芯は強く柔軟に YouTubeでも話題のピアニスト・石井琢磨の素顔に迫る「クラシック音楽の裾野を拡げ、次世代へ」

芯は強く柔軟に YouTubeでも話題のピアニスト・石井琢磨の素顔に迫る「クラシック音楽の裾野を拡げ、次世代へ」

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  • 更新日:2022/01/16
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オーストリア・ウィーン在住の若手ピアニスト・石井琢磨が2022年2月に全国3カ所で開催されるDAIKI GROUPチャリティーコンサート~すべての子どもたちに明るい未来を~『石井琢磨ピアノリサイタル』に出演する。「次代を担う子どもたちを支援したい」とコンサートの入場料は全額「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」と「日本赤十字社」に主催の大器グループより寄付されるという。

オーソドックスな古き良きクラシック音楽に主軸を置きながら、「クラシックをより身近に」をコンセプトに、2020年11月からはYouTubeチャンネル「”TAKU-音 TV たくおん”」を立ち上げ。2022年1月現在、登録者数は4万6千人を超える。2月のチャリティーコンサートへの意気込みと、学生生活を送るウィーンでの暮らしや動画でも話題のストリートピアノ演奏、そして今後の目標などについて聞いた。

■ピアノか、サッカーか? 出発点は「自分の音が誰かを幸せにできるなら」

――石井さんは東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を卒業後、2012年からオーストリアのウィーンにあるウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科修士課程に進学されました。現在は同大学のポストグラデュアーレコースに在籍をしておられます。まずはピアノを始められたきっかけなどからお話をいただけますでしょうか。

ピアノを始めたのは3歳のときです。僕は3人姉弟で、2歳違いと4歳違いの姉が2人ともピアノを習っていたんです。姉が練習をしている横にはいつも母がいて、練習中は(母と)遊ぶことができないので、母をとられてしまったような気持ちで。ピアノを始めれば母と一緒にいられる、母に構ってほしいという気持ちもありました。

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(c) Andrej Grilc-

――元々、音楽はお好きだったのでしょうか。

両親ともに音楽が好きだったこともあり、小さい頃から日常に音楽があふれていました。だから音楽はずっと好き。特にクラシックが好きでしたね。家族の中では特に母方の祖母が音楽好きで、僕がピアノを始めてからは、演奏をすると祖父母が喜んでくれるのもうれしかったです。厳しいことを言うときもありましたが、祖父母は僕の音楽人生を常に応援してくれています。

――学校では部活動などもされていたんですか?

実は小学校からサッカー部に所属していて、中学3年生まではプロを目指していたんです。元日本代表の中村俊輔選手に憧れていました。

――そうなんですね! ちなみにポジションはどこだったのでしょうか?

中盤です。攻撃の拠点となる部分で、サッカー部に所属していた9年間でチームプレーの大切さを学びました。

――ボールを前線につなぐため、チームとしての動きを求められますものね。

はい。ピアノ奏者は一人で成り立つために協調性の部分が欠落しがちと感じるのですが、サッカーは全体で動かないと得点につながらない。サッカーで養った全体を見る力は演奏に生きていると感じます。

――石井さんが親しくされている反田恭平さんも、幼少期にサッカーをされておられましたね。反田さんもプロ選手を夢見ていたと聞きました。

そうなんです。恭平とは重なる部分が多くて。

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石井琢磨

――サッカー少年だった石井さんが、サッカーに区切りを付けピアノ一本に進んだのはどのようなきっかけがあったのでしょうか。

中学3年生のとき、僕の演奏を聴いた女性からいただいた言葉がきっかけでした。発表会でラヴェルの「ソナチネ」を演奏したのですが、演奏後に50代くらいの女性から「あなたの演奏を聴いて、幸せになることができた。ありがとう」と言っていただいたんです。

――すごい経験ですね。

それまでピアノとサッカーを並行して続けていましたが、このことが僕を奏者として生きていくんだということを決意させてくれたんです。どうしていくのかずっと迷っていましたが、女性の笑顔を見たときに「幸せは伝染するんだ」ということを確信することができて。サッカーを卒業しようと決めることができました。

――サッカーではプレースタイルが似ている中村俊輔選手に憧れていたと教えてくださいましたが、ピアノ奏者では目標とされている方などはおられるのでしょうか。

存命の奏者だとイーヴォ・ポゴレリチ(クロアチア)です。いまは勉強のためもあって、ミケランジェリ(アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ/イタリア)に傾倒しています。弾き方はもちろん、実は今日の服装もミケランジェリを意識しています(笑)。

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インタビューの様子/ウィーンとオンラインで繋ぎ取材を実施

■ウィーンでの暮らし~日々の経験全てが音楽に繋がっている

――ウィーンには2012年から在住されていらっしゃいます。留学先としてウィーンを選ばれたのはなぜですか。

僕は徳島県の鳴門市出身なのですが、徳島文理大学(徳島市)で行われていた夏期講習会に参加した際、ペーター・エフラー先生と出会ったことが大きなきっかけになりました。留学先は街で決める人もいますが、僕はエフラー先生に学びたいと思いウィーンに決めました。

――コロナ禍で学生生活に変化はありましたか。

2020年2月から21年1月までは、完全オンラインで授業を行っていました。藝大卒業後(編注:東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を卒業)に進学したウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科は、21年2月に修士課程を卒業することができ、現在は(同大学の)ポストグラデュアーレコースに在籍しています。実技に特化したコースではありますが、教育について学ぶ授業も選択しています。

――演奏技術を磨くだけではなく、教育に目を向けられたのはなぜですか。

未来を形作る子どもたちに、「クラシック音楽とは何か」ということをダイレクトに教えることができるからです。音楽家にとって感性はとても大切ですが、“それだけ”というイメージを変えたいと思っています。本番に一瞬の輝きを出すためには、完璧な努力が必要です。そこにたどり着くためには演奏家として、表現する音を言語化できないと飛び抜けた才能を持つことはできないと僕は考えています。

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ウィーンでの様子/「英雄ポロネーズ」ミュージックビデオより(YouTubeチャンネル「”TAKU-音 TV たくおん”」)

――ウィーンでの暮らしは10年目を迎えます。

異国の地で生き抜いていくため、声を張って自己主張しなくてはいけない場面もあるので芯は強くなりました。日常の暮らしの中では、外国人だからと差別されることもあるのですが、右往左往せずに「いろんな考え方がある」とその人の考え方を尊重できるようになりました。柔軟な性格になったと感じています。

――ちなみに、自炊などはされるのでしょうか。

自炊大好きです。最近はタンタンメンを作ることにはまっています(笑)。ものすごくこだわっていて、練りごまにラー油を入れるところから始めます。麺はさすがに買うのですが、麺打ちにも興味があるので将来的にやってみたいことのひとつです。

――偉大な音楽家たちが生活していた街での暮らしは、石井さんにどんな影響を与えていますか。

日々の経験が全て音楽に繋がっていると感じます。例えばザルツブルク市に生家があるモーツァルトは、貧困などたくさんの苦悩を抱えていました。作曲をするスピードがとても速く900曲以上を残したと言われているのですが、多くの曲を残すためきっと馬車の中でも楽譜を書いていたと思うんです。ウィーンは現在でも石畳なので実感するのですが、路面状況が悪くガタガタと揺れる馬車の中で音符を記すことは大変なこと。そこでも苦悩したのかなと想像したりします。

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ザルツブルクでのストリートピアノ演奏。音に合わせて踊り出すご婦人たち(YouTubeチャンネル「”TAKU-音 TV たくおん”」)

――当時はどんな様子だったのかなど、想像することは作品を理解することにもつながりますね。

はい。ほかにも演奏会に足を運んでくださる方の耳が肥えていることを痛感します。幼いころから聴かれているので、特に年配の方は耳がとてもシビアです。建物もそうですが古いものを大切にする意識がとても高く、ピアノについては「再現芸術」と捉えている方も多いです。奇をてらわず、心に届く演奏。真摯に楽譜に向かう姿勢を問われているように感じています。祖父に基本を大切にする「守破離」という言葉を教わったのですが、オーソドックスに演奏することの難しさを極めていきたいです。

――先ほど「真摯に楽譜に向かう」という言葉がありました。石井さんの音は真っ直ぐにごりがないように感じます。「無垢」の状態というか。

音楽には実態がありません。でもいつまでも心に残る音というものはある。「美しい音」と感想をいただくことがあり、とても嬉しく思っています。音はその人の全てが出てしまう。何かを取り繕ったり、隠したりすることができないもの。僕はいつも、自分自身をさらけ出すような気持ちで演奏をしています。

――表現力を磨くためになさっていることはありますか。

散歩をしています。ウィーンにはハプスブルク家の君主が夏の離宮として訪れていたシェーンブルン宮殿、モーツァルトが『フィガロの結婚』を作曲した家などの史跡がたくさん点在しています。悲しいとき、嬉しいとき。僕は内省をするために街を歩くようになりました。それはピアノの練習をする時間と同じくらい大切なものだと、ウィーンに来て気付くことができました。

ウィーンを散歩していて、青空は一色ではないということに気付いた時間があったんです。空は一色ではなくて、季節や時間、光などによって濃淡があり、グラデーションになっている。ピアノのタッチの種類は音色のパレットのようなもの。空の濃淡のように繊細な表現ができるよう鍛錬していきたいです。

■コロナ禍に開設したYouTubeチャンネルが大人気に ファンの声が力に

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緊張で顔を強張らせたレッスン前から、学食で笑顔を見せるまで。その素顔に密着

――石井さんはコロナ禍の2020年秋に、ご自身のYouTubeチャンネル「”TAKU-音 TV たくおん”」を立ち上げられました。2022年1月現在、登録者数4万6千人以上にのぼっています。

「TAKU-音 TV」はコロナ禍で演奏活動に制限があったこともあり、「ピンチをチャンスに」という思いから開設を決めました。コロナ禍のいまだからこそ、僕の演奏で誰かを幸せにしたいという気持ちでピアノに向かっています。

――ウィーンで人気ナンバー1のシュークリームの食レポや、カフェでの演奏。クリスマスなどのイベントに合わせた配信も魅力的です。豪華なホールで披露した勇ましい「英雄ポロネーズ」には息を飲みました。ザルツブルクの街中に置いてあったストリートピアノを奏でた際は、突然踊り出す人もいましたね。週に1度のマンツーマンレッスン当日に撮影されたキャンパス案内では、緊張しているレッスン前と、解放されて安堵の表情を見せる様子など、素顔の石井さんが満載です。

コンサート活動ができないため、少しでも僕を身近に感じてもらえればと色々な計画を立てています。聴いて下さる一人一人に届けたいという気持ちと、難しそうというクラシックのイメージを変えたいという思いもあります。開設後は配信についてコメントを寄せてくださる方がたくさんいて。それは僕にとってとても衝撃的な出来事でした。

――なぜ衝撃的だったのでしょうか。

僕は「演奏を聴いてくれた人を幸せにしたい」という思いと、「僕が好きなクラシックを伝えたい」という2つのテーマを持っているのですが、その2つが叶う場所だと気付いたからです。今でこそ4万人を超える方が登録してくださっていますが、開設した直後は50人ほど。でも、みなさんこまめに感想をくださった。僕にとって人数は関係なく、聴きたいという人にダイレクトに届けることができ、その感想をいただくことができる。こんな嬉しい空間はありません。みなさんの声は僕が演奏する力になっています。

――ファンの方からの声で、特に印象的なものはありますか。

昨年の夏にいただいたファンレターが印象的でした。中身は個人的なものなので伏せますが、とてもハートフルな内容でした。一緒に読んでいた祖母から「あんた、人を救っとるな」と言われ、幸せにしたいと思って演奏をしていると救うことも出来るのかと気付かされて。思いもしなかったことなので、心に残りました。

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ウィーンのおいしいものを紹介しながらピアノの演奏を披露。どちらがメイン?!

■未来を創る子どもたちにクラシック音楽を 先人からの学びを次世代に繋ぐことが務め

――最初はご自身の祖父母を喜ばせたいとピアノに打ち込まれて。国内から海外へと活動規模は大きくなりましたが、根本には「人を幸せにしたい」という思いがあるのですね。2月10日からは、チャリティーコンサートが始まります。

ウィーンでは老人ホームなどで演奏をしたり、日常的にチャリティー活動に携わらせていただいています。日本でチャリティーコンサートに出演するのは初めてなので、とても楽しみです。

――公演の副題には「~すべての子どもたちに明るい未来を~」と付けられていますね。

クラシック音楽の良さは何百年もその精神性などが受け継がれていること。僕がクラシック音楽を教わったように、未来を創っていく子どもたちにクラシック音楽を伝える役を務めたいと考えています。

――演奏なさるシューマンの「森の情景」には、亡くなられたおじいさまとの思い出があると明かされていましたね。

はい。お話しした「守破離」もそうですが、祖父にはたくさんのことを教わりました。サッカーかピアノかと迷い思い詰めていた中学1年生のときには笑って「ケ・セラ・セラ」と。「前を向いていれば、何とかなる」と励ましてくれました。先人たちから学んだことを次世代に繋いでいくことは、言葉や思いを受け止めた人間の務めだと思っています。

コンサートは自然をモチーフにした曲をメドレーで演奏する時間もあります。植物は芽を出し、葉を茂らせ実を付けます。そこで終わりではなく、こぼれ落ちた種はまた根を張り新しい息吹になる。僕たちも自然と同じように、両親や祖父たちから命を繋いで生きている。音楽も同じように次世代に渡していきたいと思っています。足を運んでくださる方々は、クラシックは難しいと肩ひじを張らずに、リラックスして聴いてほしいです。

――最後に、2022年の目標を教えてください。

大きな目標は「クラシック音楽を広く知ってほしい。裾野を広げたい」ということです。そのために、日々演奏家として音を磨いていきたいです。コロナ禍で始めたYouTubeで人と繋がることのありがたさを痛感したので、演奏を聴いて下さる方をより一層大切にしていきたいと思います。幸せの音を伝染させていきたいです。

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取材・文=Ayano Nishimura

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