富野由悠季総監督が読者の疑問に次々回答。『Gのレコンギスタ』映画化へのこだわりから制作秘話まで“富野節”炸裂!

富野由悠季総監督が読者の疑問に次々回答。『Gのレコンギスタ』映画化へのこだわりから制作秘話まで“富野節”炸裂!

  • MOVIE WALKER PRESS
  • 更新日:2022/08/05
No image

『Gのレコンギスタ』の富野由悠季総監督にロングインタビューを敢行! 撮影/河内 彩

2014年に放送されたテレビシリーズ全26話を、全5部作の劇場版として再構築した『Gのレコンギスタ』。富野由悠季総監督が監督業50年の集大成として、大幅にブラッシュアップを行った第4部「激闘に叫ぶ愛」(公開中)と第5部「死線を越えて」(公開中)が連続公開され、8年間にわたるシリーズがついに完結を迎えた。

【写真を見る】ノレドにバララにハマーンまで…富野監督が描いてきた"ピンク髪キャラ"の秘密とは!?

MOVIE WALKER PRESSでは、Twitterにてユーザーから質問を募り、富野監督ご本人に答えてもらう“AMA”(=Ask Me Anythingの略。ネットスラング風に言うと「〇〇だけど、なにか質問ある?」といった意味)を実施。『G-レコ』の制作秘話はもちろん、富野監督がこれまで描いてきたテーマへの想いや、プライベートが垣間見える話までたっぷりとお届けする。

「テレビアニメが映画化される場合、ストーリーをテレビと完全に別物にしたり、外伝的な話になる場合が多々ありますが、富野監督はテレビを映画化するとき、再編集をメインにされていらっしゃいます。そこに富野監督のこだわりはありますでしょうか?また、再編集中にストーリーを変えたくなったりしないのでしょうか?」(50代・男性)

「なんらかの作品を映画化する際、まず、ベースとなるストーリーがありますよね。そして再編集というのは部分的な修正です。そこで違う要素を入れると、新作になってしまいます。僕の場合はだいたい、まずテレビをやったうえでの作業になるので、新作としての新しい要素を付け加えることは絶対にしません。

そしておそらくこの方は、原作の小説なり漫画なりを映画化する際に、いろんなことを整理した場合、それは映画オリジナル=新作になるんですか?と訊きたいんだと思います。原作を利用した瞬間に、実を言うと、新作には絶対ならないんです。創作物とは変なもので、力のある原作は漫画化されようが映画化されようが舞台化されようが、元の形は残ります。だから、それは全部原作付きになります。原作というものにはすごい力があって、それを突破することはできません」

「ベルリの物語は最終回のラストシーンからが始まりで、『G-レコ』はそのプロローグだったんだと感じました。『G-レコ』はとんでもない作品で、こんなやり方ができるのは間違いなく富野監督だけです。その手法はいったいどうやって思いついたんでしょうか」(30代・男性)

「この方にお伝えしたいのは、小説や舞台など、もう少し数を読む、観ることをお勧めします、ということです。だいたいの物語は元に戻るんです。特にさっき言ったとおり、原作付きで何度も再演されたり映画化されたり漫画化されたりするものは、本当に力があるんです。力がある作品は、基本的に元に戻ります。ですから、これは僕の方法論じゃなく、優れたものとはそういうものなんです。もし僕の仕事の仕方にそうしたものが見えるのだとすると、それは僕の作るものが名作だからです(笑)」

「ベルリ役に石井マークさん、アイーダ様役に嶋村侑さんを起用した決め手はありますか?」(30代・女性)

「すごくイヤな答え方をすると、キャラクターに合っているからです。役者って変わらない…というより変えられないんですよね。だから間違っちゃいけないし、かなり神経を使っています。単純に声の質や色合いだけでは決められない部分があるんです。そして特に最近は、声優が人気の職業になっちゃったおかげで、みんなスケジュールが埋まっていて、自由に使えないという困った事態が起こり始めています。なので常に新人は探してますが、時折前々から存じ上げている方にお願いすることもあります。

ただ、これがまた難しいところで、その役者の“声を気に入っている”という理由でオファーをしてしまうと、使っちゃった瞬間に『まあこんなものかな』と思えてしまうこともあるんです。そこに甘んじると、すごく保守的な監督、演出家になってしまう。演出や脚本に力がなければ、新鮮味がなく役者そのものになってしまうので、『まあいいよね』と妥協をすることは、かなり危険だと感じています。

もちろん最初から当て書きで企画されている映画や演劇もあるし、悪いわけではないんだけども…。色気のない言い方をしますが、みんな生活のためにやってますね(笑)。新人を使うというのは、こちら側にかなり余裕がないとできないんです」

「ピンク髪の女性キャラは嫌われ者だったり不幸なまま死んだりと扱いが悪いですが、富野監督はピンク髪がお嫌いなんですか?『G-レコ』でも、ピンク髪女子はみんな不幸になってます」(40代・女性)

「それは意識してなかったですね。ちなみに、アニメの世界で髪の毛をグリーンにしたのは僕が最初なんですよ。だから髪の毛に色をつけることに抵抗はなかったはずなのに、きっとどこかでピンクの髪の毛がきらいなんですね。でもマリリン・モンローのブロンドの髪は何一つ気にならないから、必ずしも明るい髪の毛の色が嫌いなんじゃないんだよね。

ちなみにここ数年、よくモンローの映画を観ています。というのもある時期、僕自身が病んでしまうような気分が続いたんです。自分の頭の中がガンダム的なメカで埋め尽くされて、劇が書けない、物語が作れない、となった。物語っていうのは人間のドラマなのに、巨大ロボットが出てくると気が済んじゃう。これを突破するにはどうしたらいいんだろうかって。

なぜモンローに行き着いたかわからないんだけど、彼女の初期の映画を2、3本観て、『この人の姿かたちが好きなんだよね』『女っ気ってこれなんだよね』と思って、それから3年間くらい彼女のポスターを壁に貼って見続けていたんです、必死で。そうしないと、男と女とか女同士の人間ドラマが書けなくなる。メカ漬けってのはそれくらい恐いんですよ。戦闘機なり巨大ロボットなりが飛んでくれば気が済んじゃって、物語が作れなくなるんです」

(海外の方より)「『G-レコ』IVとVを観たいのですが、海外ではまだ公開されていません。どうすれば最後の『G-レコ』を観ることができるのでしょうか?」(20代・女性)

「いまの時代、Blu-rayになれば観ることはできるから、発売を待ってください…と言うと、Blu-rayにちゃんと英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、中国語、韓国語など各国語の字幕がついているのかが問題ですよね。仕様上問題なくできるんで、そんなに難しい話じゃないんじゃないかな。あとは営業サイドが億劫がらずにやるかどうか、なんですよね。なので、それを待ってください。そして、『G-レコ』は5年後に観ても30年後に観ても古びませんので、死ぬまでに一度観ておいてください(笑)」

「好きな食べ物を教えてください!」(10代・男性)

「富野監督は、食事はしっかり摂るタイプですか?それとも簡単に済ませるタイプですか?これを食べると元気が出るぞ!という食べ物はありますか?」(30代・男性)

「食に対しておおよそ関心がない人間です。好きなものも嫌いなものも特にない。が、僕は朝食を食べないわけにはいかないんです。きちんと三度の食事を摂るよう、かなり意識してるほうじゃないかな。元気でないと仕事ができないから。そこに尽きるので、食事に興味があるわけではないです。焼肉屋さんに行ってもピザ屋さんに行ってもラーメン屋さんに行っても、まるでメニューを覚える気がないので、常に同じものしか頼みません。それに、しょっちゅう妻にも怒られるんですよ。『今夜、なに食べたい?』『うーん、なんでもいい』『それは困る』『いや、だけどなんでもいい!』って…(笑)」

「富野監督の作品は壮大な歴史を題材にした群像劇のようだと思っています。富野監督ご自身にとって思い入れのある歴史小説や映画などはありますか?」(40代・女性)

「特にありません。特にないけれども、僕の年代は映画がスタンダードからシネマスコープになっていく、70mmになっていく、映像の大きな変革期でした。その頃、いわゆる大作映画が作られるようになって、歴史劇も珍しくなかった。いまほど数は多くなかったけど、偏らずにいろんなものをテーマにしていて、それらをなんとなく観ていたので、僕のなかでの基礎学力になっているんだろうなという気はしてます。

ただ、自分がアニメの仕事をやるようになったときに、当然、巨大ロボットものの専門家になろうなんて思ってはいなくて、『日本人がやるからには日本の時代劇からつくれたらいいな』『でもアニメではつくれないんじゃないかな』と思った時期がありました。その鬱憤晴らしが、作品をご質問にあるような方向に向かわせたんじゃないかなとは思います。

なぜ本当の意味での時代劇が日本のアニメでつくれないかというと、鎧兜を作画するのが不可能だったからです。ロボットよりも線が多いんですよ、鎧は。ただ、いまのガンダムは手描きじゃなくCGでやっていて、硬いものだったらかなり描けるようになりました。とはいえ、鎧兜の細かい線をCGでどこまで再現できるかは…わかりません」

「富野監督はどの作品でも戦争の悲惨さや世界の問題点を描いてこられました。けれど、いま世界は愚かな方向へ向かっているように思います。いまこの世界において、大人の行動・意識としてなにが大切だと思われますか?」(40代・男性)

「わかりやすく言えば、環境保全をしましょう、それだけのことです。けれどそれを我々が本当にできるのかと考えると、(机の上のペットボトルを持って)こういうものを使っている限りできない。我々の社会はそういう極端なところまで進んでしまって、先行きが見えてしまっていると僕は思っているので、基本的に期待するものは一切ありません。つまり絶望論しかない。

だから、この歳になってあと10年も20年も生きられず死んでいけるのはすごくありがたい。皆さん、本当に気の毒だと思います。だってもう、ペットボトルがない暮らしを想像できないでしょう?水をプラスチックの容器に入れて売り買いするようになってしまって、それが物流の主流になっているわけですよ。この状況が根本的に異常なんだってことを、ここ20〜30年で言った人がいますか?

とはいえ、僕のようなアニメという絵空事で物事を考えている人間だからこそ発言できることがあるとも思っています。『それは富野さん無責任だよ』って言われるだろうけど、アニメ家だからこそ言っちゃって、これから100年かけて改善するという方向に行きたいんだけど…。100年では改善は無理かもしれないですね」

「富野監督は昔から魅力的な老人のキャラクターを描いていらっしゃいます。『G-レコ』でもラ・グーなど多くの老人が活躍しています。監督が実際に80歳になってみて、若い頃に描いていた老人といまの老人のキャラクターの描写に変わりはありますか?」(40代・男性)

「変わりません。老人はそれほどバリエーションがないので、中年になったくらいから老人を描くことがそれほど面倒ではなかったんですね。ステレオタイプで描くことで事足りていたんです。むしろ、バラエティショーになるのは、なんだかんだといっても女性キャラなんです。本当に女ってのは化け物だから、描きようがいくらでもある。あるようでない。底抜けなんです。そういう意味で、素材として面白いし難しい。だから男はずーっと“女のハダカ”を描きたいんだ、という気がしています」

「また、実際にお爺さんになってみて、若い頃に考えていた老人像と現代の老人で違いはありますか?」(同)

「これも同じで、まったく変わりません。ここのところ古いものを調べているんですが、年寄りの目線はいつの時代でも同じ。老人は…、“まともな”老人は孫、ひ孫のことを考えるようになる。すると、近未来に対しての希望論を語ることしかできない思考回路になってしまう。ひとつだけ前に条件をつけましたよ。“まともな”老人は、です」

「富野監督にとって歳を取るとはどういうことでしょうか?私は現在大学生で、最近自分が歳を取ったんだなぁと感じることがありました。これから若さを失っても良い人生を送るためのアドバイスをいただきたいです」(10代・男性)

「歳を取るとは、ものすごく簡単なことです。墓場に向かって歩く。だから僕の場合で言えば、きちんと死んでいきたいと、きちんと思うようになりました。そして良い人生を送るには、年相応に自分が年を取っていく、老けていくのを自覚すればいいだけのことです。その自覚がなくなるから、底抜けにバカな政治家になったり、マーケットの拡大しか考えない経営者になったりするわけです。累進的にすべての物事が上昇していくという資本主義論はどこにもないと知るべきです」

「富野監督の作品には、人間と同程度の知能を持った人工知能があまり登場しない印象です。これは、監督が想定する未来・世界観において、その存在に必然性が感じられないからでしょうか?」(30代・男性)

「必要性は認めます。実は認めているんです。が、アニメという物語、ドラマをつくるうえで、主人公たち“キャラクター”がいるわけです。彼らは人工知能を持ったモノではない。キャラクターというのは日本語に訳すと“人物像”です。生身の人間のぶつかり合いがドラマなので、人工知能的なものを出す気にならない、ただそれだけのことです」

「ベルリはアイーダが姉だと知り失恋を経験しました。自分も5年前、同じ子に2度フラれるという経験をして未だに引きずっています。富野監督は失恋の経験はおありでしょうか?もしおありならそのときどのようにして吹っ切ることができましたか?」(20代・男性)

「恋をした自覚がきちんとあって、それに相手が応じてくれなかったというのが失恋ですよね?僕の経験でいうと、失恋は一生忘れられません。『あの人のことは忘れた』という言い方ができるのなら、それは恋をしていたわけではない。単なる男女の遊びごと…俗に言う色ごとでしかないんです。何度も言います。絶対に忘れられない。だからかなり覚悟がいるんですよ、恋をするって。恋が成就しなかったときは、1日中か3日間は泣き続けるしかない。それくらい過酷なものです。忘れる努力をしても無駄なので諦めましょう。泣き寝入りするしかないんです。

そして、それはきちんと自分の記憶として残しておいていいと思います。そのほうが、その人の人格を育てていくことになるからです。だから、相手を恨んじゃいけません。むしろ、失恋させてくれるくらいの人に出会えたのは幸せなことだと思ってください」

「本当は直接お会いになってお礼を申し上げたいのですが今回はこの場を借ります。『G-レコ』という作品で久しぶりにドキドキやワクワクを感じました。観ていて明るい気持ちになることができました。本当にありがとうございます。いつの日かお会いできることを楽しみにしています」(10代・男性)

「それは無理です。僕は近々死にますから(笑)」

取材・文/西川亮

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加