『麒麟がくる』明智光秀・斎藤道三・織田信長に会える岐阜の旅

『麒麟がくる』明智光秀・斎藤道三・織田信長に会える岐阜の旅

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  • 更新日:2020/11/20
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岐阜城 (C)ORICON NewS inc.

NHKで放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』の舞台の一つ、岐阜市。斎藤道三の居城の時は稲葉山城と呼ばれ、後に織田信長の居城となった岐阜城は再築され、明智光秀も歩いたであろう城へと続く道は登山道として整備されている。岐阜城天守最上階から望む長良川と美濃平野、その先に京都があると思えば、まさに『麒麟がくる』の風景だ。ドラマの放送に合わせて開館している大河ドラマ館や斎藤道三に扮した本木雅弘の等身大リアルフィギュアなど、今しか見られないものもある。

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JR岐阜駅・名鉄岐阜駅から「長良橋方面行き」のバスで約15分。「岐阜公園歴史博物館前」で下車し、まずは岐阜城へ向かう。金華山の山麓と山頂を結ぶロープウェーのりばへ。この山麓駅に、本木“道三”のフィギュアが展示されている。指の毛まで再現されたリアルさは一見の価値ありだ。

ロープウェーで3分半の空中散歩。訪れた日は快晴で、朱塗りの三重塔も色鮮やか。鵜飼でよく知られる長良川、道三の頃には「井の口」と呼ばれた昔ながらの城下町の見晴らしも最高だった。

標高329メートルの金華山には複数の登山道があり、トレッキング目的で訪れる人も少なくない。かつて、岐阜城への大手道として使われていた道は「七曲り登山道」として整備され、初心者でも挑戦しやすい山頂まで約1時間のコース。信長はこの道を馬に乗って行き来して、現在のロープウェー山頂駅近くの「一ノ門」で馬から降り、岐阜城までは歩いて登ったと考えられている。

金華山の大部分はチャートという硬い岩石でできているという。その露頭を各所で見ることができるのだが、このチャートが「2億年以上前に赤道付近の南半球でできたものがプレートの移動によって運ばれた」と聞くと、信長がいた450年前なんて、つい最近のことのように思われた。信長の時代に造られたとみられるチャートを用いた石垣も残っている。

現在の岐阜城は、昭和31年(1956年)に再建されたもの。現在の城内の展示品は主に信長に関するもので、最上階の格天井には「麒麟」と「龍」が描かれていた。最上階からは東西南北ぐるりと一望でき、光秀、道三、信長が見た景色に思いを巡らせる。かつて明智荘(あけちのしょう)とよばれた荘園が広がっていた、現在の可児市や恵那市があるのは、東の方角。道三に呼び出されて、馬を走らせる光秀の姿を想像するだけでワクワクした。

この時点でおなかがすいていたら、迷わずロープウェー山頂駅の展望レストランへ。絶景を眺められる通称“信長テラス”で、ご当地感たっぷりの「信長どて丼」や「道三鶏ちゃん丼」、「光秀みそかつ丼」、飛騨牛を味わえるメニューもある。

ロープウェー山麓駅のちかくには、「織田信長公居館跡」がある。巨石を使った通路、石垣、土塁状の遺構、礎石などの一部が整備復元されつつ、現在も発掘調査は進行中。当時の様子については、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの「日本史」の中でも紹介されているという。次に岐阜を訪れる日までに読んでおきたいと思った。出土遺物の展示や最新の発掘調査の成果を紹介する「日本遺産・信長居館発掘調査案内所」(無料)も岐阜公園内にある。

同公園内の「岐阜市歴史博物館」の2階は現在、『麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館』として営業中(来年2月14日まで)。『麒麟がくる』の主人公・明智光秀や斎藤道三、織田信長にスポットを当てた映像コンテンツやドラマに登場する衣装や小道具、セットの再現など、ドラマの世界に触れることができる、大河ドラマファンには“定番”の施設だ。

11月16日より、信長役の染谷将太が、桶狭間の戦いなどの撮影で実際に着用した甲冑や衣装、信長が足利義昭のために造営した二条城の礎に使われた石仏(小道具)、ドラマ台本などが展示品として追加された、とのことだ。信長の甲冑や衣装は写真撮影もできるらしい。岐阜市歴史博物館では、併せて所蔵品を活用した戦国時代の歴史展示も見ることができる。『麒麟がくる』を通して興味関心が高まっている今だからこそ、新たな気づきがあるかもしれない。

「若き日の信長像」(銅像)に別れを告げ、岐阜公園から長良川にかかる長良橋の方へ向かって歩いていく。長良橋南詰の鵜飼観覧船のりばから西へ続く「湊町・玉井町・元浜町」には、狭い間口に長い奥行きという昔ながらの日本家屋が軒を連ね、その町並みは通称“川原町”と呼ばれている。

この辺りは、昔、長良川の水運を利用した川港として栄え、道三も、信長も、町の整備に力を注いだという。その中心的存在だったのが、鵜匠が鵜を操って魚を捕まえる伝統漁法で、1300年以上の歴史がある「鵜飼」(期間:毎年5月11日~10月15日)。今も、川原町界隈は鵜飼観覧前に立ち寄る観光客を中心に新たな賑わいを創出している。

今回、立ち寄ったのは、築100年の町家をリノベーションし、岐阜和傘の販売や美濃和紙を使った活版印刷など、長良川流域で育まれてきた手仕事を見て・触って・体験できる店「長良川てしごと町家CASA」。店にあった和傘はどれも素敵だったけど、自分で使うイメージが湧かないなぁと、思っていたら、店長さんが「気軽に普段使いしてほしい」と、岐阜和傘の魅力について熱心に教えてくれた。「使う人がいるからこそ、和傘作りの技術が守られる」と、いう。

『麒麟がくる』をきっかけに作ったという、開くと明智家の家紋「水色桔梗紋」の形になる「桔梗和傘」も見せてくれた。歌舞伎などの舞台で使うことを想定したサイズの大きな傘で、1本30万円と聞いても驚かないくらい、迫力のあるすてきな和傘だった。普段使いできる蛇の目傘は、2万5千円~4万円。まったく手の届かないものではないことがわかっただけでもうれしい気持ちになった。

川原町界隈で鮎料理が有名な「川原町泉屋」に入って、鮎らーめん御膳(2310円※単品1320円)を注文した。前菜の盛り合わせ、鮎の熟れ寿司に続いて、鮎らーめんが出てきた。天然鮎の魚醤で深みをプラスした自慢のスープに、もっちりとした中細麺、備長炭でじっくり焼き上げた天日干しの鮎のひらきが一匹ドーンと乗っている。鮎が香ばしくてツルツルと食べてしまった。ご飯も出てきて、残ったスープに入れて「鮎ぞうすい」にするアイデアは感動ものだった。

川原町の格子戸のある古い町並みはフォトジェニックで、それぞれの店の中身も、現代を生きるこの街の人たちの美意識の水準の高さが感じられた。それはきっと道三や信長のような進取の気性に富んだ人たちから脈々と受け継がれてきたものなのかもしれない。

■記事内で紹介した施設の詳細
ぎふの旅ガイド:https://www.kankou-gifu.jp/
ぎふ金華山ロープウェー:http://www.kinkazan.co.jp/
長良川てしごと町家CASA :https://www.teshigoto.casa/
川原町泉屋:http://www.nagaragawa.com/

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