「一昔前なら破門」雨の将棋会館で豊島将之竜王・名人が繰り出した序盤戦術

「一昔前なら破門」雨の将棋会館で豊島将之竜王・名人が繰り出した序盤戦術

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/08/01

永瀬拓矢叡王(27歳)に豊島将之竜王・名人(30歳)が挑戦する、第5期叡王戦七番勝負。第5局を迎えて、対戦スコアは1-1。

【写真】永瀬叡王に用意された7本のバナナ

既に千日手1回、持将棋(引き分け)2回という前代未聞の出来事が起こった。決着がつくまでに何局行われるのだろうか、そういう話題があちらこちらで聞こえてくる。

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永瀬拓矢叡王(左)に豊島将之竜王・名人(右)が挑む ©文藝春秋

観る将にとっては絶好の引きこもりイベント

第5局は4連休の初日、7月23日(木、祝)に千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。もともとこの4連休は東京オリンピックを想定して設定されたものだ。7月24日が開会式予定日だったため、「体育の日」(10月の第2月曜日)を「スポーツの日」と改称して移動。いくつかの五輪イベントの予選が開会式の前に7月23日からスタートするのに合わせて、海の日を7月20日から7月23日にスライドさせた。

コロナ禍で海水浴場もほぼ閉鎖され、オリンピックも延期になって、4連休だけが残ってしまったのはなんとも寂しいが、将棋ファンにとっては願ってもない連休だ。本局が連休の開幕日に、連休2日目には藤井聡太棋聖の竜王戦本戦、連休3日目にはAbemaTVトーナメントと、観る将にとっては絶好の引きこもりイベントが続いている。

本局の観戦記を書くに当たって、あいにくの雨だったためタクシーでの移動も頭をよぎったが、千駄ケ谷駅から将棋会館まで歩くことにした。そう、観戦記は駅から既に始まっているのだ。

駅から出ると、目の前に巨大な国立競技場が飛び込んでくる。開会式など、たくさんのイベントが行われるはずだったが、シーンとしている。

対局者に聞こえたりしないのだろうか

国立競技場を左手に見ながら進むと、正面に鳩森神社が見えてくる。

「盆おどり大会」の提灯が目に入るが、今年は盆踊りもオンラインでやるらしい。オンラインの盆踊りとは全くイメージがわかないが、みなさんはどうだろうか。鳩森神社を右手に角を曲がると日本将棋連盟の本部・将棋会館だ。

本局は、将棋会館の特別対局室で行われた。

一方、取材陣の控室は同じフロアで、ほんの20メートルほどの距離の場所。あまりの近さに正直驚いた。もし誰かが驚いたりして大声を出したら、対局者に聞こえたりしないのだろうか。対局室と控室の間には、ふすまが合計4枚あるものの、それぞれにすき間が空いているようなもので防音もしっかりしている感じではないからだ。

しかし、控室でそれなりの音量で話しても、対局室には全く聞こえないとのことだ。将棋でも「4枚の攻めは切れない」というが、やはり4枚のふすまは聞こえないのか。

筆者はもともと将棋部に所属していて、学生の大会などは何度も出場したことがあるが、プロ棋士の対局を観戦するのは初めてだ。職業はポーカーのプロである。

フロアに響き渡る「オーレ、オレオレオレ」の歌声

ポーカーの大会は、どんなに大きな名誉がかかった勝負でも、テーブルから数メートルのところに張られたロープの外からならいくらでも観戦することは可能だ。友人が決勝に残ると、仲間が大挙して応援に来ることもあり、特にブラジル人がポットを獲得(麻雀でのあがり、のようなものを想像して欲しい)すると、体育館よりも広いフロアに響き渡るような「オーレ、オレオレオレ」の歌声が響き渡る。歌がしばらく聞こえなくなると、「あ、あのブラジル人飛んだ(敗退のこと)んだね」と分かる。

勝負を降りた後、次のカードが配られるまでの間は、参加者が立ち上がって観客席の友人と話すことも可能だ。賛否両論はあるものの、30分遅れのディレイ放送が行われている試合の場合は、友人に放送を見てもらうことを依頼して、30分前に他のプレーヤーがどのようなハンドをどうプレイしていたかを知ることも現状可能なのだ。

もちろん大きな勝負になって長考(と言っても、3分はかなりの長考に入る)している時はそれなりに緊張感があるが、音を一切立ててはいけないと感じさせるような将棋のタイトル戦の緊張感とは全く別物である。

今日は何本バナナを食べるのか

時刻は13時50分。まず豊島竜王・名人が入室。その後永瀬叡王も入室。

豊島がおもむろに立って廊下に行き、エアコンの調節を行う。筆者の体感的に、設定温度を上げたのだと思われる。特別対局室は、両対局者が心地よく対局できるように天井のエアコンが2つあり、それぞれが対局者に風が行くようになっているのだ。

永瀬の席には、大量のペットボトルや缶コーヒーの他に、バナナがたくさん置かれている。永瀬は、常にバナナを食べることで話題になっており、「バナナガセ」と呼ばれることもある。自身が大将として藤井棋聖、増田康宏六段とチームを組んだAbemaTVトーナメントでも、チーム名は「バナナ」だ。このバナナ、ドワンゴが用意したもので、1本300円もするとのこと。終局後に余ったバナナをいただいたが、1本で通常のバナナ2本分はありそうな大きさでありながらとても甘く、脳がよく働く。さすが1本300円の高級バナナというものだった。

筆者が両対局者の入室前に数えたところ、7本あった。ニコニコ生放送の視聴者も、今日は何本食べるのかと始まる前から気になっていた。

定刻の14時になり、永瀬の先手で対局開始。開始6分でサクサクと11手進み、11手目に比較的珍しい手を指した永瀬が退室。

「お色直し」「着替え」のニコ生コメントがたくさん並ぶ。5分後、対局室に戻ってきた永瀬はスーツ姿に着替えていた。

今シリーズでは、永瀬は初戦を最後まで和服を着て戦って負け、2局目以降は途中でスーツに着替えて対局し、3局指してまだ負けていない。ゲンを担いだということではないだろうが、慣れたスーツで対局することで、少しでも盤外で集中力が落ちるのを防ぎたいということではないか。

叡王戦に縁のある棋士が揃った

この対局の立会人は塚田泰明九段だ。ニコニコ生放送の解説は佐藤天彦九段。リモート解説に高見泰地七段。

永瀬、豊島はどちらも、叡王戦の前身である電王戦でソフトに完勝した棋士だ。塚田九段はソフトと引き分けた棋士。そして、佐藤天彦九段はソフトが完全に人類を追い越したと誰もが思うようになった時代に、時の名人として第2期叡王戦トーナメントを勝ち抜き、その優勝者としてソフトと対局した。結果は敗退だったが、最後にソフトと公に対局した棋士となった。高見七段は、叡王戦がタイトル戦に昇格した後の最初の叡王である。偶然かどうかは分からないが、電王戦・叡王戦に絡む棋士が揃った。

今回のシリーズは持将棋が話題になっているが、塚田九段がソフトと引き分けた対局も持将棋だったのは非常に面白い。

序盤早々桂馬を取られて良いのだろうか?

局面は18手目に豊島が8六の飛車で7六の歩を取ったところだ。

しかし、ちょっと待って欲しい。

この歩を取ると飛車の守りがなくなるので、▲8二歩と打たれて桂馬が取られてしまうではないか。桂馬の逃げ道になる7三と9三の歩は、どちらもまだ動いていない。桂馬を取られる代わりに何かを取り返せたり出来るのなら良いが、そういうわけでもないし、そもそもここで▲8二歩と打ったら、△8六飛車と戻って、▲8一歩成を△同飛車と取り返すつもりらしい。序盤早々桂馬を取られて良いのだろうか? 豊島の見落としか?

「こんな手を指したら、一昔前なら破門と言われる手ですけどねえ。指導対局だったら、桂馬が取られるよ、と教えて戻すくらいだよ」

と塚田九段。「一昔前なら破門」というのは、感覚的にしっくり来ない指し手を見た際によく使われる慣用句化した表現だ。

実戦も、▲2四歩、△同歩と突き捨ててからではあるが、その手順に進んだ。

勿論見落としのはずはない。それどころか、桂馬を取られて手番も渡したにも関わらず、後手不満なしらしい。

オンライン解説の高見七段は「歩は皮膚のようなもの」と言う。先手は7筋と8筋に歩がないので、先手は桂馬を得したものの、肉が露出しているのだ、とのこと。肉が露出しているのが痛いのは人間も将棋も同じのようだ。

不利な局面でどう指すのか 永瀬拓矢叡王は曲線的な順で粘りに行ったへ続く

(木原 直哉)

木原 直哉

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