マンガで解説、「シャーロック・ホームズ」原文の面白さ ワトソンとの見えざる拳の応酬

マンガで解説、「シャーロック・ホームズ」原文の面白さ ワトソンとの見えざる拳の応酬

  • ねとらぼ
  • 更新日:2017/12/06
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会話には、表と裏があります。「ウソつけ!」の本当の意味は「ウソをつくな」。「時間があれば行くよ」は「たぶん行かない」。「前向きに検討いたします」は「意見だけ聞きました」。「今後のご活躍をお祈り申し上げます」は「不採用」。

小説を読む上でも、言葉の表裏は登場人物の心理を理解する上でとても重要です。今回はシャーロック・ホームズ作品「赤毛組合」の冒頭から、ホームズとワトソンの会話に隠された意図をできるだけシンプルに裏読みしていきます。

参考リンク:原文で読むシャーロック・ホームズ - 「赤毛組合」

【過去記事】

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ホームズとワトソン、言外の戦い

赤毛の依頼人と何やら熱心に話し込んでいるホームズ。入り口でノックをしても無視をされ、ワトソンはご立腹です。でもこのホームズの態度がいわゆる「ツンデレ」だったことは、前回指摘した通り(関連記事)。踵を返し退出しようとしたワトソンを、ホームズは腕をつかんで引き止めます。そこでワトソンは「君は手が離せない(忙しそうだ)と思ったんだけど」と、含みを持たせながら返事をします。

右の「吹き出し」が表の会話。左が裏読み。ワトソンが「過去形」を使ったのに注意

ワトソン「君は手が離せないと思ったよ」

(I was afraid that you were engaged.)

気付きましたか? ワトソンはここで「思った(was afraid)」と、過去形を使っていますね。英語の時制は厳密ですので、過去形から裏読みすると、「今は手が離せる」ことになり「じゃあ、これから事件に加わらせてくれるんだな」という、ワトソンの期待が透けて見えるのです。

残念なことに、新潮社・光文社・ハヤカワ・角川・創元社・河出書房の日本語訳を見ると、どれも過去形のせりふを現在形に翻訳していますので、裏読みできません。しかし、事件に飢えているワトソンと、それを知ってじらすホームズという、キリッとした対立軸がないと、会話の焦点がぼけ、雑談っぽくなってしまいます。

ワトソンのそんな気の緩みを見逃すホームズではなく、「今、まさに手が離せない状態さ」と、現在形で答えて「おいおい、ワトソン。勝手に過去形を使うな」と、カウンターを打ちます。

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すかさず、突っ込むホームズ

ホームズ「今、まさに手が離せない状態さ」

(So I am. Very much so.)

「だったら最初から『いいタイミングで来た』なんて言うな!」と普通の人なら怒りそうですが、それでは事件に興味津々だと認めてしまったことになります。グッと我慢して、ワトソンは「じゃあ、隣の部屋で待つこともできるけど」と言います。実質「じ、事件目当てで来たわけじゃないからっ!」です。かわいそうなワトソン。

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誘ってくれないのでしょげたワトソン

ワトソン「じゃあ、隣の部屋で待つこともできるけど」

(Then I can wait in the next room.)

それに対してホームズは「君は(待つことなど)できないね」と言います。裏読みは「とぼけるなよ。まあ、そろそろ事件に参加させてやる」です。

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そろそろ降参かな

ホームズ「君は(待つことなど)できないね」

(Not at all)

直後にホームズは依頼主にワトソンを「ずっと手伝ってもらっているパートナーでヘルパー」だと紹介します。ついさっきまで「忙しそうだから帰る!」「遠慮するなよ、本当はいたいんだろう?」という押し問答の後では説得力がありませんね。しかし、依頼人は疑い深い人物どころか詐欺まがいの事件にまんまと引っ掛かってしまう、人を信じやすいキャラです。うさんくさそうな目でワトソンを一瞥(いちべつ)しますが、そのまま状況を受け入れます。ここでは裏読みにより、人物設定がより分かるようになっているわけです。

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ウソくさい紹介

紹介の直後、ホームズは「まあ、長椅子にでもかけろや」みたいな、ぶっきらぼうな口調でワトソンに席をすすめます。「ちょっと持ち上げすぎたかな」とでも言いたいんでしょうか。あえて「長椅子」を指示したのは「君はその他大勢だ」ということでしょうかね。

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態度デカイ

ワトソンを座らせたホームズは「人を裁く気分のときによくやるように」両手の指先を合わせます。これは、いよいよ戦闘開始! 本格的にワトソンに「言葉のパンチ」を見舞う準備なのです。

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本気モード

戦闘開始!

ホームズはジャブとばかりに、「ワトソン、知ってるんだぞ。君は僕のLOVEをシェアしているだろう!」と、突然切り出します。

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「言葉のパンチ」のイメージ図。ホームズとワトソンが本当に拳を交えることはないので、念のため

このLOVEとは「日常生活からかけはなれた、奇妙なものが大好き」という意味のLOVEです。

ホームズ「僕は知っている、ワトソン。君が私と同じように奇妙で、毎日の退屈な繰り返しや慣習から外れたもの全てが好きなことを」

(I know, my dear Watson, that you share my love of all that is bizarre and outside the conventions and humdrum routine of everyday life.)

ここでいう「日常生活」には、ワトソンの「結婚生活」を暗示する意味もあります。実際、前作「ボヘミアの醜聞」事件で、ワトソンは慌ただしかった新婚生活が一段落したときにベーカー街の部屋の前を通りかかり、ホームズが事件に没頭している影を見て、そのまま上がり込んでいました。ワトソンが、開業医の平穏な毎日に飽き足らなくなったため、刺激を求めてホームズ宅にちょくちょく寄るようになったことは確かでしょう。さすがはホームズ、図星を突きます。

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ワトソンは往診の帰りに「偶然」ベーカー街を通るが、そこで事件の臭いをかぎつける

次にホームズは、「(君に事件を紹介してやるのはいいんだが)熱狂しすぎて、勝手に話を盛って書くからなあ」と、人格攻撃のようなキツいパンチを打ち込みます。もちろん裏読みは「だから、すぐ事件に参加させてやらなかったんだよ!」です。この鋭い攻撃をワトソンは「確かに君の事件は非常に興味深いものだね」とひらりとかわします。

ホームズ「やけに熱狂的に僕の事件を記録しようとするのは、自分の好みを宣伝しているようなものだ」

(You have shown your relish for it by the enthusiasm which has prompted you to chronicle)

ワトソン「確かに、君の事件はものすごく興味深いね」

(Your cases have indeed been of the greatest interest to me.)

ワトソンは「熱狂」(enthusiasm) を「興味」(interest) と言い換え、やんわりかわします。裏読みすると、「うぬぼれないでくれ。興味はあるけど、そんなに夢中になっちゃいないさ!」というわけです。

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見事にかわすワトソン

ホームズはパンチが効かなかったと見るや、得意技である遠回しのイヤミから、正面攻撃にチェンジします。「事実を超えるフィクションなどない! 言っただろう! 肝に銘じておけ!」

ホームズ「僕がこの前言ったことを、肝に銘じておくがいい。(…)日常生活というのはいつでも、どんな想像力の産物より衝撃的なのだ」

“You will remember that I remarked the other day,(…) which is always far more daring than any effort of the imagination.”

これは正面攻撃なので、厳密には裏読みには当たりませんが、“You will ...” という表現は、王様が召使いに使うような、ものすごく偉そうな口調です。

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※「唯事実拳」とは、英国三千年の秘奥技(ひおうぎ)、"Fact-Only Punch"(FOP)の日本語訳である。これを受けると、事実以外の記述ができなくなるという、作家にとって致命的なダメージを負う。あまりにも危険な技のため、原作には出てこない

この「事実以外に余計なことを書くな!」という偉そうな批判に対して、ワトソンは「お言葉ですが、そのご意見には賛成しかねると申し上げたはずですが」と超低姿勢の言い方で、相手の勢いをユーモラスに流します。ホームズが「剛」ならワトソンは「柔」、見事な応酬です。

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ワトソンの柔軟な防御力!

ワトソン「勝手ながら、そのご高説には、疑問を呈しておいたはずですが」

(A proposition which I took the liberty of doubting.)

いろいろな角度から攻撃してみたものの、ワトソンに有効打を与えられなかったホームズ。「小ざかしい奴め。いつか倒してやる。ネタはいくらでもあるんだからな」と捨てぜりふのあとに「そうそう、こちらの依頼人は……」と話題を変え、ここで導入部が終了となります。

いやー。手に汗握る攻防でしたね。「赤毛組合」はコナン・ドイルが全力で書いていた、ごく初期のホームズ作品です。冒頭の会話には1つ残らず意味が込められていて、裏読みしてこそ楽しめる仕掛けになっています。

読者へのキャラ紹介という側面

「赤毛組合」は、ストランド・マガジン(初出誌)に連載した、ホームズ・シリーズのまだ2作目でしかありません。この会話部分は、ホームズ世界の設定になじみの薄い読者を想定し、対照的なキャラクターをじっくり紹介する意味合いがあります。この会話で「ホームズ&ワトソン」という永遠の名コンビが、ストランド・マガジン読者の心に、くっきりと刻み込まれたのではないでしょうか。ぜひ、原作から「自分の裏読み」にチャレンジしてみてください。シャーロック・ホームズの面白さが何倍にもなりますよ。

寺本あきら

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