宇野勝が生み出した「伝説の珍プレー」 “アレ”だけじゃなかった!

宇野勝が生み出した「伝説の珍プレー」 “アレ”だけじゃなかった!

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  • 更新日:2018/02/14
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宇野勝。コーチ時代の背番号は77 (c)朝日新聞社

各地でキャンプも真っ盛りだが、懐かしいプロ野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズ(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、80~90年代の“B級ニュース”を振り返ってもらった。第一回は、珍プレーの歴史には欠かせない“あの男”だ。

*  *  *

プロ野球の珍プレーがこれほどまでに注目を集めるようになったのは、やはり何といっても、宇野勝(中日-ロッテ)の存在抜きには語れない。

“B級ニュース界のレジェンド”の名を一躍高めたのは、1981年8月26日、巨人戦(後楽園)での“ヘディング事件”だった。

セ・リーグ新記録の159試合連続得点を継続中の巨人打線は、6回まで中日・星野仙一の前にゼロ行進。2点を追う7回も、2死二塁で山本功児がショート後方に高々とフライを打ち上げた。落下点に入った宇野が、余裕の表情で飛球が落ちてくるのを待ち受ける。誰もが「これでスリーアウトチェンジ」と信じて疑わなかった。

ところが、直後、上空に時ならぬ強風が吹き荒れたことが、「まさか!」のハプニングを誘発する。

「ボールが風で揺れて見えた」という宇野が左手にはめたグラブを差し出すと、ボールはグラブではなく、宇野のおでこを直撃したからたまらない。サッカーのヘディングのような形でポーンとおでこの上で大きく跳ねたボールは、カバーに入ろうとしたレフト・大島康徳の脇をすり抜け、左翼ポール際まで転がっていった(記録は宇野のエラー)。

2死だったため、飛球が上がった瞬間にスタートを切っていた二塁走者・柳田眞宏がホームイン。そして、この1点は、巨人にリーグ記録を更新する160試合連続得点となった。

打者走者の山本は好返球で本塁タッチアウトになり、同点こそ阻止したものの、巨人の得点シーンをバックアップに入った本塁横で目の当たりにした星野は、グラブを叩きつけて悔しがった。

「あのときは悔しかった。あんな(ヘディング)プレーをオレは初めて見たが、宇野に腹が立ったわけではなく、完封が逃げたと思ったから……」(星野)

実は、星野は翌日先発予定の小松辰雄と「どちらが先に巨人を完封するか」で賞金10万円の賭けをしていたという。それが信じられないようなプレーでパーになってしまったのだから、逆上するのも無理はない。

それでも気持ちを切らすことなく、巨人打線を3安打1失点に抑え、2対1で完投勝利を挙げたのは、お見事だった。

ちなみに巨人の連続試合得点記録は、同年9月21日、中日戦で0対4の完封負けを喫し、「174」でストップしたが、完封勝利を挙げたのは、奇しくも小松だった。

ヘディングプレーで全国的に注目を浴び、40年近く経った今もなお語り草になっている宇野は、「ヘディング自体は翌日のスポーツ紙で記事にされることを覚悟していたものの、“事件”という嫌な響きを持つ表現で書かれたことが相当こたえた」と述懐している。

グラウンド上の珍プレーを“事件”と呼ぶのは、確かに違和感があるが、実は、宇野はこの4カ月前にも、もうひとつの“事件”の主役になっていた。

1981年4月24日の大洋戦(横浜)、球場入りした宇野はうっかりユニホームを名古屋に忘れてきたことに気づき、「さあ、どうしよう?」と慌てた。

だが、ないものは仕方がない。大洋側の了承を取りつけたうえで、体格がほぼ同サイズだった飯田幸夫コーチの背番号77のユニホームを借りて、試合に出場した。ふだん背番号7をつけている宇野が7を2つも背負って登場したことから、当然相手チームから情け容赦なく野次が浴びせられた。

普通の選手なら萎縮してもおかしくないところだが、宇野はものともせず、2対1で迎えた4回の2打席目、野村収から中越えに豪快な一発を放つ。

背番号77は7回の4打席目にもダメ押し点につながる右前安打を記録し、背番号のとおり、ダブル級の働き。「これでチョンボの帳消しはできた」とニンマリだった。ちなみに2004年に打撃コーチとして中日に復帰した宇野は、この日と同じ因縁の背番号77をつけている。

横浜スタジアムの大洋戦といえば、宇野は“背番号77事件”から3年後の84年5月5日にも、珍プレーの主役を演じている。

3回1死満塁、宇野は欠端光則から右翼線ギリギリのフライを打ち上げた。飛球は風に流され、ライトの高木由一が必死にグラブを差し出したが、落球(記録はエラー)。「やったあ!」と喜んだ宇野は、全力疾走で一塁ベースを蹴り、二塁を狙った。

ところが、一、二塁間のハーフウェイでは、一塁走者・大島康徳が打球の行方を見守りながら自重していた。高木の落球を見て、大島もスタートを切ったが、後方から宇野が猛スピードで追い上げてくる

「オイ、待て、止まれ!」

二塁ベース手前で振り返った大島が両手を突き出し、必死に制止したにもかかわらず、「二塁に行くことしか頭になかった」宇野は止まることができない。勢い余って大島を追い越してしまい、公認野球規則7.08によりアウトになった(記録は走塁死)。

「またやっちゃったよ……」と赤面しながらベンチに戻った宇野を、「またウーやんか!」とナインが大爆笑で迎えたのは言うまでもない。

18年間の現役生活で通算打率2割6分2厘、歴代34位の338本塁打を記録した宇野だが、珍プレーでも守備、打撃、走塁の“三冠王”としてファンの記憶に長く残る伝説の男になった。

●プロフィール

久保田龍雄

1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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