「ビースト」鳥栖・林大地 南アフリカ戦を前に母が唯一望むこととは?

「ビースト」鳥栖・林大地 南アフリカ戦を前に母が唯一望むこととは?

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2021/07/22
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東京五輪代表林大地(前列右端)の幼稚園時代。前列左から姉くるみさん、母貴子さん、後列は祖父母(家族提供)

東京(オリンピック)五輪サッカー男子の日本代表は22日、1次リーグ初戦で南アフリカと対戦する。

日本代表の愛称「ビースト」ことFW林大地(24=サガン鳥栖)は本来、補欠枠のバックアップメンバーだったが、規約変更により拡大された22人枠の代表に最後に滑り込んだ。大舞台を前に、大阪在住の母貴子さん(50)は「自分の力を出し切ってほしい」とメッセージを送った。【取材・構成=横田和幸】

◇ ◇ ◇

林の母貴子さんは、淀みのない表情で言った。五輪に出場する林への期待を聞かれた時だった。

「サッカー選手になりたいと思っていた息子が、実際になった。それが喜ばしいことであって元々、私が選手になってほしかったとかはない。子どもが自分で自分の人生を切り開き、夢をつかんでいくのが大切と思っています」

そこには、金メダルといった五輪の必須ワードもない。

「もちろん、ゴールはしてほしいし、サッカーを頑張ってほしい。でも、あの子の人生の一部にサッカーがあると考えているので、気が済むようにやってくれればいい。努力してなくて気が済んだのは手抜き。やり切る、出し切ってくれれば、それでいい」

貴子さんは林が幼稚園の時に離婚したが、大阪府内の自宅では林の祖父母、2学年違いの姉くるみさん(25)の5人で、いつも笑い、支え合ってきた。会社勤めになった母が不在時も、家族がいつも近くにいてくれた。

「母1人で頑張って子どもを育ててきたとかではない。がっつり、周囲に助けられています。私が苦労したと発言したら、大地は『どこがやねん!』って突っ込むと思います(笑い)」

ゴールを狙う姿が野獣のように気迫あふれ、ついた林の愛称は「ビースト」。ポストプレーや反転してのシュートが十八番。所属する鳥栖では今季、J1で20試合4得点と上位争いの立役者になっている。

五輪本番へ4カ月前となる今年3月、MF堂安のけがで五輪代表(当時U-24代表)に追加で初招集され、アルゼンチンとの親善試合でゴールを決めた。

6月発表の最終メンバー18人には入れず補欠扱いになったが、コロナ禍の影響で7月に規約が変更され、拡大された22人枠に滑り込んだ。今月の親善試合全2試合でも先発出場した。短期間でステップアップした「シンデレラボーイ」でもある。

ガンバ大阪ジュニアユース時代は1学年下の堂安が主力で、林はユースに昇格できなかった。その後は履正社高(大阪・豊中市)、大体大(大阪・熊取町)を経て鳥栖へと進み、決してエリート街道のど真ん中を歩いてきたわけではない。ただ、本人は挫折と感じたり、卑屈になったことは1度もなかったという。母譲りの天性の明るさ、前向きさで乗り越えてきた。

「息子ががむしゃらに(キャリアを)はい上がってきたという記事も目にしますが、私にはそんなイメージは全然なくて。サッカーが好きで、仲間と楽しく続けてきたから今がある。本人なりの苦労はあったと思うが、自分には実力がないと分かってサッカーをしていたと思う」

林家では、普段から思ったことを各自が口にしてきたという。例えば、それが照れくさいような感謝の言葉でも言い合ってきた。まるでドラマのような家族だった。

「わが家では、普段からまじめな話をしょっちゅうします。感謝の気持ちを(家族内で)伝えることが、恥ずかしいとかはない。大地は表裏がない性格で、本心を隠して違うことをいうタイプでもない。私も楽しかったことがメイン。反省は必要だが、後悔や引きずっても仕方がない。大地は私に似たのかもしれません」

だから今、五輪だからといって母が口にする特別な言葉はない。唯一、望むことは「(力を)出し切れ!」。力を出しきれば、本人が納得できる結末があると信じる。家族5人で支え合ってきた林家の長男が、でっかい仕事をやってのけるかもしれない。

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◆林大地(はやし・だいち)1997年(平9)5月23日、大阪・箕面市生まれ。千里ひじりSC、G大阪ジュニアユース、大阪・履正社高、大体大を経て20年鳥栖入り。大学4年時はユニバーシアード・ナポリ大会で優勝、特別指定で鳥栖に在籍。卒業後に正式に鳥栖入りし今季2年目。今季J1でここまで20試合4得点、通算52試合14得点。178センチ、74キロ。

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