人的資本経営に不可欠な「データの標準化」が、日本企業でうまく進まない理由

人的資本経営に不可欠な「データの標準化」が、日本企業でうまく進まない理由

  • JBpress
  • 更新日:2023/09/19
No image

人材を成長の起点に据える「人的資本経営」が注目されているが、日本企業にとっては、まだ緒についたばかり。経営戦略と結びつき、人事部門と事業部門をまたぐ広範な取り組みとなるため、本腰を入れたいものの、どこから、どう始めたらよいかわからない企業も多いのではないだろうか。

本連載では、デロイト トーマツ コンサルティングにおいて人材変革を手掛けるコンサルタントが、人的資本を中心に据えたこれからの経営改革について実務の視点で徹底解説。第4回は、人的資本経営に本当に必要なデータの見極め方から、分析・管理の手法、グループ全体やグローバルで役立てるためのポイントについて解説する。

(*)当連載は『「人的資本経営」ストラテジー』(デロイト トーマツ グループ 人的資本経営サービスチーム著/労務行政)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
第1回 「人的資本経営」成否の鍵を握る?「人的資本中計」とは何か
第2回 未来型CHROの役割とは?これからの人的資本経営で求められること
第3回 人的資本経営を支える「未来型」HRテクノロジーの姿とは
■第4回 人的資本経営に不可欠な「データの標準化」が、日本企業でうまく進まない理由(本稿)

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

3 人的資本データ基盤整備のアプローチ

これまで述べてきたとおり、人的資本経営の実現に向けて、テクノロジーにかけられている期待は非常に高くなってきている。

No image

「人的資本経営」ストラテジー
(労務行政)
拡大画像表示

従来の人事システムやタレントマネジメントシステムに加えて、エンゲージメントを高めるためのツールやデジタルワークプレイスを中心にした、従業員間コミュニケーションやコラボレーションを促進する基盤も整えられつつある。

本項では、多様化するテクノロジーとそれに蓄積すべきデータをいかに収集・活用していくべきかを考えたい。

[1]データ統合プラットフォームとデータモデリング

人的資本経営の健全性をモニタリングするとともに、改善に向けた課題設定・施策立案に関わる意思決定をサポートする示唆を提示するためには、グローバル・グループの人事業務で利用されている人事・タレントマネジメントシステムのみならず、各種コミュニケーションツールやエンゲージメントサーベイ結果などからもデータを収集して、それらを統合的に管理・分析する仕組みの構築が必要となる[図表9−8]。

No image

拡大画像表示

そのためには、まずは各種人事業務機能が正常に運用されているかを示すためのKPIやそれに準じる指標を定義し、それに必要なデータを定義するというトップダウンのアプローチが考えられる。具体的には、[図表9−9]のようなプロセスでプラットフォームを検討していく。

No image

拡大画像表示

データ統合プラットフォーム構築においては、多くの企業がグループ・グローバルの人事システム統合と併せて取り組みを進めている。一方で、特に日系企業においては、データおよび業務の標準化が思うように進んでいないのが現状である。

それは、グローバルレベルでのシステム統合を進めていく中で、トップダウンでのガバナンスを強めてこなかったことが大きな要因であり、多くの日系企業がグローバル・グループ各社の個別最適を採ってきたことが背景にある。

「人事業務・システムのグローバル標準化」という議論はすでに一回りしている印象はあるが、グローバル・グループ全体の人的資本経営を掲げていく中で、グローバル各社における人事業務やタレントマネジメント業務、さらには従業員エクスペリエンス・マネジメントに関して、どの程度のガバナンスを利かせていくのか、それに応じてどの程度の標準化を目指すのかは今一度検討するべきである。

No image

拡大画像表示

[図表9−10]に記載したとおり、こうしたガバナンスの強さにデータの管理方針や標準化方針は大きく依存している。グループ会社やグローバルの各拠点にまで広げた時、当然ながら人的資本経営のガバナンスのレベルによって必要となるデータ管理・標準化の方針は変わってくる。

現在の人的資本経営の潮流とその本質を考慮すると、グローバル・グループに対して本社が統制を利かせていくべきではあるが、極端な話をするとKPIベースでの管理のみを目的に体制・業務・システム改善などの施策を個社に委ねる場合は、データを社員別に収集する必要はない。会社単位や組織・職種単位など、必要最低限の粒度(りゅうど)でデータを収集すれば十分であり、大々的にデータ統合プラットフォームを構築する必要性はないのである。

しかしながら、人的資本経営を掲げ、その健全性を市場に開示していくことを考えると、最終的なKPIの推移だけでは不十分だ。人事戦略に応じた注力領域においてはグローバル・グループのレベルでデータを分析し、改善に向けた対応方針や施策を、その効果検証と併せて本社が主導していくべきではないだろうか。

[2]現場からのデータ発信の加速とデータマイニング

ここまで、戦略実現に必要な要件をベースとして、トップダウンでデータ統合プラットフォームを構築するアプローチを述べてきた。一方で、社内外にあふれている不特定のデータから人事施策や戦略に対する示唆を導き出す、ボトムアップのアプローチも検討が必要である。むしろ、従業員エクスペリエンスやウェルビーイングの観点では、テレワークの推進に伴い整備が進んでいるデジタルワークプレイス環境を基盤に、飛躍的に増えている以下のような“従業員により発信されたデータ”や、こうした大量データを分析するための技術を活用していくことが不可欠である。

■従業員の作業環境に関連するツールやデータ(例)
・メール・カレンダー
・オンライン会議ツール
・コラボレーションツール
・ナレッジ共有システム・問い合わせ管理ツール
・社内SNS
・ウエアラブル端末からの健康関連データ
・勤怠管理ツール

■データ活用・分析を通じた人事施策(例)
コミュニケーションスタイルに応じたコーチング
… ペルソナや人材タイプ別に、メールやチャットメッセージの相手や頻度と従業員の退職や人事評価の相関を取ることにより、ハイパフォーマーのコミュニケーションスタイルの傾向を分析し、その分析データをコーチングに活用

人事評価へ客観的な視点を追加
… ネットワーク分析により、社内コミュニケーションの“ハブ”の役割を担っている人材に対し、コミュニケーションへの貢献度を評価

インフルエンサーの登用と育成
… 社内外への情報発信に際して、インフルエンサーの役割を担える人材を登用・育成

不正の撲滅、組織風土の改善
… メールやメッセージの中における、ネガティブなテキストをマイニング(採掘)し、社内における不正の予防策や組織風土改善を検討

健康に影響を及ぼす要因の防止
… 健康データと、勤怠、コミュニケーション、ネットワークなどのデータとを相関分析することにより、健康状態の悪化の要因を特定・回避

このようなデータを、従来の人事情報と組み合わせて分析することにより、人事戦略や施策に対して示唆を出していくことが可能となる。ここで特徴的なのが、「こういうデータが採れそうだが、どんな分析が可能か?」というようにデータ起点で分析をスタートすることが多い点である。膨大なデータ種類・量の中から、さまざまな相関を読み解きながら、分析を行っていく。

したがって、社員の情報を取り扱うためセキュリティーを強固に整備し、匿名性などに関して十分に配慮が求められるが、まずは社員の声やネットワークの情報をダイレクトに得ることができる環境を整え、[図表9−8]に記載したように、データ統合プラットフォームに蓄積していくことが重要である。

さらには、会社が適切にデータを扱い、それを経営や人事施策に積極的に活用していく姿勢を見せることにより、従業員が自らの情報を利用されることに対する同意が得やすくなるほか、“自らがデータを提供している”という意識を持って日々の業務を改善していく文化の醸成にも、今後は効果的になってくると予想される。ウエアラブル端末を通じた健康データの提供を通じて、従業員が自らの健康維持に対する意識や取り組みを考え直すことはよくある事例である。

また、周囲のネットワークが可視化される中、それを活用することで、自身のネットワークも広げる姿勢を浸透させていくほか、業務推進でもメールやチャットメッセージを通じてよりオープンなコミュニケーションを心掛けるように促すなど、データ収集プロセスと改善活動を同時に推進していくような取り組みを、会社・人事としても積極的に仕掛けていくべきである。

このように、人的資本経営に寄与するデータの収集・分析プラットフォームを整備していくことは、“データドリブン経営”の観点からも必要不可欠な状況となっている。戦略起点のトップダウンアプローチと、データ起点のボトムアップアプローチの両面からデータモデルを設計し、プラットフォームの構築に取り組んでいただきたい。

以上で述べてきたとおり、人的資本経営の推進に寄与するテクノロジー・データ基盤とは、個々の人材が自らの資本(人的資本)を、どこに、どのように投下し、どのようなリターンを得ていくかを考えるためのインフラとして有効なものでなければならない。

そのインフラ上において、すでに述べたように、企業側が個々の人材に要請する価値と、それぞれの人材が自らの価値を最大化するために追求する最適な職務機会とのマッチングが図られることになる。

企業経営と人的資本、つまりは会社と従業員を、コンセプトではなく、真に対等な立場に引き上げていけるものこそ、テクノロジー・データ基盤といっても過言ではない。

<連載ラインアップ>
第1回 「人的資本経営」成否の鍵を握る?「人的資本中計」とは何か
第2回 未来型CHROの役割とは?これからの人的資本経営で求められること
第3回 人的資本経営を支える「未来型」HRテクノロジーの姿とは
■第4回 人的資本経営に不可欠な「データの標準化」が、日本企業でうまく進まない理由(本稿)

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

岡本 努,上林 俊介

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加