民間企業ではありえない、校長先生と一般教員の不思議な力関係

民間企業ではありえない、校長先生と一般教員の不思議な力関係

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  • 更新日:2017/10/12
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2020年教育改革の目玉とされている「アクティブ・ラーニング」。従来の詰め込み式教育をやめて、生徒による主体的な学習へと転換させるものだが、はたして効果はあるのだろうか。2017年10月に『教育改革の9割は間違い』を上梓する諏訪哲二氏に聞いた。一般のビジネスマンのような「上司と部下」の関係とはひと味違う。

◆教師から尊敬されない校長

下世話な話になるが、私が出会った高校教師のほぼ全員が、校長を好いても尊敬してもいなかった。その点は、管理職志望の出世主義者も同じである。自分の校長の悪口や陰口を叩かない教師はほぼゼロだった。

これが私には若いときから不思議でならなかった。私は若いときは左翼だったから、文部省(当時)・教育委員会の手先のような存在である校長は、はなから好きになれなかった。

しかし、そういうイデオロギーに関係ない人も、当の校長よりずっと品性下劣に思える教師も、おしなべて校長を悪くいうのである。

校長にも多様な人が居る。いい人も変な人も、色々居る。たまには校長に好意を持つ人が居てもよかろうと思うのだが、中々そういう人は居ない。

それはきっと「行政のちから」が自らを中心として学校は回っていると考えているからであろう。言葉の端々にどうしても校長の本音が出てしまうのだ。そこに「教師のちから」が反発するのではないか。

◆同じ学校にいても脳内の構造がまったく違う

行政は国家権力の一部であり、議会を通じて国民の意思が反映されている。そしてまた、地方議会のコントロールも受けている。

管理職たちは、並の教師より自分が立場的にえらいということより、国民・住民の意思を代弁しているということによって、教師たちを総体的に管理・統制・指導する権限があると考えている。

ここがふつうの教師の納得できないところだ。教師には、学問は独立しているという観念がある。真理は多数決だと思っていない。政治に学問は統制できないと考えている。

管理職が立場上えらいというのなら、多くの教師はそれほど反発も反対もしないだろう。

だがそもそも管理職は、頭と言葉の構造が教師とは異なっている。法律、条例、教育委員会からの指示を最優先する。

学校をどうするか、生徒をどう育成していくか、教師たちの要望にどう応えるかは二の次である。管理職たちの頭は法制的に構成されており、教育言語でも生活言語でもない行政用語を話す。

私は教務主任を三年やり、管理職と一般教員の折り合いをつける役割もしたが、どうしても行政の文書が頭と心に入ってこなかった。とにかく、学校で生活する際の言葉の世界と行政文書の言葉の世界は、まったく違うものなのである。

あれだけ強固な行政文書の世界を生き伸びるためには、学校の現実とはかなり離れた世界に住んでいなければならない。だから、教務主任をやっているときは、管理職と教師の異なる世界が隔絶しないように、バランスを取ったわけである。

面白いことに、教師との言語や感覚の誤差を承知している管理職は、びっくりするほど教師たちとの関係を大切にする。とにかく、上司と部下ではない。他県はいざ知らず私の居た埼玉県では、校長たちはどんな教師にもとても丁寧に応対するのである。

『教育改革の9割が間違い』より構成>

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