水谷利権をめぐる20億円の裏金捜査のはずが... 福島県知事汚職事件が特捜の“大汚点”となった顛末

水谷利権をめぐる20億円の裏金捜査のはずが... 福島県知事汚職事件が特捜の“大汚点”となった顛末

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/02/25

一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

【写真】この記事の写真を見る(5枚)

彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)

◇◇◇

13年ぶりの疑獄捜査

2005(平成17)年12月13日、東京地検特捜部の検事たちが、三重県桑名市を訪れた。水谷建設本社をはじめ、水谷功の自宅を家宅捜索する――。特捜部が目をつけたのが、福島第二原発の残土処理事業の一環として、建設した小高研修センターである。

当初の家宅捜索の容疑は詐欺だった。水谷の経営する日起建設が、政府の独立行政法人「雇用・能力開発機構」から建設教育訓練助成金を騙し取ったという容疑だ。重機を扱う水谷建設では、ブルドーザーやパワーショベルなどの従業員に対する操縦訓練が欠かせない。その技術研修のため、国が研修所建設や備品などにかかった半分の金額を助成する制度があり、水谷建設は1億5千万円の補助金を不正に受給したとして、関連先をガサ入れされたのである。

名古屋国税局から東京地検に提供された水谷建設の経理資料をもとに家宅捜索がおこなわれた。だが、捜査の目的は別のところにあった。地検特捜部がこの先、東電がらみの不明朗なリベートをはじめとした原発利権の暗部に切り込む。もっぱらそう囁かれた。

No image

©iStock.com

そんな小高研修センターがらみの家宅捜索からおよそ半年後の06年7月8日、東京地検特捜部は捜査容疑を詐欺から脱税に切り換えた。その手はじめに水谷建設の元経理担当常務、中村重幸を逮捕する。容疑は法人税法違反だ。脱税対象になったのは03年と04年の2年で、水谷建設は38億1千万円の所得を隠し、実に11億4千万円の課税を逃れていた事実が判明する。続いて特捜部は隠した40億円近い所得のうち、水谷功が20億円を裏金として使っていたと睨んだ。裏金の運び役として浮上した下請け業者を逮捕し、水谷建設の政官界工作について徹底追及する構えを見せた。

「金丸信の脱税事件以来、13年ぶりの大がかりな疑獄捜査」

東京地検の捜査はそう呼ばれ、捜査対象は広範囲に及んだ。特捜検事たちは水谷建設の頭文字をとり、「Mファイル」と名付けられた捜査チャートを作成し、一大疑獄事件の摘発へ、世間の期待が高まっていった。

同時多発的に展開した政官界工作

この時期の水谷建設による政官界工作は、同時多発的に日本全国で展開されている。そのため東京地検は特捜部だけでは人員が足りず、国税局や警察の手を借り、捜査に乗り出した。Mファイルの捜査材料は、その地域ごとに「福島ルート」や「北海道ルート」、「九州ルート」、「三重ルート」といった具合に分けられ、なかには「北朝鮮の国交回復」にからんだ「北朝鮮利権ルート」もあった。

このうち福島ルートと呼ばれた福島県知事の汚職は、特捜部として最もやりやすい事件だと見ていたのかもしれない。本格捜査に着手したのち、いち早く立件された。水谷建設の経理担当常務たちの逮捕と同時に、知事の佐藤栄佐久の実弟が経営していた「郡山三東スーツ」をはじめ、関係先を一斉捜索している。

また北海道では、建設中だった道内美瑛町の「忠別ダム」の工事を巡り、かねてより6億円の裏金が浮上していた。ダム工事で大成建設の下請けに入った水谷建設から、土地買収に絡んで北海道旭川開発建設部の調査官を通じて地元業者に裏金が支払われたという。もとは北海道警察捜査二課が捜査していた案件だったが、うやむやになっていた。東京地検特捜部がそれを改めて仕切りなおししようとしたのである。

さらに九州ルートでは、水谷建設と福岡県選出の自民党参議院議員である松山政司との関係が注目された。04年、水谷が松山のファミリー企業「松山建設」に対し、1億5千万円を融通していた一件が取り沙汰される。水谷功は政界における松山のボスで同じ福岡選出の実力者、古賀誠の元秘書と親しかった。東京・向島の料亭で何度も席をともにしていたことから、水谷建設の福岡政界ルートとしてクローズアップされたものだ。

そして水谷の地元三重ルートでは知事だった北川正恭の秘書と水谷との腐れ縁、北朝鮮ルートでは砂利利権が浮かぶ。かつて自民党時代の鈴木宗男について「疑惑の総合商社」と指摘したのは辻元清美だったが、水谷建設の水谷功は鈴木よりもっと守備範囲が広い。まさに水谷のまわりは、政官界における利権が渦巻いていたといえる。

アルジェリアへ避難した理由

経理担当の側近が逮捕され、みずからの喉元に捜査の切っ先が迫るなか、水谷功本人はいったん国外に避難した。行く先は、アフリカのアルジェリアだ。かつてのフランス領である。

水谷建設は、日本政府が進めるアルジェリアの政府開発援助(ODA)事業に参加していた。表向き水谷の渡航は、工事視察のための海外出張だった。だが、もちろん目的はそれだけではない。

「水谷建設の裏金は、もっぱら海外で捻出されてきました。特捜部の捜査が迫るなか、その対策を練る必要に迫られたのではないでしょうか」

当時、水谷功の相談に乗っていた水谷建設の関係者は、その行動についてこう注釈を付ける。すでに当人がみずからの逮捕を予見していたのかもしれない。06年7月1日に日本を離れたあと、しばらく帰国しなかった。当初、フランス経由で帰国する予定だった成田便をキャンセルし、経由地のパリで捜査の様子をうかがっていたという。その間、水谷建設の経理担当常務をはじめ、側近たちが東京地検に次々と逮捕された。一方で当の水谷功は帰国前日にあたる7月7日夜、パリで朝日新聞の電話インタビューに答えている。

〈何で私ばかりをいじめるのかなあ。(捜査に)協力してほしいと言ってくれれば応じるのに、私をたたこうとしている〉(06年7月13日付朝日新聞朝刊)

空港で待ち構えていた特捜検事

逮捕された常務について、8日夜にはこう言った。

〈あいつには責任がない。僕が出て、あいつを早く帰さないとかわいそうだ〉(同前)

その言葉どおり12日、水谷はパリからマカオに立ち寄って韓国の仁川空港に向かう。驚いたことに、パリからの帰国途中、ソウルのカジノ、ウォーカーヒルに立ち寄ったという。そうしてようやく、全日空機で金浦空港から羽田空港に向かった。

羽田空港で水谷を迎えたのは、拡張された現在の真新しい国際線ターミナルビルではない。以前、空港敷地のなかの隅にぽつりとあった、古くて小さな国際線用ターミナルだ。水谷がそこにあらわれたところを、待ち構えていた10人の東京地検の特捜検事や係官がとり囲んだ。逮捕状を突きつけられ、そのまま身柄を拘束された。

直接の逮捕容疑は、前述した11億4千万円の脱税だ。しかし地検の本当の狙いは、彼が深くかかわる複雑な政界利権の解明である。福島県知事汚職は、あくまでその捜査の一端だと見られていた。

大工事にからむ知事の汚職

水谷の逮捕から2カ月後の9月25日、特捜部は縫製会社「郡山三東スーツ」社長の佐藤祐二ら3人を逮捕する。祐二は福島県知事の実弟であり、逮捕容疑は福島県発注の流域下水道整備工事をめぐる競売入札妨害だ。不正な受注調整、ゼネコン業界でいうところの談合の摘発である。

捜査の過程で特捜部が着目したのは、郡山三東スーツが所有していた郡山市内の土地取引だった。土地を所有する郡山三東スーツは、いわば佐藤家の家業であり、祐二の兄である県知事の佐藤栄佐久も、02年まで重役に名を連ねていた会社だ。特捜部はそこに、水谷建設や前田建設との不正な取引があったと見た。

事実、不正取引は01年、郡山三東スーツが土地を担保に、前田建設グループから4億円の融資を受けていたことから始まっている。翌02年8月、水谷建設がくだんの土地を8億7千万円で買いあげ、実弟はその売却益を原資に前田建設に融資を返済した。おまけにその翌03年になると、水谷建設は購入代金そのものにも1億円上乗せした。合計すると、水谷側から郡山三東スーツサイドに渡ったのは、9億7千万円にのぼった。

そんな経緯から地検は、この土地買い取りそのものが、水谷建設による知事側への賄賂にあたるのではないか、として捜査に乗り出す。賄賂の見返りとして知事が県内の木戸ダム発注工事を前田建設のJV(編集部注:建設業における共同企業体)に受注させ、裏金工作を担った水谷が下請け工事に加わったのではないか。前田建設JVの工事落札額206億円という大工事にからむ知事の汚職事件。それが特捜部の描いた事件の筋書きだった。

福島県政に君臨してきた大物知事

特捜部は、土地購入代金である合計9億7千万円が、時価をはるかに超えた不当な金額だと判断した。そして郡山三東スーツの元役員で大株主だった知事が弟の社長と共謀し、ダム工事を受注させた賄賂にあたると断定し、水谷逮捕から3カ月後の10月23日、佐藤栄佐久に縄を打つのである。実際、佐藤はゼネコン各社に選挙応援を頼んできた。弟もまた建設業界の談合に一枚噛んでいたことから、辞職した。そのすぐあとの摘発だった。

ちなみに贈賄側の水谷は、すでに3年の公訴時効が成立していたため、汚職事件における直接の罪には問われていない。特捜部がよく使う収賄の時効5年との時間差を利用した常套手段の捜査でもあった。

事件の詳細については、これまでさんざん報じられてきたので割愛するが、佐藤栄佐久は参議院議員から88年9月の知事選に出馬して以来、福島県政に君臨してきた大物知事だ。5期18年目に突入した知事の逮捕は、東京地検特捜部として決して小さな事件ではない。しかし、水谷建設の先にあるゼネコン業界の利権構造は、それよりもっと奥が深い。この事件捜査は入口に過ぎないはずだった。否応なく、捜査がどこまで発展するか、事件の成り行きに世間の関心が高まった。

収賄額0円の有罪判決

ところが、ここから特捜部の捜査は迷走する。とりわけ窮地に陥ったのが、逮捕後の公判だ。地検の事情聴取で収賄を認めた佐藤側が、土地売買の賄賂性について争うようになる。佐藤側の代理人として法廷に立ったのが、元名古屋高検検事長の宗像紀夫だった。

東京地検特捜部長時代にゼネコン汚職捜査の陣頭指揮をとった宗像は、土地の購入価格そのものが通常の取引相場と変わらない、と反撃に出る。手強いヤメ検弁護士を相手に、検察側は公判で大苦戦を強いられていく。

問題は土地の価格だった。検察側は郡山三東スーツの土地の時価を8億円だと見て、実際の取引価格9億7千万円との差額1億7千万円を賄賂と認定した。一方、弁護側はテナントの賃料やその後の転売価格などから、9億7千万円が相場どおりだと反論する。そうして公判は全面対決の様相を呈した。形勢はやはり検察側に分が悪かった。

08年8月8日、東京地裁は兄の佐藤栄佐久に懲役3年、弟の祐二に懲役2年6カ月の有罪判決を言い渡したが、いずれも執行猶予5年がつく。それでもなお不服とした知事側は控訴し、1年後の09年10月14日に改めて東京高裁の判決が出る。その結果は栄佐久が懲役2年、祐二が1年6カ月の有罪となる。ともに1年も減刑されたうえ、問題の賄賂性については事実上の金額をゼロとした。

水谷功の本当の狙い

東京高裁は土地を現金化できたことが賄賂にあたる、と辛うじて収賄行為そのものを認めたものの、検察側にとっていかにも厳しい裁判所の認定である。そうして、この福島県知事汚職事件は、いまや大きな捜査の汚点の一つに数えられるまでになってしまう。

ただし、水谷功が見返りも期待せず、土地を買い上げてやるほど人がいいか、といえばそうではない。

「もともと知事に近づこうとした目的は、木戸ダムの受注だけではない。それよりむしろ、原発における知事の立場が問題だったのではないでしょうか。福島では第一、第二ともに原発事故を引き起こしてきたうえ、測量データの改竄問題まで起きました。この間、東電は発電所の運転停止に追い込まれた。東電としては、青森・六ヶ所村の核燃料再処理施設やプルサーマル計画を立ててきました。しかし、福島県の佐藤知事は原発反対に転じ、プルサーマル計画をストップした上、県内の原発運転再開の目途すら立たなかった。東電が弱り果て、そこからいろんな動きがあったのだと思います」

そう解説するのは、ある検察OBだ。ここで、東電の相談相手であるフィクサー、白川司郎の存在が浮かんだ。水谷建設が福島第二原発で残土処理を引き受けたのも、白川をとりまくこのあたりの事情と無縁ではない。福島県知事の捜査について、原発反対の福島県知事を狙い撃ちにした東京地検の国策捜査だという評判も立った。だが元来、知事に対する特捜部の見方は違った、と検察OBが続けた。

「水谷建設を脱税で摘発した当初の特捜部の狙いが、東電がらみにあったのは間違いありません。そこでは水谷が原発反対の知事を懐柔するため、知事に近づいたという事件の見立てだった。捜査の成果はともあれ、実はその見立てのほうが正しかったのではないでしょうか」

しかし結局、東電への捜査は沙汰やみになり、事件は水谷と知事側との不可解な土地取引という賄賂へ矮小化されてしまう。しかも結果的に知事の汚職事件における賄賂性はずいぶん薄まった。

水谷功の土地買収が、知事に見返りを期待していなかったわけではない。水谷功は策をめぐらせ、必死に建設業界の暗流を泳いできた。そこから魑魅魍魎が顔を出してきた。

【後編を読む】

腹にぐるぐる巻きにしたさらしに二丁のピストルが… 小沢一郎への裏献金を証言した水谷功とやくざの“蜜月”へ続く

(森 功/文春文庫)

森 功

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加