イチロー引退に「世間に出たら赤ん坊」とコメントした王貞治の真意

イチロー引退に「世間に出たら赤ん坊」とコメントした王貞治の真意

  • 文春オンライン
  • 更新日:2019/08/11

今年3月、イチローは東京ドームでの試合後に現役引退を表明した。その記者会見での言葉は円熟味を感じさせるものであった。下の名前で呼ばれることもあって、結婚しようが30を過ぎようが若々しい印象であったのが、いつしか髪に白いものが混じり始め、そうした容姿のみならず、言葉も深みを醸すようになっていた。

【画像】東京駅でファンにサインをする現役時代の王貞治氏

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引退会見をする米大リーグ・マリナーズのイチロー ©Darren Yamashita-USA TODAY Sports/Sipa USA/時事通信フォト

そんなイチローにむけて、王貞治はこんなことを言っている。

「あれだけ45歳まで野球をやった人がね、世間に出たら赤ん坊みたいなところがあるんだ。彼もそれは十分に分かっているでしょう」「餅は餅屋でね。自分の得意な部分で生きないとね」。(「Number」2019年4月25日号)

イチローほどの者にこんな言葉をかけられるのは、王貞治くらいだろう。それはたんに選手としても監督としても偉大な成績を残した野球界の先人だからではない。

スポーツの世界で活躍したことで、当人は万能感を得たり、周囲からは他の分野でも成功することを期待されたりする。たとえばサッカーの中田英寿選手が引退後は企業や文化に関わるようにだ。こうしたことへの危うさを王貞治は知っているのだろう。それは「世界の王」と呼ばれ、「人格者」の鎧を着させられたからだ。

「名監督」王貞治の人間くささ

その昔、「名選手、必ずしも名監督にあらず」は監督としての王貞治への当て付けのような言葉であった。現役時代と同じ背番号を背負って巨人の監督を務めるが、結局チームを日本一に導くことはできなかった。その後、巨人も背番号「1」も捨ててホークスの監督になるが、不甲斐ない成績からファンに生卵を投げつけられもした。

しかしホークスでの5年目となる99年に、ついにチームをリーグ優勝へと導く。当時の雑誌を紐解けば、スポーツライターの阿部珠樹は、王貞治は「世界の王」という完全無欠の近寄りがたい存在から「失敗もする人間くさい人物」(注1)であると選手たちに理解されるようになり、そうしてようやくチームはひとつになったのだと評している。その後、胃癌の手術をして体力の低下と闘いながら監督を続けもした。

だから冒頭の言葉はイチローへの助言のようでいて、一筋縄ではいかなかった自分自身のこと、それでも野球の世界で生きた自らを振り返っての言葉にも思え、読み入ってしまう。

イチローが知っている王貞治の偉大さ

イチローはイチローで、イチローならではの王貞治の偉大さを知っている。引退後におこなわれた「Number」での石田雄太によるインタビューで、2001年から年間200本安打を達成し続けていたのが2011年に途絶えてしまったときのことを述懐している。「『もう一度、200本のヒットを打ちたい』と思っていました。かつて、王(貞治)選手が13年連続でホームラン王を獲って、それが途切れたあと、ふたたびホームラン王に返り咲いた」(注2)ようにと。しかし王貞治のようにはいかなかった。

ここで面白いのは、イチローは将棋や囲碁の敗者のように「いつか自分も『負けました』と言えるようになりたい」と思っていたと語っていることだ。これはいったいどういうことか。野球は打率3割でも上々の「負けを認めづらい競技」だが、いっぽうで負けを認める屈辱が次へのエネルギーになるとイチローは考えた。そして200本安打が途切れ、ふたたびそれを達成しようにも出来なかったとき、イチローはようやく「負けた」感触を得る。

端から見れば記録が途絶えることが負けに思えるし、ひとによってはそこで気力を失ってしまおう。しかしイチローは返り咲けなかったことではじめて負けたと思った。そして負けたといえることを「よかった」と言うのであった。

神取忍は「ガマンがきく人間が勝つ」と言ったが

そういえば柔道選手であった神取忍は、大会での敗者復活戦について「自分が一度負けたという事実にガマンがきく人間が勝つの」と言っている。自分が負けたという事実に負けると敗者復活戦にも負け、負け犬になるのだと(注3)。

平々凡々の人間にも、神取忍の言葉までは就職活動などに置き換えてなんとか理解できる。しかしイチローの、10年も続けた記録が途切れたときの胸中、さらには「負けました」と言えるようになりたいという心境は、知りようのない領域の葛藤である。もっともそれを乗り越えようが、王貞治にしたらそれは野球での話であって、「世間に出たら赤ん坊」なのかもしれない。

会見での印象的な言葉の数々

引退会見で野球の魅力とはなにかと聞かれたイチローは、「同じ瞬間がない。必ずどの瞬間も違うということ」と述べている。いわば一回性の魅力である。そういえば清原和博も違う角度からそれについて語っている。人気者ゆえに引退後はテレビ番組に出るようになるが、選手時代のような満足感は得られなかった。それは「テレビは撮り直しが出来る」からだと(注4)。

そうした世界で、プロ野球選手になるという子供の頃からの夢を叶えて、何を得たのか。イチローは、「『こんなものかな……』という感覚ですかね」と述べている。そしてその感覚を得たことは大きいかも知れないと続ける。

イチローが米国で得たもの

こうした記者との問答は1時間25分に及んだ。その内容はすぐに記事として配信され、とりわけ記者会見での最後のやり取りがSNSなどで話題となる。それは孤独についてのものだ。

米国にわたり「外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので」と述べる。留学先でよそ者扱いされたことで愛国心に目覚めるのはよくある話だが、イチローの場合は円熟に作用する。そしてこう続ける。

「孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います」。

先に紹介した「Number」のインタビューのなかで、米国にいってから自分の言葉を大切にしなくてはと思うようになったと述べている。それをおもうとMLB通算3089安打とともに、この引退会見のやり取り、とりわけ生活体験が凝縮した孤独についての言葉は、19年に及ぶ米国での生活の、もうひとつの到達点のように思えるのであった。「世間に出たら赤ん坊」なんてことは、きっとない。

(注1)「PRESIDENT」1999年12月号
(注2)「Number」2019年4月25日号
(注3)井田真木子『井田真木子と女子プロレスの時代』イースト・プレス
(注4)清原和博『告白』文藝春秋

なお、3月21日の引退記者会見については「AERA dot.」の下記を参照した。
https://dot.asahi.com/dot/2019032200005.html
https://dot.asahi.com/dot/2019032200008.html

(urbansea)

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