中国貧困層が脅かす習氏の「チャイナドリーム」

中国貧困層が脅かす習氏の「チャイナドリーム」

  • WSJ日本版
  • 更新日:2017/12/06
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――筆者のアンドリュー・ブラウンはWSJ中国担当コラムニスト

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【上海】中国の習近平国家主席はマルクス主義的な思考によって自国の主要課題を明示した。その根底には、対立する社会的勢力の壮大な闘争という世界観がある。

習氏が10月の中国共産党大会で表明したところでは、それは人々のより良い生活への欲求と「不均衡で不十分な発展」のはざまで起こる葛藤だ。国営新華社通信は、そうした「主たる矛盾」を解決しなければ「大混乱に陥り、ついにはマルクスが予言したように革命が起こる」と解説した。

この新たな弁証法が最初に現実世界で試されるのにそう時間はかからなかった。北京郊外の雑居ビルの火災で出稼ぎ労働者ら19人が死亡し、習氏が指摘した格差が浮き彫りになった。北京をはじめとする現代の大都市を建設したのは、溶接工や塗装工など現場作業員として雇われた出稼ぎ労働者たちだ。今ではこうした労働者は清掃員として働いたり、まばゆいばかりのオフィスタワーに弁当を配達したり、あるいは裕福な家庭の子守や豪邸の警備員になっている。

火災の悲劇を受けた市当局の対応は、老朽化した住居を閉鎖し、北京で最も弱い立場にある住民を立ち退かせるというものだ。

中国の未来に影を落とす数々の矛盾をこうした方法で習氏が解決しようとしているなら、問題が待ち受けることだろう。

民衆の暴動は起こりそうにない。出稼ぎ労働者は途方に暮れ、恐怖心にかられてほとんど諦めの境地にある。組織化する手だてもないに等しい。多くは故郷へ引き揚げて行った。

一方、スーツケースを引きずり氷点下の中を行く何万人もの出稼ぎ労働者の境遇は、北京の中間層の同情を誘い、食料や布団を寄付する者も現れた。さらに、当局が都市部の底辺の人々に「低端(低レベル)人口」と軽蔑的な呼称をつけたことに対し批判が高まった。この用語は程なくしてネット検閲でブロックされた。

弁護士やアーティスト、有識者らは憤りを募らせ、「深刻な人権侵害」を非難するオンラインの署名活動が広がった。

こうした同情の輪がいつまで持つかは分からない。北京市民は一般に、出稼ぎ労働者が公共サービスに支障を来し、犯罪をもたらし、無免許オートバイで渋滞を引き起こす上、貴重な水資源を枯渇させているとして反感を持っているからだ。

とはいえ都市部の富裕層も、解決すべき雑多な矛盾を抱えている。長年かけて猛烈な経済成長を遂げた今、清潔な空気と安全な食品を求める声が高まっている。人気の高い学校への入学や病院の診察に汚職が入り込んでいることに憤然とする者も多い。市民が政治的自由と引き換えに経済的繁栄を手にする社会契約はほころびつつある。政府が耳を傾け、不満に誠実に対応することを一般社会はますます強く求めるようになっている。

習氏はこうした重圧を全て認識している。だからこそ、景気が減速する中でも生活環境の改善を進めようとしているのだ。これまでのところ、汚職撲滅キャンペーンや大気汚染対策の取り組みは高く評価されている。

習政権が直面する大きな問いは、こうした社会的矛盾がいずれその統治スタイルによって克服されるのかどうかだ。政権の統治は容赦ない権威主義で、社会の下層から多様な視点をくみ上げるのではなく、トップダウンで規律を課すことが重視される。北京市は厳格な人口抑制目標を掲げている。住民の多くは、当局が雑居ビル火災を出稼ぎ労働者排除の口実に使ったにすぎないとみている。

習氏は先の第19回党大会で、世界の超大国となる自信を表明したが、その背後にはもろさを抱える現実がある。

中国の隆盛は揺るぎないとの見方は迷信だ。社会の矛盾は共産党の支配を脅かしかねないほどに広がっている。都市部の特権階級と、それに仕える地方の貧困層の間の深い溝は、何十年にもわたり経済発展に足かせとなる可能性がある。人口の半分は習氏が掲げる富と権力の「チャイナドリーム」を追い求めている。退廃した北京のスラム街をさまよう残りの半分が、その夢を狂わせるかもしれない。

スタンフォード大学のスコット・ロゼル教授は、教育と医療を巡る大規模な調査を実施し、5億人の人口を擁し出稼ぎ労働者の出身地でもある内陸部を「もう一つの中国」と名付けた。調査によると、大半の子供が病気か栄養失調で、約3分の2が貧血や寄生虫疾患、近眼のせいで学校についていけずにいる。幼児の過半数は認知機能の発達が遅く、知能指数(IQ)が90を超えることがないという。

地方における知的発達の遅さが原因で、中国の労働人口のうち高校教育を受けたのはわずか24%にとどまる。ロゼル教授によると、人的資本に関して中国は中所得国の間で最下位となっている。

欧米諸国は習政権の前進を観測する際、「一帯一路」の大規模プロジェクトを通して港湾や高速鉄道に注ぐ何十億ドルという資金や、ロボット工学など国内ハイテク産業への惜しみない投資、海洋進出に充てるさらに多額の資金を目安にする。

習氏自身が示唆するように、そうした目安は間違っている。政権の支配を脅かすマルクス主義的な矛盾は、必ずしも解決に多額の費用を要しない。子供の視力を矯正する眼鏡は1本20ドル、寄生虫疾患の治療薬は1ドルだ。ただし、誠実に対応する統治が必要とされる。北京の真冬の強制退去は、習氏の崇高なメッセージに冷や水を浴びせてしまった。

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