
この記事をまとめると
■ミシュランが商用バンを使ったエアレスタイヤの実証実験を開始した
■道路運送車両法では空気入ゴムタイヤ使用が前提でエアレスタイヤは基準に適合しない可能性がある
■日常整備の容易さはシェアリング向きでユーザーメリットも多いが課題も多い
クルマだけでなくタイヤも大きな変革期を迎えている
クルマの足もとを「空気入ゴムタイヤ」が支えているというのは、電動化が進んでいる昨今でも世界中の自動車に共通する要素だが、CASE時代にはタイヤも大きく変化しそうだ。
2023年1月、タイヤテクノロジーをリードするミシュランは、シンガポールにおいて新世代エアレスホイールテクノロジー『ミシュラン アプティス・プロトタイプ(MICHELIN UPTIS Prototype)』を装着した車両の運行が始まったことを発表している。運送大手のDHLとのコラボレーションによる社会実験ともいえるもので、2023年末までには約50台のDHL 車両がアプティスを装着し、配送業務に就くということだ。

アプティスと名付けられたエアレスタイヤについては、2019年の段階で「2024年に乗用車向けモデルを発売」という目標が掲げられていた。2023年に商用バンを使った実証実験が始まったところを見ると、順調に開発は進んでいるといえそうだ。
その構造は見てのとおり。通常の空気入ゴムタイヤと異なり、サイドウォールがなく、トレッド面は空気ではなく樹脂やゴムなどの複合材料で作られた無数の柱によって支えられている。空気を密閉するという基本構造を捨てたことにより、パンクという概念から解放されることが最大のメリットといえる。

実際、ミシュランだけでなくブリヂストンやトーヨータイヤも、似たような構造のエアレスタイヤについて開発を進めていることは知られている。
ただし、エアレスタイヤについては公道走行が難しいという意見もある。それは道路運送車両法に基づく保安基準において、自動車には「空気入ゴムタイヤ」を用いることが大前提となっているからだ。当然ながら適切な空気圧にすることも定められている。
そのルールを厳格に適用すると、空気の入っていないタイヤというのは、パンクした状態で走行しているタイヤと同様とみることができ、保安基準を満たしていないとされかねない。

もっとも、小型特殊車両などにおいては総ゴム構造のタイヤも存在している。そうした小型特殊車両はナンバーを取得するなど一定の条件を満たせば公道を走ることも可能であり、空気入ゴムタイヤを適正な状態で使っていなければ保安基準を満たないというのは、法律を厳密に解釈しすぎているという見方もできそうだ。
メンテナンス負荷軽減はシェアリングでは大きなメリットになる
それはさておき、パンク知らずのエアレスタイヤに注目が集まっているのは、CASE時代になっていることも大きく影響しているだろう。
CASEの「S」はシェアリングの意味だが、シェアリングカーの運用においては、パンク知らずでエア圧の管理も不要なエアレスタイヤというのは、メンテナンス負荷の軽減、車両の稼働率向上といった点においてメリットが大きい。

一般論としてエアレスタイヤは、乗り心地やグリップ性能といった点においては従来型の空気入ゴムタイヤには敵わないというのが現状の技術レベルといわれているが、シェアリングカーであればそうした要素については多少目をつぶってでもランニングコスト低減というメリットのほうが大きくなってくる。
エアレスタイヤがパンクという現象をなくせば、スペアタイヤやパンク修理キット、ジャッキにレンチといった工具も不要になるということだ。当然、車両のコストダウンにもつながるし、スペアタイヤなどの廃棄による環境負荷もなくなるのだ。

エアレスタイヤの寿命や交換コストについてはまだまだ不明な点も多いが、構造的にホイールと一体になっているため、タイヤ交換ではなくトレッド部分の張り替えを前提とした設計が考えられている。
現在でも大型トラック用のタイヤなどではトレッドゴムの張り替えによる再生タイヤというのはローコストな手段として知られている。エアレスタイヤの普及が進めば、タイヤ交換により発生するCO2を削減することができ、環境負荷を減らす効果が期待できる。
初期の投資(車両価格)は上がってしまうかもしれないが、メンテナンス不要でランニングコストを低減するソリューションとしてユーザーメリットは大きい。エアレスタイヤが実用的な価格帯となり、自動車メーカーが標準装備するようになれば、一気に普及が進むだろう。

ただし、愛車をカスタマイズしたいという向きにはエアレスタイヤの普及というのは悪夢となってしまいそうだ。タイヤとホイールが一体になっているので、好みのアルミホイールに換えるといったカスタマイズは事実上不可能になるかもしれない。スポーツ派にとっては当たり前の、ハイグリップタイヤに交換するというチューニングも過去の話になってしまうかもしれない。
山本晋也