カウントダウンが始まった「トルコリラ大暴落」

カウントダウンが始まった「トルコリラ大暴落」

  • PRESIDENT Online
  • 更新日:2019/10/09

トランプ砲を受けて再び下落したトルコリラ

トルコリラ相場がまた不穏な動きを見せている。10月7日、トルコリラの対ドル相場は1ドル5.71リラから5.85リラと約2%下落した。米国のトランプ大統領がシリア北部から米軍の撤退を開始したことを受けて、トルコ軍がクルド人勢力の掃討(そうとう)を図る大規模な軍事作戦を行うとの観測が強まったためだ。

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写真=iStock.com/Mehmet Kalkan※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mehmet Kalkan

トルコのエルドアン政権はクルド人勢力と敵対関係にある。そのクルド人勢力は長年米国と良好な関係にあり、いわゆる「イスラム国」の掃討にも協力した。トルコと国境を接するシリア北部は現在、そのクルド人勢力の統治下にあるが、エルドアン政権はトルコ国境付近からクルド人勢力の影響を排除しようとしていた。

来年11月の大統領選を控えた米国のトランプ大統領は、外交的な成果を上げることに腐心している。内向き志向が強いトランプ大統領の場合、各国に展開する米軍の配置を見直すことを重視している。シリア北部からの撤退もまた、そうしたトランプ流の手法に則(のっと)った米軍基地のリストラの一環と言えよう。

シリア情勢の緊迫化はマイナスでしかない

クルド人勢力と敵対するトルコのエルドアン政権にとっては軍事作戦を展開する好機となるが、市場はこれを歓迎しなかった。トルコリラは地政学的な要因に極めて敏感な通貨である。中東の軍事的緊張が当のトルコによって高まると警戒されれば、リラはおのずと売られる仕組みだ。クルド及びシリア情勢の緊迫化はリラにとってマイナスでしかない。

また課題が山積する国内の経済問題への対処が遅れる可能性も意識される。3月の統一地方選でエルドアン政権はアンカラ、イスタンブール、イズミルという三大主要都市の全てで敗北を喫した。昨年8月の通貨危機など不振を極める経済に対して有権者の不満が高まっていることが敗北の背景にある。

そうした有権者の目を逸らすためにも、エルドアン政権はクルド人勢力の掃討作戦に力を入れる可能性が高い。もっとも、全面的な武力衝突にまで至らないというのが筆者の見立てである。クルド人勢力を一掃しようと躍起になればなるほどトルコの経済力は削(そ)がれていくことになるが、現在のトルコにそれに耐える体力は存在しない。

現地では誰も信用していないリラ、経済データも改ざんの恐れ

筆者は9月末に一年ぶりにイスタンブールを訪問し、現地の有識者と意見を重ねた。それまでリラ相場は比較的安定していたが、現地のエコノミストやジャーナリストたちはリラの安定に対してかなり懐疑的な見方を示していた。米国の利下げが相場安定の追い風になったくらいで、経済そのものは好転していないというわけだ。

政府中銀が為替市場に介入しているはずだし、徐々に低下するインフレ率など安定の兆候を示す経済データも全くあてにならない。何よりトランプ大統領の意向次第で、リラの対ドル相場はまたぐらつくことになる。図らずも、そうした現地の有識者の見方は今回の件で当たったことになる。

なお経済データの信ぴょう性の低さを示すエピソードとして、6月のイスタンブール市長選後に天然ガスなどエネルギー価格やタクシー代といった公共料金が軒並み上昇したことがある。物価統計が描く世界と体感とのズレが大きく、現地では経済データが政権に都合が良いように改ざんされているのではないかという見方が強まっている。

銀行ATMで外貨が引き出せる世界

インフレ率の低下は中銀による利下げの根拠になる。利下げが物価安定につながると主張するエルドアン大統領は7月に金融緩和に慎重なスタンスであった当時の総裁を更迭するなど、中銀への圧力を強めている。政権が物価統計を意図的に改ざんし、中銀による金融緩和を促している可能性も当然否定できない。

リラに対する不信感は一般的な人々にも深く浸透している。イスタンブールの街中を歩けば、米ドルやユーロといった主要通貨を引き出すことが出来るATMが多数設置されていることに気付く(写真)。不安定なリラ相場を受けて、銀行もまた市民の外貨ニーズに対応したサービスを提供しているわけだ。

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撮影=土田 陽介イスタンブールの街中にあるATMの多くは米ドルやユーロを引き出せる - 撮影=土田 陽介

トルコには愛国的な人々が非常に多い。だがリラを信用する人はほとんどおらず、米ドルやユーロ、金などで資産防衛を図る、いわゆる「ドル化」と呼ばれる経済現象が深刻である。これは過去幾度となくトルコが経験してきた通貨危機とハイパーインフレの歴史が人々に刻み込まれた結果を受けて生じた、非常に根深い現象だ。

トルコの金利が高い本質的な理由はここにある。通貨としての信用度が弱いために高い金利が必要となるわけだ。高成長=高金利通貨として日本でもてはやされたトルコリラであるが、高金利である理由はトルコ経済が持つ不安定性にあるということをもう一度認識するべきだろう。

常に暴落するリスクを抱えている

なお今後のトルコ軍の展開や米国の動きいかんでは、リラ安に拍車がかかることになる。米国の2020年の次期大統領選挙が近づけば近づくほど、トランプ大統領は中東政策に躍起になる。シリアやイランとの関係でトルコに対する圧力を強化することも十分考えられる。その時にリラは再び暴落するだろう。有権者の不満解消に躍起なエルドアン政権であるが、通貨不安を自らの手で呼び覚ましている感は否めない。すでにリラはロンドン市場で枯渇しており、取引に厚みが無い。そのため一度売りを浴びせられると、相場の下げが止まらない可能性が高い。

要するにエルドアン政権が続く限り、リラ相場が根本的に上昇する展望など描けないということである。それどころか、エルドアン政権の失政や米国のスタンス次第では、リラは常に暴落するリスクを抱えている。リラが再び大暴落しないか、そして新興国の連鎖的な通貨不安を再燃させないか、今後も動向に注意していきたい。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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