堀内恒夫さん「またみんなで会おうな。ありがとうカド。君のことは忘れないよ」

堀内恒夫さん「またみんなで会おうな。ありがとうカド。君のことは忘れないよ」

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  • 更新日:2023/01/29

元巨人監督で野球評論家の堀内恒夫さん(75)が25日、自身のブログを更新。前日24日に突然の訃報が伝えられた門田博光さん(享年74)を追悼した。

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堀内恒夫氏

「門田博光」のタイトルでブログを更新。「2019年学生野球資格回復の特例研修とやらを一緒に受けたのが門田との最後になってしまったか。さびしいねぇ…」と同じ1948年の早生まれで同学年だった門田さんとの突然の別れを惜しんだ。

巨人の川上哲治監督(当時)が他球団選手と親しくすることを禁じていたため、交流が始まったのは名球会だったという2人。1973年に巨人と南海が対戦した日本シリーズ第3戦で3回に門田さんの痛烈な打球が堀内さんの右肩を直撃したこと、あと2センチ当たるところがずれていたら肩の骨がバラバラになっていたらしいこと、7回には門田さんに本塁打されて初失点しながらも9回を投げ切ったこと…などをつづり、「そんな痺れる試合を戦った同級生ですよ」と無念さをにじませた。

そして、「俺が巨人軍の監督に就任した時『堀内に会いたい』と連絡をくれてわざわざ甲子園球場まで足を運んでくれたっけ。試合前に話をしたけど俺は門田の体のことが心配でね。俺もよく酒を飲む方だけど門田はビールを水の代わりみたいに飲んでいたからね」とも回想した堀内さん。「名球会の同級生8人」として「福本豊 藤田平 谷沢健一 若松勉 鈴木啓示 平松政次 そして門田と俺」と名前を並べたうえで「いいライバルがいて名勝負が生まれた。またみんなで会おうな。ありがとうカド。君のことは忘れないよ。合掌」と結んだ。

門田さんは南海、オリックス、ダイエーでプレーし、プロ野球歴代3位の通算567本塁打をマーク。和製大砲として44歳までプレーし、歴代3位の通算1678打点も記録した。だが、現役時代から糖尿病を患い、引退後の2005年には脳梗塞で倒れるなど、晩年は長い闘病生活が続いていた。

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