「夫のようにはなって欲しくない」と息子に言いたい深刻な理由

「夫のようにはなって欲しくない」と息子に言いたい深刻な理由

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2022/05/14
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大人は昔みんな子供だった

家から歩いて十分位の所に子供たちの通う小学校がある。一学年一クラスしかなく卒業まで同じだ。のどかな田園風景が広がり豊かな環境に恵まれていた。子供たちがノビノビと体を動かし大きく成長してくれる事が何よりの喜びだった。

子供たちはいつも二人並んで登校した。まだ小学校に入学したばかりの頃は、私は家の門から二人の姿が見えなくなるまで、手を振り見送っていた。子供たちも何度も後ろを振り返り母の姿を見ては手を振り返してくれたのは、昨日の事のように思い出される。小さな背中に背負った大きなランドセルは今では、いつの間にか小さくなった。その子供たちはもう六年生になっていた。

子供の成育は早いなとつくづく思う。大人は昔、みんな子供だった。子供たちを見ながら、私の両親もこんな愛情に満ちた眼差しで私の成長を見守り育ててくれたのだと感動して胸がジーンと熱くなる。

感謝の気持ちが溢れだす。日々、子供の健康状態、心の状態を常に気にしながら時には労いの言葉をかける。また、時には傷口に塩をかけるように厳しく接した。特に息子にはある思い入れがあった。

「夫のようにはなって欲しくない」と言うことだ。夫もかつては子供だった。私は夫の目線から、父と子、そして母と子の関係を考えた事があった。なぜ夫は父親としての責任を平気で放棄できるのかと言う疑問についてだ。夫が、子供の頃の父親に対する気持ちを伝えられずに大人になったことに原因はあるのではないか。

父親の愛情をもっと注いで欲しかったのではないか。決して単純なことではないし、正解ではないかもしれないが、不正解ではないように思える。人として意志伝達は必要だと思う。どんな時も自分の気持ちを相手に伝えることによって関係がより深まり繋がっていくからだ。

夫と舅はこの関係が成立しないまま時間を過ごして来たのだろう。どこかで軌道修正するチャンスがあれば関係性は変わり、少なくとも現状よりはマシな状態になっていたのではないのかと考えられる。

二人の間に挟まり、右往左往していたのが夫の母親である。その習慣は夫が大人になってからも続いている。夫と父親と直接本音で話し合う場は、今までなかったのだろう。その関係をとりもっていた母親は、良かれと思って仲裁してきた。しかし、その見返りは、自分の意見を伝えられず、内向的な人間を作ってしまったのであるまいか。

子供たちにはこういう風にはなって欲しくないと一つの信念がありそれが私を支えてきた。息子は男だ。男ならばもっと自分の人生、自分の意志で自由に親の言動に左右されず生きて欲しい。息子が小学校に上がった頃からの私の願いである。

人間に平等に与えられた「時間」。私たちは死ぬまで生き続ける。生きるのが辛い時には、いつかは必ず死ねると思うと、気持ちは軽くなったし、生きるのが楽しくて仕方ない時は、このまま続けば良いと思う。どちらもありだと思う。

長生きすれば、長い時間を、短命だとしても中味の濃い生き方をすれば、それに匹敵するのではないかとも思える。生は死であり死は生である。表裏一体である。私たちは今こうして生きているだけで素晴らしい。

私はこれまでの時間を振り返ってみると、育児について姑と意見が合わずに悩み、本を読みあさり答えを探したことがあったが、これと言う結論は見つけられなかった。そして私は私なりの結論を見出した。

「マニュアル通りでなくても良いんだ。マニュアル通りには行かない。私は私の思った通りの子育てでイイんだ」と言うこと。姑と子育ての仕方が合わないことが、いつしか私流の子育てとなった。姑はある時ふと独り言のようにか細い声で言ったことがあった。

「私の子育ては失敗だった」と。

私はそれを聞いた時、心の花びらが散った。ちょっぴり淋しかった。

子供の躾について、私のやり方で良いのか間違っていないのかと迷ったり、父親不在の淋しさが子供に悪い影響を及ぼさないのかとさんざん思い悩みプレッシャーに押し潰されそうになったこと。

将来のことが一気に不安になり、脱出ができずもがき苦しんだこと。様々なシーンが早送りムービーになって映し出された。

私は、いままでの現実をきちんと受け止めてはそのたび立ち止まり考え抜いてきた。私なりの結論を出し、考えても答えに至らない時はそこで考えるのを停止させ、別の思考にエネルギーと時間をかけるようにしてきた。何も考えない日は一日もなかった。私の左脳と右脳は良く働いてくれている。働くほど効率は良くなる。

人は「時間に追われる」と言う表現をすることがあるが、それは少し違うと思う。時間は人間を追ったりはしないからだ。平等に与えられた時間をどう使うかは私たち個々の思考と行動によるものだ。私は死ぬ間際まで私らしく生き続けたい。

息子の事が大好きでいつも一緒にいた、サトシくん。体格が良くて力持ちだった。

サトシくんが五年生の時、担任の男の先生と力くらべをしたと聞いたことがある。人はみんな、自分を否定し受け入れようとしない相手は苦手だ。愛のある叱り方は大変に難しい。私も感情むきだしで子供たちを怒鳴りつけてしまう場面がある。

言葉で言っても分かってもらえなかった時、つい手が出てしまう。殴った後の痛かった掌のことを思いだす。その後、心の痛みが打ちよせてくる。いや、殴られた方がもっと痛いに決まっているのだけれど。

サトシくんの心の淋しさは表面からは微塵も感じられなかったが、彼は彼なりのいろいろな感情が交錯していたに違いない。親と離れて生活しなければならなかったことは、どれほど寂しかっただろう。

運動会終了後の片づけをしていたある時のことだった。私はPTA役員をしていたため、テントを運んだりイスを片づけたりしていた。サトシくんが、ちょうど私の隣りに並んだ。

「持ちますよ」とサトシくんは、私が右手に二脚、左手に二脚パイプイスを畳み運んでいた時、声をかけると同時に私の右手に持っていたパイプイス二脚を自分の手に持ち換えたのだった。

私は思わず、
「ありがとう。サトシくんは優しいネ」
サトシくんの方を見て笑顔で答えた。私の中で一つの言葉がキラッと光を放った。

「サトシくんは、優しい子なのだ」
心も頷いた。

子供は自分を褒めて認めてくれる人には心を開くのだと実感した。

大人も昔は子供だったのだが、いつのまにか忘れてしまう。私たちは子供の頃、人に褒めてもらって嬉しかった。大人になってからも職場で認められたら嬉しい。その反対に人に悪口を言われたら悲しくて嫌な気持ちになるし、落ち込む。大人も人にイジメられたら会社へ行きたくなくなる。子供も同じなのだ。

大人の世界からイジメがなくなれば、子供の世界からもイジメはなくなるかもしれないと思う。

風間 恵子

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