BABYMETALによるメタルの可能性と、我儘ラキアが提示するラウドなアイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第44回

BABYMETALによるメタルの可能性と、我儘ラキアが提示するラウドなアイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第44回

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  • 更新日:2020/11/21
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BABYMETALによるメタルの可能性と、我儘ラキアが提示するラウドなアイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第44回

今週、『NHK紅白歌合戦』初出場で大きな話題となったBABYMETAL。彼女たちがシーンに投げかけるメタルの可能性を皮切りに、現在のラウド系アイドルの急先鋒グループである我儘ラキアの特異性を掘り下げながら、“アイドルか? アーティストか?”論争、ラウド系アイドルの今について、冬将軍が持論を展開する。

『偶像音楽 斯斯然然』

これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。

私は中学二年生的に拗らせて以来、大晦日といえばtvk(テレビ神奈川)『PATi-PATi TOMATO』を観て年を越す10代を過ごしてきたので、いまだに紅白歌合戦に馴染めず、ほとんど観たことがない。しかしながら、毎年この時期に音楽ファンもアイドルヲタクもそわそわしているのを見ると、なんだかんだ、日本人なら誰もが知っている歌番組の影響力は大きいのだなと感じる。

今年の紅白はBABYMETALが初出場だという。これが“満を持して”なのか“ようやく”なのか、人によっての捉え方はさまざまなわけだが、多くの人が好意的に見ているようだ。雑誌『ヘドバン』の梅沢編集長がTwitterで“紅白に出場した日本のメタルバンドは聖飢魔IIとX以来”といったことをツイートしていて、そう考えるとすごいことなのかもしれない、と改めて思った次第である。

私はその昔、Xが紅白に出場することについて“ダサいなぁ”と思っていた。渋谷の公園通りを“紅白あるよ〜”とダミ声を響かせてくるダフ屋をかわしながら“何が紅白だ、俺はBUCK-TICKを観るんだ”と渋谷公会堂に足早に向かっていたあの頃。『PATi-PATi TOMATO』でBUCK-TICKとSOFT BALLETによる夢の饗宴、1992年の大晦日のことである。NHKホールで行なわれる紅白にはXが出場するため、渋谷公会堂〜代々木公園付近にはには黒づくめのBUCK-TICKファンと特攻服のXファンが、たくさん入り乱れていたわけだ。インディーズ時代より熱狂的なファンが多くいたXがさらなる人気を拡大したのは、当時のロックバンドが避けていたようなテレビ番組へ率先して出演したことが大きかったし、特に紅白への出場がさらに拍車を掛けたことは言うまでもなかった。そこにちゃんと気づいたのは大分あとの話であるが。と、話は逸れたが、現代のメタルの革命児グループが国民的歌番組に出場する意味は大きいだろう。

そんなBABYMETALが、Bring Me The Horizonの楽曲に参加している。SU-METALが他バンドでボーカルを取るとこういう響きになるのかと思った。

BABYMETALとBring Me The Horizon、日英最先端メタルがもたらす可能性

Bring Me The Horizon - Kingslayer (Lyric Video) ft. BABYMETAL

BABYMETALとBring Me The Horizonが友好的な関係にあることは、広く知られている。そもそもフロントマンのオリヴァー・サイクスがBABYMETALのファンであるとか、そういうことではなく、現在のロックシーンにおいて、あえて疑問を投げかけていくような活動をしているヘヴィミュージックシーンの日英2アーティストという意味で、国境もスタイルも超えてお互いが意気投合し、リスペクトしている間柄にあることが興味深いところだ。昨年のさいたまスーパーアリーナでの共演も記憶に新しいが、今回、初めて楽曲での共演を果たした。

BABYMETAL - BxMxC (OFFICIAL)

BABYMETALはこれまでメタルに新風をもたらし、メタルを再定義しながらあらゆる可能性をも提示してきた。Bring Me The Horizonはデスコアという出自ながら、デジタルサウンドを積極的に導入したりと、時流を見据えながら枠にとらわれない音楽性で頭角を現してきたバンドだ。両グループともにメインストリームではないマニアライクなヘヴィミュージック、いや、メタルという枠組みの中で、新たな音楽を開拓している。そのことは、どこか保守的でもあるメタルというジャンルへ投げかけるアンチテーゼのような存在にも思えてならない。

Bring Me The Horizon - Teardrops (Official Video)

“ラウドロック”という新たな潮流

90年代のオルタナティヴロックの台頭によって、メタルは時代遅れとされてしまった節もある。Nirvanaのグランジ、Panteraのグルーヴメタル……、Metallicaも日本ではLoudnessも、重心の低いアンサンブルを主軸とするグルーヴメタルへと変化していった。同時に、当時の日本ではどこか“メタル”という言葉自体に時代遅れ感、悪い意味での蔑称的なイメージが生まれていったのも事実である。Kornを筆頭としたニューメタルしかり、メタルという言葉を避けて“モダンヘヴィネス”なんていう和製英語が定着したことにも表れている。Rage Against The Machine、Limp Bizkitのラップメタル、ラップコアも、言わずと知れた“ミクスチャーロック”という和製英語で呼ばれることがほとんどだった。そして現在は“ラウドロック”という、これまた和製英語、というよりも日本独自のロックに発展したシーンが出来上がっている。メタルが持っていたダークなイメージではなく、メロディもサウンドも、もっと開放的で洗練されたものである。

音楽性を象徴するギターサウンドにおいても、真空管アンプをドライブさせた、エディ・ヴァン・ヘイレンの“ブラウンサウンド”ではなく、Linkin Park以降の無機質的な壁を作っていく、デジタルに寄せたサウンドと、突き抜けていくような歌メロを含めた、どこか拡がりを感じさせるロック、それが現在の“ラウドロック”である。グルーヴメタルに象徴される重心の低いヘヴィなアンサンブルではなく、サウンドの厚みや密度の濃さに重きをおいている。もともとラウドロックという言葉を私が見たのは、90年代中盤にディスクユニオン町田店で見たのが最初だった。売り場のジャンル区分で「HEAVY METAL」「PUNK/HARD CORE」の中間に位置する形で「LOUD/ROCK」という区分ができたことをよく覚えている。当時の町田プレイハウスのシーンもあってか、その界隈のバンドマンがバイヤーとして多くいたため、敏感だったのだろう。さらに、BLOODY IMITATION SOCIETYが“パンクではない”新たなグルーヴのロックとして、アルバムタイトルに『LOUDMAN』(1996年)と用いた。しかし、そうした音楽は90年代後半あたりから“ミクスチャーロック”と呼ばれるようになり、ラウドロックは本来とは少し違う意味で独自性を帯びていったのである。

10月28日に発売された『ヘドバン的「現代のメタル(2010〜2020)」100枚とクロニクル』で、「2010年〜2020年のラウド系アイドル」というコラムを執筆した。この本自体がここ10年間のメタルの統括的内容であり、そこに付随して、ヘヴィなバンドサウンドを武器としたアイドルシーンのクロニクルを書いてほしいとのことだった。ロックアイドルのパイオニアとしての存在のBuono!から、コアなロックファンを唸らせたBiSとBELLRING少女ハートの登場、現在のラウド系アイドルシーンの急先鋒グループである我儘ラキア、NEO JAPONISMまで触れている。バンドの“ラウド”と、アイドルの“ラウド”は微妙に異なる。個人的には、アイドルにおけるラウドの方が、広義の意味での汎用性が高く、ヘヴィミュージックに近い言葉であるように思っている。

ラウド系アイドルの雄、我儘ラキアが提示する“アイドル像”

先日、渋谷O-EASTで行なわれた我儘ラキアのワンマンライブを観た。ラキアのライブは今年2月のO-WESTのワンマン以来である。夏に別媒体でインタビューをしているので(後述)、彼女たちがこの自粛期間でも爪を研いでいたのは知っていたが、期待以上のものを見せてくれた。会場規模とともに2段階、3段階も大きなグループになっていた。ラキアのライブといえば、リフト、サーフ、モッシュ……が巻き起こるフロアも醍醐味であるが、それができない現状は、逆にグループとして“魅せつけるもの”への完成度を高めることになったに違いない。

バンドセットでのライブであったが、歌も放たれるサウンドもそのステージの絵面も、完全に1つのバンドというものであった。それこそ、BABYMETALには“神バンド”、BiSHには“鬼バンド”、Buono!には“Dolce”、といったバンドがいる。これはあくまでバックバンドとしての立ち位置であり、多くのアイドルがバンドセットライブで用いてるスタイル“演者とバンド”という関係性によって築かれたものだ。しかしながら、我儘ラキアの場合は、メンバー4人もバンドメンバーも含めて、1つのバンドとして見えたのである。その反面で、浮かび上がる“アイドルなのか? バンドなのか?”という疑問は、我儘ラキアを語る上で避けては通れない部分だろう。

我儘ラキア - rain | official music video

“アイドルか? アーティストか?”という論争は、アイドルシーン全体に昔からあるものだし、この先もなくなることはないと思っている。だが、それでいい。良い意味でも悪い意味でも、偏見があって、理解がある。そうした論争があるからこそ、シーンは発展していくのだ。

ファンの間だけではなく、実際にこういう書き仕事をしていると先方から“「アイドル」という言葉を使わないでほしい”と言われることもある。だからといって、アイドルを蔑んでるとか、そうは思わない。むしろ、表現者としての“見せ方、見え方”として大事なことだと思っている。私は長年ヴィジュアル系ロックバンドのシーンに携わってきたが、“ヴィジュアル系バンド”ではなく“ヴィジュアル系ロックバンド”、“作詞”ではなく“作詩”、“Vocal”ではなく“Vox”、などなど、さまざまな美学があるものだ。そして“アイドルか? アーティストか?”はなによりも、ターゲット層が異なるし、マーケティング自体が変わってくるのだ。

この夏、自粛期間中に雑誌『IDOL AND READ 024』でMIRIにインタビューをした。そこで、この“我儘ラキアはアイドルなのか? バンドなのか?”という質問をぶつけてみた。彼女自身が我儘ラキアの外からの見え方として、この部分を意識するような発言やMCをよくしているからだ。

我儘ラキア「Trash?」LIVE映像 第2弾 at 渋谷O-WEST

“ラキアこそ、この先も「アイドルなんだ」って言い続けると思うんです”

彼女はにこやかに即答した。考える間もなくきっぱりと胸を張って“アイドル”と答えたことは少々意外でもあった。あえて自分からは固定せず、“どう感じるかは自由”というように、見る人聴く人に判断を委ねるスタンスなのだろうと、なんとなくそう思っていたからだ。それと同時になんだか安心もした。グループが大きくなるにつれ、アイドルとしての見せ方、見られ方を避けていくグループをいくつも見てきた。そのことは先の通り、悪いことだとは思わないのだが、寂しい気持ちになってしまうのはファン心理でもある。

しかし、彼女たちはアイドルでいること、アイドルシーンにいることに誇りを持っている。そのことに安心したし、なんだか嬉くもあった。詳しくは、ぜひ誌面での彼女の言葉から直に感じ取ってもらいたい。我儘ラキアのファンはもちろん、アイドルファンにも広く読んでもらいたい内容である。

こういう話をするたびに、以前、SCANDALにインタビューした時のことを思い出す。彼女たちは“「ガールズバンド」と呼ばれることを誇りに思っている”と熱く語っていた。ガールズバンドは日本のロックシーンを象徴する大きなムーブメントであるが、そこに括られることを由としない女性バンドも少なくはない。ガールズバンド、ヴィジュアル系、そしてアイドル。世界が羨む日本を象徴する文化でありながら、国内では捉え方によって蔑称にもなってしまう、という不思議な現象がある。その文化を矜持として強く掲げるアーティストはとても頼もしく思えるのだ。

アイドルグループのボーカリスト、フロントマンとは

我儘ラキア「Why?」Lyric Video / (Wagamama Rakia)

我儘ラキアの音楽、特にMIRI加入以降の楽曲の聴き心地は完全にロックバンドである。これを聴いて“アイドルなの!?”“これはアイドルじゃない”と思うのは自然だ。では、これをロックバンドができるものなのか? といえば、正直無理だろう。複数ボーカルという編成だからこそ生み出せる歌メロディもあれば、アイドルだからこそ成し得た、枠に囚われない自由さもある。ゴリゴリのヘヴィサウンドを轟かせたあとに、キラキラのポップスをやって成立するのはアイドルだけだからだ。

LADYBABYの有馬えみりがスクリーマーとして、こう語ってくれたことがあった。

“デスヴォイスをしてるアイドルの楽曲って、アイドルソングではないと思うんですよ。ロックバンドがやるような曲をアイドルが歌っている。だけど、LADYBABYは、アイドルソングをデスヴォイスでやっていることが多いんです”(有馬えみり Photo Lyric Book『the heart of sword』より)

深い言葉であると思う。LADYBABYはアイドルポップスからのメタル化、ある意味ではBABYMETALとは真逆の観点から、メタルを解釈していったグループでもある。“これ完全にバンドだよね”というアイドルグループに出会うことは多いが、“別にこれをアイドルでやらなくてもいいんじゃない”と思うことも少なくはない。男勝りの激しいステージを売りにするグループも多いが、だったらなおさらアイドルでなくともよいのではないだろうか、そんなことを考えてみたりもする。LADYBABYはどのアイドルグループよりもヘヴィで獰猛であったが、どんなアイドルグループよりもアイドルだった。LADYBABYに比べれば、我儘ラキアはかなり硬派に寄せているグループだろう。しかし、先述のようにロックバンドができることをやっているわけではない。アイドルとバンドの境目をギリギリでなぞっている絶妙なバランスを保っている。以前この連載でも取り上げた、両グループによる2マンは2019年9月のことであった。あれ以来、あまりアイドルを褒めない金子理江が、いろんなところで星熊南巫を“フロントマン”としてべた誉めしていたのが印象的だった。

" アゲアゲマネー -AGE AGE MONEY- " LIVE at 恵比寿LIQUID ROOM - January 13, 2020

前回の連載で『偶像音楽 斯斯然然的 スゴいボーカリスト10人』という企画を書いた。その10人の中に星熊南巫を選ぶかどうか最後まで悩んだのだが、結局入れなかった。“星熊南巫は清春”と幾度も触れてきた。日本が誇る最高峰のハンドマイクの似合うロックバンドのカリスマフロントマンと同じシルエットオーラを持っているという意味である。なぜ入れなかったのか? といえば、久しぶりのワンマンを直前にして下手なこと書けないな、という自分のこだわりだけのことである。半年以上見観ない間に、グループとしても星熊個人としても、進化を遂げているだろうということは予想できたが、実際どのような進化をしているのかは観てみないことにはなんとも言えなかったからだ。

我儘ラキア「Melody」LIVE映像 at 渋谷O-WEST

鈴木愛理が「Melody」を聴いてすぐに“めっちゃいい声”と絶賛したように、星熊の魅力はアイドルらしからぬ、ハスキーな中低音にあるように思っていた。しかしながら、3月にリリースされた「Rain」での白玉ロングトーンの澄んだ響きにただならぬ可能性を感じた。実際にワンマンではこのあたりの特性、ボーカリストとしての広がった振り幅を感じることができた。この度公開された新曲「SURVIVE」を聴けば、それが一気に開花したことがわかるはず。MIRIによる、毒々しさを感じられるラップパートとのコントラストはより色濃く美しいものになっている。シャウトや“がなり”を用いない、ラウド系アイドルはかなり特異な存在であるように思う。

我儘ラキア - SURVIVE - Official Music Video

ラウド系アイドルの“今”

“ラウド系アイドル”という呼称は別に決まっているものではないし、特にロックにおけるラウドロックをやっているわけでもない。BABYMETALやPassCodeを同じラウド系アイドルで括ってしまっても、間違いではない。メタルであろうとパンクであろうと、激しいロックをやっているアイドルという意味で、使い勝手のいい言葉でもある。メジャーでは、TEAM SHACHIが“ラウドポップユニット”を掲げているが、最新曲「SURVIVOR SURVIVOR/MAMA」で表現しているのはBLACKPINKの世界基準のラウドなロックスタイルであるし、大阪☆春夏秋冬はプロデューサー、masasucksを軸にパンク〜メロコアの重鎮とともに独自のロックスタイルを貫いている。BiSHやBiS、WACK勢はこのシーンの大きな立役者であり、その影響力はますます大きくなっている。インディーズシーンには、我儘ラキアやコロナ禍で急成長を遂げたNEO JAPONISMがいる。アイドルシーンで今1番アツいのは、ラウド系アイドルなのかもしれない。

TEAM SHACHI 「MAMA」【Official Live Music Video】

大阪☆春夏秋冬 / Brave Soul -Music Video-

STUPiD (NEW TYPE Ver.) / BiS 新生アイドル研究会 [OFFiCiAL ViDEO]

NEO JAPONISM 「Subliminal」 Music Video

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偶像音楽 斯斯然然

冬将軍

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