【長尾医師の平成人間臨終図鑑】前田健さんの死から半年 心臓が突然止まるということ

【長尾医師の平成人間臨終図鑑】前田健さんの死から半年 心臓が突然止まるということ

  • ZAKZAK
  • 更新日:2016/12/01

秋から冬のはじめは講演会や学会シーズンです。私も休日のほとんどを返上して、市民や医療関係者の方々に向けて講演会で全国を行脚しています。平穏死や終末期の話をすることも、たくさんあります。がん、認知症、老衰……それぞれの病態にそれぞれの終末期があり、どのような治療のやめどきと、どのようなお別れが待っているかを、なるべく具体的に話します。

しかし、誰もが終末期を経て死に至るわけではありません。私たちのおよそ5%は、終末期という過程がなく、ある日突然亡くなります。たとえば様々な事故や入浴死や、そして心臓疾患の場合です。いわゆる“ポックリ逝く”とは、実はこうした病態のことなのです。「先生、私はポックリ逝きたいんですけど、どうすればいいですか?」という質問をよく受けますが、そういう方たちはたぶん、ポックリの現実をご存知ないように思います。無論、死に方は選べませんし、何が幸せな逝き方かなどという話でもありませんが。

松浦亜弥さんのモノマネなどでお茶の間から愛され、俳優としても活躍をされていた前田健さん、通称マエケンさんも心臓が止まったことによる突然の死でした。44歳でした。2016年4月24日の夕方。地方のロケの仕事のあと、新宿のパスタ屋でひとり食事を取り、店を出た直後に路上で嘔吐して倒れ、意識不明となって救急車で運ばれました。前田さんは、倒れる直前にスマホからのツイッターで、「ごつい!新宿三丁目の〇〇〇パスタというお店の、海の幸とトマトソースパスタうまし。」と写真付きで投稿しています。つまり、いつもと変わらぬ様子で、おいしく食事が食べられていたということです。ちなみに、このときにアルコールを飲んでいる様子はありません。

こんな陽気なツイッターを投稿した前田さんが、なぜ、わずか数十分後には、意識不明となり救急車でICU(集中治療室)に運ばれることになったのか? 実は、搬送時には、すでに心肺停止だったといいます。集中治療室で一旦は心臓が蘇生したものの、4月26日未明に死亡が確認されたということです。死因は虚血性心不全でした。

さて私達の心臓が、一日に何回ドキドキしているかご存知でしょうか? 10万回です。心臓というのは心筋という特殊な筋肉の塊のような臓器。一日におよそ10万回も収縮と拡張を休むことなく繰り返している、すごい臓器なのです。そして、一分間に約5リットルもの血液を全身に送り出しています。このため、心臓は、他の内臓や筋肉の約3倍もの酸素を必要としますから、一番優先的に酸素が送り込まれるような仕組みになっています。

こうした働きを担っているのが、冠動脈という血管なのですが、この大事な血管が動脈硬化などで狭くなったり、閉塞したりすると、心臓の収縮力が弱ってしまい、心不全の状態になります。これが虚血性心不全です。東京都監察医務院のデータによると、突然死(≒瞬間死。もしくは急性症状が出て24時間以内の死)は、事故や災害などの外因死を除けば、そのほとんどが虚血性心疾患だといいます。虚血性心不全とはおそらく心筋梗塞と同時に心不全が起きたという意味でしょうか。それに引き続き致死性の不整脈が起きたのでしょうか。また、よく「あの人は心臓麻痺で逝った」などという言い方をしますが、心臓麻痺という医療用語はありません。

虚血性心疾患、つまり狭心症や心筋梗塞の主な症状としては、胸の痛みや苦しくもだえる感じ、また、肩から上腕にかけて痛みを感じます。悪心(気持ち悪さ)や嘔吐、下顎痛、歯痛も伴います。中には下腹部の痛みを感じる人もいます。また、症状が続くと全身の熱感や発汗が強くなります。突然の発作は、仕事中や歩行中、もしくはセックス中だったり、用便直後だったり寝ている間の人もいたりと、いつ襲ってくるかはまったく分かりません。いつ襲ってくるか分からないから、突然死につながるのです。しかし、そうは言っても、何かしらの前兆はあるものです。

前田さんは、以前より不整脈の持病があると周囲に話されていたそうです。また、スポーツ紙などによれば、倒れたこの日、朝から午後3時過ぎまでバラエティー番組のスポーツテストのロケで、50メートル走や走り高跳び、リレーなどを行っていたといいます。そして昼の休憩時、前田さん自ら「ちょっと体調が悪い」と医務室に相談に行っています。もしもこの休憩時に、無理をせずに仕事を中断し、病院に行っていたら…と悔やまれてなりません。仕事に穴をあけてはいけないという、プロ意識と責任感ゆえ、体調が悪いのを押して午後のロケを続けたのかもしれません。しかし、その後に元気に食事をされています。これは一見回復したように見えますが、実は緩やかに虚血性心疾患が進行していったのだと思います。

虚血性心疾患から最悪の事態を生まないためには、自覚症状を大切にするしかありません。いつもと違う胸の痛みや息苦しさを感じたのなら、それがすぐに消えたように思っても、病院に駆け込むこと。「たぶん気のせいだろう」→「これで病院に行くのは大げさかもしれない」→「仕事に穴をあけて周囲に迷惑をかけてはいけない」と、仕事熱心な人ほど体の声に耳を傾けないものなのです。若さを過信した部分も否めないでしょう。しかし、虚血心性疾患は高齢者のものではなく、どの年代にも起こりうる病気。突然死はむしろ、普段から病院に通っている高齢者ではなく、若い世代に起こりやすい悲劇です。私は10代や20代の虚血性心疾患の人たちもたくさん見てきました。どうか、前田さんが私たちに残してくれたメッセージを忘れずに、「体の声」に耳を傾けましょう。

前田さんは、先のツイッターの一つ前に、こんなメッセージをつぶやいていました。「人はさ、近くの小さな夢と、遠くの大きな夢があったほうがいいね」。まだまだ、たくさんの夢があったことでしょう。前田健さんのご冥福をお祈りします。

次回は虚血性心疾患のリスクと予防法をご紹介します。

■長尾和宏(ながお・かずひろ) 長尾クリニック院長。1958年香川県出身。1984年に東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局。阪神大震災をきっかけに、兵庫県尼崎市で長尾クリニック開業。現在クリニックでは計7人の医師が365日24時間態勢で外来診療と在宅医療に取り組んでいる。趣味はゴルフと音楽。著書は「長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)、「『平穏死』10の条件」(同)、「抗がん剤10の『やめどき』」(同)。

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長尾和宏医師

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