《高校生直木賞》「コロナ禍を生きる私たちと重なる」 「加速感がある『オルタネート』」 高校生たちが‟伊吹有喜”と“加藤シゲアキ”の小説を受賞作に選ぶまで

《高校生直木賞》「コロナ禍を生きる私たちと重なる」 「加速感がある『オルタネート』」 高校生たちが‟伊吹有喜”と“加藤シゲアキ”の小説を受賞作に選ぶまで

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/07/22

2021年5月30日に行われた第8回高校生直木賞は、伊吹有喜さんの『雲を紡ぐ』(文藝春秋)、加藤シゲアキさんの『オルタネート』(新潮社)の史上初の2作受賞となった。4時間をかけて受賞作を選んだ、高校生たちの熱い議論の様子をお伝えする。(全2回の1回目。後編を読む

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全国から32校の応募

1年分の直木賞の候補作の中から、高校生たちが自分たちだけで議論をして1冊を選び出す高校生直木賞に、今年は北海道から鹿児島まで全国から32校の応募があった。昨年と並ぶ過去最多の参加数である。

昨年の時点では1年限りの応急処置と思われたが、今年もオンラインでの本選会を余儀なくされた。

しかし、1年以上を経て誰しもが画面越しのやりとりに慣れ、今年の議論は昨年にも増して熱を帯び、途中で大きく流れの変わる場面があった。

各高校での予選を経て、代表1名が所定の時間に画面に顔を出す。自宅の一室で普段着の者もいれば、学校の教室で制服をまとい、おそらく周りに同じ学校の仲間たちが控えているだろう者もいた。

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学校や自宅など様々な環境から参加する高校生たち ©文藝春秋

それぞれがリラックスできる環境で参加でき、またもし今対面でならばマスクで覆わねばならない表情を互いに見ることができるという、リモートならではのメリットもあった。口角泡を飛ばしても誰からも顰蹙を買いはしない。さらには口頭で発言できなくても、チャット機能を用いて意見を述べることもできる。

かくして誰憚ることなく、なににも忖度することのない、高校生たちの熱い議論の火蓋が切られた。

予選の候補となったのは第163、164回直木賞候補作の中から次の5作。伊吹有喜『雲を紡ぐ』、伊与原新『八月の銀の雪』、加藤シゲアキ『オルタネート』、西條奈加『心淋(うらさび)し川』、馳星周『少年と犬』。

それぞれを高校生たちはどう読み、どう論じたのか。以下、ごく一部ではあるが議論の様子を抜粋する。まずは各作品ごとの議論から。

読みながらやさしい気持ちになれる

伊与原新『八月の銀の雪』

・文系/理系を決めなければならない自分たちにとって、これからの人生に関わる話。科学の難しい内容を噛み砕いて小説という形にしているし、短編集ということで本を普段読まない高校生にも読みやすいのでは。

・理系の自分にはおもしろかった。知らなくても楽しめるし、興味がある人はさらに深く学べる。新しいことが学べ、読む前と読んだ後で自分が変わる。

・文系の自分にはわかりづらいところもあったが、科学を通じて人と人とが近づくところに共感できた。

・専門的なところで躓く人がいるのは作者の想定内。主人公もまた無知なところからはじまり、読者と一緒に成長する。それこそ作者のねらったところなのではないか。

・科学を扱った小説は説明が多くなりがちだが、この作品はそうではない。人間がしっかり描かれていて、科学の話と文学が融合できている。特に風船爆弾が登場する「十万年の西風」が好き。

・登場人物たちが社会の底辺で暮らしながら、重苦しすぎず、文章がきれいで、すっきり読みやすい。表紙も綺麗で、タイトルの「八月の雪」ってどういうことだろうと目を奪われる。

・どの話もコンプレックスを持った人が主人公で、それぞれの葛藤に科学が寄り添っているのが印象的。

・どの短編も読みながらやさしい気持ちになれる。

脳内で映像化したら非常に面白い

加藤シゲアキ『オルタネート』

・他の4候補作は悲しい結末だったが、これはハッピーエンドで良かった。

・高校生限定のアプリという発想が画期的。ただ、視点がクルクル変わって、はじめは混乱した。

・綺麗でカジュアルな青春小説。装丁にアプリのアイコンがあしらわれていて良かった。視点人物3人中2人はそこまでオルタネートというアプリに関わっていない気がした。

・いや、3人の間で視点が変わることが「オルタネート」を示しているのでは。マッチングアプリというと恋愛しかないのかと思って読んだが、他の人間関係も含まれていてよかった。

・群像劇としての完成度が高く、いらない人物がいない。また話の展開の速さ、ざわざわした感じこそがこの作品のよいところ。高校生に読んでほしい。

・加速感がある。作品の構造がよく練られていて、別々の線が最後に一気に1本になる。ただ、普段本を読まない人には冒頭に難解な語も多く、読みにくいかも。

・視点が変わるのは読みづらいとはいえ、各人物を掘り下げるためにはこの書き方しかない。そのおかげで共感できた。難しく思えても、ある地点まで辿り着けば、そのあとは一気に読ませる。普段小説を読まない人でもそこまでいけば読める。

・自分は普段あまり本を読まないが、この作品を脳内で映像化してみたら非常におもしろかった。

・最後の文化祭のシーンの勢いがすごく、読むスピードも上がる。純粋に楽しめる。作品全体が一つの文化祭のようだ。マッチングアプリや同性愛などさまざまな要素が詰め込まれているが、SNSやそれを通じた新しい人間関係に対する説教臭さがない。

ラストが衝撃的

西條奈加『心淋し川』

・時代物としては入りやすいが、江戸時代の話なので、どうしても馴染みのない単語が多く、全ての高校生が楽しめるのか疑問に感じた。

・短編集ということで読みやすい。伏線が回収され、ラストは衝撃的。「冬虫夏草」の嫁と姑の関係は、現代にも通じる。

・「冬虫夏草」には人間らしい感情が描かれていると思った。自分も心町に住んでいるような気分になれた。主人公が同世代の話もあって物語に入り込める。

・やるせないまま生きていく人たちというのがこの本のテーマだと思うが、自分たちには少し早いという気もした。もう少し色んな経験をしてから読みたかった。

・用語や雰囲気がわからないという意見もあったが、描写が美しく、江戸の裏町に住んでいる人たちの感情がありありと浮かび上がってくる。高校生に向いているかどうかより、高校生の自分たちがどう感じたか、高校生が選んだということに価値があるのではないか。

・読者に新たな価値観を与えたり、作品のメッセージからなにかを考えさせられたり、さまざまな角度から人間を繊細に描いている作品が高校生直木賞にふさわしいと思って臨んだ。その点、今作は非常にマッチしている。文章が綺麗で、ミステリー要素もある。時代は現代とは違っても、家族や土地に縛られているのは変わっていないし、普遍的な価値観を描いていると思う。

・厳しい環境で懸命に生きる姿は、コロナ禍の中を生きる我々の姿にも重ねられるのでは。

人生の選択をするときにこの本を思い出す

馳星周『少年と犬』

・これまでの動物が出てくるたんなるハートフルな小説とは違った新鮮な魅力があった。

・『不夜城』の作者が帯にあるような感動的な作品を書くかと思っていたが、やはり人が死んでいく話で、ミステリアスな要素もある。

・まず表紙がカッコいい。闇を抱えた人間が犬を通して光を獲得していく話だと読めた。

・動物が苦手な自分でも感動した。犬の多聞が元の飼い主の元に戻るまで色んな人に寄り添っていた。犬にも感情があるのかもしれないと思わせられた。

・動物を通じて人間のもろさをうまく表現している。

・東日本大震災も熊本地震も、自分たち高校生みんなが経験しているので入り込みやすい。人と犬のつながりは感動しやすいし、友人にも勧めやすい。

・短編の各話がすべて繋がっている構造がすばらしい。ただ、わからないところもある。犬は天使のようでもあり、しかし出会う人が次々と死ぬので、死神の要素もあるのか。また、雑誌掲載順と収録順が違うことの意味はあるのか。表紙で犬が逆を向いている意味は。

・犬は一瞬の幸福を与えてくれる存在だろう。全国を渡っていって、最後の最後に崖まで来て、これまでの方向を振り返っているのではないか。

・一匹の同じ犬が、接する人間により全く変わる。この犬がいたことによりよい死を迎えられた。

・助けたり助けなかったりするので、死が救済というのは早計ではないか。犬はたまたまとおりかかっただけだ。

・犬が優しさで人を救うのではなく、人が勝手にそこに投影して救われた気になる、という物語として書かれているのではないか。感動的な話というわけではもともとないのでは。

・それでも、人生の転換点に犬が寄り添っている。読者として、自分が人生の選択をするときにこの本を思い出すような気がする。

【続きを読む『雲を紡ぐ』と『オルタネート』を選んだ高校生たちの4時間の‟激論” 「自分でやりたいことがわからない高校生に届けたい」「家族愛か青春か…」

INFORMATION

夏休みには一般の方も参加が可能な「高校生直木賞」のイベントも開催されます。
詳しくは以下のページをご覧ください。
https://books.bunshun.jp/articles/-/6328

『雲を紡ぐ』と『オルタネート』を選んだ高校生たちの4時間の‟激論” 「自分でやりたいことがわからない高校生に届けたい」「家族愛か青春か…」へ続く

(伊藤 氏貴/オール讀物 2021年7月号)

伊藤 氏貴

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