女性客の「抱いてほしい」サインに飲み屋のマスターは...

女性客の「抱いてほしい」サインに飲み屋のマスターは...

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2019/11/22

―[酔いどれスナック珍怪記]―

筆者がアルバイトレディとして働くスナックは男のマスターが切り盛りしている。清水健太郎『失恋レストラン』よろしく、お店では女性客からの「ねえ、マスター」攻勢が毎晩展開される。そこに秘められた女心の打算と胸の内、そしてその感情とどう向き合い立ち回っているのか――スナックのおやじ歴30年のマスターの手腕を覗いてみよう。

No image

◆第十二夜 マスターの苦悩

マスターの話をしようと思う。

深く知るほど狂った街で、狂った人間たちをベルトコンベアに乗せて夜から朝へと送り出す最終ゴミ処理場もとい更生施設を長年経営しているうちの店のマスターの話だ。

こんな連載やっていると、まるで筆者のわたしが店の中心にいるかのようだが、とにもかくにもうちの店はマスターがいないとマジで始まらない。わたしなんて、ろくな愛想も振り撒かなければ全く気も利かないし、というか気の利くオンナを演じていると自分自身がうすら寒くなるし、明日にでも雹が降りそうだし、咥え煙草に震える手でいい加減に酒を作りながらせいぜいフードは冷奴とツナサラダぐらいしか作らない。

あとは「お前のボトルはあたしのボトル」みたいな横柄な態度でお客よりも多く酒を飲みながら、気に食わなければ遠慮なくハリセンで叩いたり、ムカついたらビール樽に足のっけて『喧嘩上等』歌ったり、みんなクソだ、神田川に突き落とすぞクソ、とか悲しくなるほどに貧困な語彙で最低な暴言を明け方に吐いているだけで水商売オンナの風上にも置けないし、そんなんだから見事に周りには奇特なレッドデータドМおじさんしか残っていない有様なのである。

わたしと違ってマスターは誰にでも優しい。某大物ライター命名するところの異常性欲者なので女性に対してはもっと優しい(酒乱で奇行の多かったわたしはなんか長いつっぱり棒みたいなのでひっぱたかれて小突き回されていただけで優しくしてもらった記憶は一度もないのでたぶん女性と認識されていなかった)。

彼はちっちゃな頃から悪ガキで、十五で不良と呼ばれてなんちゃら連合で毎晩暴走を繰り返し、近隣住民に騒音をお届けして、時には一日二本しか煙草の吸えない狭いお部屋に留置されていた過去を持っているとは思えないほどに慈愛に満ちた眼を携えて、定休日でも店を開けろと言われれば開けて、大した利益にもならない半ばボランティアみたいな麻雀とかボウリングとかのイベントを年に何回も開催して、毎日毎日酔いつぶれてボロ雑巾みたいになるまで全力で働いている。

見ているだけで涙ちょちょぎれちゃうような立派な人だとわたしは思っていて、身の回りに尊敬する人なんてそんなにたくさんいないけど、結構素直に尊敬している。最近では薄くなってきた頭髪をやたらと気にするあまりに、お客の誰かが『激しい雨』なんか歌った時には一瞬眼光が鋭くなるのが面白い。

◆女性客はマスターに「男」を見る

日々眺めていると、本当に男性であるマスターって大変だなぁと思ったりする。

スナックのような酒場に来店する目的は男女でだいぶ異なる。一般的に男性は、仕事上の愚痴を言いたい人もいれば、言わないけれど飲まないとやっていられない気分、歌いたい気分、別に女の子を求めてはいないけどたまにスナックで飲みたい気分、女の子に癒されたい気分(わたしに癒しが提供できると思うか?)、騒ぎたい気分、なんとなく習慣で飲んでいるだけ、寝酒代わり、等それなりに理由や目的がばらけている。

しかし女性の場合はもっと理由や目的が限定的だ。特に一人で来店する女性の理由は、寂しいか愚痴を聞いてほしいかアル中かのどれかなのだ。これは断言できる。アル中はまぁ置いておいて、寂しいという女性と聞いてほしい女性は常にマスターという存在を求める。彼氏と別れたばかりで寂しい、不倫相手と喧嘩して来週まで会えなくて寂しい、寒くなってきたから寂しい、とりあえず話を聞いてほしい。

オンナはオンナでそりゃまぁ、ごくたまに口説かれたりもするけど、酔っぱらい男の口説きなんて所詮その場のノリだし、酔いが覚めれば忘れてしまうような小さな出来心だけども、女はそうじゃない。もっと切実な何かを抱えたり企んだりして寄ってくる生き物だ。酔いが覚めてもその場で感じた一時のパッション?を忘れない。

うちの店に来る男性客は必ずしもわたしに「女」を求めていない。求める人も一定数はいるけれど、わたしはなんとなくとりとめのない話をする相手であり、くだらない下ネタを笑い合う相手であり、時折デュエットを歌う相手であり、つまりは「スナックのねーちゃん」という範疇を大幅に超えたことを求められることは少ない。求めたとしても軽くあしらう程度で済み、そのあとはそんなに固執しない。

だが、一人で来る女性客の大半はわりと切実に「男」としてのマスターを求めている。彼氏と別れたばかりで寂しい、からとりあえず抱いてほしい。不倫相手と喧嘩中で寂しい、から当てつけに浮気してやりたいので抱いてほしい。とりあえず話を聞いてほしくて、あわよくば抱いてほしい。

これは、うちのマスターのみならず、この世の全ての水商売の男性、特にバーテンダーやホストたちが日々うんざりするほど向けられている性的な感情と視線であると思うのだけど、そういう行きずり的、出会い頭的に身体を求められるマスターという人間は、妙に女性的な感覚を備えてしまっている。彼は、女性を「食った」とはあまり言わない。「犯された」、「襲われた」という表現を使ったりする。自らが性的に消費されているというニュアンスだ。マスターは言う。

「俺は女が男と違うなんて思わないよ。男なんて大概バカだけど、女は男以上のエロさと計算高さで近づいてくる」

「危ない女には、わざと隙を見せるけど、本当の隙はつくらない」

これは、若かりし頃から唾液の入っている(と思われる)手作りの怪しいお茶を飲まされたり、待ち伏せされたり、ストーカーされたりしているマスターならではの発言で、ある種、女性に対する辟易とした気持ちと僅かな嫌悪感が含まれているようにも思えるけど、三十年以上もそういうことをやっていると、そういう女たちをいかに上手く転がして金を引っ張り、頃合いを見て適当に手を出して、後腐れのない関係を築いていくかという悪魔的思考が染みついているので、彼はいつも楽しそうだ。

女たちがキレたり、泣き出したりしながらも、その実全て自分の予想の範囲内で動いている様を見て「面白いなぁ」とか言って笑っている。

たぶん一般的な社会にいたらちょっとヤバい人なんだけど、水商売ってこういう一本ネジか外れたようなイカれた思考で楽しむことができないと続かないんだと思う(わたしも最近キレているお客や泣いているお客を見ると純粋に爆笑してしまうのでそろそろ水商売に染まってきている気がして、社会人としての危機を感じる)。

◆お客を手玉にとる技術

面白いのが、マスターから多少そっけない対応をされたり、叱られたりした程度ではお客たちは皆めげないし、相変わらず結局のところマスターを好いているということである。

彼は、「そうすべき」時にそっけない対応をして、何故そんな対応をされたのか相手に考えさせ、叱った後は全力でフォローする。そうやって、店の調和を築いているのだ。そうしで出来上がった調和のとれた空間に、叱られたお客もやがて自分の間違いに気が付く。気が付くよう仕向ける。

界隈で「適当な遊び人」として名高いマスターだが、その実彼の発言や対応は全く適当ではなく、緻密な計算でその相手に合った対応で懐に入り込み、結果全員を手玉に取っている。だいぶ言い方が悪かったが、要は「プロ」なのである。

だから、界隈のあらゆる店を出禁になった人間も、うちの店では出禁にならない。そういうお客たちも、マスターからすれば、出禁にするほど厄介な人間ではなく、扱える程度の人間だからだ。

わたしもかつては客席に座っていた人間だからよくわかるし、酒乱のわたしを突っ張り棒で小突き回していたけれど、わたしにはその対応で合っていたし、そういう粗雑な扱いを受けることが嫌いではないというのが見抜かれていたのだと思うとある意味ゾッとしなくもない(うっかり店員としてカウンターに招き入れたのだけは最大のミスかもしれないが)。

まぁ酒癖に関して言えば、わたしとどっこいなくらい悪いと思うし、明け方絡むし、本質的な「女好き」気質からくる女癖の悪さもあるけど、一緒に働いている立場で見ると、その人非人具合と自分の思った通りに自然に人が動くようゆっくりと楽しみながら矯正していくやり方に引きつつも尊敬できるし、イチお客の立場で見ると、長い目で人を見てくれる異常に懐の深い良いマスターなのである。

たいてい、飲み屋にはそれぞれカラーがあって、お客の性質や傾向が偏るものだが、うちの店には良い意味でそれがない。老若男女、根暗からパリピまで、あらゆる人間が集まる。それは、マスターがどんな人間でも自分のフィールドに引き込む能力と、その人に見合った楽しみを提供するからにほかならない。

思考の過程はどうあれ、懐が深く、どんな人間をも楽しんで見ることができるというのは天性の才能であり、水商売をやるために生まれてきたような人だと思う。飲み屋のマスターとして彼は天才だ。でなければこの怒涛の大都会で三十余年も商売は続かない。

長年の常連客も、新規のお客も、この店のお客はみんなそういうマスターの魅力に取りつかれている(あと、彼は料理が上手いので胃袋も掴まれているお客が多い。抜け目ないね)。

すべて彼の掌で転がされいることをなんとなく知りつつ、望んで、転がされることを喜んで毎夜酒を飲みに来る。そういうことのできる人はなかないない。

夜毎カウンターで隣に立つマスターが、酔っぱらいたちを捌いてゆく姿を眺めつつ、この領域には到底到達できないなぁとわたしは思うのである。

今回記事を書くにあたって「盛大にディスってやるからな!」と心に決めていたのに、よく考えるほどにディスる部分が少なかった。悔しい。ちぇっ。

―[酔いどれスナック珍怪記]―

【大谷雪菜】

(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
価格別「自分へのご褒美」はこれが欲しい!ライフハッカー[日本版]編集部の物欲まとめ
「本当は恐ろしい」高血圧を防ぐ生活習慣4つ
『スッキリ』加藤浩次、相次ぐ無断キャンセルへの苦言に「よく言った」
12月15日の「月」が教えてくれるヒント ゴールドのアクセサリーが魔除けになる
世界最大のポルノサイトPornhubが「2019年アクセス統計」を公開、2019年を象徴する単語は「素人」「エイリアン」「コスプレ」など
  • このエントリーをはてなブックマークに追加