09年WBCスコアラーが忘れられないイチローの秘話「僕、何狙えばいいですか?」

09年WBCスコアラーが忘れられないイチローの秘話「僕、何狙えばいいですか?」

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  • 更新日:2019/03/26
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2009年WBC決勝戦でのイチロー【写真:Getty Images】

09年WBC決勝・韓国戦 延長10回2死二、三塁の勝ち越し機「私に聞いてきたのは初めてでした」

21日のアスレチックス戦(東京ドーム)を最後に現役を引退したマリナーズのイチロー外野手。メジャー通算3089安打、日米通算では“世界最高”の4367安打を放ってきた背番号51は、米国野球殿堂入りも期待されている。

数々の名場面を振り返る中で欠かせないのは、やはり2009年WBCの世界一だろう。決勝の韓国戦。3-3の延長10回、林昌勇から決勝2点タイムリーを放ち、日本中は大いに沸いた。

打席に立つ直前、イチローはベンチにいたチーフスコアラーの三井康浩氏と言葉を交わしていた。

球場のボルテージが最高潮になる中、イチローの声は冷静だったと三井氏は語る。

「あの場面でですよ、『僕、何狙えばいいですか?』と。イチロー選手が私に聞いてきたのは、この時が初めてでした。これまでも練習の時から、ずっとチームが徹底する事項に従ってくれていましたし、各打席で自分で考えて打っていましたから、私も思わず、『え? この場面で? 俺に聞く?』って動揺してしまいました」

三井氏は1985年に現役引退後、87年から巨人でスコアラーを20年以上務めてきた。巨人の頭脳として、2007年まで一筋でスコアラーをやってきている中で、ポリシーがある。選手が自分に聞いてきたときは「迷わせないこと」「考える時間を与えない」ことだ。

だから、イチローにも言った。「ここはシンカー(狙い)だけでいい」

シンカーは、林昌勇の勝負球だ。

「この場面でクローザーがイチロー選手に対して、一番自信のある勝負球を投げてこないはずがありません」

そう分析した。ストレートでもなく、スライダーでもない。シンカーを狙っていってほしい、と伝えるとイチローは静かにバッターボックスへ、歩を進めた。

2死二、三塁。イチローは最初の方のストレートは見逃し、シンカーを狙っていったがファウルになった。追い込まれるとゾーンに入ってきた直球はカットしたものの、狙いは変えない。そして8球目、高速シンカーにバットを合わせ、センターに弾き返したのだった。

高いイチローの打撃技術とメンタルの強さがあったから、あの劇的な一打が生まれたことは間違いない。ただ、一緒に日の丸の重圧と戦ったスコアラーの努力も見逃すことはできない。

イチローだって一人の人間。プレッシャーを感じる。その中で確かなものが欲しかったのかもしれない。

WBCまでイチローとは接点はなし 最初は不安も「イチロー選手は従ってくれた」

このWBCまで、三井氏はイチローとの接点は全く無かった。年上とはいえ、相手はバリバリのメジャーリーガー。自分の話を聞いてもらえるか、多少の不安はあった。

「最初はどうだろうかと思ったんですが、東京ラウンドがあったので、あの期間で救われましたね」

話は決勝戦よりも約2週間前、第1ラウンドA組、初戦の韓国戦にさかのぼる。

韓国の先発は日本が北京オリンピックで大苦戦し、韓国の金メダルに貢献した左腕・金広鉉だった。金は五輪で予選で日本を相手に6回2失点、準決勝では8回2失点と抑えていた。日本サイドは嫌な印象を持っていた。

第1ラウンドを戦う2日前、三井氏は当時のWBC日本代表監督・原辰徳監督に呼ばれた。

「『狙いは決まったか?』と聞かれたので、スライダー狙いで行かせてください、と言いました。これまでは金に対して、ストレートを狙いにいってやられていた印象もありました。このWBCのルールならば、勝ち上がっていけば、韓国、それも金と何度も当たる可能性があるので、選手たちにもスライダーの軌道をしっかり見てきてほしいとミーティングでは言いました」

スライダーの軌道を覚えないと、次の対戦ではスライダーに手を出してしまう。五輪のように同じ相手に2度やられるわけにもいかなかった。

一番最初にその「スライダー狙い」を実戦してくれたのが、イチローだった。

「1番のイチロー選手がストレートを見逃して、スライダーを打ってくれました(右前安打)。次の打者・中島(宏之)選手も、3番の青木(宣親)選手もスライダーを狙ってヒットを打って先制しました。そのあとも内川選手もスライダーを打って、タイムリー。いきなり初回に3点が入りました」

韓国ベンチに動揺が見えた。

次の回の先頭の城島健司はスライダーではなく、自分の判断でストレートを打ったことで、完全に金の頭はパニックになった。その後、村田修一はチェンジアップをホームラン。2回持たず8得点を奪い、“日本キラー”と異名をとる左腕をKOした。試合は14-2の圧勝だった。

「ベンチや金広鉉からすると、自分のクセや特徴がばれていると思うはずです。本人も見つけられていたら投げる球がないと思います。そのあと、金は本調子に戻らず、日本戦ではリリーフで1イニングくらいしか出てこなかったと思います」

もちろん、決勝戦でも金は投げてきていない。もしも、万全な状態で第2ラウンドや決勝で金が投げてきたら、また苦戦していたかもしれない。

三井氏の分析によるスライダー狙いがはまり、早い段階で選手から信頼を得ることができた。

「結果が出たことでナインのみんながスコアラーに対して『じゃあ、信じてみようかな』という気にもなったのだと思います。金を完璧にKOできたことが始まりです。原監督からもよくやった、と言ってもらえました」

イチローが決勝戦でシンカーを狙い打ったことには、このような経緯があった。

三井氏はWBC期間中、不振だったイチローの苦悩を近くで見ていた。

「全然打てず、監督も心配していました。3番を打たそうと思っていましたけど、起爆剤になれば、と1番に起用しました。調子自体が悪かったんです。アメリカに行った後も、他の選手がロッカーで雑談している時もずっと一人、室内で打っていたこともありましたから」

イチローの努力に報いたい―。選手だけでなく、チーム全員で支え合った。そんな絆が2009年のチームにはあった。信頼し合えたから、あのような感動が生まれたのだった。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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