植松聖はヒトラーに影響されたのか? マスコミが報じなかった「これだけのこと」

植松聖はヒトラーに影響されたのか? マスコミが報じなかった「これだけのこと」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か? 「創」編集長・篠田博之氏へのインタビュー後編。

インタビュー前編はこちら: 植松聖の裁判が「死刑にするためのセレモニー」だったと言える理由

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〔PHOTO〕gettyimages

弁護人の顔が見えなかった

相模原事件の法廷は、過去に注目された大きな裁判と比べたとき、もうひとつの大きな特徴がある。弁護人の顔が見えないのだ。その名前もいっさいわからない。普通なら判決後に弁護団は記者会見を開くが、今回はそれもなかった。だから「弁護団について教えてください」と僕は篠田に言った。「ぜんぶで何人いるんですか」

「正式な数はわからないです。今回の弁護団はマスコミ取材に応じないし、名前や人数も公表していない。植松に聞いても、弁護団メンバーはそれぞれ一回だけ面会に来たらしいけれど、中心的な二人以外はよく知らないと言っていました。公判前整理手続きの内容なども、まったく聞いてなかったらしい」

「わからないと同時に、熱量が足りない弁護団という印象があります」

「うーん」と唸ってから、「これは推測だけど」と篠田は言う。「いくら弁護士とはいえ植松の犯行に心情的な同調は絶対にできないから、責任能力で争うことを方針にして、それ以外については距離を置くと考えたのかな、という気はしますね」

「植松は弁護団を解任しようとしましたよね」

「裁判が始まってからね。そもそも裁判が始まるまで弁護団と植松の関係は希薄だったから、裁判が始まって初めて、自分に責任能力がないことをあれほど強く主張することを知って驚き、それは我慢の許容範囲を超えてるってことで解任を考えた。裁判が始まってすぐに面会したときも彼はそれを強い口調で言っていて、しかも面会に訪れたマスコミに対しても同じことを訴えていた」

「TBSが報道しています」

「ただ、公判が始まってからの解任は簡単じゃない。三者で協議した公判前整理手続きがぜんぶひっくり返ります。面会のときにそう言いました。裁判所も認めないかもしれない。だから最終的には、自分の考えは弁護団の方針と違うということを被告人質問で表明すればいいのでは、とアドバイスして、それで彼も納得した」

「とにかく公判前に、植松とほとんどコミュニケーションができていなかった。それは弁護団のサボタージュですよね」

「サボタージュっていうかネグレクトっていうか。ただね、植松が面会でマスコミにみんなしゃべっちゃうから、ということも理由だったのかもしれない」

「なるほど」

「ただまあ、判決のときも弁護団の会見はなかったし、実は申し入れはしたのだけど、メディアに対しては一切拒否なんです」

「篠田さんはもう植松に会えないでしょうか」

この質問の本音は、(篠田だけではなく)僕はもう会えないでしょうか、だ。でもそれは、確認するまでもなく普通なら不可能だ。確定死刑囚には会えない。手紙の交換もできない。でも篠田なら、判決確定後も面会を認められる特別面会人に選ばれる可能性があるかもしれない。実際に確定後の今も、篠田は東京拘置所に通って金銭などの差し入れを行っているという。

「いずれは弁護士を通じて、あるいは自ら接見できるようにしたいとは思っています。死刑確定前に本人とも手続きについて相談し、彼は特別面会許可の申請に私の名前を届け出ているはずなんです。ただ東京拘置所のガードがかなり堅くて、現状は知り合いの弁護士と一緒に接見に行っても、本人の意向を確かめる前に、拘置所が自身の判断で却下する、と。実際にそう説明されました」

「面会のとき、6月と9月に日本は滅亡するとか言ってました。それが過ぎたら、ひょっとしたら気分が変わるんじゃないかな」

「どうかなあ。ああいう人たちって、日本滅亡に代わってコロナがあったみたいな理屈を言うからなあ」

嘆息しながらつぶやいた篠田の「ああいう人たち」とは、これまで彼が付き合ってきた死刑囚や犯罪者を示すのだろう。篠田ほどではないが、僕も相当数の死刑囚と付き合いがあった。確かに思考や発想に癖のある人は多い。ただしこれは、あくまでも非当事者である僕や篠田の視点だ。被害者や遺族の視点に立てば、これ以上ないほどに邪悪で狡猾で冷血であるという見方もできるはずだ。

なぜ植松の大麻使用は問題視されないのか

大麻についてもうひとつ疑問があります、と僕は言った。篠田も言うように、法廷では多くの植松の友人の供述調書が読みあげられた。例えば第7回公判。植松の1歳下の後輩で運送の仕事をしている友人は、事件前日の7月25日未明に一緒に大麻を使用したとき、障害者を殺害すると植松が話したと供述した。大麻だけではなく脱法ハーブなどの使用状況も記されている。他にも多くの友人たちが大麻を一緒に使用したことを供述している。ところがその背景や内実について、(明らかに違法行為なのに)法廷もメディアもまったく言及しようとしていない。

「植松は大麻の常用者です、でもならば、その大麻を植松はどんなルートで入手していたのか、売人は誰なのか、個人なのか組織なのか、その情報がいっさいありません。不思議です。証言した彼の友人たちの多くも、大麻を常用しているかのようなニュアンスを口にしている。ところが事件として扱われていない。法廷だけを切り取ると、まるで大麻が合法的な存在に思えてくるくらいに、誰もこれを問題視しようとしない」

「えーとそれは」と言いかける篠田に、「司法取引ですね」と僕は訊いた。この疑問は何人かのメディア関係者に訊いたが、ああ確かにと言ってから記者たちは、たぶん司法取引があったのだと思います、と僕に答えることがほとんどだった。

補足しなければならないが、日本では長く司法取引は認められていなかった。しかし2014年に刑事司法制度の改革案のひとつとして決定され、司法取引制度をとりいれた改正刑事訴訟法が2018年6月1日より施行されている。いずれにしてもこの十年だ。日本の刑事司法は大きく変わってきている。問題はその方向だ。

「司法取引というほど明確じゃないかもしれないけれど、供述をとるためにそこを不問にする。これで逮捕したりしないという約束はしていると思います。植松がいた地元グループは、ほとんどが常用していたのかな。彼らの証言をとるために、警察や検察と何らかの取引があったのだろうと思います」

取引は取引としても、それは警察や検察と彼らとの取引であって、明らかな違法行為があったのだから、すべてのメディアがこれを不問にすることはおかしくないのか。誰かが自家栽培しているのか、それとも共通する売人がいるのか、どんな組織やネットワークが介在しているのか、その程度は調べるべきだと思うけれど。そう質問する僕に、「大麻は現行犯で所持でないと捕まえられないからなあ」と篠田は言った。そうだ、グレイゾーンなのだ。特に今の僕は、あまり藪を突かないほうが賢明かもしれない。でもこれだけは言いたい。大麻取締法は(捜査する側からすれば)きわめて恣意的に運用されている。そもそもが曖昧なのだ。法制度として明らかな欠陥がある。その程度は自覚したほうがいい。

メディアが報じなかったこと

じっと何かを考えていた篠田が、「最終意見陳述のとき」とふと言った。「この裁判の本当の争点は、自分が意思疎通がとれなくなったときを考えることだと思います、と植松が言ったのだけど……」

最終意見陳述、つまり2月19日(第16回公判)。この日は午前中に弁護側が、植松の犯行は大麻精神病によるもので責任能力は問えないと主張して、15回公判で検察側が主張した死刑求刑に反論した。正午をわずかにすぎた頃、裁判長が植松に最後の意見陳述を求め、証言台に移動した植松は、「恐縮ですが3つあります」と陳述を始めた。

1つ目に、ヤクザはお祭りやラブホテル、タピオカ、芸能界など様々な仕事をしています。ヤクザは気合の入った実業家なので罪を重くすれば犯罪ができなくなります。しかし、捕まるのは下っ端なので、司法取引で終身刑にします。刑務所の中で幸せを追求できれば問題ないし、その方が生産性も上がるのではないでしょうか。
2つ目に、私はどんな判決でも控訴致しません。一審だけでも長いと思いました。これは文句ではなく、裁判はとても疲れるので負の感情が生まれます。皆さまの貴重なお時間をいただき、大変申し訳なく思いました。
3つ目に、重度障害者の親はすぐに死ぬことがわかりました。寝たきりなら楽ですが、手に負えない人もいます。病は気からなので、人生に疲れて死んでしまいます。日本は世界から吸血国家と呼ばれており、借金は1110兆円になったと、2月11日に報道されました。もはや知らなかったで済まされる範囲をとっくに超えています。文句を言わず、我慢された33(43の言い間違いと思われる)名のご家族と親を尊敬致します。

ここで一拍を置いてから、植松は意見陳述をこう締めた。

最後になりますが、この裁判の本当の争点は、自分が意思疎通がとれなくなったときを考えることだと思います。長い間皆さまにお付き合いいただき、厚くお礼を申し上げます。ご静聴、誠にありがとうございました。

「ほとんどのメディアは1つ目と2つ目を報道したけれど、3つ目と最後のパラグラフについては報道していないんです」と篠田は言った。

「なぜですか」

「きわめて差別的だという理由らしい」

僕は首をひねる。意味がよくわからない。3つ目の論旨については、確かにそもそも意味不明だ。でもそれを言うのなら、広く報道された1つ目もよくわからない。重度障害を持つ子供の親がすぐに死んでしまうという理由は、負担が大きいからということなのだろうか。確かに障害を持つ子供の親の視点に立てば、看過できない発言だと感じる人は少なくないだろう。でもそれを理由に報道を控えることは、果たして正当化できるのか。

報道は時として人を傷つける。つまり加害性がある。これは報道だけではない。すべての表現(情報)にはその要素がある。

相模原事件の遺族たちの要望を受けて神奈川県警が被害者の名前を公開しないことを決めたとき、多くのメディアは強くこれに抗議した。そもそも事件の報道は被害者や遺族を傷つける。さらに報道することによって、類似の事件を引き起こす可能性もある。

でもだからといって、事件を報道すべきではないとは誰も考えない(実名と匿名報道をめぐる議論はあるが)。この社会を少しでもよりよくするために、事件の教訓や啓示を探して、これを伝えることで多くの人が事件を共有し、そしてしっかりと記憶する。それは報道の大義のはずだ。もちろん可能なかぎりは被害を少なくしようと努力することは当然だ。類似の事件を引き起こさないように、言葉使いや映像の編集を抑制することも大切だ。

その前提は悩むこと。葛藤すること。それがメディアの本分のはずだ。「この裁判の本当の争点は、自分が意思疎通がとれなくなったときを考えることだと思います」と植松本人が発言したことについては(おまえが言うのかとは思うが)、きわめてわかりにくい植松の内面を考察するうえで、重要な補助線のひとつとして機能することは確かだ。事件を正当化する、あるいは加害者の言い分を垂れ流している、などの批判を恐れるあまり、メディアは無自覚に委縮していないだろうか。もしそうであるならば、事件が大きくなればなるほどメディアは健全に機能しなくなる(僕はこれをオウム報道の際に実感した)。

「やりかたがあまりに凶悪だから、メディアも含めて彼の証言をまともに取り合うべきではないという雰囲気があるのだけど、でも最後のこの言葉も含めて、もっと報道されて考えられるべきではないかと思いますよ。裁判でも植松は、微妙に変化しています。最初は自分の犯行を正当化するばかりだったけれど、途中から犯行の目的は間違っていないがやりかたは良くなかったみたいな言いかたを強めるようになった。さらに裁判の段階で初めて自分が手をかけた犠牲者、被害者に謝罪したんです。最初、2017年に初めて報道陣と接見した頃は、障害者の家族や施設職員を巻き込むことになったことは謝罪するという言いかたで、障害者と健常者を区別し、健常者を傷つけたことは謝罪すると言っていたんですが、裁判直前から犠牲になった人たちにも謝罪すると言うようになった。でもメディアにすれば、その謝罪の言葉が犯行そのものを正当化しているからとの理由で、これもほとんど報道されていない。植松本人は、自分の主張が変遷したとは認めないのですが、長く接していた者なら明らかに変遷しているとわかるはずで、その変遷は私には大事なことだと思えるんです。でもそうした視点はメディアに少ないですね」

ヒトラーに影響されたわけではない?

そう言ってしばらく考えてから、「メディアの問題ということであれば、例えばヒトラーについても……」と篠田は言った。

「措置入院のときですね」と僕は言った。「ヒトラーの思想が降りてきたと植松が言った。これは多くのメディアが報道しています」

そう答える僕に、「まあ事実はそうなんだけど」と篠田がつぶやく。「でも内実はだいぶ違うんだよね」

以下の面会の記録は、刊行された『開けられたパンドラの箱』(創出版)に掲載された篠田の面会記録だ。

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篠田 この間、君はヒトラーの思想と同じだとよく言われているけれど、君自身は手紙で、それは違うと言っている。だからヒトラーと君の考えのどこがどう違うのか確かめたい。君は昨年2月に津久井やまゆり園で職員らと話をした時に、「それじゃヒトラーと同じじゃないのか」と言われ、それを覚えていたので、措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と語ったという。それで間違いない?
植松 その通りです。もともとヒトラーがユダヤ人を殺害したのは知っていましたが、障害者をも殺害していたことは知らなかったんです。その時、職員から初めて聞きました。
篠田 措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と言ったのはどういう意味だったの?
植松 それほど深い意味を考えて言ったわけではありません。今ちょうど『アンネの日記』を読んでいるのですが、ヒトラーと自分の考えは違います。ユダヤ人虐殺は間違っていたと思っていますから。
篠田 じゃあナチスが障害者を殺害したことについてはどう思うの?
植松 それはよいと思います。(以下略)

つまり植松は、ナチス・ドイツが行った精神障害者や身体障害者に対する強制的な安楽死政策(T4作戦)を知らなかった。ちなみにここで「安楽死」という言葉を使った理由は、多くの文献やメディアが、このように翻訳しているからだ。でも毒ガスで殺戮する行為に安楽死という言葉を嵌めることが正しいのかどうか、僕はきわめて疑問だと思う。

民族の血を純粋に保つために遺伝病や精神病者など「民族の血を劣化させる」「劣等分子」を排除することを目的に、T4作戦を敢行して20万人以上の障害者を殺戮したナチス・ドイツは、ほぼ同時期に(障害者などの)断種も法制化している。劣等な遺伝子を駆逐する。その論理はまさしく優生思想だ。

植松はヒトラーに影響されたわけではない。小耳に挟んだレベルだ。しかもホロコーストは知っていてもT4作戦は知らなかった。でもメディアはナチスの優生思想と植松の主張を同一視する。なぜならば悪としてわかりやすいからだ。その方向と違う角度を提示したとき、社会からは一斉に叩かれる。それはオウム真理教の信者を被写体にしたドキュメンタリー映画を発表した僕自身の実感でもある。そして篠田も、「開けられたパンドラの箱」刊行の際には、障害者の息子のいる大学教授が出版中止を求める署名を手にして抗議のために編集部を訪れ、NHKや多くのメディアがニュースにした。ネットでも植松の言い分を広めるべきではないと、多くの人が出版を批判した。ならばメディア批評誌である「創」編集長の立場から、この事件についての報道で、最大の問題を篠田はどのように捉えているのだろう。この質問に対して篠田は、しばらく考えてから「2018年に『開けられたパンドラの箱』を出したとき」とつぶやいた。

「メディアに対して私は、障害者差別のような難しいテーマに対しては、腰が引けるかあまり考えないで報道するかのどちらかになってしまうと書きました。それは今も変わらない。植松の主張を引用することについて、マスコミは今も及び腰ですね」

「つまり二次被害を過剰に恐れる」

「もちろん、被害をできるだけ最小限にしようとの思いは必要です。でもそれを優先して重要な要素を報道しなくなるのでは、明らかに本末転倒です。さらにあまり考えないで報道しようとするから、構図を決めてしまうわけ。つまり弱者(被害者)対強者(加害者)。だから今、そもそものやまゆり園の問題に踏み込めない。なぜならやまゆり園は襲われた弱者だから。知事と議会が揉めていることとか、ほとんど報道されていないです。そうしたパターン化されたテーマのつくりかたにマスコミ自身が縛られちゃってるなって、しばしば感じました。ただ総体はともかく個人としては、そこを突破しようと苦悶しながら努力をしてる記者とかも少なからずいたし、それは評価したいと思いますけどね」

このとき篠田が言ったやまゆり園の問題、あるいは県議会の問題など、僕には最初よくわからなかった。だってメディアが報じていないのだ。

「やまゆり園の問題って要するに、暴力的なことが日常茶飯事にあったってことですか。ちらりとそんな記事を見かけた記憶はある」

「暴力というか広い意味での虐待です。そういう光景を日常的に見ていたことが、植松が重度障害者に対してのイメージをつくる上で影響してるのは明らかです。判決文にも「被告人の重度障害者に関する考えは、被告人自身の本件施設での勤務経験を基礎とし」と書かれています」

インタビュー後に判決文をあらためて読んだ。篠田が指摘した上記以外に、こんなフレーズもあった。

職員が利用者に暴力を振るい、食事を与えるというよりも流し込むような感じで利用者を人として扱っていないように感じたことなどから、重度障害者は不幸であり、その家族や周囲も不幸にする不要な存在であると考えるようになった。

事実とは断定せずに「感じたことなどから」と慎重な言い回しをしているが、それを差し引いたとしても、きわめて踏み込んだ問題提起となっている。でも判決文は長文だ。すべてを読む人はあまりいない。本来ならメディアが要約して解説すべきだが、それは被害側であるやまゆり園への批判に重なるから自粛する。篠田が言った。

「やまゆり園の経験が基礎となったことは確かだから、本当ならマスコミはそこに踏み込まなくちゃいけないのだけど、弱者と強者の構図で言えば弱者の問題点を指摘することになるから、結果としてマスコミは二の足を踏みました。事件後に黒岩神奈川県知事は、やまゆり園の問題を解明すると議会で宣言して検証委員会を作りました。3人の委員は虐待についてはかなり踏み込みました。でも神奈川県議会の自民党の議員たちが反発して、検証委員会は3人の委員が過半数にならないように改組された。要するに県知事と議会、あるいは議会内の勢力争いみたいなことと連動してしまって、今ももめています。これは障害施設の支援のありかたと関わっているセンシティブな問題ですが、大手メディアはほとんど触れていないですね」

「神奈川新聞も?」

「地元メディアはもっと難しいです。やるべきだと言っている記者とかいますけれど」

そう言ってから、篠田は小さく吐息をついた。

(つづく)

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