦争である。旧植民地出身者の多くは、子孫係累がこのような負の遺産を受け継いでいる。

だから、彼らにとって「あの戦争は過去のこと」と簡単に括れるものではない。旧植民地出身者の家族・子孫にとっては、あの戦争、あの植民地問題は、現在進行形で続いているのである。

ただそのような過去があっても、確実に言えることは、今、友好国であったはずの日韓がこれほどまでに対立していることに対して、在日コリアンはみな、心穏やかではないということだ。いろんな感情があったとしても、この対立を喜んでいる在日コリアンはいない。

「韓国はとんでもないね」という声を浴びせられ…

在日コリアンにとって、日韓の対立は、日々の生活にも大きく関わってくる。私自身、ごく小さな会社を経営しており、日々、ビジネス上の多くの出会いがあるが、面会先の日本人の経営者から、「韓国はとんでもないね」という声を浴びせさせられることが何回かあった。

No image

photo by iStock

それは、先方からすれば、プロ野球や天気の話題を投げかけると同じ程度の世間話にすぎなかったようで、経営に支障をきたすようなものではなかったが、同じく経営者である私の弟の場合は、いささか心配である。

私の弟は、焼肉屋を経営している。メニューの多くが韓国料理で、客のほとんどは日本人だ。

最悪、客足が減ることも予想される。今後の日韓の外交交渉については、私以上に穏やかでない気持ちでいる。

通名、あるいは本名で会社に通勤する人、学校に通学する人、帰化した人であってもそうでなくても、朝鮮半島にルーツを持つさまざまな属性の人が、この問題で、明日の自分、明日の家族の身を案じないことはないのである。

この不毛な両国の対立は、両国政府や、観光業に関わる人だけでなく、普通の人に対しても、何の利益ももたらさない。

在日コリアンだからできること

だからこそ、私たち在日コリアンは、私たちなりの仕方で、情報発信を続けていく必要があると感じている。両方の立場、気持ちがわかるのが私たちなのだ。

もちろん、同胞の中、また私の家族の中にも、心のなかでは色々と逡巡しながらも、積極的な情報発信は損だという考えの者もいる。日本に軸足をおいて生活する私たちにとっては、日本と韓国と、両方が近い存在なので、どちらにも気を使わなければならないことがある。

なにか政治的発言をしたり、情報発信をしたりすれば、了見の狭い人から石礫を投げられることもあるし、韓国にも問題があるという立場を是々非々で論じる人間(たとえば私のような)には、同胞からも厳しい視線が注がれるときがある。何を話しても損なことが多いのだ。

それでも、やはり私は、在日コリアンだからこそできる情報発信はあるし、すべきだと思う。

朝鮮半島出身で、かつ日本に生活基盤を置く私たちにとっては、ぶつかり合う両国の折り合いをつけるのがどんなに困難かは、よくわかっている。

No image

photo by GettyImages

日韓政府の関係が、ほんとうの意味で良好であったことは、日韓合意が果たされた後の軍事政権の一時期(1965年の日韓基本条約締結からの数年)、小渕恵三・金大中の類まれなリーダシップに導かれた一時期(1998年の日韓共同宣言からの数年)しかないことを知っている。

他の時期は、明らかに対立しているか、もしくは関係が良好にみえても、米国という調整者に対する遠慮でそうしているに過ぎないだけか、そのどちらかにであったことを知っている。

しかし、一方で、在日コリアンの多くは、韓国の歴史も学んでいるので、韓国の事情も理解しつつ、大日本帝国が戦争に破れたのちの新生日本が、韓国に歩み寄りをしてきたことも知っている。

在日コリアンは、韓国国民が民主主義を希求し、紆余曲折を経てきたこと、また、歴史的に積層した厚い壁を乗り越え、人権意識を高めていったことを知っている。そして、日本が、戦後の逆コースや反動的な政治家の出現を乗り越え、戦後70年以上にわたり、海外の軍事活動で一人たりとも殺していないことを知っている。

在日コリアンの多くは、両国が築き上げてきた、近代的で進歩的な価値観を理解しているのだ。

無知と無理解を超えて

しかし、その一方で互いの近代化の歩みを互いが理解し合っているのかとなるとそうではない。

日本人の多くは、韓国が力づくで勝ち取った民主化について、無知であるか、冷笑主義的な態度を取っている。他方、韓国人の多くは、往々にして、日本人の多くが平和主義を守り抜こうと努力していたことについては無知か無理解なのである。

そうした無知や無理解から、両国民は感情的になっている。在日コリアンは、そんな両国の誤謬や偏見から、客観性を保てる立場にいるのではないか。だからこそいま情報発信をすべきではないかと思うのだ。

もちろん、国益がぶつかる問題の調整は困難である。日韓合意そのものをどう評価するかは、国際法や政治、経済さまざまな議論が必要で、これらに対して、明確な解答を与えることはできない。

今回の貿易問題の発端となった徴用工問題でも、慰安婦問題でも、複雑に利害が絡み合っており、在日コリアンという比較的客観的な立場でも、公平無私な行司役を務めることはできない。

しかしながら、在日コリアンなら、近代国家の住民たる両国民が折り合える価値観、つまり、ヒューマニズムなり基本的人権についての視点で、両国民を繋ぐための情報発信ができるように思う。

そして、在日コリアンとしての客観的な立場が、その発言の中立性、客観性を担保し、説得力を強めてくれる――というのは私の希望的観測に過ぎないのだろうか。

日本と韓国に言いたいこと

私がここで言いたいのは、日本の旧植民地であった朝鮮出身者がどれほどの辛酸を嘗めたかということではない。

たしかに、日本の領土の一部であった朝鮮半島の出身者の多くには、植民地支配における負の遺産が引き継がれている。彼らは、戦争で受けた苦しみを、戦後も引き続き受け続けているのも事実である。

No image

photo by iStock

一方、日韓基本条約で終結したはずの問題が文在寅政権によってむし返されているというのも事実であるし、両国民同士が50年の歳月をかけ、外交的努力を重ね、政治経済・文化交流を築きあげてきたという正の遺産があるのも事実である。このように、今般の日韓関係の悪化については、日韓双方に言い分が有るのは当然だ。

しかし、なぜ両国とも、事をもっと穏便に済ますことができないのだろうか。

まず、日本側には以下のように言いたい。

今般の文在寅政権の行動は、日本側からすれば、ちゃぶ台をひっくり返されるような気持ちだろう。ただ、やっぱり、少なくとも彼らにとっては、戦争は少しも過去の話ではなく、実体験として感じている不公平感は計り知れないということがあるのだ。

なぜ韓国側があれほど怒っているのか、やりきれない気持ちでいるのか、リアルに想像してもらいたい。戦争やそれに関連する合意は、すでに過去のことである、と簡単に切り捨てるのではなく、現在に継続していることとして受け止め、いまだ傷ついている人がいることを認知、想像してもらいたいのだ。

もちろん、日本からすれば、ちゃぶ台返しは不合理だろう。

しかし、韓国からすれば、不公平感が根っこにある。争う中では、理屈や合理性だけでなく、相手の気持ちの回路を知ることも大事である。怒っている相手の気持ちの回路を知ることは、決して無駄な所作ではない。交渉において、自身が相手より優位に立つことにも役立つはずだ。

一方で、韓国側にも言いたいことがある。

いま、日韓両国においては、政治、外交、経済上の交流だけでなく、若い人々を中心に、文学、音楽、芸能などあらゆる分野での文化交流が盛んになっている。これは、本当にすばらしいことだ。

これとて、先人の外交交渉の努力とその結果たる日韓の合意がなければ生まれていない成果であるはずだ。このような、日韓の親睦の基盤や、両国のいくつかの合意が、韓国側によって一方的に反故にされてよいはずはない。

合意の見直しを主張するのであれば、一方的に合意の破棄をするのは大人げない。日韓双方で、見直しを始めることにまず合意をしましょう、とするのが前提でなかろうか。

一方的に、状況が変わったからという理由で、ちゃぶ台を返すことは、いくらなんでもまずい。今、ここで、若い人たちが文化交流で楽しんでいることの土台を壊すものにほかならない。

語り合うということ

聞くところによれば、連日にわたる、日本製品ボイコットや日本旅行の取りやめのニュースは、いたずらに大きく報道されすぎている面もあり、実際には、それほど全般的なことではないようだ。

しかし、事の大小を問わず、このような「民族としての反撃」のような行動は、結局、日本「民族」からの反感をもたらし、「民族」と「民族」の泥沼の争いに陥るだけである。

辛く傷ついているという経験は、主語を民族とする文脈で語らなくてもよいはずだ。朝鮮は、民族と民族の戦いや戦争に翻弄されてきたからこそ、もう、民族という視点から離れるべきなのだ。

そして、韓国、朝鮮半島の人々が、人間としての不幸を語りだすことができれば、共感は、国境を超え、民族を超えて広がっていくはずである。

少なくとも、日本製品ボイコットや日本旅行を取りやめるという韓国人の行動は、私はどうなのだろうと思う。

そんなことをするよりも、例えばアサヒビールが好きなら、もっとどんどん飲めばいいし、いまや日本料理の一部となった焼き肉やホルモン料理がどのように生まれたかを語るのがよい。焼き肉やホルモン料理には、朝鮮半島の植民地支配と貧困の歴史が関係しており、そういうことについて、日本人に、もっと関心を持ってほしいと言えばよい。

旅行が好きなら、ボイコットよりも、日本を再び訪れて、日本人と交流しつつ、日本のあれそれは好きだ、でも自分たちの親類や家族が、九州や北海道で大変な目にあったことは知ってほしいと語ればよい。

そして、そこにいる日本人に、二度とあんなことが起きないよう交流をつづけようと、語りかければよい。そしてそれは私たち在日コリアンもするべきだと思っている。

ここまで書き連ねたが、あくまでこれは一在日韓国人の個人の所感である。日本人・韓国人の中にもこの問題について多様な考えがあるように、もちろん、私たち在日韓国人の中にも、この問題に対する温度差はある。同じ親から同じような教育を受けた私のきょうだいの間でも、この件についてどう距離をとるのかは同じではない。

ただ、確実に言えるのは、このような視座で発言し、語り合えるならば、両国の折り合える接点はきっと見つかるだろうということだ。

こういった視座をもつ力は、民主主義や人権といった近代的価値を認める日韓両国の国民には、必ずあるはずだ。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
スカイダイビングで男性が死亡 結婚記念日の妻からの贈り物で悲劇
アレに座るのが至福の時間!? その習慣、今すぐやめましょう
つける指で意味が違う。本当の指輪のつけ方
なぜALSになると謙虚な人が“横柄”な人になるのでしょう?
独身・アラフォー・貯金ゼロからの劇的成り上がり! 宝くじで6億円当てた男が語る「大逆転人生論」
  • このエントリーをはてなブックマークに追加