名匠カンブルランと読響が奏でる メシアンのスピリチュアルな超大作

名匠カンブルランと読響が奏でる メシアンのスピリチュアルな超大作

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  • 更新日:2017/11/18

日本のオケと挑戦を続ける指揮者

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●シルヴァン・カンブルラン1948年フランス、アミアン生まれ。トロンボーン奏者として活躍したのち、1975年にリヨン国立管弦楽団で指揮者デビューを飾り、国際的な指揮者の登竜門であるブザンソン国際指揮者コンクールで1位を受賞。1981年にベルギー王立歌劇場の音楽監督に就任。フランクフルト歌劇場音楽総監督、シュトゥットガルト州立歌劇場音楽総監督を歴任。2010年から読売日本交響楽団の常任指揮者となり、2019年まで読響とのパートナーシップを継続する。

オーケストラで巨大な世界を作り上げる魔術師、そして太陽のような明るい楽観と、若々しい冒険心を持つ魅力的な人物である。

2010年から読売日本交響楽団(以下、読響)の常任指揮者を務めるフランス人マエストロ、シルヴァン・カンブルランは、ドイツ的で重厚なサウンドが特徴であるこのオーケストラにモダンな軽やかさや透明感をもたらし、豊富な現代曲のレパートリーを作り上げてきた。オーケストラのメンバーからの信頼も厚く、カンブルランが登板する演奏会では独特の心地よい緊張感が走る。

オーケストラと指揮者の充実した関係を積み重ねてきたこの秋に、彼らは20世紀の偉大な作曲家オリヴィエ・メシアン(1908~1992)のオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』を演奏会形式で上演する。演奏時間だけで4時間半を要するオペラで、内容は「神劇」と呼ぶべきスピリチュアルな世界だ。

カンブルランと読響、作曲家メシアンとの縁は深く、過去の定期演奏会でもメシアン作曲の『トゥーランガリラ交響曲』を演奏している。長大なオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』はカンブルランが深く愛する作品で、世界中のオーケストラと過去に24回も指揮をしてきた。

「読響ともぜひ上演したいと思っていました。このオーケストラのすべてに私は満足しています。信頼関係がとても強いですし、彼らは私が音楽的にやりたいことに素早く反応してくれる。とても柔軟性の高いオーケストラで、私が暗めの音、クリアな音、アグレッシヴな音、優しい音などを求めると、彼らはすぐに出すことが出来るのです。これには何か秘密があるのではないか……と私自身感じているのですが……バランス、技術、音色、集中力、すべてが優れているのです。『アッシジの聖フランチェスコ』は大きな挑戦ですが、オーケストラが作品そのものの良さを表現してくれると思います。成功のための具体的な確信がありますし、まさに機が熟したという言葉が相応しいですね」

宗教性よりも「歓喜」がテーマ

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2008年にはパリ国立オペラと来日し、デュカス作曲『アリアーヌと青ひげ』で見事なフランス音楽の美を聴かせた。

『アッシジの聖フランチェスコ』の長大なオペラの全編が日本で上演されるのも、これが初めてのこととなる。「清貧の聖者」として知られ、小鳥に説教をしたことでも知られる聖フランチェスコだが、オペラの物語は日本ではあまりなじみがない。

「確かにメシアンは教会のオルガニストを長年務めた宗教的な人物でしたが、作品で宗教的なことを伝えることが目的ではありませんでした。もちろん宗教は重要な要素ではありますが……何を伝えたいかというメッセージはまた別なのです。作曲家が音楽を通して伝えたかったのは何よりヒューマニティ~人間性~ということ。そして『歓喜』と『希望』だったと思うのです。この作品は恐怖心から始まり、最後に喜びによって終わります。それが4時間半にわたって描かれる……恐怖というA地点から歓喜というB地点に行くまで、それだけの時間を要するのです。メシアンの音楽には鳥がたくさん登場しますが、鳥の言葉はメシアンの音楽では歓喜の象徴です。このオペラでは鳥の声を聴くように、何かを理解しようとするよりも何かを感じてほしいのです」

音楽史的にも、メシアンは非常にユニークな作曲家だ。20世紀の前衛と、バッハ以前の古い音楽が混在しているような、あるいはそのすべてを超越しているような巨大なスケール感がある。それは音楽家の「宇宙観」といっていいかも知れない。

「メシアンはバッハを崇拝していたのです。信仰心という共通点がありましたし、バッハもメシアンも万国共通の言葉を表現していると思います。そしてその信仰から何が生まれるか、というと、万人を愛する友愛精神、喜び、幸せ、神に対する大きな信頼です。現世だけでなく、来世も幸せになれるという確信を、私たちは音楽を通じて感じることが出来るのです。聖フランチェスコという人物が象徴しているのも、兄弟愛であり、友愛の精神です。そして神が作り出した人間と自然界の壮大なつながりも、作品では描かれます」

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明るくフレンドリーな性格のカンブルラン。忍耐強く情熱家で、つねに妥協のないアプローチでオーケストラを導く。

オーケストラの表現も多彩でユニークだ。大編成のオーケストラが、聖フランチェスコの質素な生き方を表わすために、とてもシンプルな……「貧しい」といっていいほどの素朴な音を出す場面も多い。大編成=爆音、というイメージとは別の次元が、色々な場面で展開されるのだ。

「大編成のオーケストラと合唱が一度に音を出す壮大な表現もありますが、確かにそうでないシンプルな部分も多い……天使が出てくる場面などは、オーケストラもとても慎ましいですね。オンド・マルトノ(※)も出てきますが、これはとても人間の声に似ています。ビブラートもかけられますし、ピアニッシモも演奏できる。ありとあらゆる自然界の音が出てきます。鳥だけでなく、風の音も出てきますし、神の被造物すべてをオーケストラで表現していきます。それと同時に、非常に謎に満ちた「人間性」というものも浮き彫りにしていきます。アッシジの聖フランチェスコは、裕福に育ちながらそれを捨てて貧しさに美的なものを見出していく……120名のオーケストラのみなさんと、貧しくて何もないシンプルな場面や、彼が信仰を深めながらどのように精神性を変えていくかを表現していきます」

※オンド・マルトノ
フランス人電気技師モーリス・マルトノによって1928年に発明された電子楽器。小型の鍵盤楽器の形をしており、テルミンに似た独特のサウンドを出す。20世紀に書かれた前衛音楽に頻繁に使われた時期があり、メシアンは『トゥーランガリラ交響曲』でもオンド・マルトノを印象的に使用している。

「ひとめ惚れ」した切望の作品

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読響とのパートナーシップは2019年まで続く。新しいレパートリーと解釈をオーケストラにもたらした。

カンブルラン氏がこのメシアンのオペラを最初に振ったのは1992年。初演は1983年(小澤征爾氏の指揮による)だったが、その頃からこの作品の虜になり、指揮をすることを夢見ていたという。

「長年ベルギーの王立モネ劇場で一緒に仕事をした、私の親友でもあるジェラール・モルティエがこの作品の上演の企画を立ててくれました。実際に上演が実現したのは92年で、メシアンが亡くなった年でした。92年には6回振りましたよ。その直前にエサ=ペッカ・サロネンの指揮を聴いて、彼の仕事を尊敬しながらも、自分は別なふうに振るだろうと思っていました」

上演時間4時間半を超える作品では、指揮者も相当な体力を使う。既に読響とは5時間を超える『トリスタンとイゾルデ』(ワーグナー)を上演しているが、集中力をキープするための秘訣はあるのだろうか?

「長さでいえば、ワーグナーはもちろんベルリオーズも長いですし、ジョン・アダムズのオペラにも長大なものがあります。音楽性が素晴らしければ、その点で集中力は問題なく保てるのですよ。オーケストラもそうだと思います。『アッシジの聖フランチェスコ』では、2幕目に辿り着いたとき最初の大きな疲労感がやってきますが、3幕目になるとだんだんエネルギーが軽くなってくるんです。終わりになる頃にはエネルギーがさらに回帰して、また1幕目に戻れるほどの活力がみなぎります。特別な、変わったエネルギーが私たちを復活させる……音楽そのものがエネルギーを作り出していくのです」

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宗教性よりも「歓喜」を感じて欲しいと語るカンブルラン。オーケストラで自然界のすべての音を表現する。

そういえば、カンブルランはいつも全身から大きなパワーを出していて、疲れている姿を見たことがない。読響の公演でも、彼はいつも軽快に走って登場し、軽くジャンプして指揮台に乗るのだ。映像で見る20年前の姿より、69歳の今のほうがスマートで若々しいのにも驚かされる。

「オーケストラと聴衆からいつもエネルギーをもらっていますからね。日々が喜びですし、日々音楽を通してエネルギーをリチャージしている感じです。オーケストラとの関係はラブストーリーと同じで、いい時もあれば悪い時もある。いい時というのは、この上ない幸せをもたらしてくれます」

読響とは常任指揮者の契約をこれまでに2度更新し、2019年までシェフを務めることになっている。ヨーロッパ中のオーケストラや歌劇場で活躍する多忙なマエストロが、読響に感じている信頼と愛情はとても大きなものだ。

「今の私たちは、長年にわたって蓄積してきたさまざまな成果が出てきている段階にあります。今年『アッシジの聖フランチェスコ』をやったことによって、来年はもっともっと関係性がよくなっていくでしょう。私は色々な作品を採り上げ、色々なアプローチを行っていますし、楽員の皆さんも信頼してくれます。技術的なことも、皆さんにわかりやすく説明していますし、それを聞いているときの全員の集中力はすごいものです。全力で取り組んでいるのがわかるので、次から次へ、さらに進化した絆を築いていけるのです」

あらゆる言葉が肯定的で、マエストロの声や笑顔から伝わってくる明るいエネルギーは何かが爆発しているようでもあった。「宇宙」という言葉が何度も脳裏に去来する。全幕版日本初演の『アッシジの聖フランチェスコ』は、音楽は幸福になるために存在している、という信念を持つカンブルランの本質が表れた、巨大な愛の世界となるはずだ。

読売日本交響楽団
メシアン 歌劇『アッシジの聖フランチェスコ』

【東京公演】
会場 サントリーホール
日時 2017年11月19日(日) 14:00~
http://yomikyo.or.jp/concert/2016/12/572.php
日時 2017年11月26日(日) 14:00~http://yomikyo.or.jp/concert/2016/12/606.php

【滋賀公演】
会場 びわ湖ホール 大ホール
日時 2017年11月23日(木・祝) 13:00~
http://yomikyo.or.jp/concert/2017/05/post-524.php

文=小田島久恵
撮影=佐藤 亘

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