
「映像量」の爆発によってニュースの世界は変わってしまった(写真:kuro3/PIXTA)
情報を取り巻く環境が大きく変化する中で、あふれる情報の中から有益な情報を見つけ、きちんと消化したうえで、場合によってはSNSなどを通じて発信していくにはどうしたらいいか。
日本テレビ「news every.」前統括プロデューサーが情報リテラシーについてまとめた『メディアを賢く消費する「情報リテラシー」 情報洪水時代の歩き方』より一部抜粋、再構成してお届けする。
スマホでの「映像洪水」もニュースを変えた
筆者が日本テレビに入社した1996年には、携帯電話はあったものの通話するだけであり、メールもカメラも携帯電話の機能としては備えていなかった。そもそも会社のパソコンに個人用のメールアドレスすらなかった。
この年から2022年までの26年間で一気にデジタル技術が進歩し、取材および放送の環境が激変することになる。これはペンとENGカメラ(肩に担ぐタイプの映像用のカメラ)といういわば剣と銃、さらには中継車という戦車で戦っていた軍隊に、スマホとパソコンと中継アプリがハイテクなステルス戦闘機のような装備が投入されたようなものだ。
中でもスマホは取材を大きく変えた。
筆者が入社した頃には、火事の現場にカメラマンと記者が到着して、映像を撮るのが先か、目撃者のインタビューを撮るのが先かで大げんかになったと言われる伝説があるくらいENGカメラの役割は重要だった。火事の映像を撮る際にはカメラがふさがるので、並行してインタビューを行うことができなかったのだ。今であればスマホでインタビューを撮影したりできるだろうが。このような撮り直しのきかない時代だけに、報道マンは他社に先駆けていち早く現場に到着し、少しでも発生感のある映像を押さえることは重要な使命だった。
先輩記者からは、「カメラマンの機嫌を損ねればよい映像は撮れないぞ」とも教えられ、カメラマン、記者、音声、ドライバーと、少なくとも4人のチームでいかに協力しながら取材をするのかが、テレビ記者の仕事で重要な心得だと叩き込まれてきた。
しかし、現在では発災直後の映像や事故発生の瞬間映像など、生々しい映像の大半は「視聴者撮影」というクレジットで紹介されることが多い。街角に居合わせた方々がスマホで撮影した映像だ。画角が曲がっていたりしても、発生瞬間の映像はどんな立派なカメラマンの完璧な映像よりも強いインパクトを持つ。今は、毎日のニュースの中で、視聴者撮影の映像が流れない番組はないと断言できるほど存在感を増している。
このスマートフォンでの撮影というのは「飛び道具」であり、簡易に誰でも撮影ができる。電車内で火を放ち、人々を刺すような事件があった際には、乗客たちが避難をしながらスマホのカメラを回していたので、火の手が上がる瞬間の映像を入手して放送した。これは各社同様であるが、こうした映像の投稿を募集しているし、SNS上にアップされたものはこちらからコンタクトを取り、入手するべく動いてもいる。
もちろん真贋確認は極めて重要であり、フェイクの映像でないのかは確認をしたうえで放送を行っている。自分の映像の拡散を狙い、関係ない映像を交ぜて編集したり、悪意がある場合には嘘の映像投稿で情報を混乱させようとしたりするケースもある。

(出所)『メディアを賢く消費する「情報リテラシー」 情報洪水時代の歩き方 』(同文舘出版)
21世紀は映像量の爆発
国内の事件や事故のみならず、ウクライナの戦争や世界の大災害に至るまで、あらゆる映像が撮影されてはSNSにアップされ、それが大手メディアを通じて世界中で放送されている。20世紀を情報量の爆発だとすると、21世紀は映像量の爆発だとも言えるだろう。さらに映像の情報としての重要性が飛躍的に増したのだ。
もちろん報道カメラマンは映像の意味や説明力など、あらゆる意識を持ち撮影するプロであり、存在価値が薄くなるのではなく、ますます本来の役割は大きくなっていることも付記しておきたい。
スマートフォンのリスクとしては、政治家や財界人が「オフレコ」のつもりでうっかり放言をしてしまうと、鞄やポケットの中のスマホで録音や録画をされているというリスクも生じている。ある女性政治家が秘書に暴言を吐いている音声がメディアを騒がせたこともあった。さらには偶然居合わせた人が何気なく手に持っているスマホで隠し撮った芸能人のスキャンダルが明るみに出るというケースもある。
小さなスマホでは、撮影ボタンが押されているのか、よほど気をつけなければわからない。同様に投稿者がスマホで撮影した素材も、映り込んでいる人が取材を受けていると理解していなかったケース、テレビで放送されるとは予期していないケースもある。放送に際してはそのスクープ性の高さや公益性を踏まえても、十分に撮影されている人への配慮を行うことも必要だ。
インパクト強い「告発型映像」が抱えるリスク
このような機動性の高さから、「告発型映像」としてスマホ撮影による素材が世の中に出てくることも珍しくはなくなった。ただ、インパクトは強いものの、誰かを追い落とす目的で撮影されたものは、双方の言い分をきちんと取材しなければ、そのインパクトだけで善悪のレッテルを貼ることにつながりがちである。だからこそ慎重な裏付けと当事者取材をすることが必要で、双方の見解を含めずに伝えることはできないものだと考えている。

告発型の動画に安易に乗ることなく、冷静に対応しなければ「動画センセーショナリズム」にメディアが利用されてしまう。そこが公共メディアとネット投稿の重要な境でもある。
スマートフォンは動画の撮影ができるのみではない。スマホの中に「簡易中継」をできるアプリをインストールすれば、かつてのように大きな中継車が到着して、何本ものケーブルをつなぎ合わせなくても、簡単に世界中から瞬時に中継を行うことができるようになった。
記者なりディレクターなりが1人で現場に急行、あるいは現場に居合わせた際には、スマホで撮影をし、さらには中継まで行えるようになった。こうなると、ライブ(生)の映像も爆発をしていると言える。
このケースでも同様で、その場にいる人はまさかスマホから全国ニュースで中継をされているとは思わないケースもあるだろう。やはり撮影の許可や周囲の人への配慮なども、瞬時に判断することが必要になる。
(大野 伸:日本テレビ放送網「news every.」前統括プロデューサー)
大野 伸