イタリアの自転車屋の事業承継がセンスとヒントに溢れている理由

イタリアの自転車屋の事業承継がセンスとヒントに溢れている理由

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2022/06/24
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3月末に中野さんと上梓した『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』のなかで、新しいラグジュアリーは若い人たちの思考や期待と重なることを書きました。それはそれで事実なのですが、若い世代だけが旧型ラグジュアリーに嫌気がさし、新しいラグジュアリーを求めているわけでもありません。今回は、違った世代に焦点を合わせてみます。

イタリアの自転車屋のストーリー

アンドレア・カメラーナさんは50代前半の男性です。友人から、「アンドレアがなかなか面白い自転車屋をやっているから、会ってみないか」と誘われたのがきっかけで知り合いました。ぼくは自転車マニアでもないのですが、この自転車屋ヒストリーから、ある匂いを感じたのです。

彼が共同経営するドラーリ(Drali)という自転車工房は、ミラノとパヴィアを結ぶおよそ50キロのルート近くにあります。ミラノの自転車乗りの人たちが、休日に好んで往復する、メッカと呼ぶにふさわしいエリアです。

ドラーリはおよそ1世紀前に生まれました。2017年、カメラーナさんは、年老いた創業二代目から学生時代の仲間と一緒に会社を引き継いだのです(二代目は昨年末、93歳で亡くなりました)。道路からこの店をみると、「ちょっと凝った自転車屋かな?」と思います。しかし、工房の裏にはさまざまな計測器やジム機器が揃っており、そうとうに本格的です。

商品のメインカテゴリーはレース用です。しかし、乗り手はプロではありません。アマチュアで最高峰レベルの走りを楽しむ人たちです。今年からは、イタリア北西部のピエモンテ州で毎年開催されるレース「コッパ・ピエモンテ」へ協賛し、「コッパ・ピエモンテ・ドラーリ」と名前が変わり、1000人以上が参加しました。また、子どもたちの自転車クラブも応援しています。

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コッパ・ピエモンテ・ドラーリ

「鑑賞するモノとしても、使う道具としても、自転車の完璧なバランスやシンプルさに惹かれる」とカメラーナさん。彼自身、これまでの人生で、人にあげたものや売ったものも含め、個人として300台くらいの自転車を買ってきました。「今、自宅の部屋に飾っているのとは別に、ガレージにあるのは数台だけど」と話すように、バイクを介して他人が喜ぶ表情を眺めるのが好きなようです。

静かでロマンティック。こうした性格をもつ自転車は、彼にとって絶好のパートナーです。「正直言うと、ぼくは速く走る機能にあまり興味がない。お客さんは求めるけど」と彼は笑います。

彼とドラーリ家とは、血縁関係にありません。また、実は彼自身は、世界に名の知れたトップファッションのメーカーのボードメンバーでもあります。しかし、それとは別に、同世代の友人3人と会社をやっている。3人は2015年にこれまでの職業人生を振り返り、新たな道を探そうと起業したのです。1人は経営工学、カメラーナさんを含む2人は農学の出身です。

問題解決も、文化づくりも

彼らがコンサルティングや投資・経営参加してきた会社のサイトを見ると、ある共通の匂いを感じます。テイストも少々ノスタルジックでもあるのですが、どれも、歴史のあるネタを今の時代にアップデートし、世の中の主流ではないものの、しかるべき位置であるべき姿を示しているのです。

ひとつは、シャイノラ(Shinola)という米デトロイトで時計や雑貨の製造販売、ホテル経営をする企業ですが、彼らはこの会社のイタリア進出に手を差し伸べました。フィルソン(Filson)という米国のアウトドア用品のメーカーに対しても同様に、イタリア市場開拓の手伝いをしました。また、ゼロから投資と経営に関わった最初の企業としてはファッサマーノ(Fassamano)があります。手でもつ眼鏡を開発販売しているイタリアの会社です。

どの会社の商品もセンスが良いし、遠い過去の時間を思い出させてくれる。現在は上記の企業からは手が離れていますが、その後、自転車のドラーリに経営参加した理由が、これらの会社のサイトを見ていると自ずと想像できます。

「それは言えるね。歴史を感じさせ、ローカルを重視し、クラフト感があるという共通性がある」と語るカメラーナさんは、ドラーリの自転車を愛用する男性は機械式のクラシックな時計好きが多いと言います。「自転車屋のおやじ」として、コンテクストをよく見極めています。

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ただし、実業家として、このような「文化をつくる良き趣味」の世界だけに没頭しているのでもありません。テクノロジーを基盤においたビジネスにも投資をしています。飲食店のために一括して農産物や用品を卸すオンラインシステム、人々の健康管理に関わるシステム、こうした分野に携わるスタートアップ企業もサポートしているのです。

実質的なことをいえば、良き趣味を守るためにも、目の前にある問題の解決を図るビジネスで脇を固めておく必要があります。短期的にビジネスの利益が目に見えやすい事業を「星座」のように配置しておけば、たとえ一つが上手くいかなかったとしても、他への影響は最小限に抑えられます。

しかも、彼らが手掛けている問題解決はひとつの標的への狙い撃ちではありません。社会の仕組み自体を変革していくものです。

例えば、(暗号化したデータで)患者に代わって医者に処方箋を発行してもらい、それを薬局に提示して買った薬を注文者宅に届けるのは、単に患者の負担を解消すると同時に、ある地域に住む人たちの健康についてどのような関心を抱いていくのが適切なのかを問うことでもある。それによって地域社会をつくりかえていける可能性があります。

一つ一つ実際にやってみたら「こういう視点もあったのか!」という発見もありながら、実はそれらも最初から視界に入れている。どちらかというと「やはり、こういうポイントに行きあたったね」という感じでしょうか。問題解決領域を相手にしながら、文化をつくる意味を求めることを常に行っているからでしょう。

カメラーナさんと仲間たちの求めるサイズ感も良いのでしょう。自転車という乗り物のサイズもそうだし、彼がビジネスとして狙うサイズもそうです。抑えたサイズのなかに三次元的に多方向からエッセンスを求めようとする。そこには当然、社会的な責任が感じられます。そういえば、グループで自転車を走らせたいメンバーを募るスマホのアプリも作り、運営しており、全国の自転車愛好家に利用されています。

世代論ではくくれない”信念”

彼らの動きは、新しいラグジュアリーの担い手となる若い人たちの関心と無理なく重なります。実際、カメラーナさんたちが支援するスタートアップは、若い人が手がけるものと、カメラーナさんと同世代が手がけるもの、その両タイプがあります。

こう聞いて、「世代論自体にあまり意味がない」と言われればそれまでですが、ぼくがカメラーナさんと話していて感じるのは、「自分たちの世代が主人公ではないから、若い人たちの背中を押そう」というよりも、「自分たちが面白いことをやっていれば、自ずと若い人たちも集まってきて、そのなかで皆が助け合うようになる」という信念です。彼と仲間たちは、この感覚を40代後半で抱いたのでしょう。

カメラーナさんは「ぼくたちはサポートする会社を探し回らない。市場リサーチからはじまるのではなく、好感がもてる人を介してやってきた話に乗っかるかどうかだ」と言います。「嫌な奴」とあえて付き合う理由はない、と。

どうも、ここに新しいラグジュアリーを進めていくヒントがありそうです。とてもざっくりとした話にも聞こえるかもしれません。中野さん、どう思いますか?

ドラーリという自転車をめぐるビジネスの世界は、新しいラグジュアリーの世界観として見ると、このうえなく理想的ですね。

下町で愛された自転車店を、よき趣味を理解する3人の仲間が受け継いでいく。自転車は「アマチュアで最高峰」の走りをするほどに洗練されており、3人の経営者仲間は「静かでロマンティック」な自転車を愛し、社会課題を解決する他のビジネスを手掛けながら、ほどよいサイズ感で仕事をしている。彼らの周囲には、世代と問わず感じのよい人を介して風通しの良いコミュニティが形成され、その先にビジネスが自然に好循環を生んでいく。

歴史のモダンな継承、手作り工房、ロマン主義、量より質、日々の快適、ローカリティ、人間尊重、コミュニティ、世代を超えた「We」の風景などなど、新しいラグジュアリーを描くときに浮上する要素がすべて無理なく揃った風景は、映画になりそうなほど素敵です。こうした具体例は、新しいラグジュアリーを模索する人々にとって、インスピレーションとなるでしょう。

この美しい理想にコメントのしようもないので、今回は「自転車」「歴史のモダンなアップデート」「次世代継承」という3つのキーワードを拾い、それぞれに関して新しいラグジュアリーの観点から最近の見聞や体験を見直してみる、という実験を行ってみました。

自転車と文化的アイデンティティ

クラフト感のある自転車はブームにもなっているようですね。ファッション系のインスタグラマーが自転車とともに映る写真が目に留まることが増えました。部屋の中に自転車が飾られたインテリア写真も目にします。

感度の高い服飾品を中心に扱う日本のセレクトショップ「エストネーション六本木ヒルズ店」も、今秋、「マイケル ブラスト」の電動アシスト自転車の取り扱いを始める予定です。実は、展示会でどんな服よりもひときわ「今」の空気を放っていたように見えたのが、ほかならぬこの自転車でした。

20世紀初頭のモーターつきの自転車からヒントを得たという歴史を活かしたルックスに、最新のテクノロジーを組み込ませた「ネオ・ビンテージ」スタイルが、新しい都市の風景を作る予感を抱かせます。服そのものに新鮮な時代感覚を見ることが難しくなった今、自転車がその役割を担いつつあるのだろうかと深読みしたくなったほどです。

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エストネーション六本木ヒルズ店が秋から扱う予定のマイケルブラストの電動アシスト自転車。予価37万4000円(参考モデル)

「マイケル ブラスト」という製作チームのありかたにも、風通しのよさを感じます。オーストラリアを拠点としながらフランス、アメリカ、カナダ、ハンガリーといった異文化混成のユニークな製作チームで、「国」を超えたクールで自由でファンキーな層のアイデンティティに刺さるブランド、という印象を与えています。

新しいラグジュアリーでは「ローカリティ」が大切にされますが、もしかしたら、土地に根ざしたアイデンティではなく、国境を超えた「感覚のローカリティ」にアイデンティティの拠り所を見出すということも「あり」かもしれない。メタバースに住むことが増えるとされる時代にはますますそうなる予感がします。

となると、こういう異文化混成ビジネスのあり方にもまた、未来の可能性の一つを見て取ることができます。

歴史のモダンなアップデート

最近、日本的な新しいラグジュアリーの予兆を感じた宿のひとつに、新潟・六日町の「ryugon」があります。有形文化財に指定されている老舗宿「龍言」が2019年にリノベーションされて生まれ変わったホテルです。

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六日町の「ryugon」

「古民家ホテル」系に含まれるのかもしれませんが、雪国の豪農の重厚な古い建築はそのままに、インテリア、庭園、照明、ホスピタリティがすべてモダンで美しく、適切なサイズ感のもとに気前よく整えられています。

徒歩圏内には旧坂戸城跡のある国指定文化財の坂戸山があり、霊的な体験ができるとともに、周辺の住宅からは、水田や畑と共に暮らす人々の「分を守る」豊かさも感じとることができます。安っぽいお土産店が近隣にないのも爽快で、歴史や土地の恵みとつながることができるツーリズムとして満足度の高いものでした。

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山の中のいたるところに神社や石像、鳥居がある

後から調べてわかったことですが、プロデューサーは、家業である旅館を引き継いで「宿は地域のショールーム」という考えのもとに続々と新しい改革をしている井口智裕さんでした。宿と地域が共生することで生まれる世界を「旅館3.0」と命名し、その思想を具現したホテルとしてこの宿をプロデュース。最先端で活躍するクリエイティブディレクター、ランドスケープデザイナーが、歴史や土地の魅力をアップデートした具体例は、新ラグジュアリーの世界観に通じるツーリズムとして影響を与えそうです。

次世代継承 「だが、今日じゃない」

自分たちが面白いことをやることで若い人も集まり、その中で助け合いながら継承すべきことを継承していくという理想形を、最近では映画「トップガン マーヴェリック」のなかに見ました。

この作品は、安西さんの洗練されたよき趣味の範疇からは外れることは重々承知しています。しかし、私と同年代のトム・クルーズが、映画においても映画製作そのものにおいても、身体を張って自ら楽しみながら若い俳優や現場スタッフを育てていくというやり方には、次世代への伝統継承の希望を見る思いがしました。

「君たちはいずれ絶滅していく種だ」などと言われ、それを認めながらも、「だが、今日じゃない(But not today)」と不敵に返す「はぐれ者」のセリフは、新しい世代の背中を押しながら旧世代が自らをも助けていく「We」の世界を創造していこうとする人にとっての、力強い決め台詞にも聞こえます。

以上の三題伽、ドラーリから連想を始めたもののその洗練さとは遠く離れてしまいましたが、共通するのは、「新しいラグジュアリーという観点で見ると、目の前の現象はどのように映るのか?」という解釈でもあるということです。新ラグジュアリーという、まだ「答え」のないテーマを考え続けることで、目の前の現象や経験の意味もそれに呼応するように収斂していくことがあるという「人体実験」のような話でした。

連載:ポストラグジュアリー 360度の風景

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