拝啓、学生時代の私へ。10年以上経った今も私はまだ生きています

拝啓、学生時代の私へ。10年以上経った今も私はまだ生きています

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/07/21
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もしあの時に戻れるなら、怖くて絶対に戻りたくないけど、私は何をするだろう。

もしもそこに青色のネコがいて、タイムマシンに乗って過去に戻れるよって言ってきたら、いつに戻るだろうって考えた。

そしたら、もしかしたら、すごく嫌だけど学生時代に戻るかもしれない、と私は思った。

私が学生だったころの写真をたまに見返すと、笑ってない写真がたまにある。なんか疲れているような顔とか、前髪で目が見えない写真。今の私が昔の私の写真を見て、少し心配するような写真。

「生理」が来なくなったら、妊娠7週目。私は誰にも相談できなかった

もし学生時代に戻れたら何ができるだろう。また逃げ回るだけかな

学校って楽しいところだった、最初は。でも、だんだんつまらない場所になっていった気がする。

学年を重ねるごとに勉強も難しくなって、いい点も取れない。それで、学校には基本的にいじめが蔓延っている。いじめの定義ってなんだろう、ってたまたに考えたりする。

いじめと嫌がらせの違いや線引きって難しい。何をしたら嫌がらせになって、何をしたらそれはいじめになるのか、私は未だにわからない。

明確には定まっていないから私はいじめを受けていましたって胸を張って堂々と言っていいのかわからない。

でも、たぶん私はいじめを受けていたのだと思う。もし仮にいじめではなかったとしても、辛かった。

もし、タイムマシンがあって、学生時代に戻れたら、私は何をするだろう。何ができるだろう。

私は今もしあの人にばったり会ったら、やっぱりとっさに逃げ出してしまうと思う。

無意識に逃げて、安全地帯に避難後に、ばったり会ってしまった恐怖と、とっさに逃げてしまったことに対する罪悪感に襲われると思う。

でも、どうしようもないのだ。だって、本当に無意識だから。学生時代も無意識だったんじゃないかと思う。目で危険を察知したら、脳が信号を送って、足が動き出す。私はこの脳の敏速な信号には逆らえない、抗えない。

死ねって言葉は2文字で短いけど、ナイフのように刺さるんだよね

私は、何故かわからないけど、とにかく死んでほしい人間だったみたい。私の存在がとにかく目障りだったんだと思う、理由はわからないけど。

だから、私は死ねって言われていた。この2文字。たったの2文字だけど、胸に突き刺さる、グサグサと。私はなんでそんなに死んでほしい存在になったのか考えていた。でもわからなかった。

とにかく、私はいじめられている、または嫌がらせを受けているってことが恥ずかしかった。だから誰にも相談できなかった。

先生とか友達が私が、死ねって言われていることを知っていたか知っていなかったかはわからない。

先生はともかく、もしかしたら、友達は私が友達に相談をしなかったし、助けも求めなかったから、そっとしておいてくれたのかもしれない。あえて、何も言ってこなかったのかもしれないなってたまに思う。私が死ねって言われることが恥ずかしいって思っていたことを察してくれていたんじゃないかって思ったりもする。

カッコつけてた私に言いたい、もっと弱いところを見せてもいいんだよ

もし、私がこの頃に戻れるとしたら、または青いネコがちゃんと過去に向き合うために戻れって私を無理やりタイムマシンに乗っけたら、今の私は過去の私に何を助言して、どうやって寄り添ってあげるだろう。

私が死ねって言われたときに、生きる!って反論すればいいんだよっていうのが1つ目の案。2つ目の案が、逆切れする。3つ目の案が話し合う。

1つ目の案の「生きる」って叫ぶのは効果があるのかわからない。でも、皆に死ねって言われているってことを知られるのが恥ずかしい私が学校で「生きる!」って叫んだら、皆に私が死ねって言われていたことが知れ渡ってしまう。

2つ目の逆切れするっていう案は、私はあの人が怖くて逆切れすることができるか定かではない。

そして3つ目の話し合いたいって言っても取り合ってくれない気がする。

昔の私は言われっぱなしだった。なんの反撃もしなかった、できなかった、怖くて。ただ小動物のように逃げ回っていた。

信頼できる周りの人に弱さをみせていたら、何か変わっていたかも

私が上記を踏まえて助言できることと言えば、周りをもっと信頼して、頼ってもいいんじゃないって昔の私に言ってあげたい。

私はいじめられているってことが恥ずかしくて、傷ついていたけど、カッコつけて大丈夫なふりをしていた。だれにも相談しなかったし、死ねって言われいることをだれにも話すことができなかった。1人で悩んで、苦しんでいた。

もしかしたら、友達に打ち明けたら親身になって聞いてくれたかもしれない。

先生に言ったら、本人に話してくれたかもしれない。

家族に言ったら寄り添ってくれたかもしれない。

当時の私は自分の弱さを見せることができなかった。だから、誰にも話せなかった。

だから私は言いたい、昔の自分に、もっとカッコ悪いところ皆に見せていいんだよ。

泣いていいんだよ。愚痴っていいんだよ。怒っていいんだよ。

もっと信頼できる周りの人に弱いところを見せていたら、もしかしたら、何かは変わっていたかもしれない。

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藍井ヒカリ

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