“ゴジラ音楽の父”と「NHK緊急地震速報チャイム」の不思議な縁

“ゴジラ音楽の父”と「NHK緊急地震速報チャイム」の不思議な縁

  • 文春オンライン
  • 更新日:2017/11/12

もはや“国民音楽”である『ゴジラ』のテーマ。あのメロディを作曲した伊福部昭(1914-2006)の甥がNHK緊急地震速報チャイム音の作曲者であることをご存知ですか? 東京大学名誉教授・伊福部逹(とおる)さんにお話を伺いました。

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東京大学名誉教授・伊福部達さん

「映画は実験場として使ってる」

――大ヒット映画『シン・ゴジラ』では、おなじみの『ゴジラ』のテーマのみならず、“ヤシオリ作戦”決行時に流れた『宇宙大戦争』のマーチなど、伊福部昭の音楽に再び光が当てられました。クラシックファンのみならず、今なお多くのファンを持つ伊福部昭ですが、叔父様と『ゴジラ』の話をされたことはあるんですか?

伊福部 いやそれが、ないんですよ。ないというか、聞けなかったというほうが正しいかもしれない。叔父がその話をしたがらないところがありまして。

――え! それはどうしてなんでしょう。

伊福部 「あれは違うもんだから」っていう言い方をしてました。「音楽は完結していなければならないから」って。叔父の著作に『音楽入門』というものがありまして、そこに映画音楽についても書いてあるんですが、あくまで映画音楽とは場面を強調したり、効果を与えるものであって、映画音楽自体を取り出しても音楽じゃないと。本人なりの音楽哲学で、作品は主題と変奏があって、展開を経て最後に着地するという構造あってのものだという思いがあったんでしょうね。

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伊福部昭(1914-2006)

――とはいえ、誰もが一度は耳にしたことのあるような音楽になったわけですよね。

伊福部 叔父は「映画は実験場として使ってる」とも言っていました。たとえば、12音技法といった前衛的な手法は、映画音楽でまず試してみるところがあったようです。

――『シン・ゴジラ』はご覧になりましたか?

伊福部 はい、もちろん見ました。面白かったです。ただ驚いたのは、叔父が作ったゴジラの音楽が流れるエンドロールになっても、観客が誰も席を立とうとしないことでした。のちに、VR(バーチャルリアリティ)学会で『シン・ゴジラ』の樋口真嗣監督と話す機会がありました。そこで彼は「新しい音楽技術やオーケストラ演奏によって、ゴジラのテーマをステレオ音響にして流そうとしたのだけど、何か訴える力が少なかった。それで、第1作目の音楽の録音をそのまま使うことにした」と教えてくれました。叔父の音楽が、ヒトの感性や情緒など、脳の深部に訴えるところがあったのかなと、改めて感じました。

いまだによく分からないところがある叔父さん

――伊福部さんにとっての叔父・伊福部昭はどんな人物でしたか?

伊福部 なんでしょうね……、一言では言えないですね。近寄りがたい存在ではあった。怖くはないし、しょっちゅう叔父さんの家には遊びに行っていたけれど、捉えどころのない人でしたね。いまだによく分からないところがある(笑)。

――影響を受けたところなどはありませんか?

伊福部 結果的には、という話ですが、叔父が音楽家、私が聴覚を専門にした福祉工学者ということで、同じ「耳」に関わる仕事をしているという共通点はありますね。

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研究室にはさまざまな聴覚研究機器がある

――耳といえば、伊福部昭は晩年、和音が割れて聞こえるという症状を訴えていたそうですね。

伊福部 ええ、そうなんですよ。難聴気味になっていましてね。それで古くからの知り合いでもある東大病院の耳鼻咽喉科の先生に相談してみたら「ぜひとも治したい!」と仰るんですよ。「教室をあげてお待ちしております」とまで言うので、何だろうと思ったら、その先生が叔父のファンだと言うんです。しかも同郷の北海道、美唄の人で。それで叔父に「連れてくから診てもらいなよ」って何度も勧めたんですが「いや、そんな治療じゃダメなんだ。こうやって、ベロに力を入れて口から出し入れすれば耳が良くなる」って聞かないんです。もうね、頑固なの(苦笑)。

渡辺淳一の師 河邨文一郎との奇縁

――伊福部さんも叔父様と同じく北海道大学に進まれました。

伊福部 叔父は帝大時代の北大ですね。農学部の林学実科。私は工学部電子工学科でした。

――工学部でありながら、医療関係の研究をされていたそうですね。

伊福部 北大には、当時、工学部と医学部が一緒になって医療機器を開発する研究室がいくつもあったんです。私は、そこで元々は音楽にも耳にも関係ない、人工心臓の基礎となるような研究をしていたんです。心臓は1分間にどれだけの血液を出すのかを計測するようなものですね。あるいは病院との共同研究で、心臓に病気のある人の血流を計測したり。

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――日本初の心臓移植手術、札幌医大の「和田心臓移植」は……。

伊福部 ええ、修士の時に話題になりましたから、よく覚えていますよ。68年ですか。

――患者が術後83日目に死亡して、手術の妥当性をめぐる大きな議論になりました。

伊福部 大変な波紋を呼びました。当時、札医の整形外科で講師をしていた渡辺淳一がこの事件を元に小説を書いていますよね。渡辺淳一を指導していたのが整形外科医でポリオ(小児麻痺)の療育分野で世界的な権威でもあった河邨(かわむら)文一郎という人。実は私、この河邨先生に手術を受けているんですよ、小さい頃に。

――そんな縁があるんですか?

伊福部 ええ、木登りして落っこちて頭蓋骨陥没。九死に一生を得るような大怪我をしましてね。最悪の事態から救ってくださったのが、河邨先生だったんです。先生は陥没した頭蓋骨のレントゲン写真を見せてくださったり、いろいろな医療器具の使い方を教えてくださって、科学分野への興味を広げてくださった恩人でもあります。あと、河邨先生は詩人でもありましてね。

――詩人ですか。

伊福部 72年の札幌オリンピックのテーマソングにトワ・エ・モアが歌った『雪と虹のバラード』ってあったんですけど、その作詞は河邨文一郎です。近所だったんですよ、先生。それでうちにもよく遊びに来てたんですけどね。

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札幌オリンピック開会式 ©共同通信社

人工心臓研究から聴覚研究に“転身”

――心臓から聴覚の研究に移られたのは、何か理由があったんですか?

伊福部 心臓研究の実験には犬を使うんですが、どうしても犬が死んでしまうんですよ。ちょっと、それが辛くて、自分には合わないなと指導教授に相談に行ったんです。そうしたら、じゃあ耳の研究はどうだ、音楽家の親戚もいるんだしって。その教授も叔父のファンだったんですよね(笑)。

――聴覚の研究というのは、当時それほど進んでいなかったのではないですか?

伊福部 そうですね。意外と遅れてる分野だなと思いました。当時は、今のように研究書をネットで注文してすぐに手に入れられるような世界じゃありませんから、札幌での研究はなかなか大変でした。ただ、逆に言うと、あれこれと情報に振り回されずに、自分でじっくりと研究できたのはよかったかもしれません。コウモリがどうやって音を聞いているのかを調べるために、千歳のママチ川にある洞窟に網持ってコウモリ捕りに行ったこともありました。コウモリって捕まえるの大変なんですよ。網のところに来たと思ったらシュッていなくなっちゃう(笑)。北大時代は、そんなこともしながら聴覚研究に専念していました。

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伊福部研究室のベンチャー企業と初音ミク

――伊福部さんの北大時代で特筆すべきことの1つは、日本ではかなり早い段階で学生ベンチャー企業が生まれた研究室を指導されていたことです。画期的ですよね。

伊福部 あれは1980年のことですね。私の研究室の大学院生が日本初のマイコンの会社を作ったんです、BUG(ビー・ユー・ジー)という名前の。彼はビル・ゲイツと同い年で、4KBのメモリや仮名文字ディスプレイなどが100万円するような時代でしたが、安く済ませるために部品を買い集めて自分で作ってしまうような学生でした。それで、私の研究室が札幌聾学校と一緒に研究をしていまして、聾学校の子たちとはタイプライターで文字を打ち込んでコミュニケーションをとっていたんです。そのうちに、音声を自動的に文字化される機械が欲しいということになって「音声タイプライター」というのを作ったんです。このコンピューターの実用化など、様々な製品を開発して注目も集めたのですが、当時は「大学で商売なんて!」って雰囲気ですからね、風当たりが強くて大変でした。産学連携なんてもってのほかという(笑)。

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――今や学生ベンチャーは推奨されるくらいの時代になりましたから、隔世の感がします。ちなみに、音声タイプライターはその後どうなったんですか?

伊福部 紆余曲折あって、この機械自体は不要になっていきましたが、現在国際会議などで使用されている「音声自動字幕システム」などは、この技術を応用したものです。また、BUGからはいろんな会社が派生して、「サッポロバレー」と呼ばれるほどにまでベンチャー企業が活気付いたんですよ。初音ミクを生んだ「クリプトン」が札幌でしょう。今もまだ、サッポロバレーの水脈は続いていると思います。

NHKの「緊急地震速報」のチャイム音と「叔父の和音」

――聴覚研究から、難聴者の感覚研究に進み、伊福部さんは「福祉工学」、視覚や発声を補完するための研究開発や高齢社会デザインまでつながる学問分野を世界で初めて確立されます。こうした研究のパイオニアが、どうしてNHKの「緊急地震速報」のチャイム音を作ることになったのでしょうか?

お使いのブラウザーでは音声データを再生できません。

伊福部 NHKから、縁のあるディレクターを通じて私のところに依頼があったのは2007年のことです。私は音楽家でもないし、第一、そんな重要な仕事を簡単にはお引き受けできないとお断りしたんですが、どうしてもと。それで、私が作るなら5つの条件をチャイム音に入れることに同意して欲しいとお願いしたんです。

――5条件とは何でしょうか。

伊福部 緊急性を感じさせる。不快や不安を与えない。騒音の中でも聞くことができる。難聴者も聞ける。どこかで聞いた音ではないこと。この5つです。

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――この5条件をクリアする音作りを開始するわけですが、メロディはどうやって作り始めたんですか?

伊福部 いろいろと頭の中でイメージしたメッセージ性のあるメロディはあるんです。ですが、チャイム音といえども、ある曲の一部を使ったということになると、厳密には著作権に引っかかってしまう。そこで、これは叔父の音楽に頼ろうと。そこで思い浮かんだのが『シンフォニア・タプカーラ』第3楽章冒頭の和音だったんです。

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「緊急地震速報のチャイム音は『ゴジラ』のテーマ音楽から作られたらしい」という噂があったそうですが、それは違います。だいたい、ゴジラ音楽は知られ過ぎていますから「何だ?」と注意喚起するチャイム音にはふさわしくないし、第一不安を煽ってしまいます。先の5条件には適合しません。

――『シンフォニア・タプカーラ』の和音は、どうしてチャイム音に適していると考えられたのですか?

伊福部 ちょっと楽理的な話になってしまいますが、この冒頭の「ワァーン」という和音はコードでいうと「G7(#9)」というものです。

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チャイム音はこれを「C7(#9)」に移調したのですが、「C」のドミソの和音にシのフラットとレのシャープが入ることで不協和音になって音程関係が緊張関係を生みます。ヒッチコックの『サイコ』の有名な効果音がありますでしょう。あれはまさに不協和音が作り出す緊張音の効果を狙ったものです。

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『サイコ』の一場面を観ながら解説して下さった

どうして不協和音をバラバラの音の5連符にしたのか?

――『サイコ』の音楽は不協和音が「キュッ、キュッ、キュッ、キュッ」と音の塊として連続するものですが、緊急地震速報のチャイム音は「タララララ、タララララ」と不協和音をバラバラの音の連続にしています。これはどうしてなんですか?

伊福部 タララララと楽譜上で言えば5連符にしているのは、音が上昇していくのを効果的に聞かせたいからです。なぜかというと、難聴者にとって聞こえやすい音はヒュッと上がる音なんです。人間の聴覚というのは上昇する音に注意が喚起されるようになっています。「キャー」って悲鳴も、微妙に音程が上がっているんですが、それは注意を喚起したいから。下がると気が抜けちゃった感じで変でしょう。

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音型は様々なパターンを試しました。同じ音型を繰り返しては「動こう」という気持ちにはなりにくいだろうとか、

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トリル(装飾音)をつけると不安を掻き立てすぎるとか、

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テンポが遅すぎると緊急性がなくなるとか、試行錯誤の連続でした。

――どれくらいのパターンを作ったんですか?

伊福部 最終的に20〜30パターンを作って、7個に絞り込みました。最後は難聴の方、子ども、お年寄り、様々な方にご協力いただきまして、NHKのスタジオで試験をしました。台風の音だとか、電車の音だとか、いろんな環境雑音を鳴らした中でも、みなさんにちゃんと聞こえるかどうか。子どもにはアニメを観せて、夢中になったところでチャイムを鳴らして反応があるかどうかを確かめたりもしました。

そして、どれが一番緊急性を感じて、どれに不安を感じたかなど、アンケートを膨大にとって、先の5条件に一番ふさわしいものを探しました。2案まで絞ったところで、最終判断はNHK会長なんですけど、これしかないだろうと我々も思っていたものが選ばれて、採用に至りました。後日、このチャイム音を聞いた犬や猫が逃げたという話を聞きました。人間以外の脳の深いところにも作用する音型なんだと、ちょっと驚きました。

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伊福部教授の本と伊福部昭のCD

“音の匠”として表彰されたチャイム音と「福祉工学」

――このチャイム作成により「音の匠」として表彰されてもおられますが、福祉工学者として叔父・伊福部昭の作品に繋がる仕事をすることになるとは思いもしなかったのではないですか?

伊福部 そうですね。考えてみると、さまざまな因縁があるのかもしれません。チャイムが完成したのは2007年のことですが、叔父はその前年に亡くなっていますし、『シンフォニア・タプカーラ』が作曲されたのが1954年で、みなさんが叔父のことを記憶してくださっている『ゴジラ』公開の年と同じ。それに「タプカーラ」とはアイヌの踊りの1つなんですが、叔父にとってアイヌ文化は、少年時代を過ごした音更時代にアイヌの人と交流して以来の大きなテーマでしたから思い入れもひとしおだったと想像します。

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机には伊福部昭の『管弦楽法』もある

私としては「福祉工学」を応用して、どなたにも聞こえ、不安を煽らずに注意を喚起できるような音作りをしたに過ぎませんが、少なからず音の仕事で叔父との縁が結ばれているなら、不思議なことですね。叔父は「優れた音楽は、民族の特殊性を通過してはじめて、普遍性に到達する」を信条としていましたが、私も「真に残る技術は、人間の深部に潜む感性、情緒、能力に訴える力を持っている」を信条としていました。最近、この点にもどこかに共通点があるのかなと思うようになりました。

――現在は東京大学・高齢社会総合研究機構の特任研究員として活躍をされています。福祉工学の第一人者として、これからの社会で実現していきたいこととはどんなことでしょうか。

伊福部 1つは日本で避けられない高齢化社会を、いかに良いものにデザインできるかが課題だと思っています。医療や介護の世話にならない元気な高齢者を増やすためにはどうすればいいか、世代間格差の不公平感や溝を埋めるためにはどんな策が必要なのか、分野を超えた知恵を結集して解決策を探さなければならないと思っています。もう1つは、最近、人工知能が人間の仕事を奪ってしまうのでないかと不安にさせるニュースが多いのですが、それにはあまり怖れるに足らず、ということを言いたい(笑)。

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――どういうことですか?

伊福部 ちょっと騒ぎすぎのような気がしますね、人工知能に対してみなさん。あくまで人工知能がカバーしようとしているのは人間の脳の表面というか、論理的な部分だけだと思うんです。でも実際、人間が人間である部分、例えば感情とか、情緒とか、感性とか、心を寄せるとか、クリエイティビティとか、そういう非論理の部分は人工知能にはむずかしい問題なんですよ。この辺りは、神経回路でどうにかなるものではなくて、ホルモンなども関わる作用ですから。さっきのチャイム音作りにしても、どんな心理的影響を与えるかなど、微調整に微調整を重ねて作りました。それはビッグデータとプログラミングである程度のところまではできるかもしれないけれど、完成させるのはやはり人間の感性と調整能力です。

だから、もっと人間の能力を信じてもいいんじゃないかなと思います。逆に、人間のこのような能力を感じ取れる人工知能ができれば、きっと人間と心が通い合い、人間のことを思って働いてくれるロボットにも活かされるでしょうね。真に人間と共生できる人工知能やロボットを作る上でも、福祉工学は役に立つでしょう。人の感覚研究や福祉機器開発をしている者としては、そんなふうに考えています。

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写真=平松市聖/文藝春秋

いふくべ・とおる/1946年北海道生まれ。工学博士。専攻は生体工学、音響工学、福祉工学。東京大学名誉教授。北海道大学名誉教授。北大大学院工学研究科修士課程修了。スタンフォード大学客員助教授、北大電子科学研究所教授、東大先端科学技術研究センター教授を経て現在に至る。著書に『音声タイプライタの設計』『福祉工学の挑戦』『福祉工学への招待』『福祉工学の基礎』など。監修に『ゴジラ音楽と緊急地震速報』。

(「文春オンライン」編集部)

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