キャバレーと日本人...銀座「白いばら」に行ったら大盛り上がりでメチャクチャ楽しかった

キャバレーと日本人...銀座「白いばら」に行ったら大盛り上がりでメチャクチャ楽しかった

  • Business Journal
  • 更新日:2018/02/13
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ピンク映画、西洋のお城のようなラブホテル、赤線跡……。かつて日本全国のあちこちで見られた「昭和の遺産」というべき文化や風俗は、今や絶滅の危機に瀕している。

それを象徴するのが、平成末期になっても東京・銀座に唯一現存していたグランドキャバレー「白いばら」の閉店だ。インターネット上でも話題となったように、白いばらは2018年1月10日をもって86年の歴史に幕を下ろした。

いったい、グランドキャバレーとは、そして白いばらとはどういう店だったのか。閉店を前にした昨年12月中旬、実際に同店を訪れた。

●高度成長期に隆盛を迎えたキャバレーの衰退

グランドキャバレー(以下、キャバレー)は、第二次世界大戦後の進駐軍向けサロンをルーツとする「大人の社交場」だ。店内にはステージがあり、きらびやかな照明のフロアをドレス姿の女性が行き来し、ボックス席には嬌声が響く。

隆盛を迎えたのは高度経済成長期の1960年代で、全国各地に豪華な内装の大箱が続々と誕生。「キャバレー太郎」と呼ばれた福富太郎のハリウッドグループ、三経本社のロンドングループなど、全国チェーンも生まれた。

しかし、80年代になると、よりカジュアルなキャバクラやスナックなどに客を奪われてキャバレーは低迷期に入り、昭和が終わる頃には店舗数が激減する。

2015年6月には風俗営業法が大幅に改正され、1号営業(キャバレー)と2号営業(クラブ・ホストクラブ・キャバクラなど)が新1号営業として統合。これによって、法律上のキャバレーも消滅した。

そして、昨年8月には東京・蒲田にあった老舗キャバレー「レディタウン」が閉店し、それに続くかのように86年の歴史に幕を下ろしたのが白いばらだ。

●割り箸に挟んだ1000円札が飛び交うショー

白いばらは、銀座3丁目のガス灯通りの中ほどにある。まず目を引くのは、青と白の建物にレトロな電飾。正面入口の上には「創業昭和6年の社交場」「健全 明朗 女性とお話を楽しむ店です」の文字があり、その下の壁面には大きな日本地図が掲げられている。

この「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」のキャッチコピーとともに各県にホステスの名札が下がっている地図、そして昭和感が色濃く漂う店構えは、長らく古き良き銀座の風景としておなじみとなっていた。

驚いたのは、行列ができるほどの客が押し寄せていたことだ。12月中旬という忘年会シーズンだったことに加え、おそらく閉店が発表されたことで常連客による駆け込み需要が増えたのだろう。

店内は古めかしい外観からは想像できないほど広く、ざっと数えてみたところ、席数は1階と2階の2フロア合わせて80卓以上、200席はあった。中2階にあたるスペースには生バンドが入り、1日2回のショーを行う。さらにホステスによるショー、そして、これも絶滅寸前のカルチャーであるチークタイムまであった。

ちなみに、キャバレーは改正前の風営法で「設備を設けて客にダンスをさせ、かつ、客の接待をして客に飲食をさせる営業」と位置づけられていた。ホステスとのダンスタイムがあって初めて「キャバレー」を名乗れるのだ。

しかし、この日の大賑わいは、やはり駆け込み需要によるものだったようだ。席についたホステスに話を聞くと、「閉店発表してからは満員御礼ですけど、それ以前はさびしかったですね……」と打ち明けた。

「遅刻による罰金もないし、出勤も自由なので、働きやすい職場でした。ホステスさんもダンサーさんも店員さんも、散り散りになってしまうのがもったいないですよ」(同ホステス)

こうした働きやすい環境だったためか、あるいは年齢が高めの客層のためなのか、見たところホステスの年齢層は20~40代と幅広い。また、出身地方のなまりが残るホステスもいた。このあたりも、キャバクラと大きく違う点だろう。

通路を舞台に繰り広げられるレビューのようなショーは大盛り上がりで、これも懐かしい風習である、割り箸に1000円札を挟んだチップが飛び交った。しかし、この昭和感があふれる賑わいは、もう見ることはできないのだ。

閉店の理由は「建物の老朽化」とのことだが、この昭和レトロな空間がなくなってしまうと思うと、やはりもったいなさを感じる。

●大箱のキャバレー閉店後、跡地はどうなる?

こうした大箱のキャバレーは閉店後、どのように活用されるのか。実は、キャバレーの跡地はイベントスペースやライブハウスとして使われるケースがよくある。

00年にオープンした鶯谷の「東京キネマ倶楽部」や大阪・千日前の「味園ユニバース」も、元をたどればキャバレーだった。今ではつくり出せない独特の内装や雰囲気は、当時を知らない20代の若者にも好評だ。

新宿・歌舞伎町の風林会館5階にあった「ニュージャパン」も、以前はイベントスペースとして貸し出されていた。現在は全面改装され、16年3月より相席ラウンジになっている。キャバレーは繁華街の一等地にあるため、イベントスペースとしての営業では利益率が悪く、改装されてしまうことも多いのだ。

札幌にあった創業43年の「札幌クラブハイツ」は13年2月末に閉店し、その後は飲食店に改装された。このクラブハイツの閉店によって、「日本最北端のキャバレー」と呼ばれるようになったのが、山形県酒田市の「白ばら」だ。

白ばらも15年12月で閉店してしまったが、地元の有志によって存続運動が行われ、跡地を利用して音楽イベントなどが行われていた。ところが、消防署から設備の老朽化を指摘され、修繕しないとイベント開催も不可能という事態に陥った。そこで、有志が整備費用350万円を調達するためにクラウドファンディングを立ち上げて集金に成功。飲食店として再申請し、17年末に再オープンにこぎ着けている。

もっともこういうケースは稀で、実際には大半のキャバレーが何も残すことなく消えていく。

現在、大阪には関西最大級といわれる「グランドサロン十三」、昭和12年創業のラウンジ「ミス大阪」があり、福富太郎の「ハリウッド」も都内の北千住と赤羽に健在だ。しかし、それもいつまで存続するかはわからない。

レトロな郷愁や昭和の香りはまさに文化遺産だが、キャバレーという文化はもはや風前の灯だ。「大人の社交場」も、夜の街から「本物の大人」がいなくなれば必要がなくなってしまう。さびしい話だが、これは必然なのかもしれない。
(文=ソマリキヨシロウ/清談社)

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