X JAPANのYOSHIKI「涙で鍵盤が滑ってPianoも弾けねー」最愛の母逝去「悲痛ツイート」と「家族愛」

X JAPANのYOSHIKI「涙で鍵盤が滑ってPianoも弾けねー」最愛の母逝去「悲痛ツイート」と「家族愛」

  • 日刊大衆
  • 更新日:2022/05/14
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YOSHIKI

《何があっても、明るく、前に突き進む、と決めていた..》《..でも、どんなに、どんなに、どんなに頑張っても、涙が止まらない日だってある。》

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そう5月12日に、何か辛い出来事があったことを想起させるツイートをしていたXJAPANYOSHIKIが、翌13日にツイッターとインスタグラムを更新。母親が逝去し、火葬を終えたことを報告していた。

《お母さんが永眠し、昨日火葬されました。

まだ心の整理ができず、涙が止まらない。

親不孝な息子だったけど、お母さんは、ずっとかけがえのない存在だった。

分かってる..自分は強く生きなければいけない、切り替えて前に進まきゃいけない、

必ずそうする。

でも、もう1日だけ涙が枯れるまで泣かせて欲しい。

友達やファンの皆さん、応援ありがとう。皆が心の支えです。

I‘ll miss you mom,Forever Love,》

と少年時代のYOSHIKIがピンクの着物を着てほほ笑んだ母親と撮った写真と、同文の英訳版と一緒にツイッターとインスタグラムでコメント。さらにツイッターでは続けて、

《ごめん、お母さんが死んで、涙が止まらない。。大変。

今月レコーディングも、プロモーションも、すでに収録済のTV以外にも、たくさんのTV生出演が入ってる。

本当にごめん、

どうすれば、みんなを元気にできる?

...みんなに笑顔を届けられる?》

《どんな状況でも、

全てのスケジュール、仕事は、全うします。

ただ、泣かない方法があったら教えて欲しい。。

涙で鍵盤が滑ってPianoも弾けねー》

と、ツイートしている。

「YOSHIKIさんは10歳のころに父親を亡くして荒れ、死のうと考えた時期までありましたが、それを止めたのが母親や弟の存在だったといいます。18年3月の『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)によれば、お母さんは父の遺品は写真以外すべて処分して、休日はYOSHIKIさんと弟を外に連れ出して明るく振舞っていたそうです。そんな気丈な姿を見て、YOSHIKIさんも父親を失った悲しみを乗り越えたとか」(前同)

■「お母さん、紅白に出るよと伝えると喜んでくれた」

また、18年放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)では91年に『NHK紅白歌合戦』に初出場した際を振り返り、

「ずっと異端児だったので、何をしても母親や親戚から認められなかった」「お母さん、紅白に出るよと伝えると喜んでくれた」

と話していたほか、99年の『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』の演奏オファーを受けた件についても「結局、やるって決めたのもお母さんに相談した」と話しており、ダウンタウン松本人志(58)と浜田雅功(58)は「最終的にはお母さんなんや」「めっちゃええ子やん!」とそれぞれコメントしていた。

そんな母親の訃報。YOSHIKIの胸中は、察するに余りある。

リプライ欄には外国人ファンらによる英語のツイートであふれているほか、

《泣かない方法なんて…あればいいですよね。本当はお仕事なんかほっぽりだして欲しいです。でもYOSHIKIさんはそういうことが出来ない方なんですよね。無理せず頑張ってとしか言えない自分が情けないです…。ファンはいつだって傍にいますから、甘えてくださいね。》《顔を無理に作らなくて良いですから。どんなYOSHIKI様でも見れたら皆んなは元気になりますから》《お母様が亡くなり、こんなに辛い時は無いです。泣いてしまうのも、今は思いっきり泣いて下さいね😢世界のYOSHIKIさんです。今こそ『集中力を発揮』してお仕事中はファンを笑顔にする事なんて考えず、番組にレコーディングにプロモーションもその時だけは『集中』して……。辛いですね😢》

と、日本語のコメントも複数見られた。

最愛の母の死を乗り越え、またファンを喜ばせる姿を見せてくれるはずだ。

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日刊大衆編集部

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