待機児童解消の切り札となるか? 企業内保育所にできること

待機児童解消の切り札となるか? 企業内保育所にできること

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  • 更新日:2017/09/17
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ワークスアプリケーションズ 「WithKids」 定員19人/0歳~就学前/8~20時30分/2016年12月開設/管理栄養士が作る昼食や夕食を親子一緒に保育所内で食べられる(撮影/写真部・岸本絢)

仕事と子育ての両立は、どうしてこんなにつらいのか。そう感じながら、毎日必死で走り続けている人は少なくない。待機児童のニュースを聞くたびに、上司や同僚に気を使い、後ろ髪をひかれながら会社を後にするたびに、いつになったら楽になるの?と思ってしまう。小学生になっても、ティーンエイジャーになっても新たな「壁」があらわれると聞けば、なおさらだ。AERA 2017年9月18日号では、そんな「仕事と子育て」を大特集。待機児童解消の切り札といわれる、企業内保育所を取材した。

*  *  *

午後5時45分。岡田花子さん(30)は仕事を終えて、もうすぐ1歳になる娘の花音(かのん)ちゃんを迎えに行く。娘のいる保育所「WithKids」までは、片道1分。それはWithKidsが岡田さんの勤務先の中にある「企業内保育所」だからだ。

普通ならここからが魔の時間。できるだけ早く帰宅して夕飯を食べさせ、お風呂に入れて、一刻も早く寝かせなければ。ところが、岡田さんは保育所内で、花音ちゃんと二人で晩ご飯を食べ始めた。管理栄養士が作ったホカホカの親子メニューは、白身魚のあんかけにじゃがいもとにんじんと玉ねぎの煮物。豆腐と鶏そぼろのスープにご飯。岡田さんは言う。

「1センチ角にカットした野菜を娘がモグモグ食べて。もうこんなに食べられるようになったのかってうれしくなりました」

食べ終えると、東京・六本木一丁目の会社を後にして帰路に就く。着替えやおむつは保育所が用意するので仕事用のほかに大きなバッグを持つ必要もない。お風呂タイムをゆっくり楽しんで、絵本を読んで寝かしつける。

「ワーキングマザーというと、髪をふり乱しているイメージがありますが、そういう感じではないですね」(岡田さん)

フレックス出社でラッシュの時間帯を避けられるので、子連れ通勤もあまり負担ではない。

●今年度は7万人が目標

岡田さんが勤務するワークスアプリケーションズは、企業向けソフトウェアの開発・販売を手掛ける会社。2016年12月、独自に企業内保育所を開設したことで話題になった。

牧野正幸CEOの発案で有志50人が集まり、「企業内保育所は必要か」というところから議論を始めた。「社員にとっての理想の保育所」を徹底的に話し合った結果、外部の保育事業者への委託ではなく、保育所を自社で運営することを選んだ。

「月額30万円。募集は4人」

社員と同じ待遇の保育士募集には550人もの応募があった。自らも2児の母である、WithKidsプロジェクトマネジャーの谷口裕香さん(33)は言う。

「従来の保育所の枠にとらわれない理想の保育所を、社員、保育士とともに作り上げたい。保育士は同僚。保育の質を確保するうえでも適正な待遇は不可欠だと考えました」

小泉純一郎首相(当時)が「待機児童ゼロ作戦」を打ち出してから16年。都市部を中心に待機児童解消のきざしは見えないが、ここに来て切り札とされるのが「企業主導型保育事業」による企業内保育所だ。

企業内保育所には大きく分けて3タイプがある。国はこれまでも民間活力に期待をかけてきたが、「従来型」は企業の負担が大きく、思うように増えなかった。15年4月からは地域住民の枠を設けることを条件に自治体が認可し助成する「地域型保育事業」も組みこんだが、そもそも認可事業には時間がかかる。

そこで16年4月、内閣府は一定の基準を満たして保育事業を始める企業を、認可保育所並みに助成する「企業主導型保育事業」を始めた。ワークスアプリケーションズやSGホールディングスもこの制度を活用。1年で871施設、定員にして約2万人分を助成するという好調な滑り出しを受けて、今年8月、松山政司少子化対策担当相は、17年度末までの定員目標を、当初の5万人から7万人に拡大すると発表した。

第一生命経済研究所の的場康子さん(49)はこう説明する。

「企業主導型保育事業は、整備費の4分の3に加え運営費も助成される。従来の企業内保育所に比べて企業の負担が格段に軽い。働き方の多様化に対応すべく開所時間も柔軟に設定できる。自治体が関与せずスピーディーに開設できる点も、企業の勢いにはずみをつけました」

●肝心の東京には1割

運営は保育事業者への委託が多く、そこに商機を見いだして参入する企業も出てきた。

03年、東京・汐留に企業内保育所「カンガルーム汐留」を開設し、注目を集めてきた資生堂。今年2月、保育サービス大手のJPホールディングスと合弁会社「KODOMOLOGY」を設立し、企業内保育所の運営受託を始めた。参入の目的は何か。小林貞代代表(51)は言う。

「これまで『保育の質』は経験則で語られることが多かったのですが、科学的な根拠に基づく『保育の質』を追求したいと思っています」

加えて、企業内保育所の、出産前の人たちや管理職と接点を持てるという特性にも着目。

「保育所がハブとなって、受託企業の風土も変えながら、子どもと共にある生活を支えていきたい」(小林代表)

育休取得経験者で男性の育休についての情報発信をする、ワークスアプリケーションズの高橋俊晃さん(35)も、企業内保育所の影響力は大きいと感じている。子育ての現場は職場と切り離されていて、子どものいない人にとってはブラックボックス。結果、子育て中の人とそうでない人は気兼ねや臆測をし合ってギクシャクしてきた。

企業内保育所は、そんな子育ての現状を「見える化」し、職場ではしづらい子どもの話をしやすくする効果がある。ふだん子どもに接する機会のない若手社員にとっては、将来の子育てを考えるきっかけになる。

「そこから相互理解の循環が生まれます」(高橋さん)

もちろん、企業主導型保育事業にも課題はある。

自治体が関与しない認可外施設で、保育士の配置基準も認可保育所に比べて緩い。「保育の質」を監督し担保する体制づくりは不可欠だ。16年には東京・日本橋の従来型の認可外企業内保育所で子どもの死亡事故も起きている。

全国の待機児童の約3割を占める東京の企業主導型保育事業の施設数は、3月末時点で全国の同事業による保育所全体の1割未満。ネックは土地やスペースの確保だ。東京都は今年5月から最大300万円の設置促進助成を開始した。

●働きたい主婦の受け皿

「待機児童解消に向けた、シンボル事業にしたい」

小池百合子東京都知事が開設にあたってそう意気込みを語った「とちょう保育園」。16年10月に都議会議事堂の1階にオープンした。企業主導型保育事業と並行して政府が推進する「地域型保育事業」の企業内保育所で、企業主導型との大きな違いは、認可保育所であることと、地域住民のための「地域枠」が義務づけられていることだ。

とちょう保育園の対象は0~2歳で、定員は48人。半分の24人は新宿区民枠で、残りを都職員と近隣企業の社員で分け合っている。新宿に本社を置く日本ロレアルも提携企業。昨年7月に出産し、産後4カ月で復帰した太田典子さん(44)は言う。

「認可外保育所しか子どもを預けられるところがなかった。保育料も月に20万円もかかって大変でした。それが3分の1になって助かりました」

後藤祥代さん(31)は、通勤ラッシュを避けて毎朝7時過ぎに登園。後藤さんのような親子向けに有料で提供される朝食サービスを利用している。

「第7希望だった地元の認可保育所にも入れましたが、家から遠くて。通勤途中に送り迎えできるとちょう保育園にしました。災害などがあってもすぐに迎えに行けて安心」(後藤さん)

延長保育は夜10時まで。一時保育枠もあって、都庁来庁者の子どもも利用できる。看護師も常駐していて、登園後に体調を崩した場合は必要に応じて、ライブカメラで医師のアドバイスを受ける態勢も整っている。

第1子出産後、女性の約5割が離職する。いったん仕事を失うと保育所への入所は難しく、保育所に子どもを預けられないことには再就職もできない。そうした「二重苦」に苦しむ女性たちの受け皿となって急拡大中なのが、仕事と託児の両方をセットで提供するママスクエアだ。

京王八王子ショッピングセンター内にも今年4月にオープン。メーカーのコールセンター業務を代行している。働く親たちからは、ガラス越しにキッズスペースで遊ぶ子どもたちの様子が見える。専任のキッズサポートスタッフがいるが、おむつ替えや食事の世話は親がする。

2歳と4歳の子を持つ宮代千香子さん(36)は大学院卒。高校で教えていたが、夫の転勤に伴って退職。働きたいと思っても、求職中の身で保育所に子どもを預けることは叶わず、働けずにいた。いまは週に3~4日、長子が幼稚園に行っている間にママスクエアで勤務する。時給940円。一般のコールセンターの相場より安いが、それ以上のものがあると言う。

「子どもが病気になったときは休んでいいと言われていて。その安心感は大きいです」

キッズサポートスタッフも子どもを持つ親だ。元保育士の佐藤舞さん(28)は病院内の託児施設で働いていた。24時間365日稼働の職場で、出産後も働き続けることは難しかった。

「保育士を続けるには娘を保育所に入れないといけない。フルタイムが前提になり、またパート勤務では収入が娘の保育料に消えてしまいます。その点、ママスクエアは子どもも預けられ、託児費も1日300円ですむので、お金もきちんと手元に残ります」

●企業主導育児にしない

ママスクエアでは「働きたいのに働けていない子育て中の主婦は全国に150万人以上いる」と見ている。

待機児童問題解消の突破口として政府は民間に期待をかけるが、「見落としてはいけない視点がある」という人がいた。

「保育園を考える親の会」代表の普光院(ふこういん)亜紀さんだ。

保育所は、子どもの利益を代弁する役割も果たしてきた。保育時間の融通がきかなかったとしても、それによって子どもたちが守られてきた側面もある。企業が保育所を設置することで、社員が言われるままに働かされ、子どもにも過重なしわ寄せがいくことは、避けなければならない。

「企業内保育所の拡充が“企業主導型育児”につながってはいけないのです」(普光院さん)

(編集部・作田裕史、石田かおる)

※AERA 2017年9月18日号

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