銀座の特異点で“反対の音”を聴くーーGroup・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹と考える「〈非人間/人間〉のための空間」

銀座の特異点で“反対の音”を聴くーーGroup・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹と考える「〈非人間/人間〉のための空間」

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  • 更新日:2023/05/26
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Group・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹

「〈非人間のための空間〉と〈人間のための空間〉は共存しうるのか」。

このお題に挑んでいるのが、建築コレクティブのGroupと研究者集団のAlternative Machineだ。現在彼らは「動植物と人間が共存可能な環境」に関するリサーチを行なっており、今年竣工する住宅では動物や植物のための「音の庭」を、また2025年に開催される大阪・関西万博では会場となる夢洲の自然をそのまま残した庭をつくるという、壮大な道筋が建てられている。

【画像】『Tuning for Sanctuaries』が挑む、自然へ干渉する「建築×音×テクノロジー」の現在地

ソニービル跡地に2024年完成を目指す新・Ginza Sony Parkのための実験の場として、東京・銀座にあるSony Park Miniでは、そこへ向かうマイルストーンの過程に位置付けられた実験的取り組みとして、『Tuning for Sanctuaries』という展示を行っている。空間の外にある音をリアルタイムに収音し、ソノグラムやニューラルネットワークを使用して音を変換&反対の音を生成し、施設内のスピーカーから出力するといった取り組みは、どのようにして行われたのか。Groupの井上 岳氏とAlternative Machineの土井 樹氏による解説から、その一端が伝われば幸甚だ。

ーーまずは大枠の質問からさせていただきたいのですが……なぜGroupは異分野の作家や企業とのコラボレーションを積極的に行なっているんでしょうか?

井上岳(以下、井上):建築という分野での「新しさ」を大切にしたかったんです。今でこそ建築物をつくるとき、建築家の方に依頼するのは当たり前になりましたが、源流を辿っていくと、もう少しアートや音楽といった芸術分野の人びとが携わっていた時期がありました。例えば、ルネサンス期のような様式美の時代、ミケランジェロが彫刻や画家としての活動だけでなく、建築物を手がけていたように、「建物をつくる」という行為は様々な分野を横断した文化でもあったと思うんです。

それが、現代ではどんどん専門化してきて、デザイナーがいて、構造や設備、音響の専門化がいてと、それぞれのやることが細分化されていますよね。けれど、今回せっかく設計として携わらせていただくにあたって、今まであまり関わりのなかった分野の方々と一緒につくり上げていけば、自分でも驚くような楽しいものが産み出せるんじゃないか。そう考えて、積極的にいろんな方々と設計をしようと取り組んでいます。

ーーGroupは毎回のプロジェクトごとに、その土地や建物にまつわる文脈を丁寧に拾い上げていて、さらにそこへ新しい文脈を足して一つのアートとして昇華していますよね。カルチャーメディアのいち編集者として、その点は非常に興味深く拝見していました。

井上:ありがとうございます。ある種、建築の仕事は編集と共通する部分を感じますね。たとえば一つの家を設計するにしても、その過程でさまざまな人、立場から意見が挙がってきます。

たとえば、ある夫婦の自宅を設計するにあたって、最初は旦那さんの要望を聞いていたところに、途中で奥さんからのリクエストが入ってきて「キッチンはこうしてほしい」と言われたり、あるいは工務店から「これじゃできないよ」と言われたり……そんないろんな意見に対応していたら、最後に旦那さんのお父さんが風水の話をしてきたりとか(笑)。

そういった様々な要素をどのように取捨選択するか、というのは建築の仕事としてやらないといけないと思っていて、そこは編集の仕事と近いものがあるんじゃないでしょうか。

ーー続いて土井さんの活動についてもお伺いしたいのですが、「Alternative Machine」は人工生命研究をベースに、生命的な新しいテクノロジーのあり方を探求し続けていますが、『ICC アニュアル 2022』の無響室展示「《The View from Nowhere》」のように、“音”にフォーカスを当てた展示・企画も行っています。音に対してのこだわり・ルーツのようなものがあるのでしょうか。

土井樹(以下、土井):僕は「Alternative Machine」では主にアート周りのディレクションを担当することが多いのですが、僕自身が音に関わる仕事をしているというのも、ひとつの理由としてあるとおもいます。

動機の部分をもう少し詳しくお話すると、アートの文脈でいうと視覚的な芸術というのは音に比べてかなり掘り下げがおこなわれていると思います。「視覚」というものを“どうメタに考えるか”というアプローチでさえ、掘り下げられていると感じています。一方で音に関しては、サウンド・アートの歴史はもちろんありつつ「もう少し掘り下げられるのでは」という感覚が常々ありました。

それから、僕自身の感覚になってしまうんですが……入ってきやすさの部分でいえば、視覚の方がパッと来る気はしますが、音はもっと記憶にアクセスしやすいと思っています。

ーー繰り返し聴いていたお気に入りの曲を聴いて記憶や思い出が蘇る、みたいなことでしょうか?

土井:そうです。あと、例えば「思い出せるんだけど、その記憶が具体的にいつの記憶だったかまでは思い出せない」という現象を経験したことはないですか? そういう現象を視覚で経験したことが僕はあまりなくて。

ーーたしかに、曲のリリース時期や思い出した記憶を頼りに間接的に思い出すことはあっても、写真のように「これはあの旅行のときの集合写真だね」といったような思い出し方をすることはあまりないかもしれません。

土井:それがすごく面白いと思っていて。ただ「これが記憶であることは確か」というのだけがあるという。音楽や聴覚のそういった特性が、ひとつのメディアとして捉えたときに非常に面白いな、といつも感じています。

それから、「人を驚かせる」という時には聴覚に訴えかけるほうがより効果的だとも感じていて。視覚的な情報には「わかりやすさ」という利点はありつつ、音の場合は予期せぬ情報を人に与えることができる、意識に上る前の無意識の部分にアクセスしやすいと思います。最初の話に戻るようですが、そういった意味でまだ我々が「体験したことないもの」が存在しているのって、 “音”の分野かもしれないな、と。

Alternative Machineは「心の拡張」というようなことも常々テーマとして考えていまして、そのようなことを実践するには、聴覚や触覚について考えるのが近道かもしれないなとは思っています。

ーーなるほど。そういう意味では、今回のGroupとAlternative Machineのコラボレーションはお互いの取り組みが綺麗に合致して、補完しあえるものになっているんですね。今回の事例以前からも交流はあったんでしょうか?

土井:実際にコラボレーションして取り組むのは今回が初めてになりますね。ただ、以前から交流自体はありました。これからおこなわれる、2025年『大阪・関西万博』のディスカッションでご一緒したのが、取り組みという意味では初めてですね。

井上:本当の初対面という意味でいえば、Groupで制作した「ノーツ」という雑誌でインタビューをさせていただいたときです。雑誌のコンセプトとしては、一つのテーマを決めて様々なジャンルの方々にインタビューをしていき、そこに僕たちが「建築視点からの註釈」を加えていく、というものでして。第一号のテーマとして「庭」を取り上げた際に、土井さんにも取材をさせていただきました。

ーーということは、井上さんはその取材以前から土井さんのことはご存知だったんですよね。その時はどのような印象をお持ちでしたか?

井上:もともと、目白にある「TALION GALLERY」というギャラリーでの展示を拝見していたんです。「人工生命の研究」と「アートの活動」を並行しておこなわれて、それが僕たちGroupの「建築を研究のテーマとして模索しながら、施工などの実践もする」という活動の在り方と似ている部分があるな、と感じていて。アウトプットの形式を幅広く持っていらっしゃるのが良いなと思っていました。

土井:僕の目からは、自分の主張をガンガン言うタイプではないんだけれど、かといって主張が全く無いわけでもなく……いい塩梅で主張を入れてくれながら、受け入れてくれる人だなと感じましたね。

あと、Groupは建築チームだけれど、あまり建築チームっぽくないな、という印象がありました。良い意味で“完成形が定義されていない”と感じていたんです。それこそ文脈を踏まえて、新たな提示をしていくときに、建築の技術や哲学の部分を応用しているような気がして面白いなと思っていました。

・「(開発のために土地を)更地にするのではなく、どうすれば継続的に人間と自然が共存していけるのか」

ーー取り組みについての具体的な話も伺っていきたいのですが、今回のSony Park Miniでの取り組み『Tuning for Sanctuaries』は「〈非人間のための空間〉と〈人間のための空間〉は共存しうるのか」をテーマとした展示を行っています。具体的には「今年竣工する住宅では動物や植物のための『音の庭』を作り、関西万博では会場となる夢洲の自然をそのまま残した庭を作る」というものです。このコンセプトが生まれた背景について教えてください。

井上:スタートとして、2025年に『大阪・関西万博』がおこなわれる大阪の「夢洲」という島がありまして、そこは再開発のために造成された場所だったんです。ですが、財政的な理由もありその開発が止まってしまっていまして。

その後、そこは結構希少な生き物、鳥類動物たち、植物が生態系を育む場所になっていて。その夢洲が今回の万博開催や大阪IR(リゾート開発計画)によって更地にされてしまい、あらためて開発の場所になってしまったということに対して、建築設計に携わる立場から「なにかできないか」と考えたんです。

それはきっとAlternative Machineも同じようなことを考えていたんじゃないかと思うんですが、もともと埋立地って人工的なものじゃないですか。その人工的に生まれた土地に、貴重な生き物たちの生態系が育まれるということ自体がまず面白い現象だと思っていて。

そこで、そもそもこういった万博のたびに更地にするのではなく、どうすれば継続的に人間と自然が共存していけるのか、というところを議論していたんです。そうした前段もあって、今回の展示のコンセプトになりました。

土井:井上さんもおっしゃられているように、我々Alternative Machineも以前から「音を使った生態系への介入」というテーマに取り組んでいたことがあるんですよ。

幕張にある「見浜園」という日本庭園で、「生態系へのジャック展」という展示に僕らも参加しまして。「音のニッチ仮説(The Acoustic Niche Hypothesis)」という理論を基に我々が制作した『ANH-01』という装置を利用したものです。

もともと「ニッチ」というのは生態学の専門用語で、ひらたく言えば動物の棲み分けを示す言葉なんですね。似た動物が同じ場所に生息すると、お互いに餌を取り合ってしまうけれど、場所を棲み分ければそれを避けられるというものです。

それに音の方面からアプローチしたのが、生体音響学者のバーニー・クラウスが提唱した「音のニッチ仮説」で。たとえばある鳥が求愛行動をする際に出す音と、他の鳥の鳴き声の周波数帯域が被ってしまうと、混線してしまってうまくいかない。なので、そこを棲み分けると。これは熱帯雨林のような環境ではより顕著で、低い音で鳴くカエルがいれば、高い鳴き声をあげる鳥がいたり、高低に限らず、時間帯によって棲み分けたりしているんですね。結局、熱帯雨林の音に関する分布を見てみると、低いところから高いところまで全部埋まっているような状況だったりするわけです。

翻って、我々の住まう都市部の分布を見てみると、ものすごくデコボコだったりするんです。そこに対して、我々の制作した『ANH-01』のような装置を配置してあげると。そういうこともしています。

〈参考:Alternative Machineより サウンドスケープ生成装置の最新バージョン「ANH-01」を『生態系へのジャックイン展』で初公開〉

Alternative Machineの掲げる「人工生命」というテーマだけだと、ひとつの完成された個体を生み出すようなものをイメージされがちなんですが、こうした生態系へのアプローチというのもすごく重要なテーマなんです。

ーーたしかに「テクノロジー」と「ネイチャー」というと、一見すれば相反した要素にも見えるかと思います。そのテーマへと至った理由について、もう少し詳しくお伺いさせてください。

土井:そうですね。「オープンエンドな進化(Open Ended Evolution)」という言葉を聞いたことがおありでしょうか?

大抵、コンピューター上で進化のシミュレーションをおこなうと、大体ある程度のところで収束して落ち着いてしまうんです。一方で、自然の生態系はそうではないですよね。そうした際限なく進化していく状態を「オープンエンド」と呼称するのですが、これをいかにして人工的に作り出すか、というのが非常に重要なテーマなんです。

で、同じ研究をしている方々もやはりそこに行き着く方が多いんですね。僕らとしては、既存の生態系にどのようにして介入していくか、そして介入したことで、たとえば死にかけている生態系をエンハンス(強化・補強)することができたのならば、それは非常に興味深い結果だと考えています。

こちらもやはり事例がありまして、Nature communication誌に投稿された論文で、珊瑚礁が死滅した結果、その海域に住んでいた魚がいなくなってしまったということがあったと。そこで、かつて珊瑚礁が生きていたころの海中の音を水中スピーカーで流したところ、魚が戻ってきたうえ、種数まで増えたということがあったそうなんです。その結果をもとに、その海域を回復させよう、というプロジェクトが立ち上がったと。

もちろん、うまくやらないと変貌“させてしまう”というのもあるんですが、「音」によるアプローチで環境を回復させるというのは、テーマとしても非常に面白いですよね。

ーーなるほど。そうした取り組みが今回の夢洲での事例にも繋がってくるわけですね。

土井:そうです。今回のプロジェクトにあたって、我々の側から提示したアプローチがまさにいまお話したようなやり方で、一度更地になってしまった夢洲という場所をどのようにして以前の環境に戻してあげるか。それには例えば「音のニッチ理論」や今回ここで行っている実験をベースとしたものを活用出来るのではないかということなんです。

夢洲の生態系、その誕生には何十年という歳月がかかっているわけですが、それを戻そうとすればまた同じだけの期間がかかるのが自然なことです。けれど、それを現代のコンピューターやテクノロジーの力によって数ヶ月という単位で加速度的に復元できる手段があるのではないかと。

・展示で用いられた「生態系を“調律する”ための2つの手法」

ーー今回の『Tuning for Sanctuaries』では、そうした生態系を“調律する”方法として2つの手法が用意されているかと思います。こちらはどういったものなのでしょう?

土井:まず1つ目の手法は、銀座駅地下コンコースの「サウンドスケープ(音の風景)」をスペクトル解析するというもので、その解析結果「ソノグラム」を反転させることで反対の音を作り出すというアプローチです。

反対の音というと「ノイズキャンセリング」のようなものをイメージされるかと思うのですが、手法としては異なっています。ノイズキャンセリングというのは、鳴った音に対して逆位相の音を鳴らして、周りの音を打ち消すことが狙いですよね。

ですが、このソノグラムを活用する場合は周波数別に「音が鳴っているかどうか」「その強さ」を基準に反転しているんです。

もうひとつの手法は、ニューラルネットワークを用いて「反対の音」を作るという方法です。まず事前に世界中の様々なサウンドスケープを学習させて、音の地図をニューラルネットワークの潜在空間に生成させます。そのうえで、学習したニューラルネットに銀座の音を聴かせて「これは生成された音の地図のどこに位置するか」を計算します。そして、ある座標軸を基準として音の地図の中から反対の音を見つけて出力するという流れです。

ソノグラムを用いた手法が、純粋に数学的な反転であるのにたいして、ニューラルネットワークを用いた手法は音を一度ニューラルネットによって抽象化(潜在空間に埋め込む)した後に反転させているので、すごく大雑把にいうと、前者が意味の存在しない世界での反転で、後者は意味の存在する世界での反転と言えるかもしれません。

ーーソノグラムの手法に関しては、先ほどの「熱帯雨林における分布図」のたとえが近いでしょうか? 音が鳴っていない場所には音が鳴り、逆に鳴っている場所では音を発さないと。

土井:そうです。たとえばこの銀座の例でいうと、高い音はあまり出ていなくて低い音がすこし強め。それを反転させると高い音が思いっきり強く出ると。理論的には、綺麗に重ねると「ザーッ」という音が鳴りますね。

ーー「都市の中の神社」という表現は、ある種都市部にあまり存在しないものであるとも言えるんですね。ざわめきや雑踏の裏側にある静けさが表されていると。今のこの音はどこで拾っているんですか?

土井:これはコンコースの看板のところから拾っていて、シンプルに無線マイクで持ってきて、素直に撮ったものをそのままソフトウェアに落とし込んでいます。

ちなみに、ソノグラムを用いて反転させた際に劇的に変わる音とそうでもない音があって、例えば人の声は反転させてもあまり大きな違いがでないのですが、逆に、車のエンジン音などは、反転すると大きく変わって聞こえます。

僕らの聴覚は人の声にはよく反応して、車の音などはバックグラウンドノイズとして無視してしまうということがありますが、ソノグラムを使った手法はそういう認知的なフィルターを通っていない、あくまでも、周波数の領域で捉えているので、予想とは少し違った変わり方になりました。

ーー「人間の聴こえ方」という基準ではなく、“環境という基準”でどう音が鳴っているか、というわけですね。ちなみに、展示の制作にあたって井上さんと土井さんの間ではどのようなやり取りをおこなって作っていったのでしょうか?

井上:今回の展示は第一部と第二部で分かれていまして、第一部はまさに今土井さんがお話していたような「都市のつくる音の反対の音」が流れる空間で、音を聴くための空間なので劇場型のタイポロジーを採用しています。劇場や学校に近いような、机とモニターがあって、それを見るというもの。

第二部についてはこの後、土井さんから解説していただきますが、音を介して植物とのコミュニケーションを試みる、ということを行おうとしています。そこではお客さんがコーヒーを飲める座席が植物と植物の間に用意されている感じになっています。それぞれの部で、ここに入ってきたときの印象が変わるといいなと思っていて、やはり音に関しても都市的なアプローチと、自然からのアプローチとで、がらりとやっていることが変わっているので、明確に空間の在り方も変えようと思っていました。

土井:先ほどの万博の話と繋がる部分でいえば、この第二部のほうが強く結びついていて、第一部の「反対の音」に関してはむしろスピンオフ的な要素だったりもします(笑)。

第二部の「植物とのコミュニケーション」関していえば、それこそ展示というよりは実証実験的な要素を多分に含んでいる形になります。なので、もろもろ解析をちゃんとしなくてはいけなくて、それをこの場を借りておこなっている状態です。

それから、第一部の話に戻ってしまうのですが、「反対の音」に関して新しい気づきがあって、いまはコンコースの音を拾うのにモノラルマイクを使っていまして、出力の際は4チャンネルあるスピーカーから波を描くようにランダムに鳴らしているんですね。ですが、その動かし方が心地よいとおっしゃる方が多くて、もしそちらが肝であるならば、「それを反対にしなくてはいけないのでは?」と(笑)。

実は周波数の方はどうでもよくて、音の運動のほうこそ肝になってくるのであれば、「ある音の運動の、反対」っていうなかなかややこしそうな世界に入りつつもあって、どうすればいいだろうかと思案している最中だったりします。ただ、考えてみれば音って別に常にポリリズムで動いているわけではなくて、周波数ごとに違う運動をしているはずなんですよね。研究するとなれば大変そうですが、そういう面での「反対」にアプローチしていくのも非常に面白そうだなと考えています。

ーーなるほど(笑)。けれど、確かに重要そうなポイントですね。たとえばこうして4つのスピーカーが用意されているのに、1種類の音しか出力できないことで、そこの制約に絡め取られかねない。

土井:そうそう、そうなんです。人工生命研究のルーツのひとつにカオスという数学の研究ジャンルがありますが、そこでは「複雑さ」をどのように定義していくか、ということが重要なテーマのひとつでした。

パン・パン・パンと手拍子を鳴らせば「ピリオディック」と定義できます。パン・パ・パン・パ・パンと鳴らせばそれがちょっと複雑になったとわかる。その先のランダムすぎる状態と、ピリオディックな状態の中間に「class 4」と呼ばれる中間があったりします。もしかすると都市の音と森の音の違いというのは、周波数的な音の見方よりは、「音の運動」にフォーカスしたほうが綺麗に分類ができるのかもしれないです。

と、このようにして、反対の音ということを考えるには、“何かしらの軸への落とし込み”が必要で。複雑さの研究というのは長い歴史があるので、音の運動の観点から反対の音を作るという課題も、すごく先にある課題という訳でも無い気はしています。

・実験的取り組みとしておこなわれた『Tuning for Sanctuaries』で得られたフィードバック

ーーいまお話いただいたように、第二部に関しては実証実験的な意味合いも含むというところで、さまざまなフィードバックや発見があったかと思いますが、どうでしたか?

井上:今回、この会場を設計させていただいて、それ以外にも「音」に携わる方をお呼びしてライブやインタビューをおこなっています。建築の設計というと、図面を引いてそれ通りに作ってもらうというのがメインになってくるわけですが、こうした展示の場になるともっと広義の意味での“設計”を意識するようになりましたね。

どういう方をお呼びしたらいいだろうか、招待の仕方をどうしようか、と頭を悩ませたり、働いていただいている方々と議論を深めたり、そういう在り方を含めた“空間づくり”をできていると感じますし、自分個人としてもこの場を借りて日々さまざまなアップデートができています

ーー土井さんはいかがでしょう?

土井:ここまでたくさんのフィードバックをいただけたことは、すごく驚きましたね。それこそ、ギャラリーなどで展示をしているとき、在廊していればフィードバックをいただけることもありますが、基本的に芳名帳には名前しか書かれないですから。これだけたくさんのコメントをいただけるとは思ってもみなかったです。見てください、結構みなさん“ガチ”のコメントをしてくださってるんです。

ーー本当ですね……! これはすごい。場所柄というのもありそうですが、Sony Park Mini自体、アーティストが在廊できないときでもしっかりとスタッフの方が細部まで解説をおこなえるというのも大きそうです。

土井:そうですね。駐車場というのもあって、人もよく通りますから。

ーーせっかくなのでお伺いしたいのですが、お二人の目に「銀座」という街はどのように映っていますか?

井上:なかなか難しい質問ですね(笑)。もともとギャラリーがたくさんある街なので、それを見に訪れることが多い場所というのは個人的にあります。

それから、銀座は地価がすごく高いので、ちょっとでも隙間があるとすぐに商業的に消費されていく、そんな土地だと思うんです。でも、そういう中でこのSony Park Miniのように、ちょっと休息したい人が訪ねる場所というのはすごくいいですよね。なので、今回の設計もそういう場所でありたいという思いを込めて設計させていただいた部分もあります。

土井:やはり歴史のある都市ですよね。渋谷などと比較するとそこまで目まぐるしくもなく、皇居が近くにあって、わりと落ち着いた都市だと思います。

今回の展示では「反対の音」をテーマにしていますが、じつはその一方で僕、銀座の音は嫌いじゃないんですよ。都市の成り立ちもまた自然現象のひとつですし、なんだか「反対の音」をテーマにしていると「銀座の音が良くないから」なんて思われてしまいそうですが、実はそうではなくて。補完しあえるような存在として、何かできるといいな、という気持ちでいます。

それから、Ginza Sony Park Project主宰の永野さんとお話させていただいたときに「銀座は消費の街で、生産するタイプの街ではないという感覚があり、だからこそSony Park Miniはクリエイティブを生み出す場にしたい」とおっしゃっていたのがすごく印象的で。ここでは生産的なことを試みれる場となっています。しかもそれが、全然知らない人にも見てもらえるし、銀座の中に存在する“特異点”ですよね。

その銀座の“特異点”で反対の音を聴くーー、そう考えると面白いですね。
(取材・文=中村拓海、構成=三沢光汰、写真=林直幸)

中村拓海

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