トランプか金正恩か、それとも......。本当に「クレイジー」なのは誰だ

トランプか金正恩か、それとも......。本当に「クレイジー」なのは誰だ

  • ITmedia ビジネスオンライン
  • 更新日:2017/10/12
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2017年10月7日に米国のドナルド・トランプ大統領がつぶやいたツイートが米国で大きく報じられている。

どんな発言だったのか。トランプは北朝鮮情勢について、「これまでの大統領や政権は25年間にわたって北朝鮮と対話し、合意が結ばれ、巨額のカネが支払われてきた。だがうまくいかなかった。インクが乾く前に合意はほごにされ、米国の交渉者はバカにされてきた」と、過去の合意が破られてきたと指摘。これは基本的に安倍晋三首相が最近、北朝鮮について述べているのとほぼ同じ意見である。

トランプはその上で、「申し訳ないけど、有効な手立てはひとつしかないだろう」とツイート。これが「憶測」を呼んだ。「軍事攻撃」が残された唯一の方法であるかのように匂わせるコメントだと指摘する声も上がった。

本来なら日本でも大騒ぎで報じられてもよさそうなものだが、これまでのトランプ発言に比べて、報道もおとなしい。日本では衆院選が盛り上がっていることがその最大の理由だろうが、それ以外にも、彼の発言に「またか」という空気ができつつあるからだろう。

ただ結局のところ「唯一の手立て」は、「圧力強化」というオチだろう。メディアこそトランプにいいように「バカにされて」いると言えそうだ。

そもそも米政権や安倍首相の言う「すべての選択肢がテーブルの上に」と言うのは、言葉にする必要のないくらい当たり前の話だ。議論の場における「テーブルの上」には、どんな状況でもどんな問題でも、常に考えられる「すべての選択肢」があるのだから。しょせん「選択肢」に過ぎない。

トランプはこれまで核・ミサイル実験を行う北朝鮮を「ならず者政権」「自爆作戦をしている」と指摘したり、金正恩委員長を「ロケットマン」と呼んだり、さらには「マッドマン(狂人)」となじってきた。これには「お前も人のことは言えない」という声もあり、似た者同士であると指摘する人もいる。

こうした大統領とは思えないトランプのクレイジーな発言は、実のところ計算されているふしがあるとの見方が出ている。トランプがわざと大統領として破天荒なキャラを演じているとしたら……。しかも、そこには不動産王と言われたビジネスマンだったトランプ流の「ビジネス哲学」が絡んでいるようなのだ。

それだけではない。一方の金委員長も「マッドマン」認定してしまっていいのかという疑問も出始めているのである。

トランプ流交渉術

最近、トランプが外交などでわざと「トランプは何をしでかすか分からない」と交渉相手に思わせるよう指示していたことが表面化している。

どういうことかというと、トランプ政権が検討している韓国との2国間FTA(自由貿易協定)の見直しについて米国政府内の協議内容が漏れ伝わっており、そこで大統領は担当者に「トランプ流交渉術」を伝授したという。

米国の貿易赤字の原因は韓国との自由貿易協定にあると主張してきたトランプは、韓国とのFTAの見直し交渉を行う担当者とこんなやりとりをしたと報じられている。

以下は、その打ち合わせに参加した政府高官らの証言による再現である(参照リンク)。ちなみにこの場には、ジェームズ・マティス国防長官やレックス・ティラーソン国務長官もいた。トランプは担当者のロバート・ライトハイザー通商代表にこう言った。

トランプ: 猶予は30日だ。(韓国政府から)譲歩を引き出せなければ、協定を破棄する。

ライトハイザー: 分かりました。韓国側に30日だけ与えると伝えます。

トランプ: 違う、違う、違う――。交渉ってのはそうやるんじゃない。

そうトランプは口を挟んだという。さらにこう続けた。

トランプ: 交渉相手に、30日与えるなんて言っちゃだめだ。じゃあ何と言えばいいか。「あの男は本当にクレイジーだから、今すぐにでも破棄しかねないぞ」と言うんだ。そう、「今すぐにでも」というのを伝えるんだ。もっとも、実際にその気はある。みんな、そう思っていてくれ。とにかく30日とは相手に言わないことだ。30日と知ったら、ヤツらは時間稼ぎをすることになるだろう。

で、交渉はどうなったのか。結局、この手法は成功した。韓国政府は10月4日に、FTAについて再交渉に向けた続きを始めることに合意した。トランプ政権に見事に押し切られたのである。

トランプのビジネス哲学は、手のうちを見せないこと

このやり取りを見ると、トランプの北朝鮮に対する発言の裏も何となく見えてきそうではないか。つまり、彼はクレイジーぶることで本来の議論や交渉をかく乱させ、今後の交渉(外交)を有利にしようとしているふしがある。そこには計算があるということだろう。

そうなると、これまでも北朝鮮に対してトランプが口先だけだったことも納得できる。さらには、冒頭の北朝鮮に向けた「有効な手立てはひとつ」という発言も「煽(あお)り」であると考えられる。そもそもトランプは以前から、軍事作戦なども事前に相手に知られるのは愚かなことであると述べており、2017年8月にバージニア州の米軍基地でスピーチした際も、米国の軍事活動を「事前に話すことはない」とし、「米国の軍事的計画を敵に絶対に前もって知られてはならない」と話している。あからさまに推測できるような、ひとつしかない「有効な手立て」をばらすことはしない。手の内を見せないことこそが、トランプのビジネス哲学だ。

そう見ると、とりあえずツイートで煽りながら、米国に挑発行為を続ける北朝鮮にトランプ流の挑発行為を行っていることになる。北朝鮮も望んでいる外交交渉に向けたトランプ流外交戦略といったところか。少なくとも、トランプは決して言いたい放題の「クレイジー」な発言をしているのではなく、きちんと交渉の駆け引きを始めていると考えられる。

ちなみに、トランプは過去に、対北朝鮮に限らず、トンデモ暴言を吐き、間違った情報をさも本当のように語ってきた。それでも、少なくともそれらは「クレイジー」というレベルではないだろう。ただデリカシーがない「オッチャン」であり、ポリティカルコレクトネスを気にしないというだけだ。しかもそれをウリにもしており、トランプ支持者はそんな彼を好意的に見ている。事実、日本でも、次々とメディアで報じられるコメントを見て、「トランプさんってちょっと人情味がある気がしてきた」なんて思うようになっている人も少なくないのではないだろうか。

そして今、世界で最も激しくトランプといがみ合っているのは、間違いなく、金正恩委員長の率いる北朝鮮だ。仮にトランプの発言が計算の上だとすると、じゃあ「クレイジー」なのは金正恩だけということなのか。一般的に独裁者の金正恩は「マッドマン(狂人)」であるとの見方が広まっているが(ちなみに暴露されたフィリピンの機密文書ではロドリゴ・ドゥテルテ大統領が金正恩を「マッドマン」と呼んでいた)、実は最近、「果たしてそれは事実なのか」という懐疑的な見方も報じられている。

習国家主席もプーチン大統領も「クレイジー」なのか

CIA(米中央情報局)に設置された新しい北朝鮮作戦部のイ・ヨンソク副部長補佐が、金委員長は体制維持を目指す「理性的な人物」であると評し、「金正恩はある朝起きて、突然ロサンゼルスへの核攻撃を決めるような人物では決してない。彼は長く北朝鮮を統治したいし、自分のベッドで安らかに一生を終えたいのだ」と分析していると報じられている。また「朝鮮半島有事を一番望んでいないのは金正恩」とも、この副部長補佐は述べている。

さらに別のCIA高官は、「北朝鮮は明らかに、米国と国際社会の忍耐を試している」とし、核・ミサイル実験などを1つ1つ実施して、米国や国際社会がどこまで受け入れるのか見定めながら様子を見ているという。

金委員長は決してクレイジーではないということだ。そもそも、金正恩がクレイジーなら、金正恩の後ろ盾になってきた中国の習近平国家主席もロシアのウラジーミル・プーチン大統領もクレイジーということになるのではないか。

というのも、金正恩は、核・ミサイル実験もさることながら、中国と近い親族を粛清したり、政敵を次々容赦なく消してきた。そう考えると、金正恩は確かにクレイジーかもしれない。

ただそれならば、中国の習近平国家主席も、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も同じカテゴリーに入りそうだ。

まず核・ミサイル危機という意味では、習もプーチンも核弾頭を搭載して米国へ落とすことができるICBM(大陸間弾道ミサイル)を所有する。中国は2016年4月に、米国の標的を30分以内に攻撃できる新しいICBMの発射実験を行っているし、2017年8月には韓国に配備された米国の高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)に見立てた標的へのミサイル発射実験も行っている。ロシアも2017年9月12日に、北西部アルハンゲリスク州からカムチャツカ地方に向けて、また20日には南部カプースチン・ヤールから、ICBMの発射実験を行っている。ただ北朝鮮とは違ってまったくニュースにすらならない。

トランプ大統領や金委員長に化かされてしまう

習やプーチンは、金正恩よりまともだから心配する必要がないということだろうか。いや、そうは思えない。例えば金正恩がクレイジーと言われるのは政敵なら誰彼構わず処刑するから……ということなら、習近平もプーチンも間違いなくクレイジーだろう。習は、汚職対策という名目で次々と政敵を排除し、「粛正の嵐」が行われたと指摘された。共産党や軍の大物が次々逮捕され、無期懲役の判決を受けている。

プーチンもしかり。プーチンと対立したロシア人元スパイが放射性物質ポロニウムで殺されたり、反プーチンの政治家が暗殺されるなど政敵やジャーナリストなどを数多く排除してきたとみられており、プーチンは米政府関係者などからは「殺人者」と呼ばれることもある。もちろんどちらとも証拠は残していないが、事件との関係性が広く疑われている。まともではない。

とにかく、金正恩は体制維持のために必要なことを見定めて冷静に実行しているに過ぎない。

北朝鮮が米国などと交戦することになれば、金正恩体制は間違いなく崩壊する。ゆえに、今後も「理性的」な金委員長は戦争を何が何でも回避しようとするだろう。著者は以前からしつこく書いているが、偶発的な出来事が重ならない限り、米朝開戦の可能性は限りなく低い(関連記事)。

とは言え、何も起きないとも思わない。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験、さらに北朝鮮の技術力を信じない人たちに見せつけるため、核弾頭を搭載したミサイルを太平洋に落とすことはやりかねないと思うが、米国が攻撃をしてこないという勝算がなければやらないだろう。協議になった際に有利に運べるように、ちょっとずつ挑発をしながらそのラインを見定めている。

もちろん日本では、国民の不安や懸念が高まりつつあるこの問題について、今やっているような対北朝鮮の議論はどんどんやるべきだ。だが煽りすぎるのも問題で、表面的に見えているものだけに翻弄(ほんろう)されてはいけない。さもないと、計算高いビジネスマンと理性的な男、すなわち、トランプ大統領と金委員長に化かされてしまいかねないのだ。

世界を読み解くニュース・サロン:

今知るべき国際情勢ニュースをピックアップし、少し斜めから分かりやすく解説。国際情勢などというと堅苦しく遠い世界の出来事という印象があるが、ますますグローバル化する世界では、外交から政治、スポーツやエンタメまでが複雑に絡み合い、日本をも巻き込んだ世界秩序を形成している。

欧州ではかつて知的な社交場を“サロン”と呼んだが、これを読めば国際ニュースを読み解くためのさまざまな側面が見えて来るサロン的なコラムを目指す。

筆者プロフィール:

山田敏弘

元MITフェロー、ジャーナリスト・ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。

国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。最近はテレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。

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