『逃げ恥』が賛否両論でも「星野源がいれば大丈夫」と思える理由

『逃げ恥』が賛否両論でも「星野源がいれば大丈夫」と思える理由

  • 女子SPA!
  • 更新日:2021/01/13

2021年新春に放送された「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!」(TBS系列)は賛否両論を巻き起こした。まさに“異論!反論!OBJECTION”(覚えていますか、「逃げ恥」が連ドラのとき出てきたネタで、TBSの報道番組「NEWS 23」にあったコーナー名です)。

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(画像:『逃げるは恥だが役に立つ』公式サイトより)

ここでは主に出演者の星野源について書くが、まず、スペシャルの概要を説明しよう。

◆あえて断言しよう、星野源がいれば、分断は防げると

紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、子供ができ入籍したみくり(新垣結衣)と平匡(星野源)が、妊娠、出産、更にはコロナ禍を乗り越えていく。そこには現代社会への問題提議がたくさんあって、それを評価するヒトもいれば、もうすこしみくりと平匡のムズキュンエピソードが見たかったと思うヒトに二分された。それはある意味成功である。

作品は褒められるだけでもだめ、けなされるだけでもだめ、賛否両論あったほうが盛り上がるといわれている。そのため、ときには送り手側(主として宣伝や広報担当)が意識的に賛否両論を仕掛けようとすることもあるが、必ずしも狙いどおりにいくとは限らない。とりわけ昨今は、ネットでの賛否が激しい分断を引き起こすから、賛否両論を作り出すことも慎重さが求められる。

そんなときこそ、星野源である。

あえて断言しよう、星野源がいれば、分断は防げると。

なぜなら、彼は分けるのではなく、重ねるアーティストだからだ。

昨年、コロナ禍で日本が自粛中に星野源が発表した「うちで踊ろう」の歌いだしは「たまに重なりあうような僕ら」である。みんながそれぞれの家で。それぞれの心のうちで。踊る。それがたまに重なる。そんなふうに言葉で説明してしまうと身も蓋(ふた)もないけれど。2020年の暮れ、「NHK 紅白歌合戦」に出演したとき、「うちで踊ろう(大晦日)」バージョンを聞いたとき、その「重なる」の意味がよりわかった気がした。

◆陰と陽を混ぜていい色にする才能

新たに加わった部分には「常に嘲(あざけ)り合うような僕ら」「僕らずっと独りだと諦め進もう」というやや陰キャめいた歌詞があった。そこで思い出したのは朝ドラ『半分、青い。』(2018年上半期)の主題歌「アイデア」。

ポップでノリがよく朝ドラのオープニングにふさわしい曲のフルバージョンが発表されたとき、その世界は朝から真夜中へとがらりと反転し、笑顔の裏にぞくりとするような顔がのぞいた。「アイデア」はでもまた光へと向かう。その緩急こそが生きることそのものと思えた。「うちで踊ろう」もそうだ。

きっと誰もが心のうちにオモえもんを飼っている。説明するまでもないと思うが、オモえもんは星野源が『LIFE !~人生に捧げるコント~』(NHK総合)という番組で演じているキャラのひとり。嫉妬深く重たい陰キャラである。

もちろん、人間が陰陽合わせもっているという視点は星野源の専売特許というわけではない。いくら星野源推しだとしてもそこまで彼を神聖化するつもりはない。星野源のもつ、陰陽を厳然と分けて光と闇の闘いを作り出さず、その色をパレットに出して丹念(たんねん)に見つめる慎重さと、どうしたら混ぜていい色になるだろうかと思案する想像力を尊敬するのである。

◆「逃げ恥」エンディング曲の「超えてゆけ」の意味

「逃げ恥」のエンディング曲「恋」の歌詞「夫婦を超えてゆけ」「ふたりを超えてゆけ」「ひとりを超えてゆけ」にしても、夫婦っていいものだけではない、ふたりっていいものだけでもない、ひとりもいいものというだけでもない、それらを超えた先になにがあるのか、熱狂や盲信ではない、内省を促してくれる。

例えば「結婚っていいもの」「ひとりよりふたりがいい」いやいや「孤独であれ」みたいな、いかにもなメッセージ性は、そのとおりと素直に思う人もいるが、必ずや、そうじゃないと思う人がいるのである。筆者なんてまさにそうで、反転したときの挑発的な部分にほっとする。

それはさておき。前述したように、いまの時代、ネットがあるので、膨大(ぼうだい)な人の思ったことが一気に可視化される。テレビドラマや映画や誰かのツイートを見たとき、心から解き放たれた「そうじゃない」という否定は大きなエネルギーになって違う意見に襲いかかっていく。そんなとき、言葉にならない音楽や絵画やダンスは、決定的な分断を避ける盾になる。

もちろんそこに人間の悲しみや苦しみ、社会への怒りがこもっていたとしても。言葉がないから、言質をとられずに済む(ちょっといやな言い方だけど)。

星野源の表現は、私達を分断するものから身を守る盾だ。

◆紅白の衣装は白と紅を重ねたようなピンクだった

星野源が2020年の紅白歌合戦で着ていた衣裳の色に気づいた視聴者も多かった。彼は白組のひとりとして出演していたが、衣裳は白でも紅でもない、白と紅を重ねたようなピンクだった。2020年に限らず、ほかの年でもピンクを身に着けていたことがある。意識的なのか、単に好みかわからないけれど、そこに混ぜるな危険という警句はなく、分けない思慮深さだけがあるように思う。

星野源の盾はパレットだ。

パレットにいろんな色を出したとき、どうしても好きな色、好きじゃない色があるもので、それはそれで棚にあげておいて、でも時々、色を重ねたり、混ぜたりしてみると、好きじゃない色も意外と好きな色になることだってある。混ぜ過ぎればどんどん黒くなっていくけれど、いろんな色の混ざった深い黒には味わいがあるし、ちょっと話はずれるけれど光だったら三原色を均等に混ぜると白くなるのだ。

「うちで踊ろう」には「雲と光混ぜたあと」という歌詞があった。「恋」には「指の混ざり」という歌詞がある。混ぜたり、重ねたり。それはたぶん、愛だ。

◆結局のところ愛なんじゃないか

哀しい時代の哀しい状況に生きる私達の盾になるのは結局のところ愛なんじゃないか。星野源の歌を聞くとそう思う。

社会問題を扱った部分が多かったと賛否両論の「逃げ恥スペシャル」で、筆者が最も好きな部分は、エンディングの「恋」ダンスで、連ドラ版にはなかった、星野源と新垣結衣がアイコンタクトをして踊る瞬間があるところ。「(ものごころついたらふと)見上げて思うことが」で並んだふたりの視線が重なった瞬間、心が踊った。

<文/木俣冬>

【木俣 冬】

フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など

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