五輪ボイコットを捨て、実を取ったプーチン大統領の選択 「愛国者なら五輪に行くな」となおも選手に迫るロシアの守旧派、その背景は?

五輪ボイコットを捨て、実を取ったプーチン大統領の選択 「愛国者なら五輪に行くな」となおも選手に迫るロシアの守旧派、その背景は?

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  • 更新日:2017/12/07
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平昌冬季五輪をボイコットすべきだ――。国際オリンピック委員会(IOC)がロシア選手団の平昌五輪参加可否を発表する前、ロシアではドーピング問題は米国がロシアを貶めるために作り出した陰謀であるとして、強硬論が渦巻いていた。

しかし、その雰囲気は鶴の一声で一変した。「私たちはどんな封鎖策も宣言しないし、個人的資格で参加したい選手たちを邪魔することはしない」。IOCや米国を批判していたプーチン大統領その人が、決定が下された翌日の12月6日、IOCが引いたライン通り、国旗なし・国歌なしの中立選手として、ロシア人選手が出場することを容認した。

2014年のソチ五輪、優勝したフィギュア団体のメンバーを祝うプーチン大統領
(写真:ITAR-TASS/アフロ)

黒帯の柔道家であるプーチン大統領が、一部のスポーツ界から懇願されていた声に耳を傾けたことが路線急変の一番の理由ではない。大統領にとって最も大事な来春の大統領選挙に勝つために、緻密な戦略の下で、名を捨てて実を取る決断をしたのである。その政治判断は一方で、「21世紀の皇帝」の下で一枚岩に見えるロシアの政治体制が弱体化しており、いつ反乱の導火線が着火するかわからないシナリオが現実の物として存在していることを意味する。

不正は国家ぐるみのものと断定された

ロシアではソ連時代から続く国是で、政治とスポーツは一体化しており、五輪は国威発揚と政権浮揚のために政治利用されてきた。冬のスポーツ王国ロシアが五輪で負けるようなことがあってはならない。ところが、2010年のバンクーバー五輪でロシアは史上最悪の惨敗を喫した。フィギュアスケート男子で金メダル有力だったエフゲニー・プルシェンコは米国のイヴァン・ライサチェクに負け2位、お家芸のアイスホッケーはメダルさえとれず、ヴィチェスラフ・ブイコフ監督は「赤の広場でギロチンか絞首台にでもかけてください」と言った。

翌14年に自国開催となるソチ五輪でメダルを量産するため、国家の威信にかけて、スポーツ界の復興に乗り出した。多額の資金を選手強化にあて、諸外国から有望選手を説得し、帰化を認めた。韓国のショートトラック界でほされていたビクトル・アン選手もロシアにひっこぬかれた。

そして、無理強いした上からの号令が、組織ぐるみのドーピング体制を副産物として生み出したのである。露紙ベドモスチは、プーチン政権がソチ五輪での勝利を「経済や社会情勢が悪化するなか、国民を動員する手段」として政策に取り込もうとしたことが、無謀な不正を招いたとの見方を伝えた。

ソチ五輪のドーピング検査所のグリゴリー・ロトチェンコフ元所長が暴露した、薬物漬けの選手の尿検体のすり替え工作は「不正の域を越えた犯罪」(世界反ドーピング機関=WADA=調査チーム責任者、リチャード・マクラーレン氏)だった。一連の極秘の作戦にはKGBの後継機関、連邦保安局(FSB)の要員も加わっていた。

検査所職員が選手に不正を認める代わりに賄賂を要求することも横行し、泥沼の闇が白日の下にさらされた。ロトチェンコフ氏は米ニューヨークタイムズ紙に書簡を寄せ、「ロシアのシステムでは選手は不正をする以外選択肢はなかった。選手も犠牲者なのです」と訴えた。

16年2月、ドーピング工作の内実を知る立場のロシア反ドーピング機関の歴代トップ2人が相次いで不審の死を遂げた。死因は病死だが、「死人に口なし」と言われた。その後、身の安全を恐れたロトチェンコフ氏は米国に亡命した。

IOCやWADAは数々の証拠をあげて、不正は国家ぐるみであったと断定した。汚れた五輪を清浄化するため、「盗まれたメダル」を取り戻すため、プーチン政権に国家ぐるみのドーピング隠しを認め、スポーツ界から不正を一掃するよう圧力をかけた。

しかし、プーチン政権は対策に乗り出すも、国家ぐるみの不正を認めることはなかった。考え直す時間は十分に担保されていたが、むしろ反発を強め、ロトチェンコフ氏に「裏切り者」(大統領府のペスコフ報道官)の烙印を押し、個人の責任に押しつける世論工作を進めた。

何よりもプーチン大統領が率先して、米国がIOCに圧力をかけている陰謀論をロシア社会に広めた。米国で進むロシアゲート疑惑捜査に対抗する形で、「彼ら(米国)は(来春の)ロシア大統領選で問題を起こしたがっている」。ドーピング問題を利用して「(ロシアの)スポーツファンや競技者の間に不満の雰囲気を作りだそうとしている疑いがある」と語った。

反米精神を改めて訴えることが 求心力を高める一番の近道

一方、IOCにとってもロシアが出場しなければ、冬季五輪は偽りの世界大会になるという危惧を抱いていた。世界の都市から五輪開催が倦厭されるようになり、オリンピックムーブメントを推し進めるためにはスポーツ界で一致団結した姿勢が求められていた。そもそも、ロシアのメダル候補、エフゲーニア・メドベージェワやアリーナ・ザギトワら世界中にファンを持つフィギュアスケートは筋肉増強などに用いられるドーピングとは無縁の世界なのである。

結果、IOCは最も厳しい全選手締め出しの措置を取るのをやめ、潔白を証明できるクリーンな選手である限り、国旗なし・国歌なしの「ロシアからの五輪選手」としての出場を認めることにした。

ロシア人選手の中立選手での出場権利を認めたプーチン大統領は6日の演説で、「ロシアにも一部悪いところがあった」とのべ、蔓延していたドーピング体制を反省する姿勢も見せた。しかし、政界や保守派は「侮辱的だ」としてIOCを激しく批判した。6日夜、ロシアTVの討論番組に出演した国会議員はこう訴えた。

「国歌なし・国旗なしのロシア代表選手の出場など私には認められない。なぜなら、ロシアは世界の偉大な強国であるだけでなく、世界の偉大なスポーツ大国であるからだ」

「選手なら行きたいだろう。しかしそれはパトリオットではない。政治家として言う。行くか行かないかは国家が選択するのだ。五輪に行ってはいけない」

2014年のクリミア半島併合以降、欧米から経済制裁措置を受け、経済情勢が悪化している中で、プーチン大統領が国内統一を図るために残されている手段は少ない。ソ連時代を生きた守旧派に居心地の良い反米精神を改めて訴えることは、求心力を高める上で一番の近道なのである。

しかし、ソ連崩壊後20年以上が過ぎ、曲がりなりにも民主的な選挙が行われ、ネットでは自由な言論空間が保たれている状況では、絶対権力者の皇帝でさえ、ソ連時代を知らない若い世代やリベラル派にも耳を傾けなくてはならない。

ネット系メディアで取られている世論調査では、「例え中立選手としてもロシア人選手が平昌五輪に出場すべきか」という問いかけに、57%が行くべきと答えている。「行くべき」の選択肢にはメドベージェワの顔写真が掲載され、「行くべきではない」の選択肢にはプーチン大統領の顔写真があり、プーチンVSメドベージェワの選択肢になっている。この問いかけを出した編集者が政治とスポーツを切り離して考えるべきだとメッセージを送っているようにも思える。

別のニュースでは記事の見出しで、「スポーツ選手に愛国者なら五輪に行くな」と迫るのは「地獄だ」とも記されていた。

再びの五輪ボイコットがもたらすリスク

東西冷戦下の1984年にソ連は、前回のモスクワ五輪での報復措置として、ロサンゼルス五輪への出場をボイコットした。その後、ソ連はゴルバチョフ書記長がペレストロイカに挑んだが、末期的症状がひどくなり、国家体制が崩壊した。来年3月の大統領選挙を控え、もし平和の祭典である五輪を再びボイコットすれば、ロシアは国際社会からますます孤立化してしまう。民衆に蓄積された不満はやがて政府批判へと転化して、体制維持の大きな障害となる――。中立選手としての出場容認は、そうした高度な政治判断が働いたのは想像に難くない。だからこそ、プーチン大統領は守旧派を制してまでも、強硬的選択肢を排除し、選手の自由を認めたのだ。

ロシアの英雄であるプルシェンコはさっそく「ボイコットすべきではない。チャンスを失ってはならず、五輪に行かないのは正しくない」と語った。

浅田真央の元コーチ、フィギュアスケート界の重鎮であるタチアナ・タラソワは「いずれにせよ、ロシア人の選手は勝利する。国歌を歌う」と話した。

2月、韓国・平昌でどんなスポーツドラマが待っているかはわからない。しかし、確実に言えるのはプーチン大統領や取り巻きたちが翌月に控えた選挙の勝利のために、五輪を利用した政治パフォーマンスを行うことは間違いないということだ。

ロシアには「ステートアマ」と呼ばれたソ連時代のメダリストと同様、五輪のメダリストには一生を保証する制度がある。メドベージェワが金メダルを取ったとき、果たして、プーチン大統領はどんな声明を出し、どんな褒賞を与えるのであろうか。

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