混迷の東京モーターショー、海外メーカー撤退の「残念すぎる事情」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/08/14
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各国で撤退が相次いでいる

今年10月に予定されている「第46回東京モーターショー2019」に、輸入車メーカーの多くが続々と出展の取り止めを表明している。輸入車にとって、日本市場は中国や米国、欧州などに比べて規模が小さいからとする解説もあるが、日本に限らず世界的にモーターショーへの出展社数は減る傾向にある。

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「東京モーターショー」公式HPより

たとえば正月に恒例の米国デトロイトショーでも、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、ポルシェ、ボルボ、ジャガー・ランドローバー、ベントレー、マセラティ、フェラーリなどが出展せず、日本のマツダや三菱自動車も見送った。

昨年開催されたフランスのパリサロンでも、ドイツのフォルクスワーゲンが辞退したほか、BMWやアウディの出展はあっても現地法人の手による。そして、米国のメーカーやスウェーデンのボルボも出展を見合わせた。日本の日産、三菱自、マツダ、スバルもパリサロンへは出展していない。

また東京モーターショーと同じように2年に一度の開催となるドイツのフランクフルトモーターショーへも出展を辞退するメーカーが出始めているという。

一方、活況を呈している地域もある。それは、中国を含めたアジアやASEAN諸国だ。巨大市場であったり、これから市場が拡大しそうであったりする地域では、ショーとしてクルマを見ること自体に未だ価値が見出されている。

それらに対し、すでに普及段階を超え、共同利用が浸透しはじめた地域では次世代のクルマを見ることに消費者が興味を失いつつあるのだ。

モーターショーの価値が失われた前兆の1つに、家電ショーへの自動車メーカーの参入があった。エンジンに替わってクルマが電動化することにより、クルマもまたIoT(インターネットで結ばれる商品)として、家電製品と同じように生活の一部を成す構成要素になっていくからだ。

たとえば太陽光発電を備えた住宅に電気自動車(EV)があれば、日中発電した電気の余りをEVへ充電しておき、これを晩に使う。こうすることで系統電力の使用量を減らし、電気代金を浮かせるのはもちろん、昨今の異常気象による集中豪雨や雷雨などによる停電が起きた際には、自宅のEVの電力を使って普段通りの生活を続けられる。

エンジンを使ったクルマからモーターで走るクルマとなることにより、単に移動手段でしかなかったクルマが、生活を支える機能になっていく。そのような新たな時代に、先鋭的なデザインや走行性能を重視したコンセプトカーを見るだけのモーターショーへ、わざわざ入場料金を支払ってまで行くだろうか?

それよりも、インターネットで検索するか、最寄りの販売店へ行くなどして、自分の生活に役立ち、安心・安全な暮らしを続けさせてくれるクルマを調べたほうが理にかなっているのが実情だ。

「所有欲の消失」も背景に

モーターショーの価値が失われた原因には、消費者がクルマを「所有する」のではなく「利用する」という使い方にシフトしていることも挙げられる。

世界人口は20世紀の間に4倍以上増えて、すでに75億人に達し、国連では11年後の2030年には世界人口の6割が大都市に住むようになると推計している。このことは、人口の過密を意味し、すでに日米欧の大都市で始まっている。

そのような地域で、高級かつ高性能なクルマを所有して自分を主張しようとしても、ほとんど意味がない。渋滞で身動きできないからだ。しかし、個人の意思で自由に移動したいと考えたら、公共交通機関よりクルマの方が便利である。

そこで、買うのではなく、レンタルやシェアサービスを活用することが選ばれている。言わずもがな、それを下支えしているのはスマートフォンを利用した通信機能の高度化だ。

地域全体のクルマの台数が減れば、その分渋滞が軽減される。また、自分に都合のよいクルマの利用ができれば、希望する時間通りに移動でき、なおかつ料金も安く済む。ローンの支払いや、月々の駐車代金、さらには税金や保険や燃料を自己負担しないからだ。

いずれ、電動や自動運転といった技術がこの流れに組み合わされば、交通事故も減って、より効率よく短時間に移動できるだろう。

もはや、あえてモーターショーを見に行く理由はないと言える。

展示されるクルマはいずれも似たりよったりな造形。なぜなら、コンピュータで創造される外観は、いずれも効率的で省エネルギーであることが求められ、その回答は画一化されるからだ。

筆者自身、10年ほど前から、ことに横から見たクルマの姿はどれも似た造形になってきたと感じている。たとえば、4ドアセダンは屋根からリアウィンドウに掛けてなだらかな傾斜をもたせ、あたかもクーペのような姿が最近の流行のようだ。

区別するところがあるとすれば「顔つき」くらいだが、近年のクルマはなぜか大きく偉そうな顔になる。超高性能のスーパーカーはいずれも切れ長のヘッドライト。顔つきを見ても、車名がパッと浮かばないことが増えた。

苦肉の策は果たして…

電動の時代となれば、いくら高性能を競っても意味を成さない。クルマの造形や性能は行き着くところまで行っており、それらを支えているのがコンピュータなので、前述の通り、“クルマの正解”が一つに集約されていく。結果、モーターショーで競うべきものがなくなってきているのだ。

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Photo by gettyimages

そうした催しに、自動車メーカーが何千万円、何億円という投資をする意味がないのは一目瞭然だ。

それよりも、商談の場となりえる催しを自動車メーカーごとに行った方が、1回の予算が少なく、かつ販売実績に直結する。また、商談の場で消費者の嗜好を調査することもできる。モーターショーの会場で人ごとのように語られる解答より、もしかしたら購入するかもしれないという目的をもって来場する消費者の声の方が現実的だ。

あらゆる面で、少なくともクルマ先進国の地域では、モーターショーは意味を失っている。

今年の東京モーターショーでは対応策として、来場者参加型のイベントを例年より多く行う予定のようだ。もはやそれはモーターショーではなく、アミューズメントかテーマパークであろう。これを成功させるカギは、残念ながら自動車メーカーには無いと筆者は考える。

自動車メーカーではなく、人を楽しませることのプロであるサービス業でなければ、こういったイベントは成功しない。むしろ自動車メーカーは、そうしたサービス業の人たちの価値観を、舞台裏に下がって学ぶべきだ。そして、将来的な共同利用など、クルマを所有することから利用することへ転換していく際の知恵を手に入れることに専念した方がいいのではないだろうか。

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