平成の野口英世「大村智」の何が凄いのか?

平成の野口英世「大村智」の何が凄いのか?

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/06/11
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感染症特効薬に贈られたノーベル賞

He Lived and Died for Humanity(人類のために生き、そして死んだ)――ちょうど90年前の1928年5月21日、渡航先のガーナで、51歳で客死した細菌学者・野口英世。

米国ニューヨーク郊外にある彼の墓碑には、そう刻まれている。アフリカや中南米で猛威を振るっていた感染症の征圧に人生を捧げ、蚊が媒介する黄熱病の病原体を解明しようとした志半ばで、自らその病魔に倒れた。

上京後、“日本の細菌学の父”とされる北里柴三郎の創設した伝染病研究所に在籍したことを足掛かりに渡米。米国のロックフェラー研究所を拠点に、進行麻痺の原因が梅毒スピロヘータであることを発見するなど、微生物学や血清学において旺盛な研究成果を挙げた。

その業績には、後に誤りと判明したものもあるが、立身出世の世界的偉人であり、日本銀行券に肖像が描かれている初めての科学者だ。アフリカにおける医学研究の先駆けとなった研究は、同研究所に引き継がれ、マックス・タイラーが37年に黄熱病ウイルスに対する予防ワクチンを完成させた(1951年にノーベル生理学・医学賞受賞)。

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野口英世 photo by getty images

1901年から始まったノーベル賞は、人類に対して最大の貢献をした人に授与される。薬や治療法の開発は、貢献が目に見えやすい。青カビからペニシリンを見いだしたフレミングら(1945年生理学・医学賞)、結核の特効薬ストレプトマイシンを発見したワクスマン(1952年同)など、薬に対する授賞は何度かあるが、黄熱病を始めとして、感染症が人類の大きな脅威だったことを物語る。

そして、2015年のノーベル生理学・医学賞は、大村智氏(北里大学特別栄誉教授)ら3人に贈られた。大村氏は、共同受賞者である米国のウィリアム・キャンベル氏と共に、多くの寄生虫病に有効な治療薬イベルメクチンを開発した。3人目の受賞者は、現在最も有効なマラリア治療薬の発見者、中国の屠呦呦(と・ゆうゆう。ゆうは口偏に幼)氏だ。

大村氏は、“平成の野口英世”、あるいは“平成の北里柴三郎”とも称される。両者とは異なり、医師ではなく化学者だ。イベルメクチンは、1970年代半ばに土壌の中から発見した放線菌から生まれた薬で、3億人を寄生虫感染症による失明の危機から救った。

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大村智 photo by gettyimages

大村氏は「策士」だった

薬づくりの道を究めることになったのは、北里が創設した北里研究所に採用されてからだ。1935年山梨県韮崎市の農家に生まれ、山梨大学で化学を学んだ後、東京都立墨田工業高校定時制の教員となった。

昼間働いて夜学ぶ学生たちの姿に刺激を受けて一念発起し、教員をしながら東京理科大学大学院を修了。母校山梨大学の発酵生産学科の助手となり、微生物の可能性に開眼した。

ブドウ糖は酵母の働きで発酵し、一晩でアルコールに分解される。「とても人にはまねできない。微生物の力に自分の学んだ化学を融合させれば、進んだ研究ができるのではないか」

新規物質の探索と化学構造の決定を研究の柱に据えた大村氏は、策士でもある。1973年米国留学からの帰国に際し、日本では米国ほどの恵まれた研究環境は得られないだろうと、製薬企業に共同研究を提案した。北里研究所で微生物やその産生物質を探索し、もし活性を示す物質が見つかった場合、特許取得後、その物質を製薬企業に送る。薬として実用化された場合は、特許権使用料を支払ってもらう。

先見的だったのは、動物薬に照準を定めたことだ。ヒトの薬で、世界に挑んでも勝ち目はない。動物専用の薬は少なく、多くはヒトの薬を動物にも使っていた。逆に、動物薬として見つけたものがヒトにも使える可能性もあるはずだ。世界最大手製薬企業のメルクから年間8万米ドルの研究費を取り付け、後にはファイザーなど契約先が増えた。

大村研究室の面々はビニール袋を常に携帯し、通勤時や出張時にスプーン1杯の土を採取した。土壌生物由来の有機化合物の探索は、創薬の王道だ。1gの土には1億個以上もの微生物がおり、中には薬を創り出す菌がいるかもしれない。

74年、静岡県伊東市川奈のゴルフ場近くで採取された土から新種の放線菌が見つかった。放線菌からは、ストレプトマイシンをはじめ、数多くの抗生物質や工業的に重要な二次代謝産物が見つかっている。

メルク社では、大村氏から送られた菌の代謝物を調べてみると、牛馬の腸管に寄生する線虫類をほぼ100%駆除できた。この物質の有効性を高めるために化学構造を一部改変し、イベルメクチンが誕生した。

家畜やペットの寄生虫に対する注射薬として発売されると、一躍、動物薬の売り上げトップとなり、世界中で食料と皮革の増産につながり、犬のフィラリア症などの予防にペットにも多用された。これだけでも人類への大きな貢献だが、大村の読み通り、イベルメクチンはヒトの病気にも有効だった。

毎年27万人が失明する感染症を撲滅

オンコセルカ症(河川盲目症)は、アフリカなど熱帯の風土病で、ブヨによってヒトからヒトへと線虫の幼虫が媒介される。これがヒトの体内で成虫になり 14年あまり生き続ける間に何百万もの幼虫を産む。幼虫が死滅する際、皮膚では猛烈な痒みを生じ、目に入ると失明にまで至る。世界35ヵ国に蔓延し、毎年1800万人が感染して27万人が失明していた。

1982年にイベルメクチンの有効性が発表され、1987年にいち早くフランスで錠剤が承認された。1988年から世界保健機関(WHO)を介して、アフリカでメルク社により無償提供され、集団投与が始まった。14年間は年1回薬を飲み続ける必要があるが、幼虫が死滅してしまえば、新たにヒトに感染させることはなくなり、やがて病気は撲滅できる。

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イベルメクチンの服用量を測る様子。コートジボワールで photo by gettyimages

蚊が媒介するリンパ系フィラリア症に対してもイベルメクチンは効果を示した。2012年には3億人以上に投与される世界最大の薬となったが、そのほとんどが熱帯病撲滅のために無償供与された。オンコセルカ症は2025年に、リンパ系フィラリア症は2020年に撲滅が見込まれており、ユネスコから、発展途上国における「公衆衛生上過去最大の成果」と高く評価された。

実は日本でも、イベルメクチンは、ストロメクトール錠という商品名で発売されている。適応となったのは腸管糞線虫症で、九州南部や沖縄にかけて数万人の患者がおり、土壌などに存在するフィラリア型幼虫に皮膚から感染して、咳や下痢などを起こす。ダニにより引き起こされる疥癬の適応も追加された。1回のみの服用で済み、これら2疾患の特効薬となった。

“火の車”だった北里研究所を再建

北里研究所に入る特許権料は、動物薬などの分に限られたが、それでも大きな恩恵をもたらした。世界の大手製薬企業を回るうち、大村氏は、改めて北里柴三郎の知名度を思い知らされ、当時“火の車”だった研究所の再建にも尽くしたのだ。

大村グループの業績は、イベルメクチンにとどまらない。69新種の微生物を見つけ、それらを含む微生物が創り出す500を超える化合物を発見、うち26の化合物が医薬品や農薬、研究用試薬に使われるなど、有機化学の発展にも貢献している。

その1つ、スタウロスポリンは、細胞のシグナル伝達の鍵を握る酵素を強力に阻害する作用を持ち、試薬として多用されている。スタウロスポリンを模して多数合成された化合物の中から、グリベック(慢性骨髄性白血病治療薬)、イレッサ(肺がん治療薬)という、画期的ながんの分子標的治療薬も誕生している。

ベーリングと共にジフテリアの血清療法を開発した北里は、第1回ノーベル生理学・医学賞の候補に挙がっていたとされる。野口も何度か候補に挙がっていたが、受賞を果たせなかった。

大村氏は、柴三郎を誰よりも敬い、再建に尽くした研究所で、自らのノーベル賞を呼び込んだ。今も後進に助言を与え、まだ人類が克服できない病を微生物が救う日が来ることを信じている。大村氏が語る成功の秘訣は、是非、拙著をご一読いただきたい。

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北里柴三郎(右)。恩師ロベルト コッホ来日時、奈良で photo by gettyimages

さて、拙著で紹介した多くの科学者たちの子ども時代、野口英世はヒーローだった。がん免疫治療薬オプジーボの開発者である本庶佑氏(京都大学教授)、さらに姉妹作(『新薬に挑んだ日本人科学者たち』、2013年刊)でも、コレステロール低下薬スタチン発見者の遠藤章氏(東京農工大学)や、関節リウマチ治療薬アクテムラの開発者である岸本忠三氏(大阪大学)が、その道に進むきっかけの1つとして、野口の存在を挙げている。

いつの日か、大村氏を始め、画期的な創薬を成し遂げた先達の背中を追って科学の道に進んだ人たちが、人類を救ってくれる日が来ることを夢見ている。

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世界を救った日本の薬

著:塚崎 朝子

読売新聞記者を経て、医学・医療、科学・技術分野を中心に執筆多数。国際基督教大学教養学部理学科卒業、筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了。

専門は医療政策学、医療管理学。著書に『新薬に挑んだ日本人科学者たち』『慶應義塾大学病院の医師100人と学ぶ病気の予習帳』(講談社)、『iPS細胞はいつ患者に届くのか』(岩波科学ライブラリー)などがある

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