ガラパゴス化する食の安全、農産品輸出を阻む規格

ガラパゴス化する食の安全、農産品輸出を阻む規格

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  • 更新日:2016/10/18
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大手流通イオングループの農業法人、イオンアグリ創造は2009年に設立され、全国19カ所に農場を持つ。その1号である茨城牛久農場。トマトや小松菜などを栽培している。そこを訪れると、まず農場に入る者は入場時間や氏名、所属などを書かなければならない。出荷場の蛍光灯には、万一破損した際に異物が混入しないようにフィルムが巻かれていた。

そのほかにも、取り間違いがないように道具を置く場所を明示している。農薬散布の準備をしている部屋では、使って良い回数、薄める倍率、どの作物に散布するかなどをチェックし、それを作業指示書としてプリントアウトして2人の作業者が確認するようにしている。何時に誰がどんな作業をしたかが分かるようにあらゆる仕事が記録として文書で残されている。

この農場は「グローバルGAP(適正農業規範)」と呼ばれる国際的に認知された認証規格を保持しており、そのルールに則った運営がなされている。栽培履歴を管理しやすいように作業内容の記録を小まめに残しておくことなどが特徴の国際的な認証規格で、有害物質や異物混入など安全面で危害が発生するリスクを最小に抑えるための管理手法だ。多くの要求事項と厳格な運用規則で構成されている。

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この手法の利点の一つは、仮にトラブルが起こっても、その原因を究明しやすくなることだ。そして作業場には必ず救急箱を置かなければならない。これは経営側が従業員の安全に配慮する姿勢を問うている。

同社品質管理室長の岡和美氏は「グローバルGAPの目的は、従業員を働きやすくし、業績も上げていくための仕組み」と語る。同社は直営農場だけではなく、生産を委託する契約農家に対してもグローバルGAPの取得を16年度から義務付けたばかりだ。

ウォルマート、カルフール
大手流通が求めるGAP

グローバルGAPでは経営者が従業員を採用する際の経歴チェックも求める。これは、日本でも3年前にアグリフーズ群馬工場(当時)で生産していた冷凍食品に従業員が意図的に農薬を混入させた事件が起きたように、世界の流通関係者の間では「フードテロ」行為への懸念が高まっているからだ。

もし農産物の栽培過程にテロリストが紛れ込んでいれば、いとも簡単に野菜に毒物を混入させることができる。このために最低でも従業員の経歴くらいは確認して雇うことが世界の常識になりつつある。ところが、日本では外国人技能実習生が農家に入ってきても農家自体が経歴を確認して雇っているとは言い難いのが現状だ。断っておくが、これは外国人への偏見ではない。あくまでもリスク管理の問題だ。

この「グローバルGAP」とは、消費財流通で世界最大の業界団体「TCGF(ザ・コンシューマー・グッズ・フォーラム)」の食品安全部会「GFSI(グローバル・フード・セイフティ・イニシアティブ)」が認定する9つの認証の一つである。他の認証には「FSSC22000」や「SQF」などがある。

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GFSIには、カルフールやウォルマート、ネスレなどの大企業が加盟。その売上総額は300兆円近くある。最近ではアマゾンが加盟した。特に青果物や野菜は、グローバルGAPがなければ、欧米市場では大手流通が調達しない傾向が強まっている。

ところが、全世界でグローバルGAPを取得している農場は約16万あるものの、日本はわずか400程度。普及が進まない主な要因は、認証の維持管理コストが高く小規模農家が負担を嫌うことや、農家のリスク管理に対する意識が低いことにある。世界の潮流に乗り遅れていることは否めない。

GFSIで理事を務めるイオン品質管理部の岸克樹部長は「世界の市場は、味などの品質は競争分野だが、安全は非競争分野と捉えて連携協力が進む。GFSIが農産物や食品管理についてのデファクトスタンダードを決めている」と説明する。

端的に言えば、GFSIが認めた認証を持っていなければ、いくら「美味しいものを作った」と胸を張っても、世界市場では通用しないということだ。たとえるならこれは、日本の柔道が本家本元と言っても、世界の柔道の試合では、なかなか優位にたてないことと構図が似ている。

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日本にも「JGAP」などの日本版GAPが存在する。しかし、GFSIはそれらを認定していない。その主な原因は2つある。1つは、規格やルールなどを決める国際会議の場で発言力が弱いこと。もう1つは、これまでの「JGAP」は審査の運用基準が甘いことだ。たとえば、「グローバルGAP」では運用状況を審査する会社をさらに「審査」する認定組織があって二重にチェックされるが、「JGAP」の仕組みでは認定組織による審査会社へのチェックがなく厳格な第三者認証になっていない。さらに、日本では審査すらないGAPも存在しているという。

食品業界のリスク管理に詳しいコンサルタントは「各自治体や農協単位のGAPが乱立しており、いずれも第三者による審査を受けていなかったり、運用規則がなかったりして、到底世界に通じる水準にない」と指摘する。要は、日本版GAPは「ガラパゴス化」しているのだ。

ミラノ万博で大人気の和食
要の鰹節が輸入禁止の危機に

加工食品でも農産物と同じ課題を抱える。その象徴的な出来事が15年に開催された「食料の安全や食文化」をテーマとするミラノ万博で起こった。和食の出汁の材料となる日本製鰹節を、EUが発がん性物質が含まれるとして輸入を認めなかったのだ。そして政府間交渉で特例として万博期間だけ輸入が認められた。この遠因は、鰹節などを生産する日本の水産工場の多くが、食品製造の工程でGFSIが認める安全管理のグローバルスタンダードの認証を保有していないことにある、とされる。そうした認証を取得している日本の水産工場数は中国やベトナムの10分の1以下だという。この結果、欧州では中国産やベトナム産の鰹節が出回って、日本産は「禁輸」という事態になっている。

また、欧米諸国からは「東京五輪での選手村の食事の食材はグローバルGAPなど国際的に認められた認証規格を持つものを使って欲しい」といった要望も出ているという。しかし、現状の日本の農家のグローバルGAP取得状況では供給能力は足りない。

安倍政権は日本の農林水産物・食品の輸出拡大を目論んでいる。15年10月1日付で農林水産省に輸出促進課を新設。水産物、加工食品、コメ・コメ加工食品、青果物、牛肉、茶などを「戦略8品目」と位置づけ、12年に農林水産物の輸出額が約4500億円だったのを20年までに1兆円に拡大する方針だ。

しかし、農産物や加工食品でグローバルに通じる認証取得がこの現状では、輸出拡大計画は「画餅」に終わるリスクも孕む。和食(日本人の伝統的な食文化)が3年前にユネスコの無形文化遺産に登録されたことなどによって、日本の「食」に対する注目が世界でも高まりつつある一方で、日本の農産物、加工食品の安全性が世界市場では通用しない「ガラパゴス化」の危機に直面している。

こうした現状に危機感を感じた農水省や業界団体もやっと動き始めた。たとえば、「JGAP」を運用する日本GAP協会の荻野宏事務局長は「JGAPを刷新してGFSIへ認定してもらうように働きかけを強めていく」と語る。農水省から補助金を受け、今年9月1日付で「JGAP」を「ベーシック/アドバンス」の2つに分けた。「アドバンス」を輸出GAPと位置づけ、第三者認証を強化した。

世界標準の日本規格を立ち上げ
「強い農家」にも変化の兆し

また、今年1月には、主に加工食品を対象に、日本初の国際的認証を目指す「食品安全マネジメント協会」が発足した。設立者は、味の素、イオン、ローソン、セブン&アイ・ホールディングスなど大手流通企業が中心となった。認証規格の詳細は7月に公表されたばかりだ。GFSIからの認定に向けて今後、積極的にロビー活動をしていく方針だ。

亀山嘉和事務局長は言う。「日本の食文化を反映させた世界に通じる認証がいる。ミラノ万博で鰹節が受け入れてもらえなかったことを教訓に、日本固有の食品の安全管理のガイドラインも作って、それらを世界に訴えていきたい」

さらに東京海上日動火災保険でも今年7月から、GFSIが認める認証規格を持った農産物や食品のPL(生産物賠償責任)保険料を一部値下げした。

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意識が希薄と言われた農家にも変化の兆しがある。国内市場の縮小を想定して海外市場の獲得を狙う若手農家の動きだ。JAくるめ(福岡県久留米市)サラダ菜部会長の池田仁(40)氏は現在、部会のメンバー13人と協力し合ってグローバルGAP取得に向けて準備中だ。「グローバルGAP取得を取引条件にしてくる流通は今後増えると思う。将来的には東南アジアを中心に輸出をしていきたいので、規模拡大のためには取得は不可欠と考えた」と話す。

世界市場で勝負するなら、科学的な根拠が必要で、「日本産は安全」というイメージだけでは戦えない。「強い農家」「輸出1兆円」を実現させるためにも、したたかな戦略は欠かせない。

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