《尼崎連続変死》喉骨と肋骨3本が折れ、体重は22キログラムに半減...暴力で家族を乗っ取った“恐怖支配”の実態

《尼崎連続変死》喉骨と肋骨3本が折れ、体重は22キログラムに半減...暴力で家族を乗っ取った“恐怖支配”の実態

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/04

2012年10月に発覚し、日本中を恐怖の渦に巻き込んだ尼崎連続変死事件。主犯の角田美代子と共同生活を送っていた疑似家族は、親族間同士での暴力を強要され、飲食・睡眠の制限や、財産を奪われるなど、数々の被害を受けていた。にもかかわらず、監禁されていた女性が警察に駆け込むまで、事件は長らく発覚しなかった。なぜ、被害を受けていた大人たちは、周りに助けを求めなかったのだろう。

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その一つの鍵は角田美代子の異常なまでの暴力支配が挙げられる。ここでは、ノンフィクション作家の小野一光氏による著書『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)の一部を抜粋。彼女がどのような凶行に及んでいたのか。その一端を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

◆◆◆

ふたりの子供を人質にして家族会議を強要

美代子はすでに、喫茶店の開店資金に充てるはずだった、A男(編集部注:角田美代子のクレーム対応をきっかけに知り合った男性。美代子に支配され、元嫁の母を殺害した)の退職金の一部である900万円を巻き上げていた。次はどうやって土地家屋を手に入れるかが、課題である。

とはいえ焦りもあったのだろう。これまでの“家族乗っ取り”とは異なる、慎重さに欠ける行動も見受けられた。以前は警察の動きを封じるため、親族内で暴力を振るわせていた美代子が、あるときからみずから手を出すようになり、同じく親族ではないマサ(編集部注:美代子の戸籍上いとこ。暴力の実行役を担わせられ、暴行装置として恐れられた)にも暴行を命じるようになったのである。

きっかけは同年暮れにA男が美代子らと訪れた和歌山県の喫茶店で、店内を見てふと漏らしたひとことだった。

「本当はこういう店をB子(編集部注:A男の元嫁)としたかった。喫茶店をやるにはB子の協力が必要だ」

この言葉を揚げ足取りの好機と見たのか、美代子は反応した。

「なんで話を蒸し返すんや。お前はこの期におよんで、まだ未練があるんか」とA男に詰め寄り、ふたたび親族らを呼び出しての会議を強要するようになったのだ。

この時期、A男と暮らしていた娘2人は冬休み中で、すっかり美代子に懐いていた子供たちは、「家に帰りたくない」と彼女のもとにいた。それが親族にとって、“人質”も同然の存在となり、会議への出席を拒むことはできなかった。

美代子はどのようにして子供たちを手なずけるのか。A男・B子家のケースにおいての情報は「贅沢三昧」という曖昧な答えしか入ってこなかった。とはいえ、優太郎(編集部注:美代子の息子)と瑠衣(編集部注:優太郎の妻。美代子の後継者として実の母や姉に暴行や殺人を行った)の間に生まれた2人の子供を預かったことのある人物は、そのときの記憶を次のように語っている。

「コンビニに連れていき、子供たちに欲しいものを選ばせたとき、あれもこれもと遠慮なくお菓子やオモチャを次々と買い物カゴに入れ、一度に5000円くらい遣ってました。いったいどういう育て方をしてきたのかと驚いた記憶があります」

A男とB子は床に正座させられ、殴られ罵倒された

ともあれ、A男・B子家の親族らを招集させた家族会議は、前にも増して過激なものになった。旧知の記者は語る。

「美代子は自分専用のソファに座り、向かい側には親族らが、その脇でA男とB子は床に正座させられていたそうです。美代子が『お前はどう思ってんねや?』と尋ねて相手が答えると、『こいつはこう答えとるけど、お前はどう思てんねん?』と別の親族に振る。それを延々と繰り返すのです。また、A男やB子から気にくわない意見が返ってくると、美代子は自分で殴りつけるようになり、マサに命じて殴らせたりもしていました。美代子はよく自分が殴ったあとで、『あんたら、他人の私がこんだけ怒っとるのに身内は知らんぷりか』と言い、親族どうしで制裁を加えるように誘導したそうです」

11年1月中旬にC子(編集部注:B子の姉)の婚約者が暮らす高層マンションで開かれた会議では、子供たちの養育問題について話し合いが行なわれた。その席で美代子から回答を迫られ、何度も“ダメ出し”をされたA男が困ったあげく「(児童養護)施設に預かってもらうしかない」と答えたことがあった。「それでも親か」と激昂した美代子はA男に、「ここ(マンション13階)から飛び降りろ」と命じ、「(無理なら)うちが突き落としてやる」と恫喝した。さらにはマサに命じて、A男に激しい暴力をふるわせたのだった。

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写真はイメージ ©iStock.com

また、前述の記者によれば、肉体的な苦痛だけでなく、精神的な屈辱を与える手法も用いたという。

「ときには娘たちを部屋に呼び、正座させられている両親の姿を見せて、『お前らの親はこんなしょうもない奴らなんやで。よう見ときや』と、反抗できない彼らの前で侮辱したそうです。この家族会議は連日のように開かれ、しかも夜に始まり翌日昼ごろまで続けられました。寝ることは許されませんから、みな意識が朦朧となり、一刻も早くこの地獄から解放されたいと願い、美代子の理不尽な要求を呑んでしまうのです」

参加者の意識が朦朧とするなか、美代子ひとりが目をギラギラと輝かせ、持論をまくしたてる。そのからくりが覚せい剤であるとわかれば、彼女のテンションの高さを理解できるが、当時の参加者は知る由もない。ただただ、その途轍もないエネルギーに圧倒された。そして畏怖した。

B子さんは元夫と姉から暴力をふるわれ煙草の火を顔に…

まだ幼かった娘2人は美代子の影響を受け、いつしか父親のことを「A男」と呼び捨てるようになった。母親のことは当時彼女が手がけていたネットワークビジネスの会社名をもじって「××星人」と呼んだ。祖母であるD子さんに至っては「ババア」だった。

美代子はA男とB子に、預かっている子供たちの生活費を要求した。そこでは谷本家のときと同じく、友人宅や金融機関をまわることを命じ、借金によって手にした現金数百万円を巻き上げた。

また一部報道にあったが、その流れのなかで、美代子がB子に対し、非公然売春地帯として知られる“飛田新地”(大阪府)で働くことを命じたこともあったという。その際、マサが運転するワンボックスカーで現地へと連れていき、B子を伴って「働かせて欲しい」と店を訪れたそうである。実際に働かせることこそなかったが、そうした“カタギに効果的な”脅しは頻繁に織り込んでいたようだ。

11年2月になり、同席させられていたA男家の親族らは勤務先や親族宅に避難して、連日の家族会議から逃げ出すことができた。一方でB子家は同年4月からC子とB子の長女、次女が、家を出てA男の住むワンルームマンションで同居することになった。そこでB子だけは美代子らが住む分譲マンションで同居することを命じられた。当時、A男だけでなく、B子も美代子の攻撃対象となっており、そのための強要だった。この同居期間中、美代子はこれまで子供たちへの「養育を怠っていた」や「虐待していた」とB子を集中的に責めては、殴ったり、煙草の火を押しつけるなどした。責任を取って自殺しろと迫ったこともある。同時にA男に対しても、「B子を好き放題にさせていたお前にも責任がある」と自殺を迫ることがあった。またあるときには、食事制限を科されていたB子がチョコレートや現金を隠し持っていたことが発覚。激怒した美代子はB子に手錠をかけて殴る蹴るの暴行を加え、顔に煙草の火を押しつけたうえで、同席していたA男とC子も制裁に加わるように命じ、2人に暴力を振るわせたのだった。

家族は分断され恐怖から互いに暴力を行使するように

すでに大人たちは美代子への恐怖から互いに暴力を行使するようになり、子供たちは美代子に言い含められるまま両親、伯母、祖母への憎悪を口にしていた。家族はまさに美代子が企んだ通りに分断されたのだ。

美代子はB子の2人の娘のうち、長女を可愛がっていた。そのため、 “角田ファミリー”が月に一度は通っていた飲食店にも連れていった。当時のことを店長は記憶している。

「しばらく集団のなかに中学生くらいの少女がいました。顔立ちの整った美少女です。ただ、子供なのにどこか美代子の顔色を窺うというか、気を遣っている雰囲気がありました。彼女はまだ小さかった優太郎と瑠衣の子供2人の面倒を見ていました」

長女は美代子の決定で、同年6月にはA男のマンションを出て、美代子と同じ分譲マンションで暮らすようになった。その一方で、連日続けられていた家族会議では、A男・B子家が暮らしていた二世帯住宅の処分についての協議がされていたが、あるとき美代子が「(土地名義人の1人である)D子(編集部注:C子、B子の母)がいないのはおかしい」と口にした。そこで同月下旬にマサ、A男、C子、B子、長女、次女で東京へと向かい、妹宅にいたD子さんを半ば強制的に連れ戻したのだった。

D子さんが尼崎市に戻って来て間もない7月上旬のこと、美代子から自殺を迫られていたB子が、マンションから飛び降りると言い残し、いなくなったことがあった。A男たちが行方を捜すと、近くの高層マンションの踊り場に佇むB子を発見した。怖くて飛び降りられなかったB子についてD子さんが「間に合ってよかった」と口にしたところ、「情をかけた」と美代子が激昂して、手に持ったサンダルでD子さんを激しく殴りつけた。美代子はその場にいたA男やC子に向かって「他人のうちがやってるのに、あんたらは手を出さんのか」と言い、逆らうことのできない2人はD子さんに手を上げた。

親族間で相互監視を強制、小5の次女にも暴力

以来、親族間の暴力はなおいっそうエスカレートした。7月中旬からはB子家の3世代全員がA男のワンルームマンションで同居するようになり、生活に制限が加えられた(B子の長女のみが美代子の分譲マンションと行き来する生活を送る)。旧知の記者はその内情について以下のように語っていた。

「まず勝手な外出が禁じられ、睡眠や食事、トイレは美代子の許可が必要になりました。なかでも反抗的で不満を口にするD子さんは厳しい制限を受けていたようです。飲料水は1日500ミリリットルに制限され、トイレは1日2回しか許可が下りませんでした。そのうえで彼女を長時間立たせたり、親族に殴らせたりしました。通販の分厚いカタログがあるでしょ。あれを丸めて通称“しばき棒”というのを作り、目や口などを突いたり頬や耳を殴るのです。美代子は連日、睡眠時間を削らせて家族会議を命じ、毎回テーマを決めて全員に総括させる。そしてその内容をメモに記録してあとで提出させました。メモには問題発言について、まわりがどういう制裁を加えたかまで記載させており、制裁が足りない場合は美代子から責められるという流れが出来上がっていました。A男がもっともD子さんに暴行を加えていたのですが、C子やB子が殴ることもあったようです」

密室内で相互監視を強制され、D子さんだけでなくC子やB子も暴力を振るわれた。さらにはマサからA男が殴られることもあった。きわめつけは当時小学5年生だった次女に対しても、暴力が行使されていたことである。

その様子を目撃した近所に住む女性は、私の取材に対して次のように話した。

「11年の、夏休み前だったから7月だと思います。時刻は午後9時前後でした。私が友人と一緒に美代子のマンションの近くの公園を通りかかったら、黒いワンボックスカーの横で、2人の中年女性が交互に小学生の女の子を叩いていたんです。女性2人は無言で、平手で顔や腹を叩いていました。そして子供もただ黙って叩かれていて、よろけないんです。一種異様な光景でした。ただ、ちょっとこれはいけないと思い、私が『子供を叩くのはやめたら』って注意したんですね。だけど女性2人は無表情のままで叩くのをやめないんです。そうしたらいきなり車のドアが開き、美代子が降りてきて『家族の問題やから黙っとれ』と怒鳴ったんです。互いに顔は知っているはずなんですけど、向こうは私に気づいていないようでした。それがあまりの剣幕だったので、私と友人はその場を離れ、警察に通報したんです。子供が殴られてるって。そうしたらパトカーがやって来ました。それでしばらくして警察から電話があり、『ちゃんと指導しときました』と言われたんです」

いったいなにが原因でそうなったのかはわからないが、美代子に監視されながら、母であるB子と伯母のC子が、娘であり姪である小学生の次女を何発も叩いていたというのだ。それは尋常ではない光景だ。

美代子の作り出した恐怖を前に、大人たちがまず崩れた。A男・B子家の場合、40代の大人の男女が矜持を失った。もちろん、美代子が元凶であることは明らかだ。だがしかし……との思いを捨て去ることはできない。

暴行による骨折に食事制限による衰弱、体重半減…D子さん死亡の凄惨な状況

そして大人でゆいいつ抵抗を続けてきたD子さんは、その2カ月後にあたる11年9月11日に死亡した。66歳だった。同年11月の遺体発見後に行なわれた解剖の結果、喉の骨と肋骨3本が折れていた。また、2年前に41キログラムあった体重が、死亡時には22キログラムにまで半減していたという。彼女が亡くなった状況について、後に美代子、A男、C子、B子が、D子さんに対する傷害致死罪と監禁罪で起訴された際、起訴状に書かれていた文言は以下の通りだ(一部抜粋)。

〈(D子さんに)生存に必要な水分を摂らせないとともに、食事の回数を制限して充分な栄養を摂らせず、就寝時間及び起床時間を指定してこれを守らせるなどしたうえ、時折、長時間立ったままの姿勢でいることを強制し、また、同人の顔面及び頭部を平手や新聞紙又はカタログを丸めて棒状にした物で殴打し、同人の太ももを足蹴にするなどの暴行を加え、同月(8月)下旬頃には、これらの継続的な虐待行為により、同人が下痢等の症状を呈し衰弱した状態になったことを認識しながら、その後もなお同年9月11日頃までの間、同人に対し、前同様の虐待行為を継続し、また、同日頃には、同人の頭髪をつかんで引っ張り、その腹部及び背部を足蹴にし、その頭部を足で踏み付けるなどの暴行を加えて更に同人を衰弱させ、よって、同日頃、同所において、これら一連の行為に基づく傷害により同人を死亡させた〉

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「うっ」と呻いて嘔吐、突然泣き出す、急に増えた独り言…留置所で同房だった女性が語る“凶悪犯”角田美代子の姿へ続く

(小野 一光/文春文庫)

小野 一光

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