今久留主成幸が語る明治大野球部と島岡吉郎監督とのエピソード。明治魂とは「選手への愛情と勝利への執着。みんな島岡教の信者だった」

今久留主成幸が語る明治大野球部と島岡吉郎監督とのエピソード。明治魂とは「選手への愛情と勝利への執着。みんな島岡教の信者だった」

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  • 更新日:2023/01/25

『4軍くん(仮)』コミックス第1巻発売記念SPECIAL!
大学野球を10倍楽しく見よう!特集〜第5回 明治大OB・今久留主成幸氏

『ヤングジャンプ』で連載中の『4軍くん(仮)』のコミックス第1巻発売を記念して、「大学野球を10倍楽しく見よう!」特集がスタート。東京六大学野球部OBの6人にご登場いただき、母校について熱く語ってもらった。第5回は高校時代に桑田真澄、清原和博らとともにPL学園の黄金期を築き、明治大では主将としてチームを牽引した今久留主成幸氏だ。

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明治大卒業後は横浜、西武でプレーした今久留主成幸氏

【島岡御大の言葉が成功報酬】

── 明治と言えば島岡御大です。島岡吉郎監督は1952年から監督、総監督を37年務めて、東京六大学リーグ戦で明治に15回の優勝をもたらしました。厳しくも情に厚い『人間力』重視の野球を提唱した島岡御大の明治で最後の主将を務めたのが今久留主さんです。島岡御大とはどんな思い出が蘇りますか。

今久留主 御大が常々おっしゃっていた『なんとかせえ』という言葉を受けて、僕らは試合でも人生でも勝ちにこだわってきました。御大はリーグ戦で負けると烈火のごとく怒り狂うんです。だから試合終了と同時にメンバー外の下級生は神宮球場からダッシュで銀座線です。

── その"ダッシュで銀座線"のフレーズは明大野球部あるあるのなかで聞いたことがあります(笑)。

今久留主 そう、神宮球場から外苑前の駅まで妥協なきダッシュです。で、銀座線に飛び乗って、渋谷で京王線に乗り換えて、つつじヶ丘にあったグラウンドまで大急ぎで戻ります。すぐに水を撒いて、整備して、メンバーの帰りを待たなければなりません。その後は暗くなるまで延々と練習です。

御大はずっと何も言わずに座っていました。時折、怒りがこみ上げてくるのか『バカ野郎、この野郎』と呟いていて、練習はいつまでも終わりません。当時の主務(マネージャー)だった岩井(俊樹)さんが『監督、選手にご飯を食べさせないと力が出ません』と耳元で囁くと『ご飯食わなきゃ力出ないんだよ、ご飯食わしてやってくれ』となって、ようやく練習が終わります。

── 試合をして、戻って、夜まで練習して......。

今久留主 でも夜遅くなって、また集合がかかります。室内練習場へ行くと、御大が『負けちゃいけないんだよ』と言い出していて、夜中までバント練習です。そのうち御大がウトウトすると、また岩井さんが『明日は大事な試合なんで、選手を休ませないと力が出ません』と囁いてくれる。それを聞いた御大が『力が出なきゃ困る、力が出なきゃ困るんだよ』となって、今度こそ練習が終わります。みんなヘトヘトなのに、最後、御大に『頼むよ、明日、頑張ってくれよ』と言われると、一斉に『ウオーッ』と感極まって叫ぶわけです。みんなが島岡教の信者でしたね。

── 明治の野球部に集うのは高校時代の腕自慢ばかりのはずなのに。

今久留主 そういう猛獣たちをうまく束ねて、猪突猛進の強いイノシシ軍団をつくり上げたのが島岡御大でした。それが明治の強さだったのかなと思います。

── 歳を重ねていくほど、理不尽なことを口にする島岡御大に、それでも選手たちがついていったのはなぜだったのでしょう。

今久留主 御大は野球を愛していましたし、選手のことも愛していました。その愛情は半端なかった。同時に、勝つことへの執着も半端なかった。だから負けると怒り狂うわけです。逆に勝てばものすごく喜んでくれる。『ありがとう、ありがとう、みんな、ありがとう』って......御大が喜んでくれるだけでまた『ウオーッ』となる。御大の言葉が成功報酬なんです。

【伝統の継承と改革の断行】

── 当時の今久留主さんと島岡御大の年齢差は56もありました。祖父と孫くらい、離れていたんですよね。

今久留主 でも御大のやることって、古いばかりでもないんです。たとえば明治ではトイレ掃除は主将がやります。一番嫌なことを上級生がやるんです。それを下級生が見ていれば、粗相なんかできなくなりますよね。東京六大学でブレザーをとり入れたのも明治が最初でしたし、寮ではTシャツ、ジーパンは御法度で襟つきのシャツを着なければなりませんでした。坊主をやめさせたのも明治が最初でしたし、今は当たり前になっている女子マネージャーも明治が最初です。明治は伝統を残しつつ、時代に合った改革を断行してきました。

── グラウンド以外の島岡御大の姿で、何か覚えていることはありますか。

今久留主 試合に勝つと『おい、みんな、今日は散髪へ行ってくれ』と言うんですよ。『散髪行ってね、身だしなみを整えてね、パリッとして、気持ちよく過ごしてくれ、今日はありがとう』って......御大にそんなふうに言っていただくと、みんながまた『ウォ〜ッ』って。

── いちいち『ウォ〜ッ』と叫ぶんですね(笑)。

今久留主 あとは、すえひろ5(ファミレス)でサイコロステーキとオニオングラタンスープを食べているところかな。御大はほぼ毎晩、そこで食事をされていたイメージです。僕らもよく連れて行っていただきましたが、御大は自分が食べ終わったら『よし、帰ろう』と言って、本当に帰っちゃうんです。だから出てくるのが遅かったり、食べるのが遅い選手は、やけど覚悟で熱々の肉を口の中に放り込むんですよ。

でも、早く食べ終わったら終わったで『何だ、足りないのか、もっと食え』と追加で注文されてしまう。そうすると、御大の『帰るぞ』にあわせて熱々を口に放り込まなきゃならなくなるので、結局、やけどする(笑)。

── PL学園でKK(清原和博・桑田真澄)コンビの同級生キャッチャーとして3年夏の甲子園を制覇、プロでは大洋(現・横浜DeNA)、西武で10年プレーして、現在は広島の社会人チーム、ツネイシブルーパイレーツの統括アドバイザーを務めています。そんな今久留主さんにとっての"明治魂"は、どんな言葉が当てはまりますか。

今久留主 明治魂......それはやっぱり人間力です。たとえば朝の5時半に1年生がグラウンドへ出てくるんですが、御大が出てくるのはそれよりも早かった。で、最後のグラウンド整備を暗くなるまでジーッと見ている。そうすると、ある日突然、御大が『こいつを使ってみてくれ』と言い出すんです。実力的には『なぜ?』と、みんなが首を捻るような選手なのに、でも彼が試合に出るとポテンヒットを打ったりするんですよね。

そういう時、御大は顔をくしゃくしゃにして『あいつには野球の神様がついているんだよ』と喜ぶんです。それが御大の魅力であり、明治魂でもあると思います。最後の最後まで手を抜かずに、心を込めて野球をする......そういう選手に野球の神様は味方する、という人間力を大事にする発想は、僕らに染みついていました。人間力という言葉には、強くあれという一人の力だけじゃなく、人と人をつなげる力も含まれていて、それが明治魂を象徴していると思っています。

今久留主成幸(いまくるす・なりゆき)/1967年5月10日生まれ、大阪府出身。PL学園では3年時に桑田真澄、清原和博の"KKコンビ"とともに夏の甲子園で優勝。明治大に進み、4年で主将を務め、秋のリーグ戦でベストナインを獲得。89年のドラフト会議で大洋(現・横浜DeNA)から4位指名を受け入団。95年のシーズン途中に西武へトレードされ、99年限りで現役を引退。現在はツネイシブルーパイレーツ硬式野球部の総括アドバイザー、株式会社WELSOCで役員を務めている。

石田雄太●文 text by Ishida Yuta

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