60年代に大流行したサイケドラッグのLSDは小さな麦畑から生まれた

60年代に大流行したサイケドラッグのLSDは小さな麦畑から生まれた

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  • 更新日:2019/10/19
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bySharon McCutcheon

LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)はは、1960年代のカウンターカルチャーで大流行した幻覚剤(サイケドラッグ)として知られています。しかし、元々は1930年代に医療用に合成されたもので、鎮痛剤や向精神薬として期待されていました。そんなLSDの歴史について、ドラッグ事情に詳しいライターのMike Jay氏がまとめています。

The Acid Farmers - Mike Jay

https://mikejay.net/the-acid-farmers/

LSDは、穀物の穂に寄生する麦角菌を研究していた化学者のアルバート・ホフマンが、1938年に世界で初めて合成しました。以下の画像で、麦の穂からニョキッと黒く突き出ているのが、麦角菌の菌核である「麦角」です。

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麦角は「麦角アルカロイド」と総称される化学物質を生成します。麦角アルカロイドは有毒で、摂取すると手足が燃えるように痛み、血管が収縮を引き起こして手足が壊死(えし)し、脳の血流が不足して幻覚・けいれん・意識不明の重体になる「麦角中毒」を引き起こします。

麦角菌の存在は19世紀になって明らかになりましたが、麦の栽培が広く行われているヨーロッパやアメリカでは、それ以前から麦角中毒自体は「聖アントニウスの火」として知られたほか、中世ヨーロッパで突然奇行に走って「悪魔がとりついた」とされた人の一部は「麦角菌に汚染されたパンを食べたことで麦角中毒になったのでは」と推測されています。

また、中世ヨーロッパの医者は、麦角を薬として用いることで、妊婦の出産を早めたり、中絶を行ったりしていたとのこと。そのため、ドイツでは麦角は「母のとうもろこし」と呼ばれていたそうです。

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byMatthias Grünewald

ホフマンは、当時働いていたサンド社の研究所で上司だったアーサー・ストールから、この麦角アルカロイドを精製して医学的に有用な形にするよう命令されていたとのこと。なお、ストールは1918年に麦角アルカロイドから血管収縮剤のエルゴタミンを単離することに成功しています。

20世紀に入って既に麦角菌の恐ろしさが解明されていたため、麦角は麦農家にとっては克服すべき病気であり、出てしまったら最後、徹底的に廃棄し、再び感染が広まらないように努力していたため、麦角の入手は難しいものがありました。そこで、サンド社はスイス中部エメンタールの麦農家と契約し、わずかな専用農地からごく少量の麦角を確保していたそうです。

ホフマンが1938年に単離したLSDは動物実験に使われたものの、エルゴタミンのような血管収縮の特性はなく、動物の落ち着きがなくなった程度で、他にも大きく医療用途が期待できるような効能がありませんでした。ホフマンは、「動物の落ち着きがなくなった」という点に引っかかりを感じたものの、特に製品化できそうもないだろうという判断で別の化合物の研究に移りました。

1943年、ホフマンは5年前に感じた引っかかりを解消すべく、再びLSDの精製に着手。この時、LSDの溶液が手に付着し、体内に吸収されたことによって、ホフマンは世界が強烈な色彩と造形に包まれたような感覚になり、LSDに強い幻覚作用があることに気づきました。同時に、ホフマンは世界で初めてLSDで「トリップ」した人間となりました。

ホフマンのレポートを受けて、LSDの幻覚剤としての効果が確かめられ、「デリシッド」という商標で研究用試薬として発売されました。LSDの人体への投与は厳しい条件が設けられていましたが、末期の患者への鎮痛作用や精神疾患の治療薬としての活躍を期待されていました。

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デリシッドの大量生産にともない、契約農家で細々と作り続けられていた麦角は、大規模な栽培が行われるようになりました。サンド社は麦角の胞子をライ麦の頭に接種させるためのニードルガンや、麦の穂だけを収穫するように設計された特別製のトラクターを契約農家に提供。栽培実験は政府の承認の下で秘密裏に行われていたそうです。

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LSDは当初研究室でしか使われない試薬でしたが、1960年代からドラッグとして流通し、ヒッピーの間で常用されるようになりました。

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byJohn Lester

以前から幻覚作用のあるキノコによる精神体験と実験を繰り返していた心理学者のティモシー・リアリーはLSDの存在を知り、LSDによるサイケデリックな幻覚体験を世間に知らしめるため、500gのデリシッドをサンド社に注文しました。しかし、連邦食品医薬品局(FDA)がこの注文に待ったをかけ、同年にサンド社はLSDの特許を失効。1965年にサンド社は「LSDが世界の一部の地域で、公衆衛生に対する深刻な脅威となった」という声明を発表し、公式に生産と流通を停止しました。

ヒッピー文化の衰退と共にLSDの利用者も減少していきましたが、80年代後半のセカンド・サマー・オブ・ラブをきっかけに、アンダーグラウンドのクラブシーンで再びLSDが大流行しています。なお、LSDは日本では1970年から麻薬及び向精神薬取締法の対象となり、輸出・輸入・譲渡・譲受・所持・施用・使用は固く禁じられています。

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