母を亡くしたときに心に誓ったこと【スタイリスト佐藤佳菜子さん】

母を亡くしたときに心に誓ったこと【スタイリスト佐藤佳菜子さん】

  • mi-mollet(ミモレ)
  • 更新日:2022/06/23

ファッションスタイリスト佐藤佳菜子さんが思いを綴る連載です。

12年前に母がある日突然亡くなった。母自身も知らない病気が体の中に潜んでいて、本当に、一晩のうちにひとりで亡くなってしまった。その時、わたしは28歳で、心に誓ったことがある。

「人生はいつ終わるかわからない、突然、明日が来ない可能性があるなら、やりたいことは今やろう、先延ばしにする時間なんてもしかしたらないのかもしれない」

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でも、やっぱりわたしはバカだから、あの時、センセーショナルに感じたその気持ちを、うっかりすぐに忘れてしまう。あれから12年経って、自分は本当にやりたいことを後回しにせずに生きてこれいているだろうか、とふと思った。日常に忙殺されて、やれていなかったことがいつのまにか結構溜まってきている。

わたしの体は、ハーフ母親の遺伝子でできているとしたら、わたしだって早死の可能性があって、母が亡くなった年齢までもう16年しかないのだ。今年で40歳。人生があと16年しかないのなら、なにがしたいか。それから、なにはしたくないか。一回立ち止まって、バカな頭の中を整理して、喝を入れなおさなければと最近思っている。

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ただ、わたしのもう半分は、呑気で楽天家で、むだに長生き家系の父親の遺伝子でできていて、そのハーフポップな血がわたしを甘やかしてしまう。つい、まぁ、いいわ、なんとかなるわ、と大きな気持ちで構えてしまうのだ。そして、こんなちゃらんぽらんでうっかり者の大人が完成した。

天才的にちゃらんぽらんな父親のことを、陰でこっそり「ミスターポップ」というあだ名で呼んでいたら、最近そのしっぺ返しが来た。甥がことあるごとに言ってくるのだ「ねね(わたしのこと)は、じゆうじんだよね」。

本能でしか生きていない野生の7歳児に自由人と呼ばれる屈辱たるや。山手通り沿いの雑草をサラダバー感覚で学校の帰り道に食べていることが発覚した甥。野良猫しか通らない家と家の隙間を自由に行き来する甥。ステーキの上に乗っているフライドガーリックをみて、この50円玉はなに? と聞いてきた甥。キミの自由さには敵わんよと言いながら、だんだん自分が父親に近づいてきてやしないかと、内心ビクビクしている。血は争えない。

あれ、なんの話をしていたのか、すっかり脇道に逸れていました。みなさん、いまやりたいことはありますか? 大人になっても冒険したいことはありますか? やらなきゃいけないことではなくて、やりたいことをやれる時間を大人もちゃんと作れたら幸せだろうなと思うのです。

今週はファッションの話ができなかったので、興味がなかった方には申し訳なかったです。

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こちらは我が家のもう一人の自由人です。来週はファッションの話ができるようにがんばります。みなさまお元気で。

バナー画像撮影/川﨑一貴(MOUSTACHE)
文/佐藤佳菜子
構成/高橋香奈子

前回記事「40歳で早めにきた「老眼」。お気に入りのサングラスを老眼鏡にしたら、楽しくなった【スタイリスト佐藤佳菜子さん】」はこちら>>

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佐藤 佳菜子

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