柿の種を食べられず、赤色のヒールを履く私は、いつもぶりっ子と呼ばれる

柿の種を食べられず、赤色のヒールを履く私は、いつもぶりっ子と呼ばれる

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/05/02
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いつだって女の子でいたい。

せっかく女の子として生まれたんだもん。

みんなにモテたいとか、ぶりっ子をしているとか、そんなものではなくてストレートな表現として、いつも女の子らしい自分でいたい。

「おしゃれ番長」と服装をいじられることが鬱陶しくなり、無難で地味な服装に

女の子らしいものが好きで、女の子であることを目一杯楽しみたい

女の子らしい洋服が好きだ。

ピンクを着ただけで女の子らしさが5点ほどプラスされた気分になる。

赤色のヒールを履けるのは女の子の特権だし、憧れのラプンツェルのように、長い髪に花を刺す瞬間は何よりも幸福を感じる。

フレアのスカートを履いた日には、自分の影が揺れるたびに映画の主人公にでもなった気分になるし、キラキラのアクセサリーをつけた私の気分はプリンセスだ。

動物の絵が描かれたラテを見ると写真を撮りたくなるし、花畑の中心で手を広げて写真を撮られたい。

自分自身、いわゆる女の子らしいものが好きだし、女の子であることを目一杯楽しみたい。

見た目だけの話ではない。

脚は広げず、姿勢は正しく、所作は物音を立てないようゆっくりと。

せかせかと話さず、丁寧な言葉で。

一つ一つの行動も女の子として恥ずかしくないように心がけている。

もし、"女の子としての教科書"があるならば、そのマニュアルに沿った行動をしたいといつも考えている。

女の子らしいと真逆のことが出来ないのは、誰かの為じゃなく自分の為

逆にいうと、私は女の子らしいと真逆のことが出来ない。

例えば私は柿の種を人前で食べない。

人前というのは家族以外ということである。

私の中では、柿の種=おじさんの食べ物の象徴な気がして、女の子が食べるものではないなと思う。

もし、女の子の口から柿の種の匂いがしたら。そんな想像をすると一気に食べる気がなくなってしまう。

別に嫌いという程ではないが、その"らしさ"を壊してまで食べるほど好きではない。

なので、家族と一緒にいて勧められれば食べるが、それ以外の場面では一切口にしない。

同じ理由でスルメや出店のイカ焼きも人前では口にしない。

「そこまでぶりっ子しなくても」

以前この話を彼氏にした時に言われたが、これは女の子らしくいたいという自分の為であって、誰かの為にしているのではない。

勇気を出して1人入った牛丼屋で出た言葉は「牛丼2つ、持ち帰りで」

もう一つ出来ない例を挙げるとするならば1人牛丼だろうか。

1人行動自体は決して苦痛ではない。

1人カフェ、1人ランチ、1人旅行に1人カラオケ。大体のことは苦痛なく楽しめる。

ところが牛丼というワードになった瞬間、大きな壁に変身し、できない認定ゾーンへ振り分けられる。

牛丼屋を覗けば、1人で食べている女の子だって珍しくはないが、自分の中では"女の子らしい"から真逆の行動に入ってしまう。

一度無性に牛丼が食べたくなって、勇気を振り絞ってチャレンジしたことがある。

しかし、いざ店の中に入ると、頭の中でポワンっと1人寂しくどんぶりを食べる自分が思い描かれ、食べたい欲求と恥ずかしい気持ちが、心の中で戦争を起こし、口から出た言葉は、

「牛丼2つ、持ち帰りで」

だった。

結局その日は家で牛丼を食べ、見栄のせいで無駄に多く買ってしまった一つは、プラスチック容器に移し替え冷凍庫に入れた。

自分の中の理想の女の子像が頭にあって、それからはみ出す行動をする自分を、とても恥ずかしいと思ってしまう。

自分のために常に女の子らしい女の子でいたい私は、その徹底した行動によって周囲から"ぶりっ子"と呼ばれる。

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しおりんご。

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